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狐の嫁入り  作者: 月花
始まり。
6/19

お願い。その3

 気絶した佐江さんのいる場所を離脱し、買い物袋を寮に置いた後。

 月音さんと歩く僕は隣町にでも出ようかと思案していた。

 というのも、このあたりに娯楽施設はないからだ。スーパーはあるものの、ゲームセンターやカラオケといったものはない。ど田舎とは言わないけど、間違いなくここは田舎だ。

 実際月音さんは……



 

「ピカピカ点滅してる! こんなの見たことないですともるさん!」



 退屈している、と思いかけて、それが全然見当違いだったことを僕は思い知る。

 初めて出会った時の記憶をまさぐると、興奮した様子で自販機に指をさしている月音さんが出てきた。

 そうだ、彼女にとってはこんな何でもないような住宅地を歩いているだけでも面白いんだった。



「普通にあると思うけど……。確かにウェーブしてるのは珍しいかな」



 ボタンの光が波打つ自販機を前に僕は素直に感想を述べながら、町に月音さんを連れていく必要はないと判断。同時に住宅地をぶらぶら散歩することに決めた。


 今日は季節の割にちょっと暑い。散歩する、となると喉が渇くかもしれないと思い至った僕は、飲み物を買うために財布を取り出すと、自販機に百円玉を投入した。



「……」



 次は十円玉……と、それを入れようとしたところで、隣から視線を受けていることに気がつく。

 じっとこっちを見つめる彼女を見て、僕は瞬時に当初予定していた投入金額を倍に変更。コーラを二つ買った。

 彼女は確かお金をあんまり持ってなかった。そのせいで飲み物が買えないのかもしれないが、水分補給は大切だ。



「えっ、いいんですか?」



 赤い缶を差し出すと彼女は申し訳ないというような顔をした。が、それも束の間。もう買っちゃったから飲んでもらわないと困る、と半ば強引な理論で説得すると、月音さんはお礼を言った直後、すぐにコーラを仰いだ。

 月音さんのことだから多分ジュースを飲むのは初めてなのかもしれない。これは興味が即、行動に直結した形だと思う。

 だから、仕方がなかったんだ。


 ……余談になるけれど炭酸飲料って、一気に飲むと吹かざるを得ないよね!


 僕はどうして水分補給にコーラをチョイスしてしまったのか、後悔することになった。





「うっ…………」



 彼女がコ〇コーラに対して拒絶反応(その様子はお察しください)を示したために、約二人分の炭酸飲料をお腹に収めなくてはならなくなったわけだが、そもそもの原因は軽率にコーラを買った僕自身にあったのだから責任もまた僕にあるだろう。

 寄りにもよってペットボトルではなく缶を選択してしまった自分が恨めしい。せめてボトルであったなら持って帰ることも容易だったのだろうが、缶を選んでしまったのがいけなかった。

 以後、誰かに炭酸飲料を奢るときは必ず聞くことを固く誓う。


 月音さんはもうすでに炭酸飲料による不調から復活していた。

 羨ましい……、と思っていると、奇妙な音は不意に鳴った。



「グゥゥ」



 音の主は月音さんその人だ。

 見れば、お腹を押さえる彼女の顔はほんのり赤い。空腹に耐えきれずにお腹が鳴いたらしい。

 時計を見れば、もう三時だった。

 僕のお腹にはコーラが入っているが、彼女のお腹にはほんの少ししか入っていない。

 お腹が空くのも道理というものだ。

 僕は昼食を食べに行こうと提案した。



「あの、私……その、これだけしか持っていないんですが……」



 と、急にしおらしくなった彼女のスカートから取り出されたのは少量のお金。

 ―――254円。



「これで全部なんですけど……足りない、ですよね?」



 訂正、月音さんの全財産254円。

 急に様子が変わったかと思ったらそういうことか。



「お昼ぐらい任せて」


「そんな、悪いですよ! 飲み物だけでじゃなく、お昼もだなんて!」



 と、そんな月音さんの遠慮を彼女のお腹は。



「ギュルルルル」



 音で否定した。



 〇〇〇



 それ以降も月音さんは遠慮しようとしたのだが、再度繰り返される空腹の嘆きに彼女は降伏、僕たちは近くにあったうどん屋へとやってきた。

 戸を開いて右側はカウンター、左側は座敷になっていて、くすんだ木の色からは年季が感じられる。老夫婦が経営しているから、一昔前に夫婦で開業したのかもしれない。

 時間からか、空席がほとんどだった。


 

「おい、注文は決まったか」



 しばらくしてカウンター越しに店主の声がかけられたが、月音さんはまだメニューをにらみながら唸っていた。

 もしかしなくても、彼女にとってうどん屋に入るのは初めてで、何にするのか決め兼ねているのかもしれない。



「もう少し待ってください」



 僕がそう言うと店主は、腕を組んで仁王立ち。『しゃあねえな』の構えをした。



「月音さんどうする?」


「むー。灯さんはもう決まったんですか?」


「ああ。きつねうどんにしようと思ってる」



 答えた瞬間彼女の顔色がなんだか悪くなったような気がした。



「きき、き、きつねうどん……!?」



 と、思っていたのだが、彼女の顔色はどんどん悪くなり出した。

 腹痛が月音さんを襲っているのだろうか。



「だ、大丈夫? 顔色がすごく悪いんだけど……」



 具合を聞いてみるものの、大丈夫だと彼女は言い張る。

 それでもなにかあってからでは遅いと思って、おもんばかるのだが、



「いえ、全然ホントになんともありませんから!」



 といった感じて否定。

 仕方なく僕は追及を止め……いや、止めない。ここで折れてはいけない。明らかに顔色が悪い。彼女は無理しているかもしれないのだ。



「本当に問題ないの?」


「本当です!」


「本当に、本当に大丈夫?」


「本当に、本当に大丈夫です!!」


「ホントのホントの本当に? 神に誓って!?」


「ホントのホントの本当に。神に誓って大丈夫ですから!!」


「で、結局どうすんだよ」



 もう一度大丈夫か聞こうとした息を、カウンターからの催促二回目の声で飲み込む。話が逸れるのを店主は阻止。

 追及をやむなく終えて、僕はきつねうどん。月音さんは普通のうどんを頼んだ。



 数分後に、うどんが来た。

 隣の彼女はどうしてか胸をなでおろしていたが、今だけは気にすることが出来ない。

 うどんを目の前にして、急にお腹が減ってきたからだ。

 麺を持ち上げればそれに呼応するように湯気が立ち上り、鰹出汁の香りが鼻孔を直撃。純白太めの麺には艶があり、これみよがしにコシの存在を主張している。僕の口内では、知らぬ間に洪水が起きていた。


 おいしいっ……!

 すすれば反射的にそんな感想が頭を突き抜ける。



「……! おいしいっ!」



 彼女もうどんを食べたらしく、そんな感嘆が聞こえた。

 僕たちはうどんを堪能した。



 お金を払って外に出ると、ほんのわずかに空が朱に染まっている。



「そろそろ帰ろうと思うんだけど、家はどこなの?」


「あ、えっと……その……それは……」



 夕方の気配が顔を覗かせた空を前に発した問は、



「よ、ようやく見つけましたよ! 月音様!」



 という声に遮られてしまっていた。

 後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには白い和服を着た女の人―――佐江さんが立っていた。

 あれから月音さんを追ってきたのだろう。よく僕達を見つけたものだと思う。

 駆け寄ってくる彼女に月音さんがどんな感情を抱いているのかが気になって、月音さんの様子を伺ってみたが、当初のような嫌がる素振りはない。

 どうやら抵抗するつもりはないらしい。

 いや、そうであったとしても流石さすがに援護するつもりにはなれないが。



「何も酷いことをしていないでしょうね?」


「は、はい、もちろん」



 返事にどもってしまい、何かやましいことでもあるような返事になってしまったが仕方がない。顔を近づけられ、圧迫された僕からは気づいたらそんな返事が出てしまっていた。

 疑われるかも、と思った割に彼女は、そうですか、と返しただけだったのだが。



「月音様、帰りましょう」


「あ、ちょっと待ってて! ……あの、今日はありがとうございました。色々迷惑かけちゃってすみません! でも、楽しかったです!」



 こちらを向いた月音さんからお礼を言われて、僕の心は自然と温かくなった。

 二人の背中を見送る。

 家路についてから、月音さんについてあまり知ろうとしていなかった自分に気づいたけれど、それがとても些細に感じられる程に、僕は充足感に満たされていた。



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