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Luck⇔Ruler  作者: 真尋
第一章 最初の長い一日
5/11

(3)

 遅くなってすみません。……親知らずを抜いた痛みでのたうち回っていました。

「それは今すぐやってほしい、という認識でいいか」

『せやなー。可能な限り早く、いうやつや』


 出月の言葉に即答する美代を見て、麻仁は一つ頷きを入れた。


「なら、この話が終わってから聞くよ。どうせここは都まで近いからね。それまで通信は繋いだままでいいかな?」

『……わかった。ええよ』


 少し考えてから美代は返答した。


「ところで、その国王陛下はどうしている?」

『埼玉から東海道を単騎で駆けつけてくれている最中や。あとまだ5時間くらいかかるみたいやけど……』

「……そうか」


 異変が起きた後、こちらへと向かう事を即断したのだろう。凄まじい決断力である。


「じゃあ現状把握が出来た所で、これからどうするかの話になりますが……とりあえず避難先は京都でいいでしょう」

『あ、忘れてたわ。さらに追加情報やけど、今は門の中には入られへんよ? 集まってる人が多すぎるねん。今建築系の職人さん達に急ピッチで避難所の製作頼んでるけど、全員入れるようになるまで結構かかると思うわ。材料取りに行くのもあるし』


 京都は四方を壁で囲っている都市である。勿論壁自体は良くある城壁ほど高くもなければ堅牢でもないのだが、風水をはじめとした様々な結界魔法による守護は、生半可なものが突破出来る物ではない。中にいる間はほぼ間違いなく絶対安全なのだ。

 中に入れないという事はその恩恵に預かれないという事である。


「まあ、そこは見張りを立てるか何かすればいいだろう。あの周辺のモンスターはそう強くない」

「後はどうやって行くか……だね」


 そこで一人の女性が手を挙げた。装備から考えると侍のようだ。


「護衛を含む少人数グループを何個か作って、何回かに分けて行くのはどう? ゾロゾロと長蛇の列を歩くのを護衛するよりはずっとやりやすいと思う」

「賛成だ。そうした方が気も楽だしな」


 紅岸が同意し、全員が頷いたり承知の言葉を口にする。


「よし、じゃあ」

「………いや、重大な問題を忘れていた」


 麻仁の言葉を遮った出月に紅岸が疑問の目を向ける。


「なんだよ一体?」


「本当に気づかなかったのか? ここにある遺体(・・)はどうするんだ」


『………!』


 出月の言葉に皆の顔が引きつった。


 気づいていなかった訳ではない。

 気づいていなかったはずがない。

 気づかない振りをして、目を逸らしていただけだ。

 だが、直視しなければならない。


「数が多すぎるから、都まで背負って行く訳にも行かない。置いておけばモンスターのえさか、あるいは」

死霊(アンデッド)化、か……」


 出月の言葉の後を紅岸は険しい顔で受け取った。

 死霊化。

 AOの世界で、PCはたとえ死んでも別の安全な場所で復活する事が出来た。勿論、デスペナルティーという代償を支払う必要はあったが。しかしNPC……特に、街や村などモンスターが通常入って来ない場所ではなく、街道を移動するタイプのNPCは何らかの形で殺されれば、その死体は野ざらしのままである。そして、供養等をしないまま一定時間が経つと、その死体は自ら動くモンスター……すなわち死霊(アンデッド)になるのである。復活する気配のない遺体はまさにその最悪の可能性を秘めていた。

 その言葉に慌てて他の男性が反論する。


「待ってくれ、PCの死霊化はなかったはず……」

「いえ、それは復活出来た時の事です。今もそうであるとは必ずしも言えません」


 麻仁が反論を潰し、他の人々はある答えを予想し始めた。


「なら、どうするつもり………まさか」



 どこからか漏れた声に出月は厳然と言った。


「ああ、…………焼いて供養をする。それ以外に方法はないだろう」




「こ、ここ…………この、人でなし!」


 先ほど泣き崩れていた少女が声を震わせて罵倒した。

 焼いて供養するのが問題なのではない。問題なのはそれを自分たちでやる……つまり自分の死んだ友を焼かせるという事だ。忌避感を感じるものがいてもおかしくはない。

 しかも火葬場などあるはずもなく、周囲には人の肉の焼ける嫌な匂いが満ちるだろう。極めて粗末な葬式を死者達に執り行う。死者達に申し訳ないとは思わないのか、という事もあるかもしれない。


 何も言わず、罵声を甘んじて受ける出月に対して非難の目が集中する。

 だが。


「なら、他に方法があるってのか?」


 怒りを目に宿した紅岸が、押し殺したような声で低く唸った。


「忘れるなよ、こいつだって同級生を何人も亡くしてるんだ。やりたいから言ってる訳じゃねえの火を見るよりも明らかだろ」

「あ………」


 少女は呆然と出月を見る。彼の表情は全く変化していないが、それでも手は強く握りしめられていて、爪が手のひらに立てられたのだろうか、わずかに血がにじんでいた。


「その、ごめんなさい!」

「いや、怒るのも当然だ。だが、こうするしか……ない」


 謝罪する少女に出月が答える。優しく麻仁が付け加えた。


「遺留品はほとんどないけど、出来るだけ集めて、親族の方に伝えられるように、情報は書き留めて。それから丁寧に、お見送りしよう」


 しかし、それを遮る声があった。


『悪いけど、二人は無理や』

「………なぜだ?」


 静かな問いに、年に似合わぬしっかりとした言葉が返される。


『そんな時間かかる事やったら、こっちの方を優先してもらわなあかん』

「死者を悼む以上に重要な事?」


 麻仁の質問にも美代は力強く頷いた。


『せや。緊急のオーダーな、この近辺の最難関ダンジョンに落ちた人の救出やねん。今生きている人を救うってそれ以上に大事と(ちゃ)うか?』


 周囲の人がざわめく中、麻仁は即答した。


「至言だね。行き先は魔都、長岡京かな?」

『理解が早いとほんまに助かるわ』

「大した距離でもない。すぐに行くぞ。麻仁、馬は?」

「ちょっと待ってイヅ、今呼ぶ」


 二人は慌ただしく準備を始めた。


 麻仁は法螺貝を取り出し、息を吹き込んで不思議な音色を響かせる。北の方から嘶きと地均しの音が聞こえた。

 現れたのは体躯の大きな黒い馬だ。毛並みは艶やかで、その瞳は力強さを感じさせる。

 一方、出月は式符から白い烏の式神、氷菜を呼び出し、その背に右手で触れた。手から淡い光がこぼれ、氷菜は人が乗れる大きさまで巨大化する。

 それらを見る人々は声も出せずにいたが、出月の言葉で我に返った。


「済まない。僕らの分まで、弔いと、護衛を頼む」

「………おう、任せろ!」


 紅岸は力強く答えた。出月達は頷き、それぞれ烏と馬に跨がる。たちまち烏は飛翔し、同時に黒馬も駆け出して、その姿はあっという間に見えなくなった。






「おい、大丈夫なのかよ……? あいつらがいなくなっても」

「バカかてめえ。大丈夫にするんだよ」


 残された者達の不安げな声を紅岸は断ち切った。


「あいつらは俺達に頼んで行った。それだけ俺達を信頼してくれているってこった」

「……そうね、葬儀を済ませて、ここにいる人たちを送り届けましょう」


 短剣を携えた女性の静かな同意に皆が表情を引き締めた。







「別れは、済ませたか」

「………はい」

「では、…………火葬を始める」


 簡易的に作った、大きな木製の棺桶の中には、プレイヤー達が僅かながら見つけ出した花に囲まれた少年少女の姿。皆、死んでいるとは思えないほど綺麗な姿で、腕を組んで眠っている。

 泣きじゃくる友達を優しく支えつつ、毅然と答えた桃の前で、一人の陰陽師が符を放った。


「急急如律令」


 たちまち火が棺桶を包む。赤い炎は友の死で泣きはらした学生達の顔をぼんやりと照らしていた。

 不思議と危惧していた肉の焼ける臭いもする事はなく、僅かな時間で死者達は跡形もなくなってしまった。

 残ったのは、少し強く触れれば今にも砕けそうな脆くて白い骨と、その骨が砕けた後と思われる真っ白な灰だけ。


「遺灰………ちゃんと拾っとかないと」

「………うん」


 のろのろとだが箸を持って動き始める。箸で骨を掴み、つぼがなかったので小分けにして死者の名前を書いた袋に入れていく。

 突然の別れに対する衝撃は深い傷を胸に与えていたが、それどころではない事を彼らは知っていた。

 同じような行為が各所で見られた。残された彼らは遺灰を後で改めて供養するために分け持って運ぶ事となる。




「さあ、行くぞ。目標は京都。10人ほどのグループを作って、それぞれを俺達が護衛する。何回かに分けて行く事になるが我慢してほしい」

「うん、わかった」


 同級生のプレイヤーの言葉に、アリスがしっかりと答えた。全員が、ここで死ぬわけにはいかないという覚悟だけは決めていた。


 その後、モンスターに見つからないように息をひそめて移動を開始する。

 少しずつ白み始めた空の下、僅かな光を視界の右端にとらえながら。


 長い夜が、明けようとしていた。

 次回、出月達の戦い。

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