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クリーンナップ大作戦

翌日、桃子たち女の子主導のもと、厳十郎の家の大掃除が始まった。

「掃除の基本は上から下です。まず武士と翔太は天井の蜘蛛の巣を払ってください。大地と竜馬は壁の埃と煤のはたき掛けをお願い。尊氏は全部の窓を全開にして。次に床の状態を調べて。痛んでいるところを見つけたらみんなに知らせてね。それが終わったら掃き掃除よ。」

桃子がテキパキと指示を出す。

「桃ちゃん。わたしは?」

「私たちは庭の草刈りをしましょう。日差しが強いからちょっとづつね。」

「うん!」

各自が割り当てられた作業に散っていく。厳十郎の家はそんなに大きくはなかったが居間と台所、それと大部屋が2つあった。各部屋とも天井は無く梁がむき出しだ。武士は棒の先に草を括り付けた簡易ほうきで梁や屋根の下地に張った蜘蛛の巣を取り除いてゆく。大地もそれに倣い、草の簡易はたきを作り壁の埃を払っていった。

「竜馬、すまんがちょっと手伝ってくれ。この戸が硬くて動かないんだ。」

尊氏が庭に面する一番大きな引き戸を開けようと苦戦していた。

「タカジー、これこれ。ここに鍵代わりの開き止めがあるんだ。これを外さなくちゃだめだよ。」

竜馬が引き戸の下を指差しかんぬきを外す。

「へぇ、そんな仕組みになっていたのか。竜馬、よく知っているな。」

「じいちゃんちが昔こうだったんだ。今はサッシに変えちゃったけどね。」

かんぬきを外した戸は簡単に動いた。全開となった家の中を風が通り抜けていく。それまでケホケホ言いながら埃を払っていた大地たちも人心地つく。家が歪んだのか開ききらない窓もあったが全ての窓を開けた尊氏は次の作業に入る。

「畳はだめだな。波打っているよ。もしかしたら床板が腐ってるのかもしれない。」

居間と台所は板敷きだったが、2つの大部屋は畳が敷かれていた。その畳が所々へこんでいる。台所には水道があったが蛇口を捻っても水は出てこなかった。ガスコンロはあったがホースは取り外されている。冷蔵庫は見当たらない。小さな食器棚の中には数枚の皿と椀が埃をかぶっていた。

「コンセントが見当たらないな。これは相当昔から住んでいないのか。」

戦後家電の復旧によりコンセントは必需品になっていった。それが見当たらないのは戦後すぐに人が住まなくなったからだろうと尊氏は考えた。

尊氏はみんなのもとに戻り調べた結果を知らせる。

「ああ、タカジー。昔のコンセントはこれだよ。じいちゃんちで見たことがある。」

竜馬が天井からぶら下がっている端子を指差す。

「それって電灯の金具なんじゃないのか?」

「うん、そうなんだけどソケットと別にコンセントが付いているだろう。ほら、ここのところ。」

竜馬が示したところにはコンセントが二つ付いていた。

「へぇ~、コンセントは専用に配線しなかったんだ。ハイブリットというか合理的というか。」

「多分最初は電灯だけ引いたんじゃないかな。その内家電製品を使うようになって、新たに配線するんじゃなくてこのソケットで間に合わせたんだと思う。」

二人の会話に武士が加わる。

「成る程、今と違って電化製品の数も少なかっただろうからその程度の工夫で済んだんだ。」

「家電が復旧するのは昭和30年代だったはずだ。なんだっけ、3種の神器?」

「巨人、大鵬、卵焼きだ!」

「竜馬、そりゃ当時の男の子たちの人気ワードだよ。テレビと冷蔵庫・・、後一つはなんだっけ?」

「ん~っ、パソコンか電話かなぁ。」

「洗濯機よ、お喋りしているってことは埃取りは終わったの?」

男子の様子を見に来た桃子が答えを教える。

「おっ、さすがは桃子だ。物知りだねぇ。」

「上は大体終わった。少し間を置いて埃が落ち着いたら床を掃くよ。」

「何もこんな埃っぽい所で待たなくてもいいじゃない。外で休憩しましょう。」

「休憩って言ってもなぁ。水しかないし。」

「じゃ~ん。そんな食いしん坊な男の子たちに朗報です。庭でこんなものを見つけました。」

そう言って桃子は手の中の青黒い粒をみんなに見せる。

「おおっ!それってなに?食えるの?」

「多分、ブルーベリーだと思う。結構甘いわよ。」

「ひゃっほーっ!いいの?それ俺たちが食べちゃってもいいの?」

「お腹一杯は無理だけど沢山生っているから好きなだけどうぞ。」

「うわーっ、果物なんて久しぶりだよ。」

外に出ると庭の草は1/3程がむしられ地面が見えていた。優子たちはその先の立ち木の周りでその果実を取っている。

「あっ、やっと来た。ねぇ武士、あの実も食べれると思うんだけど届かないのよ。取ってくれる?」

優子が指差す先には大きなスモモの木があった。だが大き過ぎて優子たちでは届かない。

「おおっ、あれは桃ですか?桃子様。桃子様と同じで激辛ですか?もしかして。」

ぱこん。

「あれは多分スモモよ。酸っぱいかも知れないけど辛くはありません。」

「にゃははははっ、冗談だよ。桃子は優しくてあま~いよ。将来は男が蟻のように群がってくること間違いなしだ。よし!武士、肩車してくれ。」

翔太は武士に肩車をして貰い手の届く範囲のスモモを片っ端からもいでゆく。

「色が赤くないのはまだ熟していないから取っちゃだめよ。」

桃子が翔太に注意した。

「でもこれって食べちゃってもいいのか?一応、人んちのだよな?」

「私たちが口に出来るってことは所有権がないってことよ。だから大丈夫。」

「あっ、そうか。そうだった。」

久しぶりに食べる果物は甘酸っぱかった。その酸味の利いた味は幽霊化前なら一つ食べて止めたかも知れない。だがたった4日の甘味絶ちですら8人にはきつかったのだろう。みんな嬉しそうに笑顔で頬張った。


一休みした後、それぞれは持ち場に戻る。武士たちは畳を持ち上げて床板の状態を確かめ始める。桃子たちは草むしりを続けた。

昼過ぎに片付いた縁側でペットボトルの水を飲んで休憩していると桃子が尊氏に聞いた。

「ここのお風呂って薪で焚くタイプなのね。洗ったら使えるかしら。」

「ん~っ、どうだろう。そもそも水道が出ないからな。」

「小川があそこだろう?そして風呂がここなら水を引けるんじゃないか。」

大地が二人の話に提案する。

「あっ、そうか、別に飲むわけじゃないから川の水でいいのか。」

「結構距離があるけど、できればホースで引きたいな。無ければ溝を掘るしかないか。」

「スコップがいるな。ホースは川原に落ちてなかったっけ?」

「あーっ、あったかも。でも短かったよ。」

「針金とかもあったら便利かもね。なんか必要なものがどんどん増えるなぁ。」

「生活するって大変なのね。」

「そうだよね、タオル1枚自分じゃ作れないし。こんなボロ、以前ならゴミ箱行きだよ。」

竜馬が自分が使っていた擦り切れて穴の開いたタオルを掲げて言う。

「物の大切さか。先生がよく言ってたっけ。もしかして先生も神隠しにあったのかね。」

「あははははっ、どうかしら。でも確かに言っていたわ。あの頃は全然理解できなかったけど。」

「さて、明日は早いよ。早めに町に戻って休むことにしよう。」

「そうね、いいモノが手に入ればいいけど。」


桃子の情報によれば明日は粗大ゴミの回収日だそうだ。粗大ゴミには布団や毛布が含まれる。それを狙って全員で狩りに出ることになっていた。

所有権。その目に見えないものが8人のこれからの行動を大きく左右していた。

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