(4)
更新が遅れて申し訳ありません。
……時間を少し遡ろう。
魔都・長岡京。
現実世界においては現在の長岡京市辺りを中心に跨がっていた過去の都市であり、1200年以上前、僅か10年の間ながらこの国の首都だった事もある。
歴史上有名な平城京と平安京………つまり奈良と京都で首都が移り変わる、その空白期間に首都であった都市……と言った方が分かりやすいだろうか。
勿論、「僅か10年」と首都であった期間が非常に短かった事にも理由がある。
その理由とは、奈良からの遷都における政争で無くなった皇族の怨霊により、様々な災害が起こったためだと伝えられる。
その伝説に従ったのか、AOにおいてこの地は高レベルの亡霊タイプのモンスターが自然に大量発生するダンジョンとなっている。
「しかしまあ、今回は探す所が表層部と地下の第一階層だけで済みそうだから助かるよ」
「油断はするなよ、表層部でもこの付近の他の場所とは大違いだ」
「分かってる。油断して他の人を危険に晒すなんて真似、しないさ」
直線的に10数キロの距離を10分程で駆け抜けた二人は長岡京の門を眺め、少し言葉だけ言葉を交わす。自分たちの仕事の確認だ。
門からは、明らかに禍々しい空気が漏れ出しているように見えた。
長岡京は都市型ダンジョン。地下を進んで行き、途中に中ボスを挟みつつ、最下層にラスボスがいるという典型的なダンジョンだ。
近畿においては飛鳥、吉野山と並んで最難関に数えられる。
しかし、最下層を含む最深部ならともかく、表層部では出月や麻仁にとってはまれに湧出する強力なレアモンスターでさえも脅威たり得ない。
「………行くぞ」
「うん」
門を開けて突入し、すぐに彼らは別れて己が駆るモノを急がせた。
当然ながら、いかに優秀といえども普通の学生が救助のイロハなど知るはずもなく、とりあえず目についた人に手当たり次第転移符……京都の周辺に自身を転移させるものだ………を渡し、転移してもらう。
襲ってくるモンスターは即時撃退。
滑り出しは順調だった。
ただ、少年達は一つだけ、気がかりを抱えていたが。
『王様が言うてたんよ。「これはあくまで万が一の時の話だが……もし救助において命の優先順位を考えなければならない場合、年齢の若い方を優先してくれ」って』
出月は美代の言葉を思い出していた。
未来の可能性がある方を生かす。合理的ではあるが、現代日本の平凡な日常に生きる少年にはかなり気の重い話であった。
(願わくば、そんな辛い事態には出会いたくないな)
とりあえず昼の間に参拝した伏見稲荷の稲荷大神や、晴明神社の安倍晴明に祈りつつ、出月は縦横無尽に都市内を飛び回る。式神も偵察に出していた。
「っ!」
プレイヤーが最初から持つ簡易レーダーを確認すると、やや離れた所でプレイヤー数十名がモンスターに囲まれているという表示があった。おそらくその中で実際にプレイした事があるのは僅か数名だろう。
出月は急いで氷菜を駆り、その戦場へと向かった。
数秒後にたどり着いた戦場では予想通りの光景が広がっていた。
僅か数名のプレイヤー達が数十人の一般人を守るために、大量の亡霊に囲まれた状態で戦っている。
先頭に立って戦っている侍は扱う武装などを見るに上級クラス入り立てのようだった。どうにか戦えているものの、やはり数に押されて苦戦している。
(とりあえずは、救援か)
「急急如律令!」
考えつつ、手に持った札を打つ。
打つのは火行符。
目の前の戦場では、亡霊の中でもいわゆる動物霊と呼ばれるような、犬や猫の亡霊化したようなモンスターが相手。陰陽五行説によると動物は一般に金気なので火気に弱い。五行相克の火克金だ。
符が巨大な火球へと変化し、まとまった群れの一つを抵抗すら許さずに焼き尽くす。ある程度範囲を見極めて放ったので、プレイヤー達に被害を及ぼす事なく、ごっそりとモンスターの包囲網をえぐりとった。
その影響で出月に対するモンスターの憎悪値が急上昇し、標的が出月へと切り替わる。
牛の頭を持つ、巨大な鬼が唸り、出月を睨みつける。
だが、氷菜から飛び降りた出月は自分の身長の倍以上はあるその巨体すらものともしない。
「火生土。急急如律令」
新たに打った土行符によって生まれた土石流が、襲いかかってきた魔物を呑み込み、一掃する。
火生土。火が土を生む。その効果によって威力を増幅された土行符は、相克を利用した先の火行符と同等以上の力を見せた。
僅か二つの攻撃で、ほぼ全滅。
力の違いを思い知った魔物達は隙を見て撤退しようとするが、氷菜がそれを許さない。爪で引き裂き、嘴で貫く。たちまちにして魔物の群れは完全に消滅した。
「無事か」
「あんさんがやってくれはったんか! おおきに、助かったわ!」
「ああ、救援に来た。転移符があるからそれを使って逃がしてくれ。出来れば若い人から順に頼む。こちらで周囲の警戒をしておく」
「了解や!」
大量に持っていたので、まだ転移符の数には余裕がある。さらに言えば、先ほど美代の……正確には美代に権限を与えた国王の許可で国庫に納められたものまで引っ張り出す事まで出来るので、とりあえず数の心配はしないでいいだろう。大量に購入した結果、NPCからの購入はもう出来ないため、符の生産を主とする人間は腱鞘炎を覚悟で缶詰状態で書きまくっているらしい。さらには材料となる紙と墨、ひいてはその材料となる木材を入手するべく動いてる人間もいるようだった。
危機的状態の時、皆が協力出来るというのは一つの美徳であろう。
全員が転移するまで、そんな事を考えながら出月は周囲を警戒していた。
一方その頃。
麻仁はまさに出月が来ないよう願った事態………正確には「それに近い事態」に直面していた。
「ねえ、お母さん、起きて、起きてよぉ………!」
目の前で、倒れた母親に取りすがって十代前半くらいの女の子が泣いていた。
治癒術を母親に使ってみたが効果はない。死後短時間なら効果があるという話の出ていた『復活』は攻撃役の麻仁は持っていない。
つまり、少女の母親を救う事はもはや不可能だ。
だとすれば、一刻も早く少女のみを転移させ、別の要救助者を捜す事に専念しなければならない。
だが、それは、
(俺はこの子に、『死んだ母親は見捨てて安全な場所に行け』と言わなきゃならないのか……………!?)
あまりにも酷い話だった。いくら言葉をヴェールに包んだとしても、本質はそれだけだ。
だが、悩んでいる時間はない。こうしている間にも命の危機が迫っている人がいるかもしれないのだ。
躊躇いながらも麻仁は口を開いた。
「君、早くここを離れるんだ」
「いやや! お母さんと一緒にいる!」
麻仁の言葉に少女は即座に振り返り、きっと麻仁を睨みつけた。
「お母さんはそんな事を望んではいないはずだ」
月並みな台詞しか吐けない自分に、麻仁が腹が立って仕方がなかった。
「あんたにお母さんの何が分かるって言うんや!?」
「何も知らないよ。でも、一つだけ、これだけは知ってる」
泣きすぎて目を腫らしながら激高している少女に、麻仁はただ言わなければならなかった。
「君のお母さんが君の事を愛していた事だけは知っている」
「………!」
「君が取りすがって泣く程に慕っていたという事は、君がそれだけ愛されていた事の証明でもある」
勿論、愛しているが故に子に厳しい教育を施し、子に嫌われる親もいるが、この場合はそのままストレートにとらえる事が出来るはずだ。
「そんな君のお母さんが、君がこのまま死ぬことで喜ぶと思う? 俺はそうは思わない。君には生きていてほしいと願うはずだ」
本当に、月並みな言葉だと思う。
だが、こんな言葉が月並みと言われるのは、それが大抵の場合、事実だからだ。
子を愛さない親など滅多にいない。子が死ぬ事を喜ぶ親も、ほとんどいない。
麻仁は転移符を握らせ、涙をためた少女の目を正面から見た。
「だから君は生きてくれ。お母さんのためにもここから離れて生き延びてくれ。……君の名前は?」
「……くるみ。藤森久琉己」
「そっか、いい名前だね。………くるみちゃん。困った時は俺を、小鳥遊麻仁を頼るといい。大きな建物で聞いてけば大体すぐに分かるはずだ。たかなし、あさひと。覚えた?」
百家の名前は日本のプレイヤーとNPCなら基本的に把握している。特に元々西王国にいたものなら尚更だ。どこで聞いてもある程度の反応は帰ってくるだろう。
「………うん」
「いい子だ」
健気に頷くくるみに対して笑顔を作り、頭を軽く撫でる。
「じゃあ、また」
「……うん!」
その言葉を最後にくるみは姿を消した。転移したのだ。
「………」
転移を確認した後、麻仁はくるみの母親に向かい、火属性の術を用いて簡易的な火葬を行う。
急がなければならないのは分かっている。それでも放置出来なかったのは、ある一つの思いが頭から離れなかったからだ。
(次に会ったとき、遺体を放置したままで顔向けが出来るのか)
灰をしまい、近くに留まっていた愛馬に再び跨がる。
鐙を使って腹を叩き、馬を走らせ始めながら、麻仁は、
「………ッぁああああアアアアアァァッ!」
慟哭の声をまき散らした。
悔しかった。悔しくて悔しくてたまらなかった。
百家だ、レベルがカンストしていると言っても所詮は神ならぬ身、全ての人を救う事は出来ない。分かってはいても、無性に悔しかった。
「ああああアああああァあああぁッ!」
ただひたすら、声も枯れよと言わんばかりに泣き叫ぶ。
その声に呼ばれたか、目の前にのっそりと鬼の亡霊が現れた。亡霊と言っても、金棒を持ったオーソドックスなタイプだ。
「グオオオオオオオオオォッ!」
「……ッ!」
しかし、麻仁にとってそんなものは障害物でしかない。
黒馬を駆って、すれ違い様に一刀のもとに金棒ごと斬り捨てた。
「ぐ、う………!」
声がいい加減枯れてきて、どうにか麻仁は涙をこらえようとした。それでもなお、あふれて止まらなかったけれど。
主の嘆きに答えるべく、黒馬は疾走する。
その手綱を握りしめ、俯いて、震える声で麻仁は愛馬に話しかけた。
「ごめんね、黒斗。次の人見つけるまでに、涙を止めるから」
不安にさせないためにも、他者に涙は見せてはならない。
だから、せめて他人がいない時だけでも泣かなければ、自分自身が耐えきれない。
黒馬……黒斗が駆け出した道の後には、ぽつりぽつりと僅かに水滴が落ちていた。
少年達に挫折と軽くはない心の傷を与えながら、救助活動は続いた。
これで第一章終了です。