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狐の嫁入り  作者: 月花
始まり。
7/19

再会。


〇〇〇亜紀視点〇〇〇


 都会の方から電車で揺られて三十分。

 駅に到着した私は改札を抜け、家に向かって歩き出す。


 大学生になったばかりの頃は電車での通学にどきどきしていたが、三ヵ月ほど経った今ではそれが懐かしい。


 地面を照りつける太陽を前にそんなことを思いながら歩いていると、分かれ道が見えてきた。

 左側は、毎日私が通学帰宅に使っている道。一方右は山沿いの道で、家に帰るには少々遠回りになるためあまり使わない。

 しかし、私はいつもと違う山沿いの道へと進んだ。


 ―――ああ、やっぱりちょっと涼しい。

 

 涼しさに軽くなった足を進めていくと、こっちに向かってくる人の姿に。

 私は息を呑んだ。

 何年も前にこの地から引っ越してしまったはずの人物が私の目に映っていたからだ。

 数秒後に、私の胸の内は懐かしさでいっぱいになっていた。

 間近で見ているわけではないが、感覚が彼だと叫んでいる。

 まさか、ここでまた会えるだなんて。


 ―――ともる


 私は声を掛けようとした。まさにその時。

 茂みから、何かが飛び出した。



 「灯さんっ……! きゃっ……!」


 「うわぁ!」



 彼の驚愕が響いた直後、どしんと音がした。思わず閉じてしまった目を開けると、そこには地面に押し倒された灯と、彼を押し倒したセーラー服姿の中学生という、よくわからない組み合わせが広がっている。



 「すいません灯さん……」


 「月音さんは相変わらずだなぁ……」



 見つめ合い、名前を呼びあう二人。

 そんな光景を前に、私の頭は凍り付いたように機能を停止していた。

 

 頭が正常に回り始めたのは、灯とその子がこっちに向かって歩み始めた頃だった。

 何だか見てはいけないものを見てしまった気がした私は、すぐ前にあった左折路に姿を隠した。

 何かの間違いではないかと塀から二人の姿を覗いて見るも、仲睦まじくお喋りをする二人の姿はそこにある。



 「灯、どういうこと?」



 ひょんな理由で帰り道を変えたことが、こうも自分に衝撃を与える結果になるとは、私は思いもしていなかった。

 




 あの子は一体何だったのだろう。それはいまだ明らかになっていない。


 あのあと私は彼らの後をつけていった。ストーカー紛いの行動だとは思う。だが、それ以上に彼が誤った道に落ちかけているのだとしたら、止められるのは居合わせた私しかいない。

 だから、私は彼が悪事を働いていないか監視した。

 結果は良好だった。途中で二人を見失ってしまったものの、二人はどこに行くでもなく適当にその辺りを歩いただけだったし、何か危うい雰囲気になることもなかった。

 しかし、一方で私に纏わり付く不安感はそう簡単に消えてくれなかった。

 思い浮かぶのはあの光景。



 『すみません灯さん……』


 『月音さんは相変わらずだなぁ……』



 杞憂かもしれないが、どうしても拭い去れない不安感を無くすために、私は灯を問い詰めることにした。


 私は灯と出会った道を通るようにした。学校に行く時、帰宅する時、遊びに行く時。遅刻しそうな時は別だが、私は出来る限りその道を使うように心がけた。

 結構な頻度だったと自負している。

 が、ほとんど毎日通っているにもかかわらず、全然灯と会えていない。

 二人を見失ってしまったことを私は今更後悔した。


 なかなか会えず、焦れてきた心からか空いた日に張り込もうかなんて考えもした。けど、そこまで時間を割くのはなんだかおかしい。

 どうして私は、時間も労力もたくさん必要な作戦を実行しようとしているんだろう……。

 立案した本人なのにそんなことを考えながら、私は山沿いの道を通り続けた。





 授業を終えて帰る途中。

 私はいつもの道を通り、ついにその姿を捉えた。

 


 「灯!」



 私が声をかけると、彼は振り向いた。

 穏やかそうな顔立ちをしているが、彼が大胆な優しさを持っていることを私は知っている。

 


 「……亜紀? 亜紀じゃないか! 久しぶりだな」


 「灯、明日のお昼空いてる?」

 

 「えっ、空いてるけど……?」



 懐かしむ灯に、私はいきなりそんな質問を浴びせた。

 彼は戸惑った様子だが、構わない。



 「明日の昼、駅前のカフェで待ってるから」




〇〇〇灯視点〇〇〇


 ―――おかしい。


 いったい何がおかしいのかと言えば、今目の前にいる亜紀の様子が、だ。

 楽しそうに家族のことを話している亜紀は店員さんや談笑しに来たお客さんからすれば、普通だろう。でもそれは、あくまで他人から見た場合に限る。

 僕からすれば、この状況には違和感を感じざるを得ない。

 久しぶりに会ったと思ったら約束を取り付けて亜紀はすぐに走り去った。しかも複雑な表情を彼女はしていたのだ。何か重大な相談事でもあるのではないかと、考えない方がどうかしているだろう。

 だが、そんな僕をよそに、目の前にいる彼女は僕がしたかったような話ばかりする。

 いや、それはそれでいいんだけど。昨日の含みある態度が気になってしょうがない。

 

 半分ほどになったコーラをストローから吸う。


 落ち着こう。僕は今を楽しみたい。

 亜紀が抱えていた問題はすでに解決されてしまったのかもしれない。もし仮にそうでなかったとしても、そもそも亜紀はそんなつもりで僕を誘ったのではないのかもしれない。それに、僕と話したいけど何か急用があったせいで、ああして約束を取り付けて行くしかなかった可能性もある。

 僕が今こうして悶々としているのは思い過ごしの取り越し苦労にすぎないにのでは無いだろうか!


 ……。


 やっぱり気になるなぁ。



 「それでね、お父さんはすごい反対したの。美智子は頭がいいんだからもっと上の高校にいけ! って。もっともだと思わない? でも、そしたら美智子、『亜紀姉と一緒の高校がいいの!』って。すごい嬉しかったなぁ」


 「へ、へぇ~」



 楽しそうに喋る亜紀。

 その姿を見ていると、どうも口を開く気分にはなれない。



 「美智子には才能があるし、もっと上に行けると思ってたから、結局私も上位の高校を進めたんだけどね?」






 路上には二つの長い影が浮かんでいる。僕と亜紀の影だ。

 振り返れば、山の上に輝く夕日が見えるだろう。

 あれからも、気になっていることを聞いてみようと狙ってみたが、タイミングは掴めず。隣町のカフェからここまで戻って来てしまった。

 亜紀の様子は変わりはなく、このままいけば、昨日の含みのある態度の理由はわからないままだろうが……。



「……灯?」



 とにかく今日はあまり郷愁に浸ることができなかった。日を改めて懐かしみたい。そう思って、隣でこちらを向く彼女に『次』を提案する。



 「今度映画でも見に行かないか?」


 「いいけど……急にどうしたの?」


 「いや、ちょっとね。気にしなくていいよ」


 「?」



 亜紀は首を傾げるが、本当のことを言うのは野暮だろう。

 

 

 「何か見たい映画とかある?」


 「え、うーん……そうだね。『夏の終わりのカルテット』とか。」


 「うん、いいね! じゃあ今度それを見に行こう。映画を一緒に見に行くのって何年ぶりだ? って、あれっ? 亜紀?」


 

 隣を見るも彼女の姿がない。亜紀の姿を探して後ろを振り返ってみれば、亜紀は立ち尽くしていた。

 

 ちょうど、寮へ続く道と、亜紀の家に続く道に分かれる分岐点の辺りだった。



 「ねえ、灯。私、あなたに言いたいことがあって」


 

 亜紀に、名前を呼ばれた僕は息を呑む。



 「お、おう」



 急変した彼女の態度で察した僕は、緊張の籠った返事を返した。

 言葉を選ぶように、口を開閉させる亜紀を見て、暑さからかいた汗が、冷や汗なのではないかと僕は錯覚を覚える。

 一体、何を打ち明けられると言うのだろうか。


 僕に発せられた言葉は―――。

 


 「私、中学生とって、どうかと思う」



 え?



 疑問を示す声が自分から出されたと感じたにもかかわらず、しかしそれは音にすらなっていなかった。

 聞かされた言葉の意味をようやく頭が理解し始め、何か誤解を招いていることを悟る。

 

 亜紀の言葉と態度から感じられるニュアンスは、そう。友人が犯罪を犯した時に見せるような悲しい表情そのもので―――。



 「私、見たんだよ。灯が中学生くらいの子に押し倒されてるところ。なにを教え込んだのか知らないけどさ……」


 「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何か誤解してないか?」


 「誤解?」



 亜紀は訝しげな表情をしていた。

 事故で何度もなってしまった覚えはあるし、中学生という単語にも引っかかるものはある。だが、あれらは事故で、アクシデントだ。やましいことなんて何もない。

 とにかく、この誤解を解かないと。この心地よい関係性が崩れてしまうかもしれない。それだけは勘弁してほしい。

 僕は弁明を試みた。



 「あれは、そう。よくあるアクシデントなんだ」


 「ふーん、よくある、ねぇ」



 事実を告げたにもかかわらず、目を細めてこっちを吟味するかのような表情をされた。そんなに疑わなくたっていいのに。



 「で、どうなの? よくあるってどういうことなの?」


 「よくあるっていうのはそのままの意味で……」


 「あんな風にしてることが、よくあるんだ? 程ほどにね?」



 墓穴掘った―――。



 「ちょっと待って!」


 「なによ!」



 語気を強めて待ったをかける。

 このままでは僕のイメージがなんかやばい人に変わってしまう気がする。

 やましいことは何もないのに、だ。

 僕は亜紀の誤解を解くために、事の顛末を語り始めた―――。




 結果、亜紀には理解してもらうことはできたのだが、納得してはもらえなかったみたいだ。

 というのも、自分で話していても思ったのだが、お人好しすぎるのだ。僕が月音さんに対してここまで付き合う義理はないはずなんだけど、僕は彼女の要求に答えすぎている。そこまでする動機が亜紀には感じられないのかもしれない。なお、僕も今頃になってどうしてか、自分に疑問が沸いていた。



 「何とか助かった……」



 ともあれ事情を理解してもらえたことは素直に喜びたい。

 ホッとした心を胸に、僕は寮に戻った。

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