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狐の嫁入り  作者: 月花
広がり。
16/19

気になるあの人の行方6

〇〇 亜紀視点 〇〇


 デパートの自動ドアが開くのに伴って、寒風が肌を撫でた。

 爽やかな感慨に身を委ねたいとこだけど、今の私はそういうわけにはいかない。

 灯が中学生の子と会うのには、人には言えないような理由がある。もともと手袋を買いに来ていた私は、そうに違いないと思って、二人の追跡を始めた。

 けれど、今は事情が少し込み入っている。


 前方を歩いている女性。歩き方がぎこちない、その人。

 灯でもない。灯が懇意にしていたあの中学生でもない。そんな女性のあとを、私と佐江さんはつけている。


 なぜかと聞かれたら、それは佐江さんが『ついてくればわかる』と言ったから。

 あの女性が灯と月音ちゃんにどう関係しているのかなんて、私には全く想像がつかない。


 だからこそ、早く知りたい。

 あの女性の正体を、知りたかった。



〇〇〇



 デパートから出て数十分。私たちの前方を歩く女の人は、うろうろと際限なく近郊きんこうを歩き回っていた。


(人のいない場所を探してるみたいにしか見えない)


 湧き上がるのは、疑惑。いい印象が全く持てないその動き。それを裏付けるように、ついに彼女は人気のない裏路地に、入っていく。

 そこで佐江さんが唐突に呟いた。



「どうやらあそこで行うようです」



 ……なんだかすごく心配になってきた。思い浮かぶのは、人身売買という現実味のない言葉だ。

 胡散臭いあの女性の様子が、日本で身売りなどというありそうもない想像を掻き立て、胸を騒がせる。


 ーーーまさか、灯はあの中学生の子をこの女の人に売る気なんじゃ……!



「なんて顔してるんですか」


「え、どんな顔してました?」


「怒り顔です。何を想像しているのかわかりませんが、たとえどんなことがあっても見つかるような真似はしないでくださいね?」



 呆れたような声で、一緒に尾行している佐江さんが言った。

 確かに、少々想像が飛躍してしまっていたのかもしれないけど、私はちょっとムッとする。

 そんな風に言い聞かせるのなら、あの女性の正体をさっさと教えてくれたっていいのに。


 ……まあそれは、それなりの理由があるからなんだろうけど。

 ともあれ、ようやく彼女の正体がわかる。

 裏路地をじっと、息を潜めて見つめた。


 暗すぎて見えなかった……。



「えっ……?」



 それでも、目に見えた変化は起きた。

 路地裏から、一瞬間の内に溢れてきたのは大量の煙。それは、驚いているうちに、あっという間に霧散していった。

 あの白煙はなんだったのか、わからない。何かが起こったということだけしかわからなかった。

 そのまま動揺に囚われていると、薄暗い影から出てきた二人・・に絶句する。



「えぇっ!?」

 


 驚きに驚きを重ねた。

 遠すぎて、誰だか確認するので精一杯だったけどーーー目が妄想を映し出していないのならば、網膜に映っているのは確かに、灯とあの中学生だった。

 佐江さんの声音はいたって落ち着いたものだった。超常現象を目の当たりにしているにもかかわらず、落ち着き払っている。この事実を前々から知っていたものであると、その様子が如実にょじつに語っていた。



「こういうことですよ、亜紀さん」



 ドヤ顔で言われても、理解できるはずもない。私は信じられなかった。だって、こんなこと、あるはずない。



「どうもなにも、見ましたでしょう。目が悪いにせよ、あの女性が誰もいない裏路地に入っていき、そこから月音様とあの男がでてきたんですよ? 導き出される結論は限られているでしょうに」



 あくまで佐江さんは自然の摂理を説く時のように、淡々と講釈こうしゃくする。


(私の目が悪いわけじゃなくて、佐江さんの目が良すぎるだけだから)


 心の中でツッコミを入れつつも、しっかりと彼女のげんを聞いていた私は、しかし、その言葉を信じれなかった。そもそも佐江さんほど目が良くなかったせいで、路地裏の中はあまりよく見えなかったし。


 この目で実際に見るまで、人が変身するだなんて、考えられないし、信じれない。

 今回のは私にとってノーカウントだ。そんな感じのことを佐江さんに話したら、またまた彼女は「まったく目が悪いですね」と、言ってきた。


 今度は口に出しておこう。



「私の目が悪いんじゃなくて、佐江さんの目が良すぎるんですっ! ……へっ?」



 佐江さんが目の前から消えていた。いや、そんなことはない。瞬きした時間だけで、彼女は私の右側に移動していた。

 そして、



「すいません……!」



 申し訳なさそうな小声を耳元に置き去りにして、彼女はすごいスピードで走り出した。

 とっさのことに頭が混乱していると、馴染みの声に私は射抜かれる。



「えっ、あっ、ともる!?」



 後ろからかけられたのは灯の声。振り向いてみれば、あれほど遠くにいるように感じた灯とあの中学生の子が、かなり近くにきていた。


(どうしよう……! もしかして、もしかしたらだけど、バレちゃった……!? 普通一直線でこっちにくるなんてないよね!?)


 汗が首筋に一本、つうと伝う。今度は暑さから出たものではない。身を案じての冷や汗だ。

 こんなところで偶然だね〜なんて、言えない。この場所に来た経験はないし、いい言い訳が思いつかない。


(なんて話せばいいの……!?)


 どう反応するのが自然なのか、必死に考えていた矢先、灯が口にした。



「こんなところで偶然だね〜」



(それ、灯が言うの!?)


 けれども、今は乗っておこう。気づいていないのなら、万々歳。心配は拭いきれないけど、たぶんきっと知られてない!



「ほ、ほんとだね〜」


「あ、紹介するよ、知ってると思うけど、この子は月宮月音さん」



 灯に手を差し向けられた女の子は、おずおずと彼に並んだ。

 間近で見たのは初めてだったけど、印象は変わらない。彼女の顔には幼さが残っており、いかにも中学生然とした感じ。

 



「はじめまして、……えっと」


「ああ! 私は亜紀っていいます。灯の幼馴染なの」


「お、幼馴染なんですねっ!」


「うん、よろしくね!」



 付け加えるべきなのは、雰囲気がちょっと固いことだろうか。灯の前だともっとリラックスした感じなのに、私には少し緊張しているみたいだ。

 それは、この子がそれだけ灯を信頼しているということで、喜ばしいことなんだけど……。


(なんだかなぁ……)


 素直に喜べなかった。

 灯が白と決まっていない以上、私は月音ちゃんのことが心配だったのかもしれない。

 なーんて考えていたら、



「ところで亜紀は、どうしてこんなところに?」



 一番聞いてはならないことを灯が聞いてきた。

 ここは、なんにもない街外れだ。気にしないはずがなかった。



「えっ……。そ、それは」



 な、なんて答えればいいの!?

 口をもごもごと動かしても、なかなか出すべき言葉が見つからない。



「それは?」



 灯が追い打ちをかけるように、返答を促してきて、私はーーー、



「そ、そんなことより、灯は!? 灯はどうしてこんなところに!? 月音ちゃんも連れちゃってさ!」



 質問を質問で回避した。

 まさか、問いが問いで返ってくるとは思ってなかったようだ。特に最後の一言に、灯は焦りだす。

 結局、返す言葉を探しても見つからなかったのか「ひ、秘密!」と言い切った。

 何をしにきているのかなんてこと、言い出しにくいことじゃなければ、話すものなのに、話さないなんて!


 自分のことは全力で棚に上げておいて、私はそんなことを考える。

 灯の隠しているのは、ついさっき目の前で起きたことについてなのかもしれない。でも、月音ちゃんに対して、何かやましいことをやろうとしていた可能性も捨てきれなかった。

 要するに、彼が何を隠しているのか、私は確信できていない。



「……どうして、秘密なの?」


「えっ、それは、その」


「あの、亜紀さん、それ以上は……」



 灯を問い詰めようとした私に、おっかなびっくり月音ちゃんが制止を呼びかける。


(なんで、この子が私を止めようとするんだろう)


 瞬間的に、そんな疑問が浮かび上がった。私は真実が知りたいだけなのに。

 でも思い至る。灯が隠そうとしていることに、人には知られたくない彼女の秘密も、混じっているかもしれないということに。

 そう思うと、今、この子の前で強引に聞くことははばかられる。切に願う月音ちゃんの顔を見てしまえばなおさらだった。



〇〇〇



 夕日が山際を焼き焦がす、そんな時刻。月音ちゃんと別れたあとに、私は灯に聞いていた。



「灯、今日、どうしてあんな街はずれにいたのか、改めて聞いてもいい? どうしても聞きたくなっちゃって……」


「ひ、秘密なんだけど……」


「お願い……! 今日眠れなくなっちゃう!」


「えええぇ………?」



 灯の困惑した声が、通りに静かに響いた。

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