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真樹子さんはグダグダ

最近見直されてきた東洋医学やアロマ・ハーブ・ヒーリング。それらの力を借りて、健康に、自分らしく、ついでにフェロモンアゲて、楽しい生活を送りましょう!

ジリジリジリ。

まだぼんやりとしか輪郭の掴めない暗がりの中、控え目なベルの音が響く。


一秒、二秒。


動かない気配に焦れたように、ベルの音が少しずつ高くなる。そして。



うおーん、寒い。毎日毎日、寒くなる。

健気にも朝に弱い私を起こそうと頑張ってくれた目覚まし時計をガシッと掴み、手探りでベルのスイッチを切ると犬みたいにひと唸り。再びほの暗い布団ドームに潜り込む。

ああ、起きなきゃいけない。分かってる。

分かっているけど、眠いし寒いし。ああ、この引き込まれるようなヘビーな眠気。これはあれだ、夕べ遅くまで見てしまった、今話題の恋愛ドラマ。これを見なけりゃ残念柿(ホラ、よく道に落ちているでしょう、熟れ過ぎたんだか虫食いなのか、べしゃっと潰れたあれのこと)とばかりに宣伝されているのを、遅まきながらようやく鑑賞したのです。

で、ポテチ片手にゴロゴロしながら、ああこれは話題になるわ、主人公人気絶頂アイドルだし、相手役イケメン若手俳優だし、と深く納得。

ストーリーは、何これ昼ドラかよってくらい無理矢理な展開をかぶせてくるし、トラブル・誤解・策謀に満ちたもどかしい紆余曲折ラブ・ロード。ヒロインのライバルは妊娠騒ぎを起こすし(嘘だった)、家族のトラブルはちょっとどころじゃなく「いやそれ、警察呼んだ方がいいって!」ってくらいなガチモード。

おまけにわりかし健全な時間帯放送だったにも関わらず、親と観てたらどーすんだって感じにラブシーン大盤振る舞いと、とにかく全てに於いて強気なドラマだったのだ。

いや~、堪能しました。おかげで今も、眠いのなんの。瞼が全く開きません。

ううう、やっぱ途中で止めときゃ良かった。でもさあ、毎日毎日職場と家との往復で、何の潤いもないわけよ。彼氏はいないし、職場に賭ける望みもなく・・・って、いやまあ、ちょっとばかりいいな~と思わんでもない人はいるけれど、接点薄い他部署だし。

季節の変わり目なのか、体がダルくてここん所サッパリやる気も出ない。我ながら、なんとも残念な感じだなあ。

だからせめて、ドラマでぐらいトキメきたい。イケメン見て、ちょっとセクシーな展開にドキドキして、まだ枯れたわけじゃないんだよって、思っておきたい。

グダグダと、回らない頭で誰に対してなのか言い訳して、お布団の柔らかくも温かな肌触りを楽しんで・・・って、えっ?ちょっと、今何時⁉

「ヤバっ!」

この瞬間の覚醒は、ホント一瞬。

今までのグダグダは何だったんだって勢いで跳ね起きると、洗面台に猛突進。

ここのところ、私の朝はいつもスリルに満ちている。




「真樹子、あんた最近荒れてるねえ」

″冬季限定湯豆腐パン″なる怪しげなシロモノに噛り付く私を見ながら、景子が溜息を付いた。

広い休憩室の片隅で、窓に面したテーブルに並んで座りながら、私達は昼ご飯を食べている。夏の間は正面にある公園で、元気に走り回る子供達やら井戸端会議に花を咲かせるお母さん方やらをよく目にしたものだが、寒くなったもんなあ、今はチラホラとしか見かけない。

「荒れてる?何かやったっけ、私」

お、ホントに豆腐だ。ショウガが効いてて意外と濃い味。中から出てきた白い物体に、景子は少し眉を寄せる。

「いや別に、誰かと取っ組み合いの喧嘩したとか、課長に食ってかかったとかじゃないよ。私が言ってんのは、生活の事。最近いっつも遅刻ギリギリだしさ。なんかドヨーンとしてるっていうか、つまんなそうっていうか。よくダルーいって言ってるじゃん」

「あー・・・うん・・・」

いやー、遂に突っ込まれたか。流石に自分でも如何なものかと思ってたもんなあ。そりゃ、外から見たらどうなってんだよって感じだよなあ。

取り敢えず、今朝も遅刻は免れた。免れたんだけど、この「今朝も」って所がもうアウトでしょう。

ダルそうとは言いながら、病院行かなきゃならないような何かではないのは見てたら分かるし、一人暮らしだから家族やペット関連のトラブルでもない。悲しい事に彼氏もいないから、恋の悩みで身も世もなく・・・ってのとも、完全に無縁。何より今まで___...いや、ちょっと前までは、こんなだらだらした生活してなかったもんなあ。そりゃ、いわゆる「素敵女子」って程ではなかったかも知れないけどさあ、当社比の範囲では、頑張ってたと思う。

朝早く起きて、お弁当作って、職場は私服OKだから、コーディネートの研究だってそれなりにやって。

なのに、なんでかなあ。なんだか急に、

「めんどくさくなっちゃったんだよね」

ふうっと。溜息と一緒に、本音が漏れた。

「別に、何か不満があるわけじゃないんだけど。何をするのもかったるくなって、もうテキトーでいいかって」

「そっか」

食べる気のしなくなったサラダを俯いて容器の中で混ぜていると、しばらく黙ってジュースを飲んでいた景子がそっと言った。

「何か辛い事とか、どっか痛い所があるわけじゃないんだね?」

「ない」

きっぱり言い切った私の頭を、ポンポンと子供にするように叩いて景子はまだ手付かずだったデザートのシュークリームを指差した。

「ほら、もう昼休み終わるよ。じゃあ今日は、仕事が終わったら面白い所に行こう」

「面白い所?」

予想外な提案をされて、少しだけ高い位置にある景子の顔を見ると、景子はニンマリを目を細めた。




気になる。

あれから何度か件の「面白い所」について聞いてみたものの、情報は秘されたままで。その日の午後は、不完全燃焼のまま過ぎていった。

書類を書いている間も、お客様にお茶を出している間も、頭の隅っこには景子の三日月目があって、

「教えてよ!かえって気になるって!」

と抗議すると、

「行ってからのお楽しみ」

と軽くいなされた。

引っ張るなあ。そんな内緒にするような一大事なのか?(いや、違うだろう)ヒミツのアジトに招待されるのか。(もっと違うだろう)

うーん、景子なあ・・・。そういや最近、変わったよなあ。

傍らの同僚をチラ見しながら、私は彼女について考える。

私がだらだらした良くない方向に変わったのとは反対に、彼女はなんだか、綺麗になった。イキイキして、明るくなって。まあ、元々オシャレや美容に気を使う女子力高い子ではあったんだけど。ますます磨きが掛かって、

(彼氏・・・とか?)

あー、そうかもなあ。なんか、そう考えるのがしっくりくるような種類のキラキラを、景子は全身から発散させていた。うん、出来たのかも知れない、好きな人。で、会わせてくれるのかも。

そう考えるとますます早く知りたくなって、更に気もそぞろになってきた。

ああ、いかんいかん、仕事に集中せねば。ところで、今何時。

チラ、と壁に掛けられた時計をみてガックリと肩を落とす。えー、まだ3時半?もうけっこう経った気がするよ?これ、時計止まってない?


結局、その後もそんな感じで時は過ぎていって、残りようやく30分になったころには、なんだか疲れてしまっていた。遠足前の子供か、私は。最近なんもイベントなかったしなあ。とはいえ、「面白い所」の一言だけでここまで盛り上がれるってのもちょっと悲しい気が・・・。妙齢女子としてどーなんだ、それは。

うーん、あと30分。もうそろそろ掃除でもしとこうかな。机を拭いて。ゴミ箱開けて。あと20分。よし、スリッパを並べよう。あらら、マットがなんか汚い。糸屑取りのローラーで、コロコロ~。

「お疲れ様」

「あ」

コロコロやってるうちに、いつの間にか時間が経ってたらしい。見上げると、すっかり帰り支度の整った景子が横にいた。

「ごめん。ちょっと待ってて。すぐ用意するから」

「急がなくていいよー。まだ時間あるし」

慌てて立ち上がった私に、景子はのんびりと返した。

いえいえ、急ぎますとも!ローラーを入口の棚に戻し、部屋の奥のロッカーからバッグやコートを取り出すと、私は景子の元へ小走りで戻った。



「はい、着いたよ」

会社を出て、地下鉄で二駅。そこから10分程歩いた頃、不意に景子が足を止めた。交通量の多い広い通りから、一本奥に入った場所にあるそれは、一階にセレクトショップを有し、左右をオフィスビルに挟まれた七階建ての建物だった。

「ここの三階。ワンフロアにひとつしか部屋がないから、気兼ねしなくていいんだよね」

如何にも通い慣れたというようにさっさと中に入ると、景子は廊下の中ほどにあるエレベーターのボタンを押した。程なく開いた扉の内側に続いて乗り込み、すぐまたふわっと足元が浮き上がるような感覚を残して外に出る。

突き当りのドアのチャイムを押すと、

「いらっしゃい。お待ちしていました」

という声と共に、すぐにドアが開かれた。


入口に立っていたのは、小動物を連想するような華奢な身体を白衣に包んだ美女だった。

「外は寒かったでしょう」

と、はんなりした関西弁で笑い掛けながら、私達を奥に招き入れてくれる。

「そうですねー。だんだん冬になって来ましたよね。外、もう暗くなってるし」

勝手知ったるという感じで受け答えしながら緩く巻いたマフラーを外しかけ、そのマフラーの先を景子は私の方へ振ってみせた。

「あ、これがさっきお話しした生田真樹子です。なんか最近テンションが上がんないみたいで。色々しんどくてめんどくさいって言ってたんで、引っ張ってきました」

「え?ちょっと・・・」

なんだ、初対面の人に対してその紹介。それじゃまるで、私が残念な人みたいじゃないか。いや、まあそうなんだけ

取り敢えず何かフォローしなければと、口を開きかけた時に背後のドアが開いた。

「あ。ごめんなさい」

低い声に振り向くと、そこに立っていたのは50代位のスーツ姿の男性だった。

「いらっしゃい、高野さん。お久し振りですね」

とまずは景子に穏やかな微笑を送ると、私にも軽く目礼する。

「生田さん・・・ですね。初めまして。先程高野さんからご連絡を頂きました。糺といいます」

「あ・・・どうも」

ダンディなイケメンに微笑み掛けられてワタワタとお辞儀をしていると、ウサギのような美女がやんわりと奥に手を振った。

「ごめんなさい、いつまでもこんな所で。どうぞ、奥へ」











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