作戦会議
9時過ぎ、祠の前で8人は作戦会議をしていた。各自それぞれ拾ってきたペットボトルに水を入れて持っている。初めは嫌がっていた優子たちだったがこれでもかというくらい洗って我慢することにしたらしい。武士の水分補給は大切だの一言も効いた。確かに現状では具合が悪くなっても病院で見てもらうこともできない。生きていくには食べ物も大切だが健康管理はそれ以上に必要だった。
「ではこれまでの経緯と今後の方針をみんなで話し合いたい。ただ先に言っておくが意見が対立してもヒートアップしないでくれ。僕たちは今、感情に流されて言い合いしていられる状況にない。そんな幸せは一部の姿を隠して口だけのネット上の輩にまかせよう。
僕らには共通の敵がいる。ラスボスの正体は分からないがその手先はみんなの家にいる。第一関門は優子の機転でなんとか凌いだ。だが敵の攻撃がこれで終わりとは考えずらい。だからみんなで考えよう。僕らのこれからを。」
「ヒューっ、すごいぞタカジー!児童会の選挙スピーチみたいだ。」
「もうっ、翔太は冷やかさないの。尊氏は本気で言っているのよ。」
「いや、折角飯も食べて安心したところにどかんと来たからみんなが固くならないようにちょちょいとね?ふざけた訳ではないよ?」
「では翔太の合いの手も済んだ事だし本題に入ろう。僕らは今、周りの人たちから認識されていない。それどころか物体とも相互干渉ができない場合がある。」
「車の摺り抜けと食べ物の消滅か。後は僕らが起こした事象の修復もあるな。」
「停まっていた車に触れたのがいまいち説明できないが、車の摺り抜けと食べ物の消滅は所有権が関わっていると思う。これは法的なものではなく個人的な意識の問題みたいだ。これをまるまる信じるにはまだデータが足りないけど取り合えず一番の問題である食料の調達は目処がついた。ありがとう、優子。君のおかげだ、感謝するよ。」
「なっ、なによ急に。謙ったってなにもでないわよ。」
「ううん、優子のおかげだわ。私ったらみんなを怖がらせてばかりで何にもいい案が浮かばなかった。」
桃子の告白を聞いて未来が下を向いてしまう。
「はいはい、みなさん。懺悔の時間はお終いだ。俺たちの置かれた状況はポイント制じゃないからね。良い事しても点数は付かないよ。タカジー、次に行こう。」
「次は、僕たちがこうなった原因とその対策なんだが、現状では桃子の案が一番怪しいと思う。それでこの件をもっと詳しく調べようと思うんだ。」
「どうやって?俺たちはもう聞いて回ることはできないじゃん。」
「基本、桃子の情報は町の図書館にあった郷土史からだ。だからもっと他にこの事について書かれている本がないか調べたい。」
「そうね、いざとなったら県立の図書館まで行ってみる?」
「県立は隣の市だからなぁ。自転車でもちょっとキツイな。」
「俺たち車に乗れないからな。そう考えると行動範囲もあまり遠くにいけないか。」
「よし、桃子と未来、お嬢の女子組みは図書館で再調査だ。尊氏がボティガードに付く。他の男子は祠周りを調べよう。もしかしたら秘密のトンネルとかがあるかもしんない。」
「大地、あんたのさらっと嫌な事を避けるリーダーシップはほとほと感心するわ。」
「いや~、照れるなぁ。」
「褒めてないわよ。」
結局8人は大地の案を採用し二手に分かれることにした。尊氏は女の子3人を引き連れて県道の方へ歩く。
町の図書館までは5キロほどの距離がある。この前桃子はバスに乗った。歩けない距離ではないが弁当を1つ食べただけの小学生には結構きつい距離だった。
「まぁ、大地も悪気があったわけじゃない。ただ気付かなかったんだろうな。あいつ、行った事がないから。」
「自転車を持ってくる?あれは所有権が私にあると思うから乗れると思うんだけど。」
尊氏は考える。自転車でも5キロは女の子にはきつい。なら今日は中学校の図書館にしておくべきか。中学校は行った事がないが場所は知っている。すぐそこだ。但し、今は授業時間である。鍵は開いているだろうか?昼休み時間なら開くのだろうか?
考えながら歩いているとバス停に差し掛かった。何人かがバスを待っている。そしてタイミングよくバスが到着した。
「よし、ダメもとで試してみるか。桃子、僕はバスに乗ってみる。君たちは待っていてくれ。もし大丈夫そうだったら合図する。」
「乗れるかしら。」
「だから試すのさ。」
そう言って尊氏はバスの昇降口を順番を無視して駆け上がった。予想に反して尊氏はバスに乗れてしまう。
-あれ?アイドリングストップバスじゃないよな?-
尊氏は車内の捕まり棒を握りエンジンの振動を確認した。ついでに乗客と椅子の背もたれにも触ってみる。
-人間はアウト。椅子は触れる。これはまた新事実だな。-
尊氏は桃子たちに乗るよう合図した。桃子たちは律儀に最後に並ぶ。そこで尊氏が叫んだ。
「桃子駄目だ!押しのけて乗れ!最後じゃ扉を閉められるぞ!」
運転手に桃子たちの姿は見えない。ステップを登る瞬間に扉を閉められたら桃子たちの体重では弾き飛ばされてしまう。桃子は未来の手を取って前にいる人をすり抜けて車内に駆け込んだ。優子も続く。
「乗れちゃったわ・・。」
「一応、身構えてくれ。走り出したらとうなるか分からん。」
次の瞬間、扉が閉まりバスが走り出した。尊氏たちは置いていかれることなくバスに乗って移動している。
「バスは公共機関だから乗れたのかしら?」
優子が手すりをぎゅっと掴みながら呟く。
「心当たりはある。これだ。」
尊氏はポケットからパスケースを取り出した。その中には市内バスの周回チケットが入っていた。
「ああっ、前売り券ね。納得。でもなんで私たちまで乗れたのかしら。」
「全員分のチケットがあったからか、はたまた別の理由か。まあいいさ、また試せばいい。」
車内はそれほど込んではいなかった。立っているのは尊氏たちだけである。
「うまく乗れたもんだから思わず呼んでしまった。もしかしたら危なかったかもしれない。ごめん。」
「まっ、結果オーライね。未来、ここ空いているわ。座って。」
優子が未来に空いている席を指差す。
「でも・・。」
「込んできたら嫌でもすり抜けちゃうんだから今は座っていて。途中で変わってもらうから。」
未来はおずおずと席に座る。その肩に桃子が手を置きながら言う。
「でも今回は尊氏のお手柄ね。私も市内バスは結構乗るけど大抵現金なのよね。まだ子供料金だし。」
「ふふっ、塵積もさ。夏休み用に買っておいたんだ。」
「成る程、なら私のタクシーチケットも使えるかもね。」
「優子、それって嫌味か?」
「7割くらいね。でも私たちじゃタクシーは止まってくれないから尊氏のバスチケットの方が価値は高いわよ。」
程なく3人は町の図書館に着く。時間はまだ10時過ぎだ。資料を調べる時間は沢山あった。
「歩っていたらまだ国道にも出ていなかったわ。やっぱり乗り物って早いのね。」「そうね、尊氏がこっちのグループで正解だったわ。でも尊氏は女の子を独占なんだからお礼はないわよ。」
「失礼な、人を竜馬見たいに言わないでくれ。」
「でもチケットは減ってないんでしょう?これって結局無賃乗車じゃないの?なんかルールが行き当たりばったりで法則性が見えないわ。」
「ひとつひとつ確かめていくしかないさ。その下調べの為に来たんだ。みんな頼んだぜ。徹底的に調べよう。」
「パソコンが使えればいいんだけど。目視で探すのは一苦労だわ。」
「ふふふっ、4人いるだもの、大丈夫よ。ね、未来。」
「うっ、うん。がんばる。」
4人はそれぞれの決意を持って図書館に入っていった。




