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狐の嫁入り  作者: 月花
広がり。
12/19

気になるあの人の行方2

 〇〇〇 灯視点 〇〇〇



「はぁ……、はぁ……。くっ……!」



 ガラスケースという名の檻の中で、無造作に積まれているうさぎのぬいぐるみ。目に映っている、お目当の『雪うさぎ』の配置を見極め、ここだという場所にボタンでアームを誘導。ピンクの丸が描かれたプラスチック製のボタンを祈りつつ勢いよく押せば、目標物に向けてアームは可愛らしい音とともに降下、雪のように白く柔らかいその体を押しつぶした。



「お願い……!」



 刹那訪れた静寂に、隣に佇む月音さんの願うかのような声が響く。地に舞い降りた二本のアームにサンドされたうさぎの動向を、僕も固唾を呑んで見守った。

 十度目の正直。最後の挑戦だ。これでこの白いもこもこを獲得できなければ、予算的に断念するしかない。

 駆け巡る緊張感を置き去りに、やがて、アームは『雪うさぎ』の体を抱えたまま上昇し始める。



「おっ……!」「あっ……!」



 これまで幾度となくぬいぐるみを落下させた地点、言い換えれば、上昇から軌道が右に切り替わる修羅場を『雪うさぎ』は越えた。

 でも、まだだ。まだ油断してはいけない。

 口から出てしまった声を飲み込み、目を見開いてゲームの成り行きを見守る。



「「やっ……!」」



 そうして、うさぎを運ぶアームが救出口の真上に差しかかった時。

 思わず勝利を確信した声が僕らの口から漏れ出る。代わりばんこに挑戦し、意見も交わし、ついにここまできたのだ。喜びが一入ひとしおなのは仕方ない。

 とうとう、ついに、『雪うさぎ』を獲得できる。そう確信したからこその声だった。

 が、しかし、



「「ああっ!?」」



 現実は甘くなかった。

 『雪うさぎ』は意思を持っているかのように、アームから離脱した。『まだ捕まってあげないよー!』そんな幻聴が聴こえるほど、するりと滑り落ち、うさぎの落ち着いた場所は最初の定位置。

 月音さんになんとかして取ってあげたかったな……。

 ため息をついて、彼女が落ち込んでいないか心配して目を横に向けると、



「また来たいですね!」



 予想とは裏腹に、彼女は快活に笑った。

 その笑顔を見て、これはこれでよかったかな、と思い直す。



「そうだね、今度は必ず獲ろう!」


「はい!」



 そんなやり取りをして、僕たちはゲームセンターを後にした。



〇〇〇



 騒がしい音がないまぜに鳴り響くゲームセンターから出てきた月音と灯の後をつける、佐江と亜紀。十時頃にはそれぞれが他人同士であったはずの二人が、なぜこうして行動を共にしているのか。

 答えは言うまでもない。フィーリングである。

 ストーキングしている者同士であったからか、エスカレーターの前で互いの目的が一致していることを悟った二人は、協力関係を結んだ。



 「それで、あの男は常日頃つねひごろどのように過ごしているんですか?」



 それには、追跡で協力することはもちろん、情報を共有することも入っている。佐江にとっても、亜紀にとっても、大切な人と関わりあっている人がどんな人物なのかは気になるところだ。

 追尾対象の二人を、佐江はその優れた目で見つめながら問いかける。正直に言うと、亜紀には目を細めても二人の姿は遠過ぎてよく見えない。もう少し近い距離で後をつけてもいいんじゃないかと思いつつ、答えた。



「同じ大学に通っているわけでもないし、毎日会っているわけでもないからなんとも言えないけど……、とっても優しい人。人の話はちゃんと聞けるし、仲間はずれの子とか、出ないように動ける人よ」


「……はぁ、そうですか」



 自分から話を聞いた割に、あまり真に受けていないのか、佐江は亜紀に目やることもせず、そう相槌あいずちを打った。



「あ、あの女の子、月音ちゃんですか? あの子は普段どんな子なんですっ!?」



 彼について熱弁を振るったことが急に恥ずかしくなった亜紀は、慌てて話の主導権を佐江に投げる。

 すると、素早く顔を亜紀に向けた彼女は『月音ちゃんではありません月音様とお呼びください!』という否定を入れてから、月音について語り始めた。



「……そうですね、あえて言うなら、『一族を継ぐにあたいする人柄の持ち主』と言ったところでしょうか。いいですか、月音様はですね……」



 人差し指をピンと立て、小さな子どもに諭すようにして、話す佐江。

 長引きそうな話を聞き流しつつ、どうして『ちゃん』ではなく、『様』をつけなければいけないのだろうか、と亜紀は抱いた疑問の答えを探す。難題ではあったが、しかし、佐江がその後延々と語っていることで察した。

 ーーーとっても月音ちゃんのことが好きなんだなぁ……。

 今熱弁を振るっている佐江に、亜紀は生暖かい視線を送る。



「小さい頃にあった別離の悲しみを、月音様は背負いつつも気丈に振る舞い……、って、どうしたんですか? なんですか、その笑みは!」


「いえ、なんでもないですよ?」


「なんだか不愉快です」



 ニコッと微笑み返す亜紀は、灯が月音にたぶらかされている可能性がないと確信して安堵する。



「あっ! 佐江さん灯たち、曲がろうとしてるみたいです!」


「なんですと!?」



 しつこく追及するつもりの佐江だったが、ちょうど曲がり角を曲がろうとする二人に気づいた亜紀の指摘で、それどころではなくなる。急いで角まで行くと、二人はちょうど『ジュテーム』と描かれた看板を掲げたお店ーーー服屋に入って行くところだった。



「あのお店は……」


「なんですか、亜紀さんご用達ようたしのお店ですか?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど」



 確かに亜紀はあのお店に入ったことがあった。しかし、何かを買ったわけではない。お洒落しゃれで、肌触りもよい衣服は魅力的な分、高価だった。服の魅力に惹かれて入店したものの、結局、あのお店の商品には手が出なかった。

 つい先程、ゲームセンターにかなりの額をつぎ込んだばかりだろうというのに、そんなところに悠々と入っていった灯はまたなにかしら彼女に購入してあげるというのか。

 そのような優遇を、亜紀は灯から受けたことがない。幼馴染という気の置けない関係にあるにも関わらずだ。

 それは要するに、月音と灯の関係は幼馴染よりももっと親しい関係なのではないか、という憶測を成立させる。



「むぅ……」



 そう感じ取った彼女の頬は、知らないうちに膨らんでいた。



〇〇〇 灯視点 〇〇〇



「灯さん、どうですか……?」



 ドレッシングルームのカーテンを静かに開いた月音さんは、白のカーディガンに燃えるような赤のスカートを着ている。

 普段、彼女に対して子どもっぽいという印象を抱いている分、今の彼女に一瞬、異性に感じる緊張を覚えたのは予想外だが、それを押さえ込んで感想を述べる。



「……いつもより、大人っぽいかも」



 ところが、僕が素直な印象を言った後、月音さんは数秒間停止したかと思うと、勢いよくカーテンを閉めてしまった。

 なにか、気に触るようなことを言ったかな……?



「月音さん……?」


「な、なんでもないですっ!」



 心配になって声をかけてみると、焦りに彩られた応答が返ってきた。

 彼女の気が触れる要因になった発言をかえりみる。前にもこんなことがあったな、と考え始めるも早々、カーテンの開く音が思考を直ちに中断させ、視線をさらった。

 先ほどとは、おもむきにした姿の月音さんがそこにいる。彼女にコメントをすると、また、唐突に着替え所に潜ってしまった。それから、まるで、ヒットアンドアウェイのように、月音さんはドレッシングルームからの出現とドレッシングルームへの後退を繰り返した。

 あまりにもすばやい早着替えを目の当たりにして、ある事実に思い当たる。

 『そうか、着替えてないのか……』

 服を一式変えるには、あまりにも短すぎる時間。おそらく、彼女は変化へんげの力を使っているのだろう。

 日本の昔話に出てくる狐が地蔵や人に変化するように、彼女も色々なものに変化する力を持っているのだ。

 その能力がつぶさにどういったものなのかはわからない。でも、なかなかに万能なものらしいことは、彼女の正体を受け止めた帰り道で教えてもらっている。

 一緒に過ごしていると、人となんら変わりない彼女の正体をいつも忘れそうになるけれど、こうして人知を超えたスピードで着替えるのを目の当たりにすれば、本当に狐なのだということを実感せざるを得ない。

 全く人と変わりないのになぁ。



「どうしました? やっぱり、このズボン、あまり似合ってないですか? あ、それとも! 退屈させちゃったでしょうか!」


「いや、全然そんなことないよ。むしろ、楽しませてもらってるかな」



 もしかしたら、僕を暇させないように月音さんは頑張ってくれていたのかもしれない。

 気を使ってくれる彼女に優しさを感じつつ、それを無下むげにしないよう本心でもある言葉を口にする。



「そ、そうですか、それじゃあ、もう少し、いいですか?」


「うん、もちろんだよ」



 なんにせよ、月音さんが楽しんでくれていることは、僕にとっても嬉しいことだ。

 微かに喜びを滲ませた様子でカーテンを閉める彼女を見た後も、しばらく、彼女の着替えは続いた。


 店を出た時の月音さんは、初めに試着した、白のカーディガンに赤いスカート姿だった。




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