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迷ったら月に聞け 3~叛乱  作者:
月の真実
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月の記憶

維月と十六夜は、十六夜の記憶の最初の部分を解き明かすことに、午前中を費やした。

途中、蒼が部屋を覗いて来たのがわかったが、すぐに引っ込んだ。何か別のことをしているように思ったのかもしれないが、二人は至極真面目に記憶を探っていた。

その記憶がとても深い所で、また、十六夜にすら意識できないおぼろげなものなので、維月にも読み取るのは大変だった。意識をつないだまま少し書き留めたり、徐々にその二、三百年を埋めて行く作業を重ね、やっとこれ以上はもう無理だろうという所まで読み取った時には、二人とも疲れ切っていた。

維月がご飯を食べたいと言うので、十六夜も一緒に、ちょうど昼の時間帯だったので、蒼の屋敷の方へ渡って来た。

食堂では、維心と蒼が座っていた。蒼が二人に気付くと、慌てて侍女に合図をして食事を持って来るように指示した。

「…さっき、呼びに行ったんだけど。」

蒼が言いにくそうにごにょごにょと言う。十六夜は椅子を引いて維月を座らせてから、自分も腰かけた。

「ちょっと二人でいろいろ取り込んでたもんだからよ。来たのはわかったが、止める訳に行かなくてよ。」

十六夜も疲れ切っているが、維月も疲れていた。神経を集中させると、あとでドッと疲れが来て怠くて仕方がないが、今回は本当にきつかった。

維心は黙っている。蒼もなんと言えばいいのかわからず、ぎこちなく微笑んだ。

「まあ、その、ご飯でも食べて、体力補充してさ。」

維月は口をきく気にもならないらしい。無言で頷くと、前に並べられた昼食を黙々と食べた。

十六夜は何も気にしていないようだったが、そこの空気が重かった。維心はとにかく黙っていて、昨日十六夜と口論していた時より空気が重い。蒼は自分の屋敷で食事をしていてまで気を使わなければならない自分を憐れんだ。なんだかオレばっか損してる気もする…。

ふと、維心が言った。

「…それで、話とやらは終わったのか?」

十六夜は顔を上げた。

「ああ。しかし…」

と十六夜は維月を見た。とにかく他を見るのを億劫なようで、黙々と箸を動かす作業以外は我関せずな感じだ。このまま維心の所へ行かせて、大丈夫だろうか。

十六夜の気遣わしげな視線を見て、維心は眉を寄せた。

「主のせいで維月はこれほど疲れておるのではないのか。」

十六夜は頷いた。

「そうなんだが」と十六夜は認めた。「維月、大丈夫か?」

維月は名を呼ばれてやっと目を上げた。

「え?ああ、私は大丈夫よ。」と維心を見とめ、叫んだ。「あ!」

全員がびっくりした。維月は十六夜に言った。

「そうよ、維心様にも見て頂いたら?私より、維心様の方がきっとこういうの得意だと思うのよ。」

十六夜も眉を寄せたが、維心も眉を寄せ、蒼は仰天した。母さん、何を言い出すんだ。

「…しかしなあ、オレは維心とあれはちょっと…。」

維心の眉がますます寄って行く。蒼がフォローに入ろうとしたが、維月がさらに言った。

「じゃあ、私が中継地点になればいいよね。」と維心を見た。「維心様、この後お時間ありますか?」

維心が口を開きかけた時、蒼が割って入った。

「ちょっと待った!母さん、何を言ってるんだよ!何をするつもりだ?」

維月はきょとんとしている。

「何って…さっき蒼が見たことよ。私と十六夜だと、どうしても効率が悪くて。でも維心様はお得意だから。」

蒼はぶんぶんと首を振った。

「あれはきっとそんな複数ですることではないと思うよ。母さん、疲れておかしくなったんじゃないの?」

十六夜がフォローした。

「違う、維月が悪いんじゃねぇよ。オレが無理を言って、何度もしたから疲れちまって。」

維月が十六夜の方を見た。

「でも必要なことよ!誰だって知りたいと望むじゃないの!蒼が反対するのがおかしいのよ!」

蒼は絶対自分が正しいと思った。

「でも、それはおかしいと思う!」

「待て」と維心が冷静に言った。「今維月は知りたいと言った。蒼、主が思っておることと、この二人が思っておることは、違うのではないのか。」

蒼は、そう言われて、ハタと止まった。そう言えば…。

「十六夜」と蒼は言った。「あれは、寝台でキスしてたんじゃないの?」

十六夜と維月は固まった。蒼が何を考えていたのかわかったからだ。

「お前、いくら維月でもオレと維心の二人をいっぺんに相手しようとは思わねぇぞ!なんてこと考えてやがるんでぃ!」

「そうよ!あなたね、ちょっとは常識ってもんを考えなさいよ!」維月は真っ赤になっている。蒼は今更そんなこと言われたくないと思った。「十六夜の記憶を見てたのよ!しかも本人が覚えてない目覚めて二、三百年の間のことが、深い所に残ってて…それが私に読めたから、何度もつないでは読んで、書き取って…って繰り返してたのよ!」

皆が絶句した。維月は疲れているところに頑張って叫んだのでぜいぜいと肩で息をして、またふらふらと椅子に座りこんだ。

十六夜が慌てて支えている。維心は納得したように頷いた。

「…そうか、それは十六夜は我とはちょっとと申すわな。我も抵抗あるしの。」

「でも、私の心に残っているので」維月は言った。「もう本当に何回もつないだから。それを維心様に見てもらえたら、きっともっと見えることもあるのではないかと思って。」

維心は手を差し出した。

「もちろん、主なら良い。しかし、十六夜は我がそれを見ても良いのか?」

十六夜は横を向いたが頷いた。

「…お前の記憶も、維月の心から見たしな。いいんじゃねぇか?どうせ遅かれ早かれまた維月と心をつなぐんだろうが。」

維月は維心の手を取った。

「では、参ろうぞ」維心は立ち上がった。「少し時間は多めにもらうと思うがな。」

十六夜はフンと鼻を鳴らした。

「いちいち言わなくてもわかってらぁ。だが肝心なことは忘れんな。」

維心はフッと笑いながら出て行った。


蒼は早とちりしたことを後悔していた。

確かに昨日、十六夜は心をつないでみると言っていたのに。でも、まさかそれにあんなに時間を掛けているとは思わなかった。

十六夜の深い記憶ってなんなのだろう。十六夜は、物事を忘れないと言っていた。忘却は、神が人に与えた能力なのだとも。しかし、最初の頃のことはわからないのだ。思えば十六夜に親はなく、生まれて誰かに世話をしてもらった訳でもない。なんでも自分で見て、偶然に与えられたものだけを見て学んで来たはずなのだ。神よりも人のことに詳しいのは、人と話してその世界を知って来たからに他ならない。

何もかも、全て自分で得なくてはならなかったなんて…性別すら、教えられることもなく。

もしそれが、自分の最初の頃の記憶の奥の方にあるのなら、それを読み取ってみたいと思うことは自然だ。でも、それを知ることで、何かが変わるとしたらどうだろう…。

蒼は、なぜだか少し寒気がした。嫌な予感というのだろうか。しかし、自分は以前人であったので、その勘はあまりあてにならなかった。なので、こればかりは外れて欲しいと思っていた。

気分を変えて、蒼は十六夜に言った。

「十六夜、居間に行って話さないか?どんな記憶が見えたのか、わかってるだけでも教えてくれよ。」

十六夜はハッとしたようにこちらを見たが、首を振った。

「いや、ちょっと月に帰って来るよ。どうせ後から維心が話してくれるだろうし、その時に一緒に聞けばいいさ。オレもあの記憶を無理に鮮明にしようとしたんで、なんだか消耗しちまった。力を補充してくるよ。」

本当に十六夜も疲れているようだ。蒼は頷いて立ち上がった。

「じゃあ、また維心様が出て来たら呼ぶよ。」

「ああ。まあしばらく出て来ないだろうよ。」

十六夜は、光になると、空へ帰って行った。


維心は、与えられた部屋の寝台で横になりながら、見た記憶の事を考えていた。

横では維月が眠っている。会ったのは二週間ぶりで、こんなに離れるのは妃に迎えて以来、なかった。なので、昨日は本当は一緒に居たかったのだが、十六夜を前に、そこまで強固に言い張ることも出来なかった。

昨日は、十六夜は維月と心をつないだのだ。だから、この維月の心を十六夜に知られてしまった。そして、維月の心の中にある、自分の記憶も知られてしまった。自分がどれほど十六夜に対して劣等感を持っているのか、十六夜は理解したはずだ。それが、とても残念だった。

そして、今維月の心から十六夜の記憶もまた見た。

それは、想像した以上に清浄なものだった。一点の曇りもない正直で素直な心。それは、まさしく人の間でも神の間でも揉まれたことのないものだった。

自分の性別すら教えられず、また自分の存在すらなんなのか知らず、十六夜は、ただ自分が良いと思ったことだけ吸収して生きて来た。ただ一つ信じた家系だけを守り、そしてやっと巡り合った維月だけを愛し、それは肉欲など関係なく、ただ純粋に心と心のつながりだけを求めた愛情だった。いつも十六夜が言っていた通り、維月だから傍にいて、愛情を表現するのに必要だから体を重ねる。本来はそんなものは重要視していないのだ。

十六夜に比べると、自分は王で神の中で最強であろうとも、1700年を生き抜いて知識を持っておろうとも、とてもかなわない気がした。愛情は同じぐらい強いつもりでいたが、その大きな信じる心というものが、維心にはないように思えたからだ。もし逆の立場であったなら、自分は十六夜に維月を預けただろうか?…いや、多分出来なかった。維月を箱に詰めてでも、外へ出さなかったに違いない。

…どうあっても、勝てない。今は既に維月の心に自分が居ることを確認しても、やっぱり自分が最初に維月の心の中を見た時のように、維心の十六夜に対する劣等感は消えることはなかった。

維月がもぞもぞと動いた。目を覚ましそうなので、維心は表情を引き締めた。自分の心の何もかもを知っている維月だが、それでも、やはりこんな気持ちで居る時の自分の顔など見せたくはない。

「維心様…?」

維心は思わず微笑した。まだ微睡んでいるのに、間違えずに自分を呼ぶのがうれしかったのだ。

「少しは眠れたか?」

維月はしっかりと目を開けた。

「はい。ああ、もう夕方になってしまっておりますわ。」

窓の外は夕焼けで真っ赤に染まっている。維心はその光に、十六夜の記憶を思い出していた。

「…我は、あれの目覚めてからの記憶を見た。」と、唐突に言った。「あれは、我らを統率せねばならぬ。そして、無駄なものは淘汰して行かねばならぬ…。」

維月は不安げな顔をした。

「…なにやら、不穏な響きでございますわ。淘汰と申しますのは…。」

維心は頷いた。

「そうだな。しかし、それが真実よ。」と起き上がって、維月の襦袢の前合わせを整えてやった。「居間へ参ろうぞ。蒼にも十六夜にも、話さねばならぬゆえな。」

維月は頷いて、維心について蒼の居間へ向かった。





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