夏休みを取り戻す!
「やっぱ、大空塔は外せないと思うのよ。」
「えーっ、パレードはぁ。私、パレードが見たぁい!」
「だからパレードは夕方なんだろう?なら先に塔に登っても間に合うじゃん。」
8人は夕食の出前を食べた後、明日の予定を話し合っていた。探偵事務所の男は明後日には戻ると言っていたからフリータイムは明日だけである。その時間を如何に過ごすかで揉めていた。
「みんなで言い合っても仕方がない。ここは各自行きたい所とやりたい事を箇条書きにして決めよう。但し全員一緒の行動が前提だ。喧嘩するなよ。」
尊氏の提案に各自がそれぞれ要望を紙に書き出す。それを尊氏がノートにまとめた。
大地 大空塔 首都一望
翔太 ドーム球場 ナイター観戦
竜馬 アキバ メイドカフェと同人誌見放題
武士 皇居 参例
尊氏 国会議事堂 社会科見学
桃子 鎌倉 散策
未来 テーマパーク パレード
優子 原宿 ウインドショッピング
「う~ん、てんでバラバラだ。なんだよ尊氏の国会議事堂って。」
「えっ、興味ないかい?幽霊化した今なら秘密の部屋だって入り放題だよ。」
「やめてくれよ、下手に国家の秘密でも立ち聞きした日にゃ俺たち公安にマークされちまうよ。」
「それを言うなら武士の方があぶねぇよ。皇居だぜ?絶対結界が張ってあるよ。俺たち近付いただけで浄化されちゃうよ。」
「あ~っ、それなら神社仏閣もまずいかもね。」
「いや、そんな年寄りじみたとこ行きたがる小学生はいねぇよ!」
「桃子と優子もなんなのさ。見て歩くだけで楽しいの?」
「えーっ、楽しいわよねぇ。でも桃子とは趣旨がちょっと違うか。鎌倉って大仏?」
「それはメジャーだけどそれだけじゃないわよ。アジサイ寺とか文豪の書斎とか色々あるのよ。」
「回りきれねぇよ。」
結局、桃子の案は距離があるのと交通機関の乗り方に不安があるので却下された。尊氏と武士の案ははなから外されている。翔太のナイター観戦はテレビを見ろと一喝され大地と竜馬と未来と優子の案が残った。8人はこれを一日でこなす方法を考え始めるがさすが日本人である。これでもかと予定を詰め込んだ計画をひねり出した。
しかし翌日、朝食を頼もうとしたらまだお店がやっていなかった。それはそうである。朝の6時に営業している食べ物店は首都といえどそうはない。ましてや出前などいたずら電話と思われても言い返せない。これにより優子の原宿ウインドショッピングの時間はなしとなった。
「うーっ、盲点だったわ。コンビニの24時間営業に染まっちゃったのかしら。」
「よし、ほんじぁ大空塔に一番乗りだ!」
「一番早い店でも出前は10時よ。どうする?一食抜く?」
「冗談。戻ってくるのは夜の8時過ぎだろう。12時間もジュースだけじゃ持たないよ。」
「そうだね。よし、塔周りでなにか面白いところがないかもう一度確認しよう。」
「ねぇ、この店おにぎりがあるわ。これを頼めばお昼ご飯になるんじゃない?」
「でも予算内に収まるか?」
「お昼の先取りと考えればどうかしら?だめ?」
「・・いいよね?辻褄はあうよね?」
みんなが尊氏の方を見る。
「分かったよ、後で僕から言っておくよ。頼もう。」
「きゃー、尊氏くん、かっこいいー。」
「よし、そうゆうことなら俺はマグロ丼だ!」
「あら、その店は正午からしかやってないわ。となると大地はお留守番ね。」
「桃子、勘弁してくれよ~。」
遅い朝食を取り8人はまずこの国で一番高いと評判の大空塔に向かう。
「おおっ、確かに高い・・気がする?」
「山と違ってボリュームがないからな。後、比較対称にしているビルの高さも実感がないからその差から判断しちゃって高さを感じないのかもしれない。」
「え~っ、折角来たのにがっかりだ~。」
「昇って上から俯瞰すれば実感できるよ。山と違って裾野がないからな。未来なんか下を見れないんじゃないか?」
「だっ、大丈夫だもん。私、隣町の観覧車に乗ったことあるもん!平気だったもん!」
からかわれたと思ったのか未来がむきになって反論する。
「おっ、言ったなぁ~。よし、それなら勝負だ!なんなら一番天辺に登るか!」
ぱこん。
「馬鹿言ってんじゃないの。壁抜けは出来ないんだから施錠してある所は入れないわよ。全く、本当に馬鹿と煙は高い所が好きよねぇ。あっ、だから翔太は馬鹿言ってもいいのか。ごめんね、翔太。叩いちゃった。」
「くっ、なんか今日のお嬢はきついぜ。原宿をキャンセルしたのは俺のせいじゃないのに・・。」
「エレベータは僕たちを認識してくれるんだよな?階段は勘弁だぜ。」
「嫌だ、怖いこと言わないでよ。」
「おおっ、そう考えるとただのエレベータもスリルがあるな。」
心の底では大丈夫と思っているが敢えて不安を煽ってイベントを盛り上げようとしているのか。はたまたただ単に興奮して口が滑っているのか分からないが8人は楽しくお喋りをしながら塔の中に入っていった。
ずらっとエレベータ待ちをしている人たちを尻目に8人はエレベータの前に陣取る。そして次に来たエレベータに乗った。もちろん幽霊化しているからこそ出来た技である。エレベータの重量制限にすら引っかからないという事は、重さすら認識してもらえてないということだろう。
「きゃーっ、すごーい!ほら桃ちゃん!富士山が見えるよ!」
「はぁ~、すごいわねぇ。畑や田んぼがひとつも見えないわ。」
「いやいや桃子、ここは首都だぜ?感想がおかしくね?」
「うわっ、駄目だ。真下を見れないよ。頭がくらくらする。」
「俺んち見えないかな?」
「アホか、竜馬。距離を考えろよ。」
「望遠鏡なら見えるかもしれない。」
そう言って竜馬は別の男の子が見ている望遠鏡に顔を重ねる。
「あらら、全然焦点が合わないよ。こいつの目玉が邪魔してんのかなぁ。」
みんな初めて見る高所からの眺めに大興奮である。首都の町並みを見ながらあれは何だろうとか、あれはあれなんじゃないかと言い合っている。しかし、どんなに眺めが素晴らしくても所詮は子供だ。30分程度で飽きてしまった。いや、ここは満足したと言っておこう。
高層からの眺めを堪能した8人は次に隣の県にあるテーマパークへと向かった。
巷では色々高尚な言い回しをされているらしいが所詮は遊園地である。だから子供たちが喜ばないはずがない。
子供たちがはしゃぐのは仕方がないが、いい大人まで夢中なのは何故なんだろう?みな、ピーターパンシンドロームから抜け切れていないのだろうか?経営側からしたら子供より大人の方が売り上げが伸びるので嬉しいのかもしれないが、順番待ちで子供と大人が平等というのはちょっと違うのではないかと思ったりする。だから8人には順番待ちなしで存分に楽しんでもらおう。まぁ、全然知らない人と同席になっちゃうのはこの際、目を瞑ってね。
「桃ちゃん!次はこれ!これに乗りたい!」
「未来、これは身長制限があるわ。危ないんじゃない?」
「え~、でも・・。私も乗りたいのに・・。」
「よし、俺が一緒に乗ってやるよ。未来、絶対手を離すなよ。」
「うん!」
大地と未来はペアになってその絶叫マシーンに乗り込んだ。武士が念には念とベルトで二人を繋ぎとめる。そして二人を乗せたマシーンは遥か高みへと昇っていった。そして頂点で一拍だけ停止する。高さ的には大空塔に遥かに及ばないが回りをガラスで囲まれていないシチュエーションはスリル満点だ。しかし、ゆっくり眺めている暇はない。次の瞬間、床が抜けたかのごとく、二人が座っている座席は落下した。地球の重力に引っ張られて地面に向け落ちていく二人。
「きゃ~っ!」
「ぐお~っ!」
二人は声にならない叫び声を発しながら1G加速を味わう。しかし、この時、大地は下を見てしまった。ぐんぐん迫りくる地面に頭では分かっていても体が反応してしまう。思わず掴んでいた未来の腕を強く握り締めてしまった。だが興奮している未来は気付かない。
そして今度は先程とは逆の方向に力が働く。制動装置によるブレーキだ。こちらの方が受けるGは大きい。いきなり体重が倍になったかのような錯覚に襲われる。いや、実際に物理学的には倍になっているんだがそんな説明をされては興冷めである。
二人は今体験した非日常の経験に大興奮しながら絶叫マシーンの乗り降り場所に戻ってきた。いや、大地はいささかげんなりしている。しかし、未来は大はしゃぎだ。ここら辺は男女の差なのだろうか。
「きゃ~っ、大ちゃん、もう一回!もう一回やって!」
「いや、すまん未来。ちょっと、1回降りよう・・。」
「え~っ、もう一回乗りたーい。」
「大丈夫か?」
武士が大地に声をかける。
「ううっ、やべぇ~。何なんだこれ?怖すぎだよ。ちびるかと思ったぜ。」
大地はそう言いながら股間を触って漏らしていない事を確認して安心した。
その後、全員が未来の付き添いで絶叫マシーンを体験したが男の子たちは全滅であった。桃子と優子はケロっとしている。男の子たちの面目は丸つぶれだ。でも女の子たちは優しいからその事には触れないでくれた。男の面子を保つのは女の気遣いがあればこそなのだろうか。
その後、パレードまでの時間を使いほぼ全てのアトラクションを堪能した8人はパレードが行われる広場に移動した。
待つこと数分。パレードが始まる。大音量でスピーカーから流れる演奏に合わせ移動式の舞台の上でヒロインが歌い踊る。初めはきゃあきゃあ、言っていただけの未来だが幽霊化の恩恵を最大限に活かしてヒロインのいる所までよじ登り一緒になって踊り始めてしまった。
「あっ、ずるい!私もやるぅ。」
優子がつられて駆け出す。
「わっ、私もいっちゃおーかなぁ。」
桃子も誰に言うともなく断って優子に続いた。
「すげーな。あいつら外からよじ登ったよ。」
「あははっ、まるで缶詰を開けた時のウチの猫みたいだ。」
他の観客には見えないのだろうがステージ上で歌っている3人にはそんなことは関係ないのだろう。というか全ての目線が自分たちに注がれていると思っているのかもしれない。
「まっ、今までのことを思えば、これくらいのご褒美はあってもいいだろう。」
武士の言葉に他の4人は「そんなもんかねぇ。」とか「それもそうか。」などと言いながら壇上の3人とヒロインに声援を送り続けた。
結局、パレード後の花火まで堪能した8人はここで都会の洗礼を受けることになった。それは満員電車である。
「うへぇ、すごい人だな。未来、手を離すなよ。幽霊化のおかげで押しつぶされる事はないけど視界は塞がれる。もしもはぐれたら大声で叫ぶんだぞ。恥ずかしがるなよ。どうせこの人たちには聞こえないんだから。」
「翔太怖いこと言わないでよ。お札花から30メートル離れたら私たち電車から擦り抜けちゃうんだから離れ離れは絶対だめよ。」
「まぁ、同じ車両の中なら大丈夫さ。降りる駅のひとつ前で知らせるから安心してくれ。」
「それにしてもすごい人ね。毎日こうなのかしら。」
「今日は日曜だから特別だろう。」
その後、都会の人波に圧倒されながらもなんとか事務所まで戻ってきた8人は、ぎりぎり遅くまでやっていたカレー屋に出前を頼んで初めての夏休みイベントを終了した。




