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目撃

十六夜は、立ち上がった。

「じゃあ、頼んだぞ。オレはすぐに行かなきゃならねぇ。」

維心は、少し心配げに頷いた。

「…気を付けるのだぞ。」

十六夜は笑った。

「オレは死なねぇ」と維心を見た。「何かあるならお前のほうだ。」

維月が、そこへ駆け込んで来た。

「十六夜!あなた…もう行くの?」

十六夜は、維月を見た。そしてその頬に手を触れると、言った。

「…維月。維心の傍を離れるんじゃねぇぞ。多分離れたくても離しちゃくれねぇだろうが」と維心をちらりと見た。維心は憮然としている。「守ってもらうんだ。オレは…何をしていても、お前を愛している。わかってるとは思うけどな。信じてくれ。」

維月は頷いた。

「信じるわ。」

十六夜はそれがまるで最後かのように、維月を抱き寄せた。

「愛している…本当にお前だけだ。」

「十六夜…」

十六夜は維月に口付けると、夜空へ飛び立って行った。

「…どうしたのかしら…。」

維月は不安が胸をよぎるのを感じた。そしてそれは、いつまで経っても消えなかった。


次の日、蒼が龍の宮を訪れた。約束通り、お昼前にやって来た。

「まあ久しぶりね、蒼。」

母が下から二番目の晃維を抱いて出迎えてくれた。

「母さん!元気そうだね。相変わらず、歳取らないね。」

維月は笑った。

「そりゃああなた、陰の月だもの。あれから全然皺増えないわ。そこはラッキーよね。」

蒼は母がいつもの様子なのでホッとした。

「でも、そんなにお腹大きくなってるのに、子供抱いてて大丈夫なの?」

歩き出しながら、維月は答えた。

「あら、人の時でもこんなのしょっちゅうだったのよ。大丈夫、そんな軽く生まれないわ。」

蒼がしばらく歩くと、将維が前に出て来た。

「蒼、久しぶりだね!」

蒼は笑って将維を抱き上げた。

「なんだ将維!お前全然あっちに遊びに来ないじゃないか!瑞姫がすねてたぞ。今日だってお前に会うんだって連れてけと聞かなかったんだからな。」

将維は慌てて、蒼から降りた。

「ダメだ、蒼!我はもう、修行をしなきゃならないんだよ。父上に追い付こうと思ったら、今からでも遅いくらいだ。我も最強の龍にならなきゃならないんだから。」

蒼は子ども扱いしたこと怒っているのが微笑ましかった。でも、将維に言った。

「そうか。維心様を目指すなら、大変だぞ。あのかたは本当にすごい龍だからな。神様だって、誰も維心様には敵わないんだから。」

将維は自分のことを言われたように嬉しそうに笑った。

「父上は、本当にすごい王なんだ。我も母上のように、たくさん子を生んでくれる妃を、たった一人娶るつもりでいるんだ。」

蒼はそれを聞いて、少し心が痛んだ。将維には、生まれる前から、鳥の宮の姫という許嫁が居る。それは言わない方がいいだろうな。

「…しかし、母さんは大変な人だぞ。今は月だけど」と母を見て、「めちゃくちゃ気が強くて、誰も勝てないんだから。多分維心様だって…」

その時、低い声が飛んだ。

「なんだ遅いと思っておったら」維心が居間から出て来ていた。「蒼は寄り道をしておったのか。」

蒼は聞かれてないか、と思いつつ、挨拶した。

「お待たせして申し訳ありません、維心様。お久しぶりです。」

維心は軽く返礼した。

「おお、元気そうでなによりだ」と居間へと誘いながら、「確かに我も維月には勝てぬな。いつも怖くて仕方がないのよ。」

と笑って言った。やっぱり聞いていたのだ。

維月は頬を膨らませた。

「まあ維心様!いつ私がそのように…」

維心は維月の手を取った。

「ほれ、そのように。我は主に嫌われぬかといつもビクビクせねばなるまいて。」

蒼は相変わらずだなあ…と思って見ていた。維心様は母さんにべったりなのは、全然変わらない。

将維はそれを黙って見ていた。維心は将維に言った。

「将維、義心が探しておったぞ。主、稽古の時間であるだろう。」

将維はあ!という顔をして、ぺこりと維心に頭を下げると、走って行った。


蒼は、居間で維月と一緒に昼食を取りながら、前でお茶を飲んでいる維心と話した。

「維心様、いつぞやは雨を降らせて頂いて、ありがとうございました。」

維心は頷いた。

「いくら人の世は我の知る所ではないと言うても、自然現象に苦しんでおったら助けてやらねばならぬ。蒼も雲を掃ったのであろう。」

蒼は頷いた。

「やってみたら、全国的に快晴という所まで、持って行けていました。今は十六夜と同じ命なので、いろいろと出来ることが増えていて、自分でも驚いています。」

「さもあろう」維心は頷いた。「まだまだ主には出来ることがある。これから知っていかねばならぬな。」

蒼はここに来て思ったが、維心の結界の中は、特に龍の宮を中心に、気の流れは安定して穏やかだが、ここへ来るまでの様子はひどかった。あんなに乱れた気の中では、鳥も飛ぶ方向がわからないのではないかというぐらいだ。

ここと同じように、月の里も月の宮を中心に気は安定していた。蒼の子達も、幼稚園に行くと気の流れの乱れを感じて泣き叫ぶので、最近では家に置いている。

こんな状態は初めてだった。

「維心様、この激しい気の乱れはなんでしょう?オレの月の宮も、この龍の宮も、気の流れは安定しています。きっとオレ達が無意識に調整しているからだとは思うけど…。」

維心はため息をついた。

「いくら我でも、全ての気を安定させ続けることは出来ぬ。出来ぬことはないが、ずっと集中しなければならぬ。安定させるのなら、原因になっているものを絶たねばならぬのよ。我もここのところずっと原因を探っておるが、神の中にも怪しい者はおらぬし…先日、十六夜が来た時に、もしかしたらと思い当たることはあるにはあるが。」

蒼はびっくりして身を乗り出した。

「ええ!原因がつかめたのですか?」

維心は首を振った。

「…いや、しかしだとしたらかなり手ごわいのではないかと思う。まだ推測の域を出てはおらぬのよ。」

維心は黙った。蒼は、ポケットからスマートフォンを出した。

「見ていただきたいものがあります。」

蒼はとんとんとタッチして、画像を呼び出した。あの、ニュースになっていた潮の満ち引きのことを報道していた映像だ。

「これです。」

維心は、その映像を覗き込んだ。潮が満ちたままになった海岸の、山の端に、浮いている人型が見える。

「…ここの、土地神でしょうか?」

維心は首を振った。

「この辺りは(らく)の管轄ぞ。これはヤツではない。」

としばらく映像を見ていて、ハッとしたように息を飲んだ。蒼はそれを見逃さなかった。

「何かありましたか?!」

維心は、スマートフォンの使い方はわからなかったが、手をかざしてその映像を止めた。蒼がびっくりしていると、映像は逆回転し、ある位置で止まった。

「見よ」維心は言った。「これは十六夜だ。」

蒼はそこに、青銀の髪の光るのを見た。

間違いなく、それは十六夜だった。


「…十六夜はなぜ、あんな所に居たんだろう?こっちにも帰って来ないで。」

維心は眉根を寄せて考え込んでいる。

「…潮位の変化は月の重力が影響しているのだと人は言っている。つまり、潮が流れぬのは、月がそうせぬからではないのか。」

蒼は顔を上げた。確かにそうだ。十六夜が何か力を出して、潮の流れを止めていたら?

「そんな…そんなこと、十六夜がしても、なんのメリットもないのに。」

「しかし、メリットがあるヤツも居るのだろうな。」

維心は言って、また黙り込んだ。蒼は立ち上がって落ち着きなく歩き回った。十六夜が?この気の乱れも?でも、十六夜がそんなことをするはずがない。理由がない。…しかし、十六夜になら、出来る。

「誰かに手を貸しているってことですか?十六夜は、めったなことでは誰かの言いなりにはならないのに。」

維心は呟くように言った。

「…十六夜に、意識がなければ、どうだ?」

蒼は驚いて立ち止まった。意識がない?

「それって…十六夜が十六夜でないってことですか?」蒼は首を振った。「いや、オレはあの日会ったんだ。十六夜は確かに、十六夜だった。」

維心は頷いた。

「そうだ。我も会った。あれは十六夜であったな。しかし、しばらくヤツはヤツでなかったかもしれぬ。ヤツは自分の記憶があいまいだと言った。そして確かめるために、戻るとな。」

蒼の脳裏に、あの日の十六夜の様子が浮かんだ。

「…確かに、十六夜は最初、おかしかったんです。オレのことがわからないみたいに。時間の経過もよくわからないみたいな…。」

維心は頷いた。

「ヤツは分かっておるのよ。我に維月を守れと言った。自分の記憶があいまいなのは、もしかして何かの陰謀に自分が使われているかもしれぬと…だが、ヤツにもよくわからないらしい。あの時、まだ記憶が混乱しているようだった。ただ、ヤツは維月を守ってくれとだけ、はっきりと言った。何かが起ころうとしているなら、それを確かめなければならないし、自分がもしその何かに使われているとしたら、それを突き止めなければならないと。」

黙って聞いていた維月は、立ち上がって言った。

「そんな、それなのに黙って行かせたのですか?十六夜はそれで、どうなるかもわからないのに!」

維月は涙を流している。維心は辛そうに目を伏せた。

「…突き止めねばならぬのは、我とて同じだったからだ。十六夜は、その鍵を握っているかもしれぬ。だから、戻るという十六夜を止めなかった。すまぬ、維月。」

「そんな…」と維月は言った。「そんなのわからないわ!だから、十六夜は別れ際、あんな風に…。」維月は声を詰まらせた。「私には、一言も言って下さらないで!」

維月は維心に背を向けて部屋を後にした。維心は黙ってその背中を見送った。蒼は、維心に声を掛けた。

「維心様…。」

維心は振り返った。

「我とて、十六夜の無事は祈っておる。しかし維月に、このようなことは言えなかった。十六夜も言わぬ方が良いと言っておったしな。しかし…やはり我は、十六夜には勝てぬのかもしれぬ。」

維心様にとっての母さんは、ただ一人のひとなのに、母さんの心には十六夜も居て、それが維心様を苦しめている…。蒼には、その苦しみが、痛いほどわかった。維心様は、いつも十六夜と母さんの間に、自分が後から割り込んだ、と言う。確かにそうなのかもしれない。でも、母さんの心は、維心様と十六夜の間で引き裂かれて、一度は自分を封じてしまったほどなのだ。きっと、選べないほど維心様のことも愛しているんだと思う…。蒼は、維心に言った。

「勝ち負けではないです、維心様」蒼の言葉に、維心は顔を上げた。「母さんはあの通り真っ直ぐなひとで、嫌いな人の傍になんていられない人です。人の父さんが居た頃、母さんは父さんに、自分から近づくことなんてなかった。部屋も別々だったし。そして、はっきりと、好きだけど愛してはいないって、オレ達子供なのに、言ったんですよ。そういうところははっきりしたひとなんです。もし母さんが維心様に愛してるって言うことがあるなら、それは真実で、十六夜に負けているとかではないと思います。」

維心は目を丸くした。何かに思いを馳せているようだ。

「…蒼よ。確かにそうであるな。勝ち負けではない。」と維月が去って行った方を見た。「我も維月を、もっと信じなくてはならぬ。十六夜のように。」

バタバタと廊下を走る音が響いて来た。

「王!将維様が…!」

維心は顔色を変えた。

「申せ。」

「将維様が、何者かに連れ去られましてございます…!」

召使いは維心の前に膝を付いて言った。

維心は訓練場へと走った。蒼はその後を追った。





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