♪4.小さな望みさえ
「赤城と鑑な。あとで話し合いでもジャンケンでもして決めてくれ」
そう言いながら先生が黒板に二人の名前を書く。その時水瀬さんの声が響いた。
「先生、私図書委員になりまーす」
そう言って手を挙げる。すると次々に女子が手を挙げ立候補した。
「おいおい、女子はもう決まったんだよ。諦めな」
先生の言葉に、女子の目がバッと私に向く。私はそんな女子たちと目が合う前に窓の外に視線を移した。
ある程度の委員会が話し合いなどするはずもなく公平なジャンケンによって決まり、残っている図書委員に注目が集まる。
「あーもうっ。私図書委員にしとけばよかったぁ」
「赤城くんでも鑑くんでも特しかしないもんね」
そんな声が聞こえる中、私は外の景色を眺め続けた。どちらにしろ、私には関係のないことだ。あまり興味はなかった。
「――おい、九条」
「はい」
その時、なぜか私の名前が呼ばれ返事をすると、先生が軽く言う。
「図書の先生に男子二人でもいいか、聞いてきてくれ」
「……はい?」
「お前は一年のときも図書委員だったしわかるよな? 図書の先生は本岡先生な」
「え、いや、あの」
「ほら、行ってこい」
「…………」
どういう話の流れでこうなったのかはわからないが、私は言われた通り図書の先生に聞きに言った。
「いいわよ、その二人なら」
許可が下りてしまうところがまた怖い。
教室に戻り、朝倉先生にそれを伝える。
「いいってよ。じゃあ図書委員は九条、赤城、鑑の三人な」
その声にさらに女子からの目線が痛くなる。そんな中、龍くんの喜ぶ声が響き、鑑くんはため息をついた。
丁度よく一時間目終了を知らせるチャイムが鳴る。
「よし、じゃあ一旦終わりにするぞ。確か今週中に専門委員会の集まりがあるから、各自忘れんなよ」
その声に皆が席を立った。そして女子は真っ直ぐに私のもとにくる。
「楓桜たん」
先頭にいた水瀬さんが机を挟んで私の前にしゃがみ込み、上目遣いで言った。
「私とかわってよ」
「何を?」
「委員会と席」
「委員会はできないけど、席ならいいよ」
そう答えると水瀬さんとは別の子が私に聞いてきた。
「なんで委員会はダメなのよ」
その声からイラついていることがわかる。
「……言えない」
――答えられるはずがなかった。
「は? 答えられないって言うの?」
私は何も言わず、外に目を向けた。窓にうつる女子たちの顔は歪んでいる。
「意味わかんないから。答えられるでしょ? どうしてよ」
私はしつこく聞いてくる彼女たちにため息をつき席を立った。
「ちょっと、どこ行くの?!」
その声に答えることなく、私は教室を後にする。出る直前に聞こえた彼女たちの悪口に、私はこれからの学校生活が崩されることを察した。
私は一人で静かに過ごすことだけでよかったのに、それさえも叶わない。
思わずまたため息がこぼれた。
二時間目開始のチャイムと同時に教室に戻った。入った瞬間に刺さる女子たちの目線は、あからさまに私を敵視している。席に座ってすぐに先生が来て授業が始まった。
授業と言っても、まだ新学期が始まったばかりということもあるため決め事がほとんど。私は参加する気もないため、イヤホンを耳にはめた。こういう時、学校の校則が緩くてよかったと思う。
その日一日、私は周りの全ての音を遮断して過ごした。そうすることで一人の静かな時間を作り出したのだ。
そして放課後。私は図書室に向かう。本来、今日は開いていないのだが、図書委員の特権で開けた。
(……ここなら、安心できる)
私は図書室の椅子に座り、机に突っ伏して目を閉じる。図書室は誰もいないし、イヤホンで何の音も聞こえない。私はその静かな空間にほっと胸をなで下ろした。すると私の意識は徐々に薄れていき、やがて夢の中へと落ちていった。
その夢は酷く悲しく、酷く残酷で、酷く――
――幸せだった。