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狐の嫁入り  作者: 月花
離れ。
18/19

断罪

 地面の砂つぶは、乱暴に頬を傷つけた。



「ぐっ……!」



 痛みに佐江は顔をしかめた。両手が空いていたならとっさに手をついたが、それができなかったのはひとえに両手両足を縛られているがゆえだ。



「佐江!」



 悲痛な叫び声が発される。地に投げ出された佐江の元に駆け寄ろうとした月音は、しかし、他の狐たちに止められてしまう。 

 怒り、困惑、驚き。様々な感情が場に満ちていた。

 無理もない。(おきて)破りの可能性に加え、姫が外界にでていく手助けをした可能性まであるとなれば、混沌とした感情が場を支配するのはしょうがないことだった。

 こうして佐江が締め出されているのは、お付きとしての責任が問われているからだ。



「これより、佐江殿へ、見回りよりかけられた嫌疑について尋ねる」



 尋問の前置きを、一匹が喋り始める。

 その一匹は、なぜ佐江が問い詰められるのか、そして、この取り調べに至るいきさつを述べていく。

 佐江の元へ駆け寄ろうと月音はもがいた。しかし、他の狐たちは彼女を拘束して離さなかった。

 月音は声をあげた。



「なんで? どうして佐江がこんな目にあわなきゃならないの!? 悪いのは私でしょ!?」


「落ち着いてください月音様!」



 周りがなだめるも、彼女は声を上げ続ける。


(月音様が、私を助けようと頑張ってくれるだなんて……!)


 庇おうとする月音をみて、佐江は場違いにな感慨を抱いた。が、同時に取り押さえられているこの現状に、申し訳なさを感じた。


(私が不注意なばっかりに……!)


 十分な注意はしてきた。実際、ここまで人間との接触を隠し続けられたのは、佐江の頑張りが大きい。

 しかし、努力したからという理由で、後悔の念が鎮まるはずもない。

 あの時こうしていれば、バレずに済んだのではないか?

 そう思う度、佐江は悔しさに顔を歪めた。


 追及開始の宣言がほどなく終わる頃、屋敷の奥から、老齢の一匹、否、一人の狐が現れる。

 月宮家の当主である。名は真月まげつと言う。

 変化へんげしているため、彼の外見は二十歳ほどに見える。だが、その神経質そうな顔は、長年生きてきたものの貫禄かんろくを垣間見せていた。

 足音静かに屋敷の縁側で止まった彼は、地面に転がる佐江を、鋭い目でめつけた。

 意思に関係なく、佐江の体は縮こまる。

 いまだに感情が混沌とする周囲に対して、真月は鶴の一声で、場が静まり返る。

 質問が始まった。



「ーーー正直に答えろ。まず、そうだ。お前は人間と関わったのか」



 一つ目の質問。

 もちろん佐江は人間と関わっている。灯と多少にせよ会話している上、共闘関係を結んだ亜紀のこともあった。

 彼らが一体どこまでの情報を持っているのか。それはわからない。だが、面識があるのを正直に吐けば、罪人として牢屋に放り込まれることだけは確かだろう。

 身を守るために嘘をつくべき場面だ。当然佐江が空音で場をごまかすものと思って月音は見ていた。 

 が、はなから嘘をついてごまかそうなどという気持ちは、佐江にはない。

 彼女は、自分の行いが悪いものだと自覚していながら、掟を破り、見逃し、助長した。

 本来ならば、真月に対して相談しなければならないことだとわかっていながら、ただただ「反対されるかもしれない」という思いだけで黙秘してきたのだ。

 少なからず、佐江の心には忠誠を破ってしまったという申し訳なさがある。

 真月の問いかけに、佐江は答えた



「……関わりました」



 一拍置いて、ポツリと呟く。

 とたんに雑踏が困惑に包まれた。月音は信じられないというように目を見開いている。

 目を細くした真月は、「そうか」と重い声を地面に落とした。半ば予想していたのか、彼に動揺の色はない。

 彼が「では」、と言うと、次の質問と、その答えを聞き逃すまいとする周囲の者たちは、一瞬の内に静けさを取り戻す。

 だからか、真月の声はよく通った。



「月音は人間と関わっているのか、そして、お前はそれを知っていたのかについて、聞かせよ」



 真摯しんしに答える佐江に遠回りは無用と判断したのだろう。一気に核心へと踏み込む質問を真月は投げかける。

 場の空気は急激な緊張感によって締め上げられた。

 肺が小さくなってしまったかのような息苦しさを覚えながら、彼女は話す。



「……月音様は、人間と関わっております。私は、それを知っておりました」



 たかだが二文で言い表された事実が、大勢の狐たちをまたしてもざわめかせる。

 真月の目は険しいものへと変わった。



(申し訳ありません、真月様……。ですが……!)



 瞳が失望の色に染まったを見て、佐江は必死に声をつむいだ。


 

「ですが、どうかお聞きになってください! 月音様は小さい頃から屋敷の敷地内にずっと押さえ込まれて育ちになられました。これまでつまらなさそうに生きてきた姫様が、人間とふれあい、今まで見せられなかった心からの笑顔を、お見せになられたのです! 年相応に笑わなかった月音様が、笑ったのです。お付きとして、本当に嬉しかった。私に、どうして幸せそうにする月音様を止めることができましょうか!」



 懸命に、死に物狂いな佐江。



「掟に抵触したことはわかっています! ですから、私は甘んじて罰を受け入れる心づもりです。しかし、どうか、どうか月音様だけはお見逃しになってください! お願いです!」



 悪いのは自分であって、姫様は悪くない。

 佐江の叫びは、深い愛情に満ちていた。



「さえぇ……」



 佐江の願いに、月音は雫をこぼす。

 尊い絆で二人は結ばれている。それは、誰が見ても一目瞭然だった。

 だが、周りのものたちにとってそれがどれほどの問題になるのだろう。



「禁忌だ! 禁忌だぞ! 天災が起きたらどうするんだ! 姫様だって禁忌に触れてただで済ますわけにはいかねぇだろう!」



 一人がそう言えば、周りはそうだそうだと大賛成。

 佐江は歯噛みした。

 このままでは、月音まで罰を受けなくてはならない。



「静粛に! 静粛に!」



 騒然となった場に、尋問の宣言を行なった一匹が呼びかける。

 静まり返るしゅうの注目は、当家の最大権力者である真月に集まった。

 罰は、彼が決める。

 決定権を持っているのは、家の当主と決まっている。

 口火は切られた。



「代々我が月宮家のお付きを担ってきたお前の家系を私は信用していた。佐江。私は、お前が掟に触れるなどとは思っていなかった」



 わかってはいたものの、改めて口にされる失望に佐江は希望を失いかける。

 もう、ダメかもしれない。裏切り者として追放されて、月音様のお付きも、一生できなくなってしまうのかもしれない。

 次々に生まれる不安が佐江の身を焦がした。



「いくら我が娘の幸せを願っていたとしてもだ。掟を守らせることはお付きとして当然の責務。よって、佐江。ーーーお前は打ち首だ」


「お父様! 待って、私そんなの嫌だよ! 佐江を殺さないで!」



 真月の審判に月音は吠えた。邪魔してくる狐の垣根を乗り越え、佐江を守るために彼女は立ちはだかる。

 佐江は顔を青くせずにはいられなかった。真月の不興ふきょうを買ってしまえば、月音にまで被害が及ぶかもしれない。それは、月音を一番大切に思ってきた佐江にとって耐えられないことである。



「おやめください月音様! これは、仕方がないんです!」


「佐江のバカッ!」



 だから、月音にそう叫んだ時、彼女はハッとした。



「仕方がなくなんてない! 私、佐江のこと大切にしてるもん! やめてなんて、ぜったいに聞いてあげない!」



 佐江は、自分がとんでもない分からず屋だということを自覚して、恥じた。月音にとって、彼女は母親同然の存在で、だからこそ、どうしようもないからなんて理由で命を捨てて欲しくはないのである。

 たとえ、それが当主に命じられたのであったとしても。



「月音、引っ込んでおれ」



 真月は目を細めて言ったが、次の瞬間には目を見張ることになる。



「私、お嫁に行くから」



 月音が、自らそう口にしたからだった。

 佐江は愕然とした。



「月音様! そのようなことは……!」


「いいの、佐江。佐江のためなら、私、我慢する。それで佐江が助かるのなら、私は、いい」



 これまで、お嫁に行くことをひどく拒んでいた月音の発言。

 真月は少し考え込むようなそぶりをして、その条件を飲んだ。



「わかった、いいだろう。その代わり、気が変わったなどと言えば佐江の命はないと思え。……月音の意思に免じて、佐江は牢屋で三ヶ月の謹慎とする」



 真月が下した判決に小さく不満を漏らす者もいたが、流石に当主には逆らえない。



「月音様……」



 蜘蛛の子を散らしたように解散していく狐たちの足音に、佐江のつぶやきは搔き消えた。

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