野外学習
翌週の野外授業は順調だった。ほとんど下調べで理由が解かっていたので当日は地元の人から言質を取るだけだった。それだって前もって先生が連絡しておいてくれたから、行ってみたら留守だったなんてことはない。
お陰で大地や翔太は大喜びだ。午後の時間がまるまる空いた事になる。女の子たちもこのまま学校に戻るのも味気ないと近くの神社でお弁当としゃれこんだ。この神社を調べていた女子グループも交え、きゃっきゃわいわいと話が弾む。こんな時は男子は置いていかれるものだが、さすがはクラスのランカーたちである。すんなり女の子たちに受け入れられた。
「いや~、あそこの地名にあんな由来があったとは知らなかったよ。ご先祖さまたちも大変だったんだねぇ。」
「止めてよ、私、あそこが通学路になっているんだから。気味が悪くても道を変えられないのよ。」
話題に挙がったのは『緒菊隠』という地名だ。『おきくれ』と読む。昔、お菊という娘が神隠しにあって後に発見された場所が、鎮魂の意味もあって何時からかそう呼ばれるようになったそうだ。なんでも悪いやつがそこを通るとお菊の霊が出たらしい。
「ん~っ、この前、糞ったれな親父に攫われちゃった女の子が見つかった場所は将来、その女の子の名前がつくのかなぁ。」
「昔話と違って、今の神隠しは全部犯罪がらみだからね。女の子は油断しちゃ駄目だよ。」
武士が軽く注意する。
「お嬢は一番狙われやすいと思うけど、一番手ごわいからな。構わないからショックガンの出力を規制値一杯に上げとけ。なんだったら俺と武士でゴミクズは川に捨てといてやるから。」
優子は時々男子からお譲と呼ばれる。親がコンビニのオーナーでこの近辺の数軒を経営しているからだ。
「駄目よ、川が汚れちゃうわ。ちゃんと埋めといてね。」
「埋めるのはいいんかい!」
「子供を襲う大人なんてどんな理由があろうとクズでしかないわ。さっさと土に還ってやり直した方が良いに決まっているわ。」
「お嬢はハンパねぇなぁ。」
「その点、未来は大人しいから余計に心配だよ。構わないからグサっとやっちまえ。過剰防衛だなんて言うやつがいたら俺が一発ぶん殴ってやるから。なに、マスコミは俺たちの味方だからさ、無責任なことをいうやつだと社会的に潰してくれるよ。」
「大地こそ無責任なこと言わないで。あなただっていざとなったらどうなるか解かったもんじゃないんだから。」
「いや~、桃子はいつもまじめだねぇ。」
「桃ちゃんたちっていつも難しい話をしてるよね。」
女子グループの一人が会話にはいる。
「いやいや、大して中身はないのよ。みんな新聞の投稿欄の受け売りだから。」
ぺちん。
桃子が翔太の頭を軽く叩く。
「因みに今の行為は子供同士なら喧嘩だけど先生がやると体罰だそうです。」
「うわっ、桃子将来先生になれないじゃん!口より先に手が出るもんな。」
「翔太や大地たちがふざけなければいいだけでしょ。人に言う前に自分を正しなさい。」
「学校の先生かぁ、私はやっぱりパン屋さんかなぁ。おだんご屋さんは今いち流行らなそうだもん。」
女子グループの別の一人も会話に加わった。
「ゆうゆうは可愛いから引く手数多さ。将来は総理大臣婦人になって桃子学園の創設に便宜を図ってやってくれ。」
「え~っ、桃ちゃん、学校作っちゃうの!」
「優由子はすぐ信じないの。翔太の言うことの102%は出鱈目と思わなくちゃだめよ。」
「102って、酷くね?」
他愛もない会話でみんなが盛り上がっている頃、雑談の輪から離れて尊氏と優子は午後の計画を立てていた。
「データ的には集まったけど、このままじゃ先輩たちと同じ結果に成りかねない。それは避けたいな。」
「あんたも拘るわねぇ。」
「そこで地元の古跡も調べようと思うんだ。ほら、桃子が言っていた祠も近くにあるし。」
「勝手に弄ったらバチが当たるんじゃない?」
「もし、そんな事が起これば研究結果に箔が付くな。」
「あなた、人事だと思っているでしょう?後悔するわよ。リーダーなんだから。」
「別にピラミットの盗掘をしようってわけじゃないんだ。由来を調べるだけだよ。それくらいで祟られたらこの世は祟り神だらけさ。」
「時間的には1時間くらいよ。この神社か、その祠、後は川向こうの貝塚くらいしか行けないわ。」
「この神社はメジャー過ぎるからパス。優由子たちとも被るからな。祠をメインに時間が余ったら貝塚かな。でも大地たちが飽きているから川には行きたくないな。」
「リーダーは大変ねぇ。特に大地は俺について来い系だし。」
「このメンバーなら大丈夫さ。子分気質なのは竜馬だけだ。でも竜馬は翔太のグループだしな。」
昼食後、尊氏たちは祠に向かった。
祠はちょっとした盛土の上に周りを樹木に囲まれた里山の中にあった。周りは平らな田んぼが広がっているから自然に出来た小山とは思えない。穿った見方をすれば古代の墓地の可能性もある。ただ、ここら辺ではこの手の盛土は珍しくなく誰も気にしなかった。
なんでも江戸時代に開墾した時に出てきた石を積み上げた名残だそうだ。その後、大水で土砂が運ばれ辺りを平らにし、積み上げられた石にも土が被りいつの間にか小山になったというのが真相らしい。
祠は一応誰かが手を入れているのか祠への道は草が刈られている。
「うわっ、苔だらけだ。祠っていうより墓石みたいじゃん。」
「そうね、私も木で出来た小屋みたいなのを想像していたからちょっとびっくり。」
「でも大きさ自体はでかいよ。人力ではここに据えるのも大変だったろうに。」
「そうだなぁ、だからと言って初めからあったっていうのは説得力がないかな。」
「桃子はこの祠の由来を調べたんだろう?」
「ええ、この祠は古い土地神様を祭っているんですって。でもいい神様ではないみたい。意地悪ばかりするから上級神さまに閉じ込められたというのが本当の所みたいね。」
「うわっ、孫悟空のパクリかよ。昔の人は著作権がなくて良かったねぇ。使い放題じゃん。」
「そうなるとこの大岩は結界になっているはずだから動かせないな。」
「いや、動かせって言われたって無理だって。軽くトンはあるぜ。」
「あら、あの話って騙してお札を剥がさせるんじゃなかった?」
「俺の知っている話じゃ、蓮の花が結界の基になっていたよ。」
「みんななんでそんなに詳しいのさ。孫悟空って面白いの?」
竜馬が一人話しに入れなくて聞いてくる。
「竜馬、三遊記はこの前先生が夏休みに読んでほしい本リストに入っていたわよ。あんたも漫画ばかり読んでないで本を読みなさい。」
「えへへっ、漫画の伝記ものなら読むんだけどね。この前はエジソンを読んだよ。」
「あらすごい。なら竜馬の夏休みの工作は自作電球かしら。」
竜馬の切り返しを優子は軽くいなす。そんなおしゃべりの中、尊氏はぐるっと大岩の周りを調べた。
「結界はともかく、石になにか彫られている訳でもなさそうだし大したことは調べられないな。」
「写真だけ撮っておくか。一応、大きさも測るかい?」
「そうだね、後で石の比重を調べておおよその重さでも計算してみよう。」
「高さは・・、登っても怒られないよな?」
「行け、竜馬!例え祟られてもお前のことは忘れないよ。」
「うわっ、ひどいよ大ちゃん。一緒に登ろうよ。」
「と、言ってもな。足を掛けられる所がないからな。武士、悪いけど肩車してくれよ。」
武士に押し上げられ二人は大岩の上に登る。
「どうだい?上には何かあるか?」
「奈良あたりの古跡じゃ溝が掘られてたりするんだって。」
「うんにゃ。見たところなにもないな。」
「あら、がっかり・・。」
「高さは、っと。高い方が約230センチってとこかな。低い方は丁度2メートルってとこか。」
「OK、もういいよ。あっ、いやごめん。上面の写真も撮っておいてくれ。」
尊氏が大地にカメラをそっと投げる。受け取った大地はパチパチと数枚写真を撮った。
「この高さからの周囲も撮っておくかい?」
「そうだな、どうせこの写真は使えないけど手元に資料を残して置くのなら多い方がいいしね。一周ぐるっと撮ってくれ。」
「あら、折角撮った写真を使わないの?」
「まかり成りにも御神体だからね。登ったなんてしれたら誰が因縁つけてくるか判ったもんじゃないよ。」
「ああっ、そうね、確かに。あんた結構、気が回るじゃん。」
「ほい、撮り終わったよ。落とすなよ。」
大地がカメラのストラップを伸ばして尊氏に渡そうとするが、10センチほど届かない。
それに気付いた武士がカメラを途中で掴み尊氏に渡した。
「サンキュー、武士。でも今だけは武士より俺の方が上だぜ。」
「そんなに背の高い人間は世界中探したっていないわよ。それよりあんまりそこにいると馬鹿と煙は高い所に昇るって言われるわよ。」
「誰にだよ。」
「わ・た・し。」
「いや、既に言ってるよね?」
「いいから早く降りなさい。それとも怖くて降りれなくなっちゃったの?」
「なんだと~。」
大地と優子がやり合っている時、未来が大岩の袂に白い花が咲いているのを見つける。
「桃ちゃん、こんな所にお花が咲いてる。」
「あら、本当だ。ん~っ、見たことない花ねぇ。一輪咲きだし、写真を撮っておいて後で調べて見ましょうか。」
「うん!」
二人がかがんで花を観察しだしたその時、上から大地が飛び降りた。
「あぶない!」
着地地点をよく見ないで飛び降りた大地はそこに桃子と未来がいることを飛んだ瞬間に気付く。
「きゃーっ!」
大地は咄嗟に大岩を蹴って二人を避けたがおかげで着地に失敗し3メートルほど地面を転がった。
「へろへろへ~。いでぇ~っ。」
「だから言ったでしょ。罰が当たるって。」
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本作品は全37話+登場人物紹介となります。