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狐の嫁入り  作者: 月花
広がり。
11/19

気になるあの人の行方

 そびえ立つ多くの建物の間を寒い風が吹き抜ける。亜紀は自らの身を縮みこませた。都会がいくら陽の暖かさを閉じ込めるコンクリートに覆われているとしても、十一月頃の寒気は覆しようがない。

 わずかばかりの温かさを求めて、亜紀は自分の手のひらに息を吹きかける。

 手に広がる温かな感覚に、しばらく身を委ねる。が、それも一瞬のことだ。冷たさを孕んだ風は、瞬く間に手先の熱を奪っていく。

 身も凍えるような寒さの中、亜紀が街まで赴いたのは、失くしてしまった手袋の代わりを買うためだ。



「早く買って帰ろ……」



 そう呟いた亜紀が、手袋のお店がある方向に歩き出そうとした、その時。



「……灯?」



 幼馴染らしき姿を亜紀は捉えた。手前の建物を左折していったのは彼なのか。確かめるために、その背を小走りで追ってみる。

 寒い中、背を追う道理はないが、この街に来ているであれば、一緒にお店を回ってみてもいいだろう。

 そう考えて、軽やかな足取りで角を左折すると、そこには灯の姿があった。

 亜紀は高らかに彼の名前を口にしかけて、



「とも……る?」



 その声を尻すぼみに小さくした。目に映ったのは確かに灯だった。そこに問題はない。言葉の末尾に疑問符がついたのは、あるもう一人の人物も彼女の目に映っていたからだ。

 中学生くらいの背格好。真黒な長髪はちょうど背中のあたりで結われていて、あまり見ないスタイルの髪型は亜紀の持つ記憶の一つにぴったりと一致する。

 そう、あれは初夏ことだった。偶然帰宅時に灯と鉢合わせた亜紀は、十二、十三くらいの女の子と灯が、仲睦まじくしているところを目撃したのだ。灯が道を踏み違えているのではないか──そんな心配を抱いた亜紀は、その後、灯を問い詰めた。結果、彼女とはそういう関係じゃないよ、と灯には弁明され、亜紀は一応それを受け入れていたのだが……。



「むう……」



 距離を置き、建物に身を隠した亜紀は二人の様子をうかがう。

 以前よりもより一層仲良くなっているように見える二人を前に、亜紀は認識を改める。



「灯……やっぱりそういうことなの……? あんなに必死に潔白を訴えてきたくせに……!」



 決定的な証拠を手にするため、手袋を購入する目的も忘れて、二人の尾行を始めた。



〇〇〇



『人間とはまったくいろんな意味で飛び抜けた存在だ』



 デパートに入った佐江はそんな感想を抱いていた。ドアは勝手に開くし、室内はこの季節だというのになぜか暖かい。極め付けには動く床だ。その床は地面から生成され、上階まで人間を運び終えると、あろうことか消滅する。

 俗に言うエスカレーターに、彼女は特に驚かされていた。

 佐江は人間の住む世界のことをよく知っている方ではあったが、それも田舎に限った話だ。ここには彼女の知らないものが溢れかえっている。

 強い力で興味が後ろ髪を引いてやまないが、責任感の強い佐江が目的を忘れることはない。

 彼女は月音を守るためにここへきているのだから。

 


「月音さん、なにか飲む?」


「あ、いいですか? それじゃあ、お茶で!」


 

 二つほどの長椅子が置かれた小さな休憩所にある自販機を前に、灯と月音は会話している。

 ──最近、彼に対する月音様の遠慮が小さくなってきているような気がする。



「あれ、お茶でいいの?」


「ジュースは、その、甘すぎて失神しそうになるので……その好きではあるんですけど、あの量は飲みきれないというか……」


「それじゃあ、僕がジュースを買うから、少し分けるよ」



 そう言うと、灯はお茶のパッケージの下にあるボタンに手を伸ばし、彼女の発言に手元を狂わせた。



「で、でもそれって『かんせつきす』ってやつじゃ……」


「えっ? ああ!」



 ガコンという音とともに灯の驚きが小さな休憩所に響くが、それにかまわず月音は顔を赤くしている。その様子を見た佐江の心中は穏やかではない。

 私は外敵から月音様を守る私は外敵から月音様を守る私は外敵から月音様を守る……。

 呪詛のような言葉を淀みなく心で繰り返す佐江は、再び歩き出した彼らの後を尾行する。



 〇〇〇 



 月音と灯が楽器屋から出てくるのをチラリと認めると、楽器屋の反対側にある服屋から佐江は二人の行方を見守った。二人がエスカレーターで階下に降りていくを目に収め、一階に二人が足を下ろした所で、それに倣おうとした彼女は──ぶつかる。



「ごめんなさい! 急いでいて……」



 謝罪を発したのは佐江にぶつかってきた女の人のものだ。背の丈は佐江より少し高めで、黒髪のショートヘア。

 灯を監視し、月音を外の脅威から保護するのは、佐江にとって重要で、おろそかにするわけにはいかない事柄だ。だから、佐江は彼女を厳しく糾弾してしまいそうになる。がしかし、申し訳なさそうな表情をする彼女の姿を見て、佐江はすんでのところで思いとどまった。

 ショートヘアの女の人に佐江は大丈夫だと伝え、我先にとエスカレーターに乗ろうとして、──またぶつかった。



「「……」」



 沈黙で見つめ合う。両者の表情は硬い。エスカレーターの動く音が二人の間を通って行く。

 焦らずに二人分乗れる面積があることに気づいた二人は、一緒にその床に乗った。無言のままゆっくりと、同じ速度で二人は下に運ばれる。そして、そのまま二人そろって降りる。

 早足に歩き出す佐江とその女の人の行き先は全く同じ方向だ。

 大分距離の離れてしまった灯と月音の後を追う佐江だったが、居心地の悪さにとうとう彼女は立ち止まる。そのまま女の方を見た佐江に大学生くらいの女も立ち止まる。「ついてくるな」と、そう言おう佐江が口を開いて、--驚きを女に返すことになった。



「もしかして、あの大学生と中学生くらいの子を、尾行してます?」


「なっ……!? なぜそれを……!」



 やってしまった。受け答えをしてから佐江は自身の失言を呪った。

 大変なことになった。このままでは変質者に間違われ、陰ながらに行なっている護衛びこうに支障を来すことになる。それは避けなければ。なんとしても避けなければ。

 と、そこまで思考を巡らせた佐江はあることに気づいた。



「あの大学生……?」



 なぜあの男が大学生だと断定できるのか。

 


「「……」」



 二人は自然に立ち止まり、先ほどエスカレーターに乗る前にしたように、見つめ合う。

 視線と視線が絡み合えば、そこにもう言葉は必要なかった。

 強固に結びつくお互いの手のひら。見事にシンクロした頷きの声。動作。


 『灯及び月音様監視同盟』はこうして締結されたのであった。


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