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Record

作者: かごめ空閣

「次は海外、行ってみる?」


 自分の趣味から始めたことがついにここまで来たのかと、最近特に実感し始めてきた。

 どこかの雑誌のどこかのページで見かけた応募にお試し感覚で応募したのが驚くことに最優秀賞をとり、そこから何故だかとある事業に引っ張られた、まだ高校生の時の話だ。

 そして今、僕はカメラマンとして働いている。

 つい最近個人誌を出すことが決定した、この職についてもう何十年になるだろうか、僕としてはまだまだ満足のいく写真は撮れたことはないのだけれど…ありがたいことだ。


「かっ海外…ですか」

「うん、君も入りたての頃ヨーロッパの建物を撮りたいとか言ってたじゃない、それに君の才能を広く活かせないのは勿体ないでしょう、これまで海外行ってないって事の方が不思議なくらいだ」

「…そっそんな…僕なんかの…」

「…全く君はまだ自分の才能疑ってるのかい? いい加減自覚しなさいって、君が表紙を飾った雑誌はもれなく完売だし、ほぼ毎日君に弟子入りしたいって子がきているんだ」

「………」

 社長は、いい人だ。こんな僕にそんな言葉をかけてくれるなんて。

 僕をこの世界に引き込んでくれたのだって社長だ。社長がいなければ今ごろ僕は一体何をしていたのか想像もつかない。

 「……海外…でも僕長時間飛行機に乗れないってことに気付いて…」

 「あぁ…気管支喘息…だったけね」

 「はい……あまり長時間乗りすぎたら危ないかもしれないと…元々僕そこまで体強くなかったですし……」

 「そっか~……あ、じゃあ九州とか沖縄とかは?」

 どうしても社長は僕を飛行機に乗せたいらしい…。

 「……そりゃ2時間程度なら…うぅん…でも…」

 「じゃっ決定ね」


      ◆◆◆


 その日のうちに家にFAXが届いていた。僕はメールとかそういうのが苦手なので連絡手段はFAXだ。それにあわせてくれる社長にはいつも感謝している。

 「……空港…人多いよな…」

 人が多い場所は苦手だ。というよりは知らない人がたくさんいる場所に行くのが苦手だ。

 いつもはアシスタントさんやご同業の方と一緒に仕事に行くからそんなに気にならなかったのだけれど、今回は僕の個人誌だから、僕一人で行かなきゃいけない。

 もうそろそろ40にもなるおっさんなのに情けない話だ…。

 「……覚悟を決めないとなぁ……」

 僕以外誰もいない無駄に広い部屋の隅で長い溜息をついた。

 

 社長は九州か沖縄と言っていたけれど、どうやら行先は沖縄で決まったらしい。どちらにしろ、僕が行ったことのない場所だ。

 高校の時の修学旅行が沖縄だったのだけれど、僕は当時もっと体が弱かったから、飛行機にもなにも乗れずにかわりに家の周りで好きなだけ写真を撮った。

 数少ない友達が僕の為に写真を撮ってきてくれて、泣いてしまったのを覚えている。

 いつかあの時の僕みたいに、その友人みたいに、誰かを喜ばせて、感動させることのできる、写真が撮りたい。

 どんな場所であったって、そこはきっとどこの誰かにとっては特別な場所であることに変わりはないのだから。


 だから僕はそんな素敵な場所を一番良い形で記録する人になりたい。


       ◆◆◆


 「うぅう…社長ぉ…僕やっぱり駄目ですぅ…」

 『どうしたの昨日まで遠足前の子供みたいなウキウキっぷりだったじゃない、何が君をそうさせたの』

 「だって……僕飛行機で知らない人と席隣なんですよ…」

 『……………あのねぇ、それこそまさしく遠足じゃないんだから、当たり前でしょう、君本当に30後半の男性なのかしら』

 搭乗口前の待合椅子でついつい社長に電話する。

 若干涙目になんかなっていないから、僕そこまで弱くないから。

 『鼻すする音聞こえてるわ…まさか泣いてたりしてないでしょうね、君の涙はかなり罪悪感をこう…沸かせるから勘弁してくれないかしらね』

 「励ましの言葉をください……」

 『君の素敵な写真を待っている、頑張ってきてね』

 「………はい…」

 頑張ろう……。


 『~時発……便の受付……』

 僕が乗る飛行機だ。

 どうやら搭乗受付を開始したらしい…。

 ここまでくると腹をくくるしかないのだがやはり思考はどんどんマイナスの方へ沈んでしまう…。墜落しないだろうか…発作が酷くならないだろうか…何か大きなトラブルに巻き込まれないだろうか……。

 「………うぅ…早く乗ろう…」

 どうせ乗った後睡眠薬を飲んで寝ていなきゃいけないわけだし…乗って寝て起きれば沖縄…怖いことは何もないんだ…社長もそう言っていたし……。

 そう自分に言い聞かせながら少し早足で飛行機に乗る。

 僕の座席は窓側の席、窓から飛行機の翼が見える。

 まだ隣の席の人は来ていないが…早めに荷物を棚にいれて、カメラだけを首にかけて手でそっと持つ。どうしてもカメラだけは手放せない。


 そうしていそいそとベルトをつけて近くにいたCAさんに声をかける。

 「あの……」

 「はい、どうかなさいましたか?」

 「その…クガで話を通している筈なんですケド…」

 「あぁ、聞いておりますよクガ様、少々お待ちください、只今ひざ掛けをお持ちいたします」

 「ありがとうございます…」

 良かった日本語の通じる人だった。

 CAさんがひざ掛けをとってきてくれている間に水と薬を取り出す。

 最近やっと飛行機に飲み物が持ち込めるようになった。…って社長が言ってた。


 「クガ様、ひざ掛けお持ちいたしました」

 「あ、ありがとうございます……」

 ニコニコ笑顔のCAさんからひざかけを受け取って自分の膝にかける、まだ全員乗り終ってなくて忙しい筈なのに、申し訳なかったな。

 そうして取り出した薬と水をごくりと飲む、即効性の睡眠薬だ。

 いくら短時間とはいえやはり飛行機に乗る訳だから、発作がでる可能性はあるんだ。だから一応飲んでおけと渡された。

 飲んでしばらくしてからうとうとと瞼が重くなってきた…。というより脳の思考がまわらなくなってきた……。力が抜けて顔が少し横に倒れる、隣の席の人…ちょうどやってきたようだ……。

 何の挨拶もなしに隣で寝てしまうって、少し失礼だったかな…。


 ぼうっとそう考えてもやはりもう飲んでしまったものは飲んでしまって。僕は静かに目を閉じた。


       ◆◆◆


       ◆◆◆

「ん………?」

 飛行機のふわふわとした椅子に座っていた筈なのに覚醒してきた脳は妙な違和感を覚えた。……固い…。

 ひざ掛けの温もりが心地良かった筈なのに、寒い……。

 ぼんやりとした思考のまま目をパチパチさせながら開ける。

 「………え……」

 飛行機の中じゃ、なかった。

 「なっ、なにこれ…えっ…」

 僕が座っていたのは固くて冷たい鉄のようなものでできた椅子…まるでどこかの映画で見た実験椅子だ。

 両手両足とも変なゴムで椅子に固定されてて動かせない。

 「なっ何で……なにが……」

 全くさっぱり僕が今追いやられている状況がわからない。僕は飛行機に乗っていた筈なんだ、夢なんかじゃない。あれが夢であったとしても、、この状況はどうしても理解できない。

 カメラだけは僕の首にかかったままで少しだけ安心したが、やっぱりこの状況は駄目だ、安心も何もあったものじゃあない、わけがわからない。

 「なにっ…誰がぁっ…はっ……」

 まずい。

 「はぁっ…ぅ……っか……はっ…」

 ……発作が。

 元々飛行機から降りて空港で色々手続きをすませてから常備薬を飲もうと思っていたのに、今こんな状況じゃあ薬を飲むなんて状況じゃない。

 「はぁっ、はぁっ…はぁっはっ…」

 息を吐くたび肩が揺れる、目がかすんできたのは生理的な涙でもでてきてしまったからだろうか、とても苦しい。

 「はぁっ、だれ、かぁっ、はぁっ」

 だめだ、言葉を紡ぐことも難しくなってきた。

 そこでふと、僕の耳にカツ、と足音のようなものが聞こえてきた。

 ……幻聴だろうか。

 だけれど次第にその音は近付いてきて、僕の目の前にまでやってきた、どうやら人だったらしい。

 「はぁっ」

 誰でもいい、僕のこの状況を理解しているなら教えてくれ、なんならもう楽にしてくれ。

 「聞こえてる? 私ね、あなたの写真のファンなの」

 ファン? 声からして若い女の子ということがわかった。まさかファンの子がこんなことをしたわけでは…。 

 「だから、ほんの少しだけあなたに私をわけてあげる」

 最後のほうはもう正直なにも耳に入ってこなかった。ただ息をするのが精いっぱいだ。正しい息の仕方を忘れてしまった。どうやって僕は息を吸って吐いていたんだろうか。

 「だからもう、楽になっていいんだよ」

 女の子が僕のカメラに触ってきたのがわかった。

 やめてくれ、それは僕の、命より大事な、カメラなんだ…。


       ◆◆◆


 「……あれっ」

 目が覚めた、見覚えがあるような部屋だ。

 どうやらどこかのホテルの一室らしい…、いつの間にベッドの上で寝ていたのだろうか。ベッドの横にある大きな窓がカーテンも閉めずに外の景色をうつしていた。美しい浜辺が見える。

 …というか今のは一体……。

 「あっ……か、カメラは……」

 夢であったとしても、カメラに危機が迫っていた。そういえば今だって、いつだって自分の体から手放さなかったカメラが見当たらない。

 「うっ……」

 カメラがもし見つからなかったら、そんな思考に至ってしまってつい目に涙がにじむ。

 ベッドから降りてベッドの下を覗いたり、クローゼットを開けたり、鞄の中を覗いたり。部屋のありとあらゆるところを探した。

 「…なっ無い……そんな……」

 そんな、カメラがないと、あのカメラがないと…僕は。

 「うっ…うぅぅ………」

 その場にへたり込んでしまう、涙がとまらない。

 なんとかこのホテルにつくまでの道を思い出そうとしても、困ったことに全く思い出せない、そもそも飛行機から降りて手続きをしたことすらも覚えていない。…でもここにいるってことは、したん…だよな。

 そのまま顔をうつむけて床を見つめる。……ふかふかだ。

 カメラがないと、仕事どころか生活すら無理に思えてくる。僕はこれからいったいどうやって生きていけばいいんだよぉ…。

 「ん……あれ」

 涙であふれてぼやけた視界と手の上に覚えのある感触が届いてくる。

 慌てて眼をこすって再度確認した、すると

 「あっ…あったぁぁ…!」

 カメラだ。僕の、大事な。

 今まで一体どこに、というか何で目の前にあったのに気付かなかったんだろう、いやでももうそんなことどうでもいい、カメラ、が見つかった。

 「よかった……」

 嬉しさでまた涙がこぼれる、年のせいで涙腺が緩くなってきたみたいだ。

 その嬉しさのまま窓に踊るような足取りで近づく。

 ここからの景色は奇麗だ、それに今僕はとてもうれしい、だからこの瞬間を忘れないように。

 浜辺には何人か人がいる、恐らくほとんどは地元の人じゃあないだろう、はしゃぐ声が聞こえてくるようだ。

 そして僕は、ファインダーを覗いて、シャッターを切った。



 途端、浜辺にいた人たちが全員同時に、倒れた。


 「えっ……」

 何が、起きたんだ。

 急いで窓を開けて身をのりだす。怖いぐらいに静かだ。

 浜辺で遊んでいた人たちはさっきまで、とても楽しそうに、嬉しそうに、動いていたのに、まるで皆死んだように地面に倒れて動かない。

 

 まもなくして遠くから沢山の人が倒れている人に駆け寄って声をかけている姿が見えた。罵声のような大声も聞こえくる。

 

 全くわけがわからないまま、ハッとして先ほど撮った写真を確認する、もしかしたらあの人たちが同時に倒れる原因になったものが写っているかもしれない。

 

 「………なんだよ、コレ…」

 

 僕がさっき撮ったばかりの写真に写っていたのは、美しい浜辺と共にはしゃぐ人々を写した楽しそうな写真なんかではなく。

 

 狂ったように青く澄んで空と海の境目がわからないほどに広く美しい浜辺と、狂ったような素敵な笑顔で、まるでこれが最後だとでも言わんばかりの素敵な笑顔で、はしゃぐ人々が。

 「………違う…」

 僕はこんな写真、撮ろうとしていない。

 「僕が……僕が撮りたかったのはこんなのじゃ……」

 まるで冷たいものが背中をなでるようにゾクッと嫌な感覚が走った。

 そのまま僕は無意識にその写真を消そうとしていた。

 [この写真を消去しますか ▼はい いいえ]

 

 もちろん『はい』だ。

 と、選択した瞬間。


 「っ!? ……はっ…あぐっ……」

 発作だ、それもいつもより酷い。

 「はっはぁっあっ……」

 そのまま這うようにカバンに近づく、…確か、薬が…。

 体中から汗が出ているらしい、すぐジメっとしたいやな空気にかわる。カバンの中から薬をとるのも重労働だ、口から涎がこぼれ落ちるが、拭う暇もない、はやく、くすりを。

 ……あと、すこし……。


 「も~、馬鹿だなぁ」

 

 カバンにあと数センチというところまで延びていた手が、阻まれる。聞き覚えがある、この声は、さっきの夢の。

 「なんで自分の命を消そうとするの、全く、折角素敵な写真だったのに」

 目の前に突然現れたのは、セーラー服の、若い女の子。

 「……なにっ…をっ…」

 「カメラ、あなたの命より大事なものなんでしょう? だから、写真はあなたの命」

 全くさっぱり言っていることがわからない。

 「あなたが乗ってた飛行機ね、テロにあったのよ。丁度あなたの隣の席の人が首謀者、それであなたはたまたま彼らの人質に選ばれてしまったのよ」

 テロ? なんのことだ、だって僕は今こうして、ホテルに。

 「それであなたが死にかけているものだから、あなたにも能力、わけてあげたのに」

 「のう、りょく……?」

 「そう、あなたの写真は本当に素敵だから、だからあなたの能力は人々が最も輝く瞬間を写せる能力」

 人々が、最も輝く瞬間……?

 「人の、死を写せるのよ」

 「え……」

 少女が僕が握っていたカメラを取る、力が入らなかったのですんなり奪われる。

 「そうして美しい写真を残して、あなたは生きることができるのよ」

 そうして少女は何もない場所にカメラを向けて、何もない場所へシャッターをきる。

 何故だか少しばかり呼吸が楽になる。

 「素敵でしょう?」

 そうして少女は「はい」と僕にカメラを返してくれる。

 

 そんな、どういうことなんだ、さっきたくさんの人が倒れたのは、…死んだのは、僕がやったっていうことなのか。

 「じゃあ、あなたの素敵な写真、これからも楽しみにしているからね」

 そういって立ち去ろうとする少女を、僕はあわてて立ち上がってその肩をつかむ。

 「えっ何……」

 そうして少女を僕のそばにひきよせて、震える手でカメラのレンズを僕と少女に向ける。


 「……記念、写真だ」


 そうして僕はシャッターを切った。

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