文明の利器。台風予報
「タカジー、まずいよ。今テレビを見てきたんだけど明日、台風直撃だって。」
コンサートから1週間後、どんよりとした曇り空の下、町から戻ってきた大地が尊氏に天気予報を伝える。
「お札花の周りに風除けを作ろう。あそこは大きな木に囲まれているからそれ程ではないと思うけど万が一に備える。」
「そうだな、なんったって、俺たちの切り札だからな。過保護にいくぜ。」
男の子たちは全員で秘密基地へと向かう。
「ビニールで覆うのは逆に風の力をまともに受けるから、予想外の風に吹かれた時に耐え切れないかもしれない。ここは棒を回りに沢山挿して風を弱める方向で行こう。」
武士がみんなに提案した。
「オッケー、俺は棒を持ってくる。竜馬は紐を捜してきてくれ。」
「僕も行くよ。タカジーと翔太は飛びそうな枝を片付けてくれ。」
「分かった。」
武士は大地の後を追い、尊氏たちは花の周りに落ちている風で飛びそうな枝を取り除き始めた。
お札花の周りに一通り風対策を施した大地たちは次に畑へと向かう。
「これはどうしたらいいのかな。やっぱり棒で支えるかい?」
「そうだね、ただ数が多いから本数は減らそう。台風は南から来るから北側に2本、南側に1本にしようか。」
「南にも挿すのか?」
「台風が通過すれば風向きが一時的に逆転する。それへの備えさ。」
「ああ、な~る。よし、俺と竜馬は向こうをやろう。タカジーたちはこっちを担当してくれ。」
「よ~し、やるか!」
今までは台風が来てもテレビで川の増水を見てすげーと喜んでいただけの男の子たちだったが、その影響が自分たちの食料に直結することを感じ取った今では、率先して防御に当たっている。現代の物流の恩恵から弾き出された8人にとって自然の変化は直に自分たちの暮らしに影響することを学んだのだ。
3時間後、風除け作業を終えた5人は家の縁側で休んでいた。手元には井戸水で冷やしたトマトとキュウリがある。男の子たちが作業中に女の子たちが無人販売所から買ってきて冷やしておいたものだ。
「いや~、生もいいけどやっぱマヨをつけると美味さが倍増するね。」がぶり。
翔太は弁当に付いていたマヨネーズをトマトにちょびちょび付けて食べる。
「うん、この味噌汁の味噌も結構いけるよ。」カリッ。
武士がレトルトの味噌汁用のパックから味噌を小皿に搾り出して、キュウリに付けて齧った。
「いいのか、桃子。俺たちだけで食っちまって。」もぐもぐ。
「ええ、どうぞ。私たちはもう食べたから。」
確かに桃子たちは食べたのだがトマト1個を3人で分けただけだ。
「お金は後どれくらい残っている?」
尊氏が桃子に聞いた。
「450円。やっぱりお金で物が手に入ると分かると自制できないわね。トータルで1万円以上拾っているのに。」
「仕方ないさ、今までは暑かったからね。ジュースの糖分は無駄じゃない。でも畑の野菜も大きくなった。来週には食べれるよ。そしたら野菜の出費は抑えられるはずだ。」
「そうね、でも自販機周りのお金も拾い尽くしたから、この所収入が落ち込んでいるのよねぇ。」
「いっその事、隣町まで遠征するか?電車賃は掛からないんだから。」
「そうだな、今はいいけど冬になったら無人販売所はものがないはずだ。秋にサツマイモや栗なんかの保存が利く食べ物が出たら買い貯めしておきたいしな。」
武士の考えにみんなが頷く。今までは何とかなったが季節は巡るのだ。その中で一番厳しい冬を乗り越えるには今から対策をしておく必要がある。
「よし、台風が行ったら隣町に遠征だ!」
「いっその事10万円くらい入った財布が落ちてないかしら。」
「いや、お嬢よ。それは落とした人が気の毒だよ。交番に届けようよ。」
「や~ねぇ、冗談よ。でも1割は貰うわ!」
「おっ、それでこそ、お嬢だ。抜け目がないぜ。」
「ねぇ、畑の小川は大丈夫かしら。氾濫なんかしないわよね?」
桃子が話題を台風に振った。
「ん~っ、どうだろう。油断禁物だからな。よし、ちょっと引っかかりそうな物がないか見てくるか。」
「そうだね、増水してからじゃ遅いからな。」
「この家も大丈夫かしら。」
「大丈夫じゃねぇの。掃除した時に雨漏りの後もなかったし。」
「そうだね、見た目はアレだったけど結構しっかりしている。」
「家の後ろに盛り土をして山からの水も脇に逃がすよ。桃子たちは風呂の薪が濡れないように3日分くらいを土間に入れておいてくれ。」
「分かったわ。後は?」
「水が濁る前に風呂に水も張っておいてくれ。火は僕らがやるから。」
「うん、分かった。川は気を付けてね。」
「任せろ、じゃあ、行ってくるよ。」
そう言って男の子たちは小川の整備に行った。桃子たちは家の横に集めてある薪と小枝を家の中に運ぶ。
「うわ~っ、風が生ぬるい。」
「昔の人は、こうゆう前兆で台風の接近を知ったのかもね。私たちってやっぱり恵まれているのかな。」
「人工衛星様さまね。後はテレビか。ラジオは結局、電池が見つからなかったなぁ。」
「だって、あのオーディオって単一電池を12本も使うのよ。無理よ。」
「そうよねぇ、お店に行けば買えるだけのお金はあるけど、それでも電池に600円はちょっときついわね。」
「今度の廃棄日には単三電池で動くやつを探しましょう。」
「そうね、少しづつ集めるわ。焦っちゃだめだよね。」
「桃ちゃん、お風呂の掃除、終わった。」
「そう?なら水を入れちゃいましょう。」
桃子は大地たちが作った溜池に浮いている落ち葉を取り除き、風呂場に繋げてあるパイプの栓を抜く。
「どう?未来。」
「オッケー、来たよ~。」
未来は出始めの少し泥の混じった水を捨てた後、風呂に栓をして表に出てきた。
「さて、この天気じゃ洗濯もできないし本でも読んで待っていようか。」
「さんせー!」
電気が使えない8人の現在の最大の娯楽は読書である。といってもその殆どは拾ってきた雑誌であるが、桃子のお気に入りは1ケ月遅れの新聞だった。町に出た時に電気屋のテレビでニュースは見ていたので世間の動向は大筋で把握していたが、やはり地域で起こった小さな事件は報道されない。そんなギャップを埋めるのが新聞であった。情報に飢えているのか優子ですら端から端まで読み漁っている。
「あら~、日本負けちゃったわ。」
スポーツ欄を見ながら優子ががっかりした声を上げる。優子が読んでいるのは昨日たまたま拾った3日前の最新版である。そこにはオリンピックの記事が最優先で載っていた。
「えーっ、どれ?うーん、やっぱり米国は強いわねぇ。勝てなかったか。」
桃子が優子の側に寄り一緒に新聞の記事を読んだ。未来は興味がないのか大人向けのファッション雑誌から目を離さない。
「ただいま~。」
武士たちが小川の整備を終え帰って来た。
「おかえり、どうだった?」
優子が用意しておいた絞ったタオルを手渡しながら聞いた。
「うん、もともと斜面が急だから障害物は全部押し流されちゃうんだろうね。枝を2、3本片した程度で済んだよ。」
「そう、良かったわ。」
武士の説明を聞いて3人は安堵する。その時、未来があることに気付き叫んだ。
「きゃーっ、お風呂!」
「あっ!水を出しっぱなしだわ!」
桃子と未来は慌てて風呂場と溜池に駆けていった。




