(3)
まだだ、まだ終わらんよ………!
………就活が。
SSもこつこつ地味に書いてますが、とりあえず書き上がったモノからということでこっちを先に投稿します。エタらせるつもりはないのでご安心を。
『国民大移動』および『大戦イベント』。
まず話し合われるのは国民大移動である。
一見すると世界史に出てくるゲルマン民族の大移動のように国民全体が住む場所を変えるのかとも思わせるものだが、そうではない。
要するに、「下宿してたり、出張してたりして故郷を離れた状態で今回の事件に巻き込まれた人たちを故郷へと帰そう」ということだ。
勿論希望者を募り、しっかりと護衛を行った上での話となる。今や消えかけた歴史上の話となったネイティブアメリカンの「涙の道」のように強制をしたり、過酷な旅路を歩ませるつもりは毛頭ない。
そのために行うべきことが山積しているのが問題なのだが。
「えーと、死者の出来る限りのリストと、生存者の詳細なリストを作成して、東、南、北と共有する、と」
「リストについては個人情報保護を徹底しておかないなければならないだろう、後で流出でもしたら大変なことになるからな。海外からの渡航者……………留学生、出稼ぎ労働者、ビジネスマンの類はどうする?」
「今の所後回しにせざるを得ないな。何せ移動手段がほぼ船に限定されるから、長期的かつ危険な道になりがち、しかもそこまで連れて行くことが出来る程の護衛を用意出来るほど俺達に余裕がある訳じゃない。精々ユーラシア大陸横断道最東端まで連れて行くのがいい所だ、そこからの安全が保証出来ないとなるとそれもただの愚策でしかない」
救助の際に大量消費した転移符も完璧ではない。普通の転移符では行ったことのある場所しか行けないし、先日大量に使用した行き先を指定してあるものにしても指定した行き先の半径100km以内であることが条件となる。例えば、単純計算でもブラジルまでいくのには一人につき200枚。海を指定する訳にもいかないので陸の中継地点を挟めば枚数はそれを遥かに上回る。コストも尋常なものではない。
唯一の救いは、どれだけ離れていてもプレイヤー同士なら通信が通じる、ということだ。結果として国家間の会議も容易なものとなっている。
「護衛も希望するプレイヤーに頼んだ方が良いのではないかの?」
「そらそや、せやけど明らかに戦力が偏りがちになるんとちゃうか? 特に過疎地域とかは深刻やし、東京に人が集中したりでもしたらここもイベント戦とかの時に危険になるで」
「しかし、生産職の材料採掘、戦闘職のレベル上げで地方にまた分散されるだろう。少なくとも、前の世界と人口分布は明らかに変わる。今後の村の開拓等の問題も大きいからな。むしろ緊急召集、避難の手順をはっきりさせておいた方がいいんじゃないか」
地図を覗き込み、イベント戦発生が予想される場所を睨みながら皆が経路について考える。
話し合いの途中でふと、達己が顔を出月と麻仁に向けた。
「そう言えば、二人は帰らなくてもいいのかの? 学生なんじゃろ?」
「家族の無事は確認出来ているし、こちらにも家族がいる」
「第二の故郷を見過ごす訳にも行きませんし」
迷いなく即答する二人に笑みを浮かべ、隼雄が更に何か文字を打ち込んでいく。
今までの会議で出た案をまとめ、整理したもの。今後の政策の素案となるものだ。調査を行って実地に合わせながらやっていくので、まだ発表はないが。
「だが、身寄りのない子供達はどうする?」
「当面は施設を作り、そこで育てるしかないだろう。引き取り手が現れるまではな」
「保母さんとかも必要じゃの」
「あとは詐欺とか虐待にも気をつけなきゃならないんだよな。補助金とかは出すことになるし」
「戸籍の登録はやっぱり急務やな」
「RNとHNどっちで登録するか、も考えないとね」
「いっそそこは二重登録でいいんじゃないか」
活発に会話を続ける他の四人に打ち込んでいる文書から顔を上げた隼雄が割り込んだ。
「………いや、話が盛り上がるのも議論が活発になるのもいい。いいんだが、脱線しかけているぞ。移動の話だろ?」
「あ、すまんの」
「やっぱり東海道、中山道、山陰、山陽道の陸路と、東回り、西回りの海路の併用になるかな」
「途中の村を中継地として………」
「他の三国とも手順を議論せなあかんけど、そっちは王様に投げればええな」
「お、おお、そうなるな」
経路の案を出し、実際の意見を聞いてから修正するということで一致した。
「じゃあ、……………大戦イベントの話にいくぞ」
大戦イベント。
AOでもいわゆるイベント戦闘は無数にあるし、レイドバトル……多人数で戦うことはそれほど珍しいことではない。
しかし、何十万もの人が同時に参加する戦闘イベントは現状において僅か二つしかない。
一つが国対国バトル。これは陸続きの国がなく、四王国内での戦争もないことから日本ではあり得ない。勿論大陸諸国からの宣戦布告は可能性としてはあるが、複数の理由からそれもない。
もう一つが今回の主題となる。
「恐らく今回もいつもと同じ。北太平洋からやってくる侵略モンスターからの防衛戦となる」
そう、北太平洋から5年に一度、モンスターが大量にやってくるのだ。クラーケンのような水棲モンスターは言うに及ばず、無数の漆黒の軍船も洋上に現れ、プレイヤー達は一丸となって迎撃することになる。
ちなみに、日本のみを襲う訳ではなく、同時期にアメリカ、オーストラリア、チリなど多くの国にこの脅威は襲いかかる。
さらに言えば襲撃元は北太平洋だけではない。
インド洋南部、北大西洋からもその周辺諸国へモンスターが押し寄せることとなる。
「『ムー大陸からの贈り物』、だったんですよね……」
隼雄の言葉に麻仁がぼやく。
実のところ、元を叩いてしまえば………侵略者の本拠地を攻略してしまえば、このイベントはもう発生しないと考えた者は結構いた。
だが、そうして本拠地を目指した者は全員途中で挫折することになる。
本拠地があると思われる方向に進めば進む程、敵の数が増えるのだ。
いかに強いプレイヤーが集まっても、圧倒的………否、そのような言葉すら生温い程の数を前にして、奥に進むことは出来ない。
しかし、それでも死にものぐるいで進んだ彼らは、ある一つの成果を残した。
敵の本拠と思われる巨大な島………アメリカ大陸ではない、別の陸地を発見したのだ。
同様にインド洋南部、北大西洋でも未踏の陸地を発見している。
その位置からプレイヤー達は、かつての神話、伝説を元に北太平洋の陸地をムー大陸、インド洋の陸地をレムリア大陸、北大西洋の陸地をアトランティス大陸と呼称している。もっとも、大きさをしっかり把握している訳ではないので「大陸」というほどのものではないのかもしれないが。ちなみにこの呼称を運営は追認しており「実はルルイエとかも隠しダンジョンであるんじゃないか」などとプレイヤー達の間では囁かれていたりする。
「ムー大陸からの贈り物」と呼ばれるのは、このイベントで出てくる敵のドロップアイテムがかなり良いものであるからである。武具の素材としても非常に優秀なものとなるため、プレイヤーはこぞって参加している。いや、していた。
しかし、もはやデスゲーム同然となった世界で、どれだけの者が戦うことが出来るだろう? 何度死んでも蘇るが故に恐れを知らぬ勇者のようであった時は、もはや過去なのだ。
重苦しくなった空気を更に重くするとわかっていながらも、出月は更なる懸念事項を告げる。
「しかも、今回は数が違う。あのイベントがゲームと同じように起こるとしたら、間違いなく大量に増えているぞ」
そう、モンスターの勢力は、プレイヤー側の戦力に比例する。
日本で考えてみると、今まではプレイヤー約700万人とNPC約600万人の合計約1300万人。
そこにAOをプレイしていなかった日本人が落ちてきた。
もちろん死者は想像を絶する数であろう。
様々な所から集めた情報によると、この大規模な異世界転移は、基本的に地球上の座標と同じ位置に転移する。だが、障害物が密接してるような場所にはそのまま転移する訳ではない。つまり、いわゆる「いしのなかにいる」状態にはならない。その場合は、近くの適当な空間に移動することになっている。海の中などであれば水面に、トンネルの中であればその山の上に、ということだ。しかし、高層ビルなどにいた場合転移した先は空。待っているのは転落死だ。
顧みるに日本である。深夜であったことと、近年ますます進んでいるマンション居住の増加、さらに普通は身体の弱い高齢者(達己は特殊例だ)が多い超高齢化社会。それらの理由から転落死だけでも軽く数千万人となる。更にモンスターに襲われた人を考えると人口8400万人の内70%程が削られていても不思議ではない。
だが、それでも。残った30%のうち元々プレイヤーだった700万人を引いて単純に人口増加を考えれば、現在の日本の人口は3000万人を超える。元の人口の倍以上だ。
つまり、モンスターの数も倍以上に増えることになる。
だが現状では戦えるものは元の数のまま。単純に負担が倍になる。
しかし、日本はまだマシな状況だ。
「他国ではもっと酷いことになるんじゃろうな。もともとのプレイヤーが少ないゆえ、増えた人数も数倍を超える」
「ああ。だから環太平洋軍事同盟での会議も予定より早く行うことになった。西側の会議はここで行うことになる」
TPA。Trans-Pacific Allianceの略である。
読んで字のごとく、この大戦イベントに直面する環太平洋の各国が結んだ同盟だ。経済的、軍事的相互支援等を主眼においたものとなる。
太平洋の真ん中を通過出来ないため移動手段が限られ、東側と西側で集まり、ビデオ会議を行うこととなっている。
「つまり、これから一刻も早く、かつ出来るだけ安全に、戦力を増やす……レベルを上げる必要があるということ」
「一定以上のプレイヤースキルも必要だ。最低でも大戦のとき、露払い程度は全員が出来てもらわなければ困る」
「さっき出月はんが言うてくれてた、モンスターの分布、調査せえへんとな。戦い方の講座とかも必要やろし」
「タイムリミットは? 次は何年後に奴らは来る?」
「………4年だ」
経済の建て直し、国民全体のレベル上げ、国際協力。4年の間にどれだけ達成出来るかが課題だ。失敗は滅亡と直結する以上、その責任は重大だ。だが双肩にかかる重みを知りながら、逃げ出すものも暴走するものもいない辺り、この国は恵まれていると言えるだろう。
「じゃあ、取り敢えず纏めた上でまた修正とかのために招集することもあると思う。他に何か質問とかあるやつはいるか?」
「そう言えば、国防の話と言っていたからしなかったけど、治安はどうなるんだろうね?」
「刑務所がないから犯罪者が一部脱走している件か。検非違使がうまくやることを期待するしかない」
「それもあるけど、そういう人をどうするか、どうやって見極めるかも問題になるじゃろうな。こちらの世界に持ち込まれた者はほんの一部。ましてや捕まった犯罪者の顔写真なんぞ残っているかどうか………」
「そもそも捕まえることが困難だな。まあ再犯を行った者は当然容赦なく罰する。自首してきた連中をどうするか、か。このまま、大人しくしてもらうか。それとも……」
「それこそ大戦イベントの懲罰部隊という可能性もありと言えばあり。特に重犯罪者は」
「けどそれは倫理的に問題が…」
「しかし犯罪者を檻の中に放置しておくのも…」
「国際的な批判が………」
喧々諤々、とまでは言わないが、やはり倫理と効率の間に存在する対立というのは議論が熱くなりがちだ。
罰則は今後の課題として、PKへの取り締まりも兼ねて見回りをすることが決定した。出月と麻仁は終了後、当面はその仕事につくことになる。
「……暴力団とかは?」
「そっちの方は全く心配していないな。こっちの裏社会の元締めを敵に回すとどうなるかを身を以て知ることになる」
「………ああ、いい人なんだけど、怖い」
煙管を手に艶然と微笑む美女を同時に思い出し、男達はぶるりと肩を震わせた。それを見てこの場で唯一の女性である美代がころころと笑い、会議はひとまず幕を閉じた。
1ヶ月後には最新話と一緒に一段落の報告が出来ていると……いいなあ…………!(切実)