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逆ハー聖女の衝撃的消滅

作者: 秋野笙

 離宮の最奥には、広い中庭がある。

 とりどりの花々が咲き乱れ、清らな水をたたえる巨大な水盤の中央には、四季の女神たちとその眷属が繰り広げる回旋舞が、大理石によって再現されている。

 女神たちの中心でまどろむは、いとし子を抱いた地母神ユリアナ。仰臥する寝台の影からこんこんと清水が湧き出で、水盤へと流れ落ちてゆく。


 美しく平和であるはずのその場所は今、緊張に張り詰めていた。


 女神の水盤を臨む白の東屋には、少女が一人座している。その少女を守るように囲む、5人の青年。

 かれらに対峙するのは、多数の兵と、この国の中枢を担う者達だ。


「聖女よ。お迎えに上がりました。どうぞ我らと共に未明の塔へ御出で下さい」


 大神官が少女を見上げ、厳かな声で告げた。


「っ、どういうことだ!?」


 叫んだのは、聖女の隣に座していた王太子だ。

 未明の塔とは、貴人を幽閉するための、いわば豪奢な牢獄だ。聖女を信望する者の筆頭を自認する彼としては聞き捨てならぬことだろう。

 秀麗な顔を怒りに歪め、貴重な聖女とのひと時を破壊した乱入者達を睨みつける。


「お歴々が突然に何かと思えば、 我が愛しの聖女へ暴言とは。揃って乱心したか」


 豪奢な金髪をかき上げながら、もう片手を腰の剣にかけたのは近衛隊の華とうたわれる鳳凰隊隊長。


「彼女を傷つけるなんて……許さないよ」


 魔術の塔の天才児が、フードの奥から凄みのある声を出し、


「尊師。貴方といえども、今の言葉は聞き逃せませぬ」


 次代の大神官は銀灰色の瞳に強い光を宿し、上位者に相対する。


「……ゆいな、心配ない。何があっても守る」


 少女の背後に影のように立つ黒衣の男は、あらゆるものから少女を守ると誓っている。その言葉は、果たして今この状況でも追行されるのだろうか。


「殿下、アーカード、エリン殿、ユース様、カーン殿。そして、ゆいな様。…………これ以上我らを失望させないでいただきたい」


 大神官と並び立ち、苦渋に満ちた声を出すのは、この国の宰相を勤める男だ。


「我らは、あなた方に感謝していたのです。魔を払い、瘴気を清めて、危機に瀕したこの国を救ってくださった。……しかし」


 宰相は言葉を切り、少女を見つめた。朝の光を紡いだような金の髪、菫の花を溶かし込んだような、澄んだ紫の瞳は大きく、小ぶりな唇は紅を差したわけでもないのに、ほんのりと色づいている。

 明るく無邪気で、だが芯は強く、どんな時でも希望を失わない。男の夢見る「聖なる乙女」なるもののエッセンスを全て凝縮したような存在、それが彼女である。




 魔蝕ましょくと呼ばれる災厄がある。

 数百年に一度、魔蝕の目と呼ばれる瘴気の塊が突然出現し、大陸を飲み込む勢いで周囲を侵食してゆくという現象だ。

 数年前、この国の内陸側の国境をなす山脈に、魔蝕の目が現れた。

 中央府が即座に対応したが、侵食の勢いはこの国の対処能力を超えていた。


 聖女ゆいなが現れたのはそんな時である。


 不安に怯える民たちを慰撫する目的で行った、神に救済を乞う儀式によって、彼女は降臨した。

 祭壇の中央に、まばゆい光とともに顕現した彼女は、その光をもって王国内を蝕みつつあった瘴気を全て祓いしめた。


 彼女こそ神々全ての母たるユリアナの最も愛する娘。地上の危機に際して遣わされる伝説の聖女だと、誰もが信じた。


 そして、選ばれた五人の精鋭とともに、彼女は汚された地を清めながら旅して、ついに魔蝕の目の元へと至り、大浄化を成し遂げる。


 全国民が歓喜して彼女たちを迎え、現人神とあがめた。

 

 神殿と王家とが合い争うように彼女の後見を申し出、最終的に王族待遇を約束して王家が彼女を迎え入れる。


 そして始まったのは、国が干上がるほどの奢侈しゃしであった。




「我らには、貴女に天上と同等のもてなしをして差し上げる事など出来ませぬ。貴女をあがめ慕っていた民達の嘆く声に、どうぞ耳を傾けて下され」


 失意のこもった宰相の言葉に、反発したのは王太子である。


「ゆいなは何も欲しがったりしていない! 私たちがみずからしたことだ!」


 それもまた事実である。

 聖女は、何かを口に出してねだるような事は、一切していない。

 ただ、己が目にとまったものについて、綺麗、すてき、可愛いと、感じたままを言葉にするだけだ。

 それを聞きつけた者達が、彼女を喜ばせようと競い合うようにそれらをささげる。

 ありがとう、嬉しいと、光を振りまくような笑顔で、礼を言われるだけのために。

 国庫の半分を費やして建てた、この離宮をささげられた時も、顔を輝かせて、宮殿の壮大さ、美しさに対する感動と驚きを伝え、感謝して、素直に移り住んだ。


 聖女は何かを明確に要求する事は確かになかったが、ささげられたものは全て受け取る。

 献上された豪華な物品の代価がどれほどのもので、それがどこから支払われているのかには思い至らないようだ。ゆえに、その行為をいさめもしない。

 高級娼婦のやり口だ、と罵るものまで出始めた。

 魔蝕の脅威は去ったが、復興は遅々として進んでいない。だというのに、国の中枢を担うものたちがこの有様では。


「ゆいな様に何の咎もありはしないことは、十分承知しております。太母たるユリアナのいとし子であられる貴女様にとっては、我ら地上の民に物をささげられることなど、ごく当然のことでありましょう。問題は、貴女様の輝きに相対するには、我らはあまりに心弱いということなのです」


 宰相は、聖女を囲み立つ者達をゆっくりと睥睨し、再びその中心に視点を結ぶ。


「聖女ゆいなよ、お許し下さい。我らは貴女を、彼らから隔離したいのです」


 事実上の幽閉宣言に、聖女を信奉する若者たちはたちまち色めき立つ。


「何を不遜な!」

「宰相殿。ご自分が今何を言ったか、分かっておられるのか?」 

「……させない」

「ゆいな、耳を貸すな」

「そうだ。耳の穢れだ。父上がこのようなこと、お許しになるはずがない」


 王太子が、前へ進み出た。


「そなたらがいくら徒党を組んだとて、国王陛下が裁可なさらぬ限り、その言は通らぬ。民を人質に、まずは優しいゆいなを丸め込もうと目論んだのだろうが……、私達がそれを許すと思うのか?」


 勝ち誇ったように言いつのる王太子に対し、


「陛下はご病気です」


 と女性の声が応えた。


「何!?」


 宰相と大神官の背後から、姿を現したのは王妃である。


「母上?」

「陛下の病はあつく、今は医療の塔にて、治療に専念しておられます。陛下が快癒なさるまで、笏と印を預かるのは、わたくしです」


 王妃は悲しげに己が長子を見つめた。


「この件については、宰相と大神官の訴えを聞き、わたくしが裁可いたしました」

「母上!」

「太子。貴方は謹慎です」

「何故です母上! 何故貴女が、そんな事を!」


 混乱する王太子をそのままに、王妃は淡々と言葉を続ける。


「期限は頭が冷えるまでです。残りの四人。あなた方もですよ。あなた方が聖女のために捻じ曲げた事業や、こじつけた予算については調べが済んでいます。だいぶ上手く立ち回ったようですね。謹慎を命じるのが精一杯でした。非常に残念です。優れた能力も、それに見合った地位も、こうなってしまっては害悪ですね」


 冷ややかな王妃の断罪に、青年たちにも動揺が走る。

 さらに、一人ひとりに具体的な罪状を突きつけながら、王妃はある違和感を感じていた。

 この騒動の原因の一である、聖女にだ。


 静か過ぎる。


 自分たちがこの中庭に足を踏み入れてから今まで、彼女は一言も言葉を発していない。どころか、身じろぎすらせずに、柔らかな微笑みを貌に浮かべ、人形然と座したままだ。


 王妃の知る聖女は、くるくるとよく表情を変え、よく笑い、しゃべる、ごく普通の少女だ。

 今のような緊迫した局面では、おろおろと周囲を見回したり、とりあえず誰かの腕にすがったり、泣き出したりと、何がしかの反応を見せるはずである。

 つねにない彼女の様子に、王妃は不審を覚えたが、目の前の有能な馬鹿共を片付けるのが先だと、その感覚を無視した。


 取り巻きの馬鹿共さえいなければ、聖女は無害、と王妃は考えている。

 未明の塔入りさせると言っても、先に宰相が言及した通り、馬鹿共との完全な隔離が目的だ。

 多少不自由をさせてしまうかもしれないが、もともと多くを望む方ではない。節度あるもてなしで、満足していただく事はできよう。


 災厄は去ったが、地中深く潜伏した瘴気の種は滅しきれていない。

 時おり地上に噴出すそれを、神殿のみで浄化するには大変な力と時間を費やさねばならないが、聖女ならば一瞬でなすことが出来た。

 大災害の傷跡にあえぐ、国民の希望のよりどころでもある。


 この国は、まだ聖女を必要としているのだ。




「――以上です」


 信奉者五人の罪状が全て語られ、その場で全員が拘束された。


「ゆいな様も、それでよろしいですね」


 王妃が、最後に聖女に語りかける。すると。

 

「――…………」


 王妃らがこの場を訪れて始めて、聖女が動いた。

 ずっと浮かべていた微笑みをそのままに、彼女は貌を上げ、ゆったりと周囲を見回して、頷いた。


「お話は、よく分かりました」


 と。


 落ち着き払った声。

 優しく細められたその瞳は、先ほどとなんら変わりないように見える。

 だが違う、と王妃は直感した。

 その視線に、かもし出す空気に、それまでとは段違いの威厳を感じる。

 これは聖女ではない。少なくとも今まで思っていた存在ではない、と。


 拘束され、もがいていた取り巻き達も、自分達の聖女の、常にない様子に気付いたようで、それぞれが、戸惑いや焦燥を込めた表情を浮かべている。

 聖女は、周囲のそんな反応に首をかしげ、


「ああ」


 とまた頷いた。


「失礼しました。今話している私は、このアバターの持ち主の、ゆいなではありません」


 体の持ち主?

 ゆいなではない?

 どういうことだ。

 聖女はどうなってしまったのか。


 混乱する周囲を気にした様子もなく、聖女の姿をしたその存在は、言葉を続けた。


「私はゆいなの、母です」


 聖女の母といえば、それは……。


 あまりの衝撃に、その場にいた人間の半数が昏倒した。






***






 神永百合菜かみなが ゆりなは、怒り心頭で娘のスマートフォンと格闘していた。

 ママ友ラインで鍛えたおかげで、フリック入力もお手の物だ。

 彼女は後悔していた。

 いくら娘がしつこくねだったからといって、ソシャゲーなんて許すんじゃなかったと。

 約束した時間をちゃんと守って、課金もせずに楽しんでいるようだと安心していたら、とんでもない。


 唯菜ゆいなちゃん最近大丈夫? とママ友の一人に言われて、詳しい話を聞いた時の、ショックときたら。




 唯菜ちゃん、自分はお姫様なんだって言ってたよ? ゲームのキャラクターにプロポーズされたとか何とか。のめりこみすぎじゃない?


 え? 初インしてすぐにどこかのグループに入ってたから、最初から誰かと約束してたと思ってた。うん、うちのグループじゃない。


 唯菜ちゃん、みんなが何でもくれるんだって、すごい装備してたよ! いいなー。




 ちょっと聞いて回っただけで、出るわ出るわ娘の不穏な情報が。眩暈がした。

 ゲームに詳しい従兄弟が、「そりゃ姫プレイだわ」と教えてくれた。

 オンラインRPGなどでよく見る、ちやほやしたい側とされたい側で、きゃっきゃうふふと楽しむ遊び方だそうな。

 ソーシャルゲームでのそれはあまり聞かないが、最近はチャット機能も充実してきたし、SNSなどを通じて知らないもの同士がフレンドになったりと交流方法も増えている。姫プレイも、やろうと思えば可能とのことだ。

 従兄弟は言う。


「姫プレイもねー、色々問題はあるとはいえ、お互いわきまえたもの同士ならwinwinなんだけど。さすがに唯菜ちゃんはなー」


 当たり前だ。今の娘には無理すぎる。


 かくして、百合菜は娘と話し合いを持った。

 ピーピー泣いて嫌がる娘を説き伏せ、スマートフォンを取り上げる。

 名も知らぬ娘の騎士どもにも、ひとこと言ってやろうと、ゲームアイコンをタップした。

 相手には娘のことなど、分かりようがないのかもしれない。自分達なりにゲームを楽しんでいるだけで、悪気などないのかもしれない。

 それでも、もう少し考えて欲しかった。自分達が、どういう相手とそういう遊びをしていたのか。

 八つ当たり気味の思いも込めて開いたゲーム画面では、娘の所属するグループと思しきメンバーがそろって、こちらもまた、不穏な空気をかもし出していた。






***






 聖女の母といえば、地母神ユリアナだ。周知も周知な事実である。


 創世の女神、神々の全てを生みし太母たる御方。

 花咲き乱れる中庭の、大理石と雪花石膏アラバスターで飾られた東屋に、今座して微笑む、聖女の姿をしたこの存在が、その神だというのか。


 王妃は、ともすれば遠くなる意識を必死に保ち、その場にひざまずいた。

 周囲をうかがえば、大神官がガクガクと震えながら平伏している。宰相はうつぶせて、ぴくりとも動かない。どうやら気を失っているようだ。


「要するに」


 と、女神は言った。


「そちらの方々が私の娘のために色々と無理をなさって、それが原因で今もめていらっしゃる、という事ですね」


 職権を濫用した国家予算横領案件も、女神の口からはごく小さなことであるように語られる。いや、天上に住まう方から見れば、人の子のおろかな行いなど、なべてささいな事と捉えられるのかもしれない。


「は、はい、申し訳も……」

「いえ。娘にはこちらはまだ早かったという事だと思います。許可した私のミスです。お騒がせしてしまって、申し訳ありませんでした」

「……もったいなきお言葉でございます」


 恐れ多すぎて、それ以外の言葉が返せない。

 さらに、上手く形に出来ない、焦燥のようなものが王妃のうちに生まれていた。


 何故女神は今この時、この場に下られたのか。

 必ず意味があるはずだ。

 それは何か。


「そちらの方々も、娘に優しくしてくださって、ありがとうございました」


 拘束した兵とともに跪いている、聖女の取り巻き達へ目をやり、女神は礼を述べる。


「あなた方は、娘の本当の年を知っていますか?」


 女神の問いに、若者達は戸惑うように互いに目をさまよわせた。


「十七歳と……」

「ステータスにも、そうありました」


 女神は頷いた。


「そう思っていたのなら、仕方ないのかもしれませんね。ですがそれはこのアバターの設定です。それをそのまま信じるのは、いくらなんでも単純すぎませんか?」

「え……」

「それは、どういう」


 若者達の困惑に、王妃も同調する。

 女神が何を言っているのか、分からなかった。

 ステータスは、項目を隠す事は出来るが、偽ることは不可能だ。

 それとも女神なら、それが可能だというのだろうか。


仮初の身体アバターの設定など、どうとでもなるに決まっているでしょう。娘の、本当の年齢は九歳です。わかりますか? 小学三年生ですよ?」


 その場の意識のある者全員に、衝撃が走った。


 ショウガクサンネンセイの意味は分からないが、九歳と言えば、十五歳を成人とするこの国の感覚で言っても、まだ幼い、子供の年齢である。

 王妃は情けなさのあまり、その場に突っ伏しそうになった。

 自分の二十を過ぎた息子は、九歳の少女に向かって愛をささやき、高価な贈り物を山と積んだというのか。

 わずかに残っていた情さえ干上がりそうな思いである。

 確かに聖女の姿は、どう見ても十七歳というステータス相当で、九歳と見破れと言うほうが無茶な話だ。それはわかる。だがやはり情けないものは情けない。


 当の王太子をはじめとした取り巻きの青年達は、悲壮感の漂う表情で、ただ愕然と口をあけ、聖女の姿をした女神を見上げている。


「娘がどうしてもというから許しましたけど、それは私の間違いでした。既に娘の言動に、良くない影響が出てしまっています。許可した私の責任ですけど……。あなた方も、今後同じような事をするにしても、相手が見た目通りの年齢ではないかもしれないと、ちゃんと考えて相手をしてあげて下さいね」


 女神の声は冷ややかだ。


 聖女は地上で苦しむ民を見かねて、女神に自分が助力に行く事を申し出たのだろう。女神はそれを是認し、幼く無垢な聖女のために、強い大人の肉体を与え、地上に遣わした。

 だがそのため、聖女を美しい成人した女性と見た馬鹿共が……。


 女神の言葉を、王妃はそのように解釈した。 

 冷や汗が出た。

 もし馬鹿共が血迷って、取り返しの付かない行動に出ていたらと思うと、生きた心地がしない。

 幸い女神は馬鹿共について、不快には思っているようだが、そこまでの怒りは感じない。さすがに聖女相手に、早まった事はまだしていないのだろう。そう願いたい。切に。


 王妃は跪きながらも、殺気のこもった視線をわが子に投げた。

 王太子と馬鹿者たちは、半死人のような顔色で、ただ女神を見上げている。 


「娘があなた方から受け取ったもののうち、返せるものはお返ししましょう」


 言葉と同時に、中庭に所狭しと、高価なアイテムや装備、多量の金貨が出現した。女神が聖女のアイテムボックスに収納されたものを、全て解放したようだ。


「娘がお世話になりました。では」


「え」


 聖女の姿が消えた。

 文字通り消滅した。

 引き止めるいとまさえ与えられず。


 瞬きの間のことである。

 もう白の東屋には、誰も存在しない。

 おびただしい宝物が残されたのみだ。


 しばしの間、その場を静寂が支配した。


「行って、しまわれましたね……」


 やがて、王妃がゆっくりと立ち上がる。

 根拠はないが、彼女の心のうちで、ある確信が生まれていた。

 聖女は、もう二度とこの地上に降りてくることはないだろう、と。


「お前たちも愚かでしたが、太母さまも無茶をおっしゃる。神の御業を見抜けとは」


 王妃は、青年たちを見下ろして言った。


 この者達には、働いてもらわねばならない。

 聖女が消えた今、早々に頭も冷えるだろう。こうなっては、軽すぎると思えた謹慎も幸いだ。

 聖女の不在についての、国民への説明、瘴気の種への対処、未だならぬ復興等、問題は山ほどある。


「でも、わたくしも思い違いをしていました」


 聖女が祈りに応え、降臨してくださった。だから神々は、自分たち地上の民を心にかけ、見守ってくれる存在と、勘違いしていた。

 神殿も、常にそのように説いていた。


 だが、地母神ユリアナに間近く接して、王妃には分かったことがある。


 女神が気にかけているのは、娘の事だけだ。

 このたびの聖女の助けは、幼い娘の気まぐれに、女神が許しを与えただけの事。

 わが子に玩具を与える、世の母親と同じように。

 だから、娘に良くないとあれば、すぐに取り上げる。

 残された地上の者たちのことなど、気にかけるはずもない。


「神々とは、気まぐれで理不尽なもの」


 噛み締めるように、王妃は言葉を紡ぐ。


「我らが足元の蟻の暮らしに心を配らぬように、神々も、われらの事情になど頓着しないのです。我々は、我々に出来る事を、精一杯やってゆくしかないのですよ」






***







「あー、云ってやった!」


 すっきりと快哉を上げて、神永百合菜は、スマートフォンからゲームアプリを削除した。

 ペアレンタル機能を開き、勝手にアプリをダウンロードできないようになっているのを確認してから、娘にそれを返す。


「みんなに、ちゃんとさよならしたかったのに……」


 未だにグスグスと泣いている娘の頭を撫で、今夜は好きなおかずにしてあげようかな、と考える。


「んー、唯菜の気持ちも分かるけど、さっきママがゲーム開いてみたら、何か変な感じだったよ? ママこのゲームのこと良く分からないけど、唯菜に色々くれたお兄さんたちね、何かズルしたお金使って唯菜にプレゼントしてたみたいで、それに怒ってる人がいたの。ゲーム画面にいろんな人がいっぱいいて、ケンカしてるみたいだったよ?」

「そうなの!?」


 赤くなった目をぱちくりさせる娘と瞳を合わせ、少しだけお説教の続きをする。


「ゲームキャラじゃなくて、みんな普通の人だもん。ケンカだってあるよ? 顔が見えない相手とのトラブルは、けっこう面倒だし怖いんだから。このゲームが悪いって言ってるんじゃないけど。でも唯菜には、今は学校なんかの、現実のお友達と、しっかりした関係を作って欲しいと思ってるの。こういうゲームをするのは、唯菜がもっと大人になってから、ね?」

「うん……」


 散々言い合って、何とか納得させた後なので、娘は素直に頷いた。

 ここまで来るのは本当に大変だった。

 ゲームの話を、まるで現実のことのように話す娘に、これほど重症だったかと頭を抱えた。

 お友達の事や、自分やみんながどれほど心配しているかを訴えて、最後にはちょっと泣き落としのようになってしまったが、なんとかゲームを諦めさせることができたのだ。

 我ながら情けないが、結果オーライと思うことにしている。


「ママスーパー行くけど、一緒に来る?」

「うん!」


 娘と一緒に買い物をする時は、いつもちょっとした駄菓子を買うことにしている。だから娘は母との買い物が大好きだ。

 よし、今夜はハンバーグだと、必要な材料を脳内メモに書き出しながら、百合菜は娘と手をつないで、近所のスーパーへと出かけた。




 彼女は知らない。

 平行宇宙の彼方の、小さな国の宗教観を、自分が大きく塗り替えた事を。

 ごく初期に政教分離を果たしたその国は、やがて強大な帝国となり、世界をすべるようになる事も。




 家族仲良く、娘が健康ですくすく育ってくれれば、それで言うことはない。

 なべて世は事もなし。

 それが一番なのである。




読んでくださってありがとうございます!


ソシャゲーそんなに詳しくないので、変なところがあったらごめんなさい。

そういうゲームもあるんだ! と思ってもらえるとありがたいです。

が、あまりにもおかしいことがありましたら、直しますので、お教え願います。


もうちょっとタグ付けたいけど思いつきません……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 多分ゲームと現実の違いの演出だと思うのですが、砕けたタイプの口語(話し言葉)を、そのまま文章にしているので妙に読みにくいです。 ※「学校なんかの」「ママスーパー」
[一言] 面白かったけど、ゲームの設定変というより古くね?10年前のガラケー時代かな?と思ったら作品自体が10年くらい前に書かれたものだったか。
[良い点] 何と言う認識のずれが起こした悲劇w [気になる点] ママ友が“ゆいなの姫プレイぶり”を知ってたってことは、他のプレイヤーもアバターを通してこの世界にログインしてたってことになるけど……。 …
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