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狐の嫁入り  作者: 月花
広がり。
14/19

気になるあの人の行方4

あらすじ

月音の変化へんげの力が原因で、万引き犯と間違えられてしまった灯たち。元陸上部員の女性店員に追いかけられる灯と月音は逃げ切れるのか!?




「なんて往生際が悪いの……? 絶対に捕まえてやる……!」



 軽く呼吸を乱しながらも、私は今、息巻いている。

 元凶は目の前を走る二人の男女だ。勤めている服屋『ジュテーム』から衣服を勢いに任せて万引きしようとした、残念なお客様。


 私たち店員が衣服を盗まれたのに気づいたのは彼らが店を出て行ってから数十分ほどたった後だった。会計の仕事をしていたにもかかわらず、気づかなかったの私の責任は大きい。

 でも、責任転嫁せきにんてんかが許されるならこう言う。彼らの様子は万引き犯のそれではなかった。

 万引きを実行した中高生くらいだろう長髪の女の子とその付き添いの男は、まるで自分たちの悪事にためらう様子がまったくなかったのだ。

 犯罪に心を痛めていないのか、あるいは、こうした行為には熟練しており、その経験が何食わぬ顔を作っているのか。

 その真実はわからない。でも、確かに言えるのは、彼らが犯罪を犯したということだ。だから、彼らを捕らえようと追いかける私の行動は正しい。


 入社してすぐなのに、こんな万引き犯と対決するなんて、正直いまいましいことこのうえない。だけど、自分のミスから生じたことなら、この失策を挽回するべく動くべきだ。

 そう考えたからこそ、今走っている。


(高校で陸上部だったこの私から、逃げきれると思ったことを後悔させてやる!)


 心中の意気込みを足に込め、加速した。



〇〇〇



(どうしようどうしよう! なにか、打開策、打開策を考えなきゃ……!)


 思考を高速で回転させる僕の後ろには店員、いや、僕たちを警察に突き出そうとするこわーい女性店員が全速力で向かってきている。



「と、灯さん! どうしましょう!? 私たち、このまま捕まっちゃったら……!」


「だ、大丈夫。なんとかする! なんとかするんだ! だから落ち着いて!」


「は、はい……」



 隣では多少パニックになっているようすの月音さんが並走している。冷静になってもらうために、根拠のない言葉を吐かないといけないのはちょっと心苦しいけど、彼女の心配を和らげるためにはしょうがない。


 事の発端は月音さんが身につけている衣服だ。

 彼女は服屋『ジュテーム』で試着を楽しんでいた。


       ・・・・・

 いや、試着はしていないといったほうが正しいだろうか。

 高速で”着替え”を済ませていたことからわかるように、狐である彼女は、変化へんげの力を使っていたのだと思う。

 僕は月音さんの正体を知っている。だから、すっかり油断してしまっていたんだ。

 常識的に考えて、自店舗の服を着た客がそのまま出ていくのを店員が見たら、盗人ぬすっとだと断定するのはなんらおかしいことじゃない。


 試着を楽しんだ後、映画館で月音さんと僕は店員に連行されかけた。



「こらっ! 待ちなさいっ!?」



 万引き犯として僕たちをおまわりさんに突き出そうとする女性店員の手を振り払って、逃げ出したはいいけど……。



「くっ……!」


 

 後ろから迫り来る店員に、心の余裕がなくなってくる。自身の迂闊うかつさを呪いたい。


(僕らは何もとってないのに!)


 心中でぼやいても、現状は変わらない。

 運動部だったのか、やたらと足が速い店員はどんどん距離を詰めてきている。

 もう、今の速度を維持することでいっぱいいっぱいだ。このままでは二人とも、捕まってしまう。


 (いつかの日に、ものすごいスピードで走っていた月音さんなら、僕が足止めすれば逃げ切れるかもしれない。だったら……!)



「まだ、走れる!?」



 短く聞く。すると、月音さんはそれだけで僕がどうするつもりなのかわかったらしい。



「だめです! そんなのだめですっ!」



 走っているのに、呼吸を乱しかねない大きな声で彼女は叫んだ。

 なんて健気けなげなんだろう。取ろうとする行動に対して重ねて否定を発した彼女の顔は沈痛だった。


 でも、時間は待ってくれない。

 捕まってしまえば、きっとこの先の生活がどうなってしまうのかわからない。それは僕も彼女も一緒かもしれないけど、これは僕のミスだ。



「行くんだ! 月音さんだけでも逃げて!」


「灯さん!?」



 急ブレーキとともにUゆーターンを決めた僕は廊下に声を響かせる。

 唐突に足を止めた僕の正面にいる女性店員は一瞬驚き顔を作ったが、これをチャンスと見たのか、切れ長の眉尻を釣り上げた。



「見上げたものね! ま、覚悟は伝わってないみたいだけど!」



 女性店員から放たれた言葉に疑問を感じた僕は思わず後ろを振り向く。そこにはまだ、一人で逃げることにためらいを見せる月音さんの姿があった。



「どうして!」



 背中に迫り来る廊下を蹴る足音。万引きの罪でおまわりさんに突き出される未来がもうそこまできている。

 けれど、驚きに硬直させられたまま、僕は動けない。



「灯さんっ! 一緒にっ……!」



 どうしてそこまで思ってくれるのだろう?


 彼女が胸の内を吐露した瞬間だった。

 

 

「すみません! あの、すみませんすみませんって!」


「な、なんなんですかあなたはっ!? うっ………………………失礼しました〜。なんでしょうかお客様〜?」



 急に月音さんの表情が驚愕に彩られたのを見て、思わず後ろを向いた僕が即座に感じた感想。

 あれはっ……! 誰だ……?



「あの、実はこうした場所に来るのは初めてでして、……スポーツ用品がどこで売っているのかわからないんです」


「スポーツ用品!? ですか? ……少し、お待ちください」



 振り向いた場所に広がっているのは、お客さんが店員に店の案内を要求する至って普通の光景だった。

 疾走する店員の足を止め、次いで、ちらちらとこちらに目配せしてくるそのお客さんに面識はない。

 だが、なんとなく意図はわかった。

 僕たちに、逃げろ、と言いたいのだろう。


 見知らぬお客さんが作ってくれたチャンスに静かに一礼する。



「行こう、月音さん!」


「っ……! はい!」



 どういう風の吹き回しかはわからない。だけど、今は逃げるのが先決だ。

 今度会った時にはお礼に何か渡したいな、と思いつつ、僕と月音さんは、再び走り出した。



「もう、なんでこんな時に〜っ!」



 女性店員と距離がかなり開いたところで、後ろからそんな声が聞こえた。



〇〇〇



 あともう少し、あともう少しだったのに。

 そんな口惜しい感慨を胸中に浮かべる私は、邪魔が入っていなければ追いついていたはずの万引き犯の背中を、未だに追いかけている。

 まさか、疾走する私に声をかけるお客がいるなんて、思ってもいなかった。

 それに、そもそも他のお店にも店員は居るのに、わざわざ私を止めにきたのはどうにも納得がいかない。

 もちろん服屋『ジュテーム』の店員として、そのような感情を表に出すことだけはなんとか堪えた。

 それでも、万引き犯と開いてしまったこの差を考えれば、どうして私に、と思うことぐらい許してほしい。



「はぁ……はぁ……!」



 一旦落ちてしまったスピードを再びあげるには、大きな体力を消耗する必要がある。

 かくいう私は、短距離走者だった。長距離は得意ではない。

 それでも陸上部ではなかった他の人からすれば、部活をしていた分の体力はあるでしょうと言いたいかもしれない。

 確かにそうなのだろう。でも、陸上部だったのはあくまで過去の話なのだ。体力は大きく落ちてしまっている。

 かろうじて万引き犯たちとの距離は縮まってきているけど、このままじゃあ……。


 そう思考を巡らせていた時、万引き犯達が右折した。

 この角の右側にあるのは……確か、エレベーター。


 まずい……!

 私は体が嫌がるのを無視して、さらに速度を上げた。

 やがて見えてきたのは、エレベーターのボタンを無駄に連打する男とうちの商品を着ている女の子だ。



「灯さん、来ました、もう後ろです!」


「うん! わかってる!」



 後ろを見張っていた女の子が発する警告に答える声には焦りがある。でも、それをいうならこっちも焦りの極みに到達している。

 階段ダッシュだなんて、冗談じゃない!



「逃すかぁぁぁ!」



 ヤケクソになって、叫んだ。


 だが現実は厳しい。エレベーターの入り口が万引き犯達を迎え入れるべく開いてしまう。



「よし来た! 乗るよ!」


「はい!」



 交わされるやり取り。

 せわしなく連打されるエレベーターの『閉まるボタン』。

 伴って、閉じられた扉。



「もうっ……!」



 エレベーターを呼ぶためのボタンを押すが、もう遅かった。きっとこの扉の向こうにある個室は上に上がり始めたのだろう。

 ランプの点灯が彼らの行き先は四階だと告げていている。

 ここは二階だ。追いかけるならあと二階分の階段を登らなければならない。

 が、このままじゃ私の失態で、万引き犯に逃走を許してしまう。

 走るのも嫌だったが、万引き犯に逃げられるのはもっと嫌だ。



「もう走りたくないよ〜!」



 泣き言を叫びながらも、上階につながる踊り場に駆け込み、上階へ登る。

 体が悲鳴をあげる中、肌に滲み出てきた汗が衣服の中を一層暑苦しくした。

 それでも足を止めるわけにはいかない。勝算は、あるのだ。


 このデパートのエレベーターはゆっくりとしか上昇できないため、疲れている私でも十分に犯罪者に追いつくことができる。

 そして、エレベーターの出口を体でふさいでしまえば、犯人は逃げられない。


 だから、階段を上るのに、実はやぶさかではない。疲労を問題視しなければ、だが。


 そんなわけで、階段を登りきった私は、最上階である四階のエレベーター出口前に躍り出た。

 逃げ出す猶予(ゆうよ)を与えないようにおでこがエレベーターに接しない、スレスレのところに立つ。

 彼らをここで捕まえたら、今度は逃げられないように、二人の両腕をがっしり掴んでやろう、などと想像しつつ、待つ。


 その状況に、フル回転していた脳が暇を持て余し始め、勝手に決め台詞(ぜりふ)を考え始めた。


 一言目はやっぱり、残念バットエンド! がいいかなぁ、って、それじゃあ私が悪党みたいじゃない!


 ……などと思っていると。

 まもなく、頭上の四番ランプが光る。

 いよいよ、決着の時だ。

 それまでの思考を投げ捨て、改めて気を引き締める。


 扉が開いた瞬間、指をエレベーターの室内に突きつけ、言った。



「もう逃がさないわ! 観念なさい! ……って、えぇっ!?」



 即興で口から出た刑事のような言葉が、決まった〜と、思ったところで、信じられない光景に驚くしかなかった。


 そこに、万引き犯の姿はなかったのだ。いるのは見知らぬ女性ただ一人。


 二人いたはずなのに、一人しかいない!? しかも、誰、この人!?


 怪訝(けげん)な顔をしてエレベーターから出ていく女性の髪型はショートヘア。万引き犯は髪を切った!? でも身長はこんなに高くなかった! って、そもそもどうして一人しかいないの!? あの男の人は!?


 完全に混乱する私の前を、その人はすたすたと歩いて行ってしまう。取り残された私は、振り向くこともできずに、『扉が閉まります』と注意を促すエレベーターの音声を、ただただ呆然と聞いていた。

 

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