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狐の嫁入り  作者: 月花
離れ。
19/19

会えない日。

前回のあらすじ

月音と佐江が人間と接触していることが発覚してしまい、佐江は罪人として打ち首にされそうになる。

しかし、月音は長年拒んでいた嫁入りの話を取引材料に、佐江を救ったのだった。


これは、灯が知らないところで起きていた出来事である。

だから、彼はその事情は、知るよしもないのであった。

 月音さんとの楽しいショッピングをしてから、一ヶ月が経った。

 万引き犯と間違われて店員さんに追われたり、逃げきった後に亜紀に遭遇してしまったりと、いろいろと大変な思いをしたけれど、ことなきを得た今ではいい思い出になっている。

 また行けたらいいなーーーそんな風に考えていたのは何週間前のことだろうか。

 大学から帰宅する途中、月音さんがいつも僕のことを待っていた場所に差し掛かろうとしている。

 夕暮れの時の森が風になびいて音を立てているように、自身の胸がざわざわと騒いでいる。

 僕は願った。

 ここ最近の空白期間なんてなかったのだと言えるような様子で、月音さんがその場にいてくれることを。

 でも、



「今日も、いない……」



 口からこぼれ落ちた言葉は、期待が叶わなかったことに対する落胆だ。

 彼女がよく座っていた、山と住宅地を隔てる、低い石垣の上。

 そこに腰掛け、ほぼ毎日僕の帰宅するのを待っていたはずの月音さんは、今日もいない。

 会う約束をしているわけじゃない。だから、月音さんが今ここにいないのは普通のことなんだけど……。



「月音さん、どうしちゃったんだろう?」



 余計な心配かもしれないのは十分に承知している。だけど、連日会っていたのにパタリと姿を見せなくなってしまったのだ。なにか大変なことが起きてしまったのではないかと思わずにはいられない。

 月音さんの定位置だった石垣の上、そこを前にして動けない。

 手が震える。

 僕は不安を抑えきれていないらしかった。幼い頃に味わった喪失感が、じわじわと体を蝕み始める。

 名前すら知ることがかなわなかったあの子のことが、はっきりと思い出される。

 純粋で混じりっけのない、あの子の笑顔。

 守りたかった。けれど、僕は彼女を守れなかった。


 大切な人がいなくなる怖さ。

 そんなものは、もう二度と味わいたくない。


 でも、どうしたらいいのだろうか?

 あの頃とは違って名前は知っている。それなりに大人にもなった。だけど、それがなんだっていうんだろう。月音さんが今どこにいるのかすら、僕には全く見当もつかない。


 ーーー何も変わっていないんじゃないか?


 頭をよぎったその思考に、心臓を締め付けられているかのような錯覚を覚えた。



「月音さん、どうしてちゃったの……?」



 彼女の定位置。その隣に腰掛けて、いないはずの彼女に向かって、声を落とした。



〇〇〇〇 亜紀視点 〇〇〇〇



 日が暮れようとしている。太陽の出ている時間が極端に短くなる冬至が過ぎ去ったとはいえ、まだまだ日の出ている時間は短い。



「うう、寒い……」



 冬の寒風が肌を撫でていく。肌寒さに、自然と身が小さくなった。



「……お腹すいたなぁ」



 家にはあともう少しで着くけれど、帰ってからすぐに晩御飯がでてくるとも限らない。

 そこで私は思いついた。おしるこ缶を買おう。

 あったかいし、小腹も満たせる。一石二鳥の良案である。

 お金は……、そんなにないけど。



「………買いに行こ!」



 少し思案してから、決断する。この季節に特に美味しくいただけるおしるこ缶のことを頭に思い浮かべた私は、山沿いにある自販機へ向かうことにした。


 完全に日が沈んでしまえば、もっと寒くなるに違いない。

 その前に、なんとか買って帰ろう。


 私はそう考えて歩を早めた。



〇〇〇〇



 しばらくして、自販機の付近にきた私は、そこでぎょっとすることになる。

 石垣の上。腰掛けたその人ががっくりとうなだれている。夕暮れ時の寒い時間帯にも関わらず、ただじっとその場に座っていることが異常に思えて、距離がある段階で私は立ち止まった。

 でも、凝視してから、気づいた。



「え、灯!?」



 そこにいるのは、どういうわけか、灯だった。



 「ど、どうしちゃったの!?」



 駆け寄り、声をかけると彼はどこか心ここにあらずといった雰囲気のまま、顔を上げた。

 その様子に一瞬気圧される。



「亜、紀……?」



 声が弱々しい。

 ひどく弱っているように感じた私は、ただ事じゃないと感じた。

 彼の話を聞くために隣に腰を下ろす。



「何があったの」


「…………実は……」



 長い空白を置いてから、彼は話し始める。

 話は先日押し問答をする元となった、月音ちゃんについてのことだった。

 内容を要約すると、月音ちゃんと日々あっていたのに、最近全く会わなくなったので、何か彼女の身にとんでもないことが起きたのではないか心配だということだった。

 灯と月音ちゃんがそこまで頻繁にあっていたことが驚きで、いろいろ追求したい気持ちになったけれど、ぐっと堪える。

 私は、話を聞いて素直に思ったことを話す。



「約束をしていないんだから、来なくても普通だと思うよ?」



 灯はそれに対して、「僕もそう思うけど、怖いんだ」と返した。

 灯は、月音ちゃんをとても大切にしてるんだな、なんて思うと同時に、呼吸が小さくなっていたのか、胸が苦しくなったので深呼吸。

 今は彼が潰れてしまいそうになっている。私は灯の不安を少しでも取り除いてあげられないかと考え始めた。



「連絡は……、してるよね。さすがに」


「してない」


「へっ?」


「僕、月音さんの連絡先、知らないんだ……」



 口に出したからか、余計に沈み込む灯。



「そ、そっか……」



 ひどく思いつめたような様子に、私は短い言葉でただ応じることしかできない。


 沈黙が流れる。


 行き詰まりを感じるようなこの空気がきっかけなのか、昔のことが思い出される。

 子供の頃の記憶だけれど、はっきりと覚えている。ある時から神社で遊ぶようになっていた、どこの家の子かわからない金髪のあの子が急にいなくなったその日から、彼は心が抜けたようになっていた。

 毎日のように学校のみんなと遊んでいたのに、その時から、灯は外からその様子を眺めるだけになってしまっていた。

 それを心配して、そばにいた私。だけれど、それ以外にどうすればいいのかよくわからなくて、ただそこにいることしかできなかった日々。


 ……どうにかしてあげたい。


 聞いた話では、連絡先はわからないし、月音ちゃんが住んでる場所も知らない、という話だけれど、きっと、なにもしないままじゃ、だめだ。

 決意を込めた声で灯の名前を呼びつつ、躊躇なく無謀なことを言った。



「月音ちゃんがどこにいるのか、探そう? 灯」


「……あてがないんだよ? どうやって探すんだよ?」


「それは、そうかもしれないけど。だけど、このままわからないからって、なにもせずにいるの? もしそれで月音ちゃんと、二度と会うことができなくなったとして、灯は、それで後悔しないっていえるの?」



 虚を疲れたように私の顔を見る灯。

 前を見て思考する彼は、先ほどまでとは別人だ。



「それは、…………絶対に、いえないと思う」



 わずかに決意を孕んだ答えに、私は嬉しくなった。



「行こ? 探しに。あてはないかもしれないけど」


 

 灯が小さく頷いた。



「決まり。それじゃあ荷物置いてくるから、一時間後にここに集合ね」



 私はそう言って、準備をするため家に向かって駆け出した。

 あの日、話を聞くことしかできなかった私だったけれど、今日は灯を勇気付けられた気がして、少し、嬉しい。

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