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異変

人の世は、荒れていた。

それ自体は平穏であるのだが、天と地に異変を感じ、人々は怯えていた。

蒼自身は死ぬことなどなく、また、気候の変動もあまり感じないので、自分達だけ守ろうと思えばそれも出来た。しかし、神となるとそういう訳にもいかない。

自分は神ではないが、月の命を持っている。力を持つ者は、それに応じた責務も、また背負っているのだと。維心は言っていた。今、蒼はそれをひしひしと感じていた。

連日、村人は蒼の屋敷へ訪れた。

天気の回復を願われてそれを聞き届けたものの、そうすると、人はもっともっとと願うのである。

本来神とは話せないものであるのに、蒼は人の形をして、その力を使えることを知られてしまっている。ゆえに、人は蒼に願いをするのだ。

神が人の前に簡単にその姿を現さないのも、わかる気がした。

「蒼さん、しかし、雲を振り払われたし、雨も降らせられたのでしょう?」

蒼は首を振った。

「雨は、私ではありません。それに私は万能ではない。いわば超能力者のようなもので、神とは違うんですよ。出来るかどうかもわからないし、出来たらラッキーぐらいに思ってもらった方がいい。」

村人は立ち上がった。

「でも、月の継承者とは本当に居るのだとこの目で見た!」

蒼はため息をついた。

「…あれは10年も前のことです。あれで私の力はほぼ使い切ったかもしれない」と顔を上げて、「だいたい私が万能なら、今頃何もせずにどこかの山奥にでも家族と共に引っ込んで、表には出て来ませんよ。私がこうして皆さんと共に事業をしようと思ったのも、生きて行くのに必要だと思ったからです。基本、あなた方と同じ人間なのですから。」

村人は黙った。そう、そんな能力があるのなら、今頃こんな田舎で自分たちと事業をしようなんて思わなかったはずだ。村人は仕方なく頷いた。

蒼は、ホッとした。その実、蒼は人の家族を守り続けるために残っているだけで、何十年かしたら全て売却して、山奥へ宮を作って引きこもろうとは思っていたのだが…。


やっと人が帰って、ホッとした蒼は月を見上げた。

十六夜は、最近姿を現さない。

その上、月にも帰っていないようで、全く話していなかった。それでも、蒼には月の代わりをすることは、今では出来るのがわかったので、十六夜が気ままにしていても、それは仕方ないと思っていた。今まで神達と話さなかった十六夜が、いろいろな神々と話しているのなら、それを邪魔するつもりはなかった。


蒼は、テレビの特集を見ていた。

その中では、異常気象や、潮位の変動など、最近の自然の異常について、識者達が思い思いに調べて来たものを披露している。人は、一生懸命原因を突き止めてなんとか出来ないか、またこれから何が起こるのか、答えを探している。蒼は蒼の出来ることで、原因を突き止めなくてはと思っていた。

ふと、テレビのチャンネルを変えると、海の映像が流れていた。潮位のことについて報道している。今日も異常に高く、潮が引くことは、ほとんどなかったらしい。

蒼がその映像をぼんやり見ていると、山の端の上の方に、何か人影が見えた気がした。神か何かかと思って見ていると、はっきりと見えない間にそれは消えた。おそらく、あの辺りの土地神様が、様子を見に来たのだろうな、と蒼は思った。

自分も考えているばかりでなく、行動しなければ。

「瑤姫、出掛けて来る。」

瑤姫が居間へ入って来た。

「はい。また、急なお出ましでございまするね。」

蒼は頷いた。

「維心様と話して来たいんだ。最近の自然界は、少し異常すぎるからな。」

「では…」瑤姫は言いにくそうに横を向いた。「先触れをお出しになった方がよろしいかと。このお時間でございまするし。」

蒼はハッとした。そうだ、龍の宮ではテレビもないし、夜は話すか寝るか…。まだ7時だけど、維心様ならわからない。何しろ、蒼達に二人子供が出来る間に 四人も子供が出来て、今また一人お腹に居るんだから。

蒼はソファに座りなおした。

「…明日の朝にしようか。」

瑤姫は大きく頷いた。

「そうなさいませ。私が先触れを出しておきますわ。」

瑤姫は安堵したように言うと、侍女達に指示を出しに部屋を出て行った。

手持ち無沙汰になった蒼は、考え事をしながら、ふと窓から見える神社の境内に、人影を感じた。

ここは神社とはいえ蒼の屋敷の敷地内なので、皆が気軽に入って来れる場所ではない。蒼は見るより気を探った。この気は!!

蒼は外へ飛び出し、その人影に叫んだ。

「十六夜!」

十六夜は、ハッとしたようにこちらを向いた。

「蒼?」

不思議そうな顔をしている。蒼はうれしくて駆け寄った。

「久しぶりじゃないか!どうしてたんだ?オレ、ずっと話したいと思ってたのに、月にも帰ってないからさ。」

十六夜はまだ、少しぼーっとしているようだ。

「何?オレが月に?」

蒼はいぶかしげに十六夜を見た。

「…どうしたんだよ?最近は母さんにも会いに行ってないんだろ?心配してたぜ。」

十六夜は月を見上げた。

「維月…。」

そしてしばらく黙ると、蒼を見た。

「…すまねぇな。最近はいろいろ忙しくてよ。ここへもなかなか来られなかった。時間感覚もなくなっちまって。どれぐらい会ってなかった?」

蒼は笑った。

「そうだな、かれこれ一年半ぐらいじゃないか?あんまり長いから、忘れたんじゃないかって思ってたんだけど…思えば十六夜にとっちゃなんでもない時間だよな。」

十六夜はつぶやいた。

「一年半…。」

蒼は十六夜を屋敷の方へ促した。

「今日は話して行くんだろ?せっかく来たんだ。子達も大きくなったんだぜ。」

十六夜はそちらへ行きかけて、脚を止めた。

「…いや、今日は顔を見に来ただけなんだ。また近いうちに来るからよ。」

蒼は目に見えてがっかりした。

「ええー?!…まあ、母さんにも会わなきゃならないだろうし」とさっきの瑤姫との会話を思い出した。「でも、先触れ無しだとちょっと…維心様も忙しい人だし。」

十六夜は浮き上がった。

「いや、維心には念でも飛ばすよ。」更に高く飛び上がって行く。「じゃあな、蒼。」

蒼は残念そうに、それを見送った。


蒼や瑤姫の心配を余所に、龍の宮では維心が居間で空を見上げていた。気の流れが、乱れている…。滞りなく流れているのは、この龍の宮周辺だけだった。

まだ見に行っては居ないが、おそらく月の宮の辺りも安定しているだろう。しかし、これでは人の世はひとたまりもあるまい…。

維月が、紫月の為に小物を縫っていた手を止め、維心を見た。

「また、お気がかりなことでございますか?」

維心は振り返った。

「うむ。気が乱れておるのでな。これが続けば、人の世は…おそらく、正常に機能しまい。」

維月は維心に並んだ。

「どこかの神の仕業でありますか?」

維心は首を振った。

「いや。我は全ての神の気を探ったが、何もしてはおらなんだ。なんの力が作用しておるのか分からぬので、我も考えておるのよ。」

そこに、侍女が頭を下げて入って来た。

「王、月の宮の蒼様より、明日、こちらにてお目通り願いたいとのこと。只今お知らせが参りました。」

維心は頷いた。

「では、昼前に来るように知らせよ。こちらで昼食を取ればよかろう。」

侍女はまた頷いて、出て行った。

「蒼も当然気付いておろうな。我にこのことについて話に参るつもりであろう。あやつの力も借りねばならぬかもしれぬ。月がおらぬゆえの。いったいどうしたのか…。」

その舌の根も乾かないうちに、維心に、聞き覚えのある念の声が聞こえて来た。

《維心、今から行く。》

維心は驚いて月を見上げた。

「十六夜か?主、今まで何をしておった。」

維月を見ると、驚いた顔をしている。

《とにかく、行く。》

「そのように急に言われても」維心は眉を寄せて維月を見た。「維月の準備が出来ぬ。」

《正確にはお前の心の準備だろうが。安心しな、維月は関係ねぇ。今日はお前に話があるんだ、維心。》

意外な言葉に、二人は顔を見合わせた。

「…まあ、我なら別に今でも大丈夫だが。」

《じゃあ後でな。》

あっさりと切れた接続に、維心は眉を寄せた。一年半も顔を見せなかったと思ったら、いきなり来ると。それも維月に会うのではなく、我にだと?

「…あやつはようわからぬわ」

維心はため息をついた。


十六夜の姿は、前と変わらなかった。維心は居間で、十六夜を迎えた。維月は遠慮して子達の所へ様子を見に行っていて居なかった。

「…久しぶりだな、維心。」

維心は立ち上がって十六夜に近付いた。

「途中で連絡ぐらいよこせ。何事かと維月も心配しておったのだぞ。」

十六夜はフンと笑った。

「だが、穏やかに暮らせたろうが。維月を連れ出したら、お前の気がものすごく悪くなるのでな。よかったじゃねぇか。」

維心は眉を寄せた。

「…そんなことを話しに来たのではあるまい。いったい急にどうしたのだ。」

十六夜は、深刻な顔で頷いた。

「…お前に、頼みがある」とじっと維心の目を見つめた。「時間がねぇ。手短に話す。」




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