バカップルってわかってる?
「いやはや危なかったぜ。桃子、未来、怪我はないか?どっかぶつけたか?」
「ちょっと、大地!危ないじゃない!もしも怪我したらごめんじゃ済まないわよ!」
桃子はびっくりしたのか感情が爆発した。
「いや、ほんとごめん。いるの気付かなくてさ。でも当たんなかっただろう?」
「そうゆう問題じゃないでしょう!未来は怖がりなんだから、・・未来?どうしたの?大地にどこか踏んづけられたの?」
未来は青ざめた表情で手に持っていた物を差し出す。そこには先ほど観察していた白い花が握られていた。大地が飛び降りてきた時に咄嗟に掴んでしまったらしい。
「なんだよ、珍しい花だったのか?高いのか?」
「そうゆう問題じゃないの!まぁ、あなたのデリカシーじゃわかんないでしょうけど。」
桃子はまだ興奮気味だ。
「未来、その花は諦めよう。学校に持って帰って水に挿しておけば3日くらいは持つと思うわ。わざとじゃないんだから大丈夫、来年になればまた咲くわ。」
桃子に言われ未来はこくんと頷いた。
「あれっ、誰か来るよ。」
竜馬が大岩の上からみんなに言う。
みんなが一斉に道の方へ目をやると、そこにはなんともラブラブそうなバカップルがいちゃいちゃしながらこちらに歩いてきた。
「ありゃりゃ、ここってデートスポットだったのか。」
「どうゆうこと?」
「いや、なんとも俺たちには計り知れないゴム製のごみとティッシュが捨てられていたからさ。」
「あんた、そんなのばっかり見ていたの!」
「いや、見つけたのは竜馬だよ。俺は未来や桃子の目に留まらないように片付けただけさ。」
「なんで私の名前が入ってないのよ。」
「お嬢は大人だから、気にしないかなぁって。」
そんなやり取りをしている間にバカップルは岩の陰に回りこみ、チュッチュし始める。その周りを気にしなさ過ぎる行動にみんなは動きが止まる。竜馬など特等席からガン見である。そんな中で優子がいち早く我に帰る。
「あっ、あなたたち!しょ、小学生が見ているところで何をしてるんですか!恥ずかしくないんですか!」
しかし、優子の声はバカップルには届かないようだ。とうとう、上着を脱ぎだして突撃の準備を始めてしまった。
「ぎゃーっ!馬鹿!馬鹿なの?あなたちってばかー!やめなさーい!」
優子がバカップルのあまりのKYぶりに思わずふたりを引き離そうとする。
「えっ?」
その時、初めて異変に気付いた。二人を引き離そうとした優子の手がバカップルにめり込んだのだ。
「きゃぁーっ!」
後ずさる優子を武士が受け止める。
「何?なんで?いま・・、手が。」
あれ程の大音量な優子の叫び声をまったく無視してバカップルはとうとう上半身を裸になり二人だけの行為に没頭し始める。
竜馬だけがこの異常事態を異常と思わず特等席でガン見だ。多分竜馬は優子の手がバカップルにめり込んだことすら認識していないかもしれない。それほど目の前で繰り広げられている光景は男の子には刺激が強すぎた。
そんな中、桃子がそっとバカップルに手を伸ばす。女性に触れる瞬間動きが止まるが意を決して触った。
「!!」
結果は先程の優子と同じである。手首までめり込んでいるにも関わらず感触がない。桃子は男子に目をやる。しかし、男子は桃子たちの手がめり込んだことと、今、目の前で繰り広げられているバカップルの行為を理解出来ずにフリーズしてしまっている。
唯一、竜馬だけが本能に導かれるまま岩の上からバカップルに近付いていく。竜馬の頭にはそこが大岩の上だという認識はすでにない。ただひたすらよく見たいという欲望によって前に出た。
「あっ!」
ドスンという音と共に大岩から叩き落ちる竜馬。しかし、そこには二人のバカップルがいた。しかし、バカップルは竜馬が上から降ってきたにも関わらず行為を止めない。まるで二人以外、ここには誰もいないように振舞っている。
「えっ、えぇっ!何で!なんで触れないの?なんで!なんでーっ!」
竜馬の手がバカップルの女のおっぱいに触ろうとして虚しく空を切る。男の方には目もくれない。さすがである。
「タカジー!なんだよ、これ!俺、岩から落ちて幽霊になっちゃったのか?なんですり抜けちゃうんだよ!」
竜馬の問い掛けに尊氏もカップルに触れる。そしてすり抜けることを確認する。そのまま腕を大岩に向けると、手には石の感触があった。
「石には触れる・・。」
尊氏の言葉にみんなが一斉に互いや地面を触って確認する。
「もしかしてこの二人って幽霊じゃないのか?」
翔太の言葉に全員がはっとする。しかし、昼間から人目を忍んでイチャイチャする幽霊・・。新しすぎて理解できない。
「でも、この人たちって私たちのことをまるっきり無視しているのよ?まるで私たちがここにいないみたいに・・。」
その時、バカップルの男の携帯が鳴った。男は二言三言会話をした後、女に用事が出来たと告げいそいそと上着を着始める。女も、え~っ、とか言いながら身だしなみを整える。そして二人でイチャイチャしながらもと来た道を帰っていった。
時間にして10分ほどだったろうか。11歳の少年、少女たちにとっては生涯忘れえぬ体験であった。普通なら『すごいの見ちゃったねぇ。』で終わるところだが、今回はまだ終わっていない。幽霊疑惑が残っているのだ。
しかし、昼間の幽霊は全然怖くなかった。どちらかというといやらしかった。中高生男子だったら大喜びで見に来ると思えた。
「しかし、今時の幽霊は携帯で連絡しあうのか。あのあんちゃんたち最近死んだのかなぁ。」
大地が敢えて幽霊説を押しみんなを誘導する。幽霊に無視されたことはこの際忘れる。
「なんともアンビリーバボな体験だったけど、みんなにはちょっと言えないよ。幽霊のエッチを見たなんて正気を疑われちまう。」
翔太が今回のことは秘密にしようと暗にみんなに問いかけた。みんなは翔太の言葉に赤い顔をしながら頷く。しかし、桃子だけが真っ青な顔をしていた。
「桃子、大丈夫か?びっくりしすぎたか?大丈夫さ、あんなサービス精神旺盛な幽霊なんて滅多に出ないよ。」
「・・違うの。」
「何が?」
「多分、幽霊になったのは私たちの方なの・・。」
「!!」
「おいっ、桃子。確かに手がめり込んで驚いただろうけど俺たちの方が幽霊ってのは突飛すぎないか?あっ、竜馬は叩き落ちたからもしかして幽体離脱ぐらいしたかもしれないけど。」
「違うの。この祠の言い伝えにあったの。この祠は荒ぶる祟り神を封印したものだけど、たまにその封印が壊れる時があってそんな時は何人かの村人が神隠しに会うって。そして徳の高い修験者が再度祠を封印すると戻ってきたそうよ。これって今の私たちの置かれた状況に当てはまり過ぎるわ。」
「封印って言ったって別に何か壊したか?まぁ、大岩の上に乗ったけどそれ位で壊れる結界ってしょぼくね?」
「それは・・。」
桃子は未来から受け取った白い花を見た。その仕草を見て未来がビクンと震える。
「そっ、そうね。ちょっと突飛な考えだったわ。うん、ちょっとびっくりしちゃったのかな。」
桃子が未来の動揺を打ち消すために先に言った事を否定する。
「どちらかというとバチがあたったのはあのカップルだろう?」
「おっぱいが!おっぱいに触れなかったあー!」
竜馬だけが見当はずれなことで一人悔しがっている。
「まっ、取り敢えずびっくり体験は内緒と言う事で学校に戻ろう。」
武士に促されてみんなは歩き始めた。未来は無言で桃子の腕を掴んでいる。
そして8人が道路に出ると向こうからクラスメイトがやって来た。
「おっ、澪たちだ。あいつらもここいらを調べていたのか。おーい!終わったのかー?」
大地が澪たちに声をかける。しかし、澪たちは無視した。
「あれ?無視ですか?しょぼしょぼ~ん。」
ついには8人の脇を通り過ぎる。まるでこちらの存在を認識していないかのように無視して行く。
「澪ちゃん、どうしたの?ちょっと待ってよ。」
未来が駆け出して澪の腕に手をやる。しかし、その手は何も掴めなかった。
「きゃーっ!」
未来が叫んだ。しかし、澪たちは気にもせずお喋りしながら歩いていった。
呆然としている未来に駆け寄る8人。しかし、敢えて澪たちに駆け寄り確かめる者はいなかった。
その時、1台のトラックが走ってきた。
「危ない!トラックだ!」
一番後ろで状況を見ていた尊氏がみんなに警告する。しかし、1拍遅かった。トラックは目の前に子供たちがいるにも関わらず減速もしないで近付いて来る。何人かは避けきったが桃子と竜馬は足がすくんで動けなかった。桃子はその時、トラックの運転手と目が合った気がした。
-この人は私を見ていない。-
運転手はよそ見をしていたわけではない。ましてやスマホでゲームをしてるわけでもない。真っ直ぐに道路を見ていた。見ていたがそこにいる桃子たちを見ていなかった。幽霊化・・。桃子がトラックに跳ねられる直前に思ったのはそんなことだった。
「桃ちゃん!」
トラックと桃子たちが交錯する瞬間、未来の声が聞こえた気がするが、トラックの轟音がその声を掻き消す。
そしてトラックが走り去った後には、立ちすくむ桃子と竜馬が取り残されていた。
「うそ・・。」
優子が、信じられないといった表情で呟く。
「まさか・・、本当に幽霊化したのか・・。」
大地も呆けて無意識に呟いた。
「桃ちゃん、桃ちゃん、うわ~ん!」
未来が桃子に走りよって泣き出した。
一体どうして?何があったんだ?何故こんなことになった?
8人の胸中は今、この問いかけがメリーゴーランドのように繰り返されていた。