(2)
私も修学旅行で実際に京都に行った事はあります。
金閣とか平等院とかいろいろ見た記憶がありますねー。
乗ったのは古式ゆかしい東海道新幹線だった。リニア中央新幹線は京都を経由せず、コストも未だにかなり高い。改修を繰り返した東海道の方が京都へ向かうのはコストパフォーマンスの面で優れているというのが学校の判断だった。
その車両のうち何両かが貸切にされ、男女合わせておよそ400人が押し込められ、楽しげに騒いでいる。
何十年経とうと、非日常に少年少女が興奮するのは変わらないのであった。
…そして、それに馴染めない人間が少数いるのも。
平塚直樹は間違いなく馴染めない人間だった。
「平塚くん、大富豪一緒にやらない?」
「あ、あの、……に、人数多い方が楽しいよ?」
「…悪いが僕は遠慮する。やらない」
窓から見える景色でも眺めて一眠りと考えていたところで、後ろから身を乗り出してきた女子二人が誘ってきた。染めてる様子ではない自然な栗毛の活発そうな少女と黒髪のおかっぱに眼鏡をかけた引っ込み思案そうな少女。対称的ではあるが、仲は良さそうだった。
しかし、平塚は固辞の答えを返す。
眼鏡をかけた女子が少ししょんぼりし、手にプラスチック製のトランプを持った栗毛の女子は訝しげな顔をしたが、平塚の隣に座っていた矢島が笑ってとりなした。
「悪いね霧崎、姫倉。実は俺たち、これから将棋の勝負するんだ。昔から時々やってて、直樹……平塚は負け越してるから勝ちを取り戻すのに必死なんだよ。ルートの確認も後ででいいかな」
「そっかあ、意外と負けず嫌いなところもあるんだねー。分かった、いいよ」
「そ、それなら仕方ない、ね」
空間投影型の携帯端末を取り出す矢島を見て納得したのか、少し苦笑して栗毛の少女……クォーターの霧崎アリスは頭を引っ込めた。眼鏡の少女……姫倉桃もほっとした様子で席に戻る。二人の少女は平塚や矢島と同じ行動班だった。勿論寝る部屋は違うが。
少女二人が席に戻った後、平塚は矢島だけに聞こえるように小声で言った。
「で、誰が負け越してるだと? 勝ちを取り戻したいのはどっちだ?」
「あはは、まあ嘘も方便ってやつさ。何より君の事情、今話すのは面倒だろ? いろいろと」
矢島の言葉に一瞬だけ押し黙り、平塚は窓の方から矢島の方へと身体を向け直した。
「……仕方ない。さて、勝ち越し記録を伸ばすとするか」
「そう簡単にはいかせないよ!」
無表情ながら………否、無表情だからこそ不敵さを感じさせる平塚の台詞に、矢島が普段とは異なる鋭い笑みを浮かべる。
空中に投影された盤面の上で、音もなく激戦の幕が切って落とされた。
「……いいの? 話とかしないで。電車に乗ってる間って一番話をするチャンスだよ? 行動班が同じって言っても動いてる間はやっぱり『どこ行くか』とか『どの風景が綺麗』とかって話ばっかりになっちゃうし、ホテルじゃ部屋が別れちゃうし」
少し心配気味なアリスに、桃は微笑して首を横に振った。
「いいの。勝負を楽しんでいるのを邪魔しちゃいけないから」
「ふーん……こっちは見ててやきもきするけどね。早く告白しちゃえばいいのに」
「そ、そんなことできないよ……。す、するとしても、もっと知って、もっと仲良くなってから、だよ」
少し顔を赤らめて言う桃にアリスはにんまりと笑みを浮かべて、
「じゃあ二人しかいないしポーカーでもしよっか。お菓子でも賭けてさ」
「ええっ……。私そういうの弱いよー………」
「大丈夫大丈夫、本気は出さないであげるから、いざとなったらコイバナとかでもいいし」
「そ、そっちの方が怖そうな……」
様々な思いを乗せて、列車は快走する。
京都に到着したのは昼前のこと。ホテルへの集合時間を告げられたあとは自由行動である。
結局、矢島と平塚の勝負はつかなかったので次回に持ち越しになった。
京都駅からひとまず伏見稲荷大社へと向かう。
金閣寺などの他の名所と違って京都駅よりも南側にあって離れているのだ。
班ごとにタクシーが出ているので、運転手に行き先を告げる。
境内に入る前から大はしゃぎ。
「うわあ、凄い鳥居の数……!」
「一定額の寄付で建てられるらしいぞ」
「夢を壊すようなこと言うなよ……」
「見て見て! 狛犬の代わりに狐がいる! 赤いエプロンしてて可愛い〜!」
「それ、エプロン……?」
境内に入った後も大はしゃぎ。
「絵馬の形が、なんと言うか……縦長だね」
「狐型なんだろう」
「なるほど!」
「あーもう、かわいいよ狐さん! 持って帰りたい!」
「重いし犯罪だよ………」
四人はそれなりに上手くやっているようであった。
「お昼は何食べるんだっけ?」
「鴨なんば!」
「それ、大阪だよ……」
矢島の問いにアリスが元気よく答えて桃に突っ込まれた。もはや桃はアリスの突っ込み担当確定である。
「精進料理とかも高いな……」
平塚が携帯端末を操作しながら言うのを見て、全員が端末を取り出す。
「京都ラーメンが安くて美味しいみたいだね」
「九条ネギっていうのを使ってるやつ?」
「うん。場所は……。えっと、地図……」
どうにか場所を見つけて、食事にありついた。
その後、清水寺へと向かう。
「あ、神社があるよ! えーっと、縁結びの神様だって! 桃、行こ!」
「ま、待ってよー!」
スピードを上げて早歩きするアリスを桃が必死で追いかける。
それを見て平塚は隣の矢島に聞こえるようにぼそりと呟いた。
「……ああ、あったなそんなの。お前から聞いたんだったな、『一緒に行った』って」
「AOでの話だけどね」
矢島は照れをにじませて苦笑した。
「ほら男子! とっとと歩く!」
「元気だねえ……さすが陸上部」
「運動神経がいいお前が言うべき台詞じゃないな、それは僕の台詞だ」
平塚は息一つ切らしていないアリスと自分を比較して嘆息する。
実際、既に足が疲れを訴え始めていた。
「……清水の舞台から飛び降りるって話は以前AOでしたんだっけ?」
「お前実際に飛び降りて大丈夫だったんだよな」
「いや、あの時は流行ってたんだよ。清水の舞台からの紐なしバンジー」
「アイツにものすっごい怒られたらしいな」
「うん………凄い怖かった」
階段を登って舞台のところまで上がってから、ずっと舞台の端の欄干に寄りかかり、現実世界でゲームの話で盛り上がる二人にアリスは少しイラッとした。
忍び寄り、肩を揺らす。
「どーんっ!」
「「うわっ!」」
「全くもう、身内ネタで盛り上がるの禁止ー!」
「……すまん」
「ごめんね、でも怖かったからもうやめてね」
「そうだよ! 万が一落ちたらどうするの!」
男子の謝罪に満足げな笑みを浮かべたアリスだったが、矢島の反論と桃からの口撃を受けてわずかに怯んだ。
「あれ、私、間違ったこと言ってないよね?」
「やり方が間違ってるよ!」
「…………ごめんなさい」
アリスは深々と頭を下げた。
「えっと、二条城、金閣は見たよね。次は……京都御苑は広すぎるし今回は諦めるとして……銀閣かな」
端末であらかじめ作ってあった予定を眺めて言う矢島に、平塚は手をゆっくりと挙げて質問した。
「……ちょっと寄り道していいか」
その言葉に周りの3人は少しだけ驚いた。
予定は時間に余裕を持たせて作っておいた。そのため、余った場合はまたそのとき決めようと話し合っていたのだ。
だが、微妙に時間が余ることが確定しているこの状況で、3人には絶妙な提案など一つも浮かんではいなかった。
近くて、見学時間が長くない場所。
条件に照らし合わせて、改めて考えてみてもどこも一長一短だった。
それなのに、平塚には案があるという。
期待と不安の混ざった顔で矢島が答えた。
「……時間に余裕もあるし、近いならいいけど」
「私も大丈夫だよー、興味あるしね」
「わ、私も………」
「ありがとう。……大丈夫だ。多分金閣ほど大きくはないはずだからすぐに済む」
着いた先は、五芒星の描かれた提灯の吊るされた門の前。赤い鳥居から神社であることはわかるが、伏見稲荷大社と比べるとどこか雰囲気が違う。
「なるほど、晴明神社、ね。なんというか、納得したよ」
「ああ。お前の話を聞いて、実際にこっちで行くのも悪くないと思ってな」
偉大な陰陽師を祀るがゆえか、ミステリアスな空気が漂う境内。平塚と矢島が会話する横で少女達は辺りを見回していた。
「星のマークがいっぱいだねー」
「ここの水、飲むと無病息災のご利益があるんだって!」
平塚達はそっと賽銭箱に五円玉を入れ、鈴を鳴らしてから二礼二拍してからそれぞれ願い事をして最後に一礼するという、神社の看板に書いてある作法通りに参拝をした。特に男子達が非常に厳粛に行う。
「ねえ、なんであんなに真面目にやってたの?」
「そうだねえ……曲がりなりにも、俺と直樹は神様っていう存在を信じているのさ。特に安倍晴明みたいな英霊、祖霊は特にね」
「そうだな。敬虔な信者ほど強くではないが、信じている。漠然とした感覚だが、な」
「ふーん……」
その後、みんな財布から200円を出しておみくじを引いた。
が、その紙に書かれている言葉が若干奇妙である。「吉」や「凶」などの言葉が第一に出て来ない。
「……易占方式か。どうやら最近始まったらしいな」
「珍しいというか、さすが晴明神社というか。……君の出番だね」
平塚が呟く横で矢島が笑みを浮かべる。
「なになに、平塚君ひょっとしてこういうの詳しいの?」
「まあ、ちょっとした事情で、な」
「なら、これはどう?」
アリスがそのまま自分の引いたくじを見せた。平塚はそれを一目見て、
「……『天雷无妄』か」
「无妄としか書いてないけど?」
「通称みたいなものだと思えばいい。意味はそうだな……大まかに言えば誠実にしていれば吉。そういうことだ」
「りょーかい、私はいっつも誠実だから大丈夫だよ!」
「……本当か?」
「む、失礼な!」
平塚の疑念にアリスは頬を膨らませた。彼女の横にいた桃が、それを一切無視して身を乗り出しておみくじを差し出してきた。
「あの、私もお願いします」
「沢火革。強引にやろうとせず、慎重に段階を踏んでいくのが吉だ」
「………はい。分かりました」
桃は深く頷いた。それを見て軽く頷き、ぐるりと首を回すと既に準備万端と言った様子で矢島が紙を突き出していた。
「お前は地天泰。大吉……とは言わないが安泰だな」
「大いに結構、そうであってほしいね。君はどうなんだい」
安心した様子の矢島の言葉に平塚は肩をすくめて見せた。
「……火沢睽。分かりやすく言えば大凶だ」
「「えっ、ホント!?」」
皆から上がる驚愕の声に平塚は首を縦に振り、少し空を見上げた。
「正確には、これから大きな争いが待ち受けるからどうにか耐えきれよ、ということらしい。………厄介事にならなければいいが」
空は晴れ渡り、暗雲の予感を全く感じさせなかったが、平塚の勘が「書いてある内容は当たる」と囁いていた。
その後、銀閣に行き、絢爛豪華な金閣とは異なる銀閣の「渋さ」とも言うべき偉容に感嘆して、その後はホテルへと帰る。
きっちりと時間通りにホテルに到着した4人は男女に分かれてそれぞれの部屋へと向かった。ちなみに男子は2階東館、女子は2階西館である。
「疲れたねー」
「ああ、足ががくがくだ」
矢島と平塚は同じ部屋だった。どうやらすべての部屋が畳の和室のようだ。
背負っていた荷物を投げ出し、先に送っておいた服を詰め込んだトランクを開く。風呂に入る準備をするためだ。
荷解きを終わらせると、二人は空いた空間に寝転がった。矢島から気の抜けた声が漏れる。
「あー、いい薫り。畳の匂いだ~」
「小市民の俺たちは基本フローリングだからな」
「いやいや、一戸建てに住むことが出来るだけでも幸せだと思わなきゃ」
他の同じ部屋のメンバーが帰ってくるまで二人は寝転がったままだらだらと会話を続けていた。
部屋の男子達が全員戻ってきたあと、時間通りに風呂に入って、その後は夕食である。
疲れと汚れを落としてすっきりした顔で席に着く。風呂上りで髪が艶やかに光る異性にため息をつくものもいた。
全員揃って「頂きます」の挨拶をして、美味しい食事に舌鼓を打つ。魚を中心とした料理に全員の箸が進んだ。
食事が終わってから、「ご馳走様」の挨拶を済ませ、食器を片付ける。
行動班で明日行く場所の確認をする。明日は京都でも、嵐山や宇治など、少し中心から足を延ばすことになっていたのだ。
因みに平塚達の班は宇治行きである。平等院を見に行くついでに、お土産に宇治茶を買う予定だ。
少年達は部屋に戻ってきてからそのまま布団を敷いて、
「ていっ!」
「でっ! ……やりやがったなー!」
お約束と言った感じで子供のように枕投げに突入する。矢島だけでなく平塚も参加し、無表情ながら楽しんでいるようであった。
しかし。
「コラァー! 何をしとるかー!」
やはり大騒ぎをしていれば、先生が怒鳴り込んでくるのは世の習いである。
厳しい教師への悪態をついたあとしばらくして消灯時間になり、渋々眠る……訳もなく。天井のLEDを消した部屋で先生に知られぬように小さな灯りをつけてそれぞれまた遊びに興じ始める。平塚と矢島はディスプレイの光が漏れないように布団をしまっていた押入れに身を潜め、新幹線での将棋の続きを始めた。
一方、女子部屋も盛り上がっていた。
「あの子、剣道部の西田君のこと狙ってるんだって!」
「競争率高そうー。西田君はどうなんだろ……」
割り当てられた入浴時間が短かった事もあって、暗い中ひそひそ話は止む気配がない。そしてこう言った時の話の内容は古来から決まっていると言ってもいい。すなわち、恋話だ。
「そういうあんたはどうなの?」
「え、わ、私? ………教えるけど秘密だよ?」
「はいはい、ほら話して!」
「わ、私が好きなのは、ね……」
「…………うぅ」
場の空気に流されて参加していた桃はいつ矛先が自分に向くかと戦々恐々としていた。震える桃の姿にきゅんとしたアリスは守る気満々である。
他の部屋も似たような状況だった。中には部屋を抜け出て別の部屋に遊びに行こうとする猛者もいた。
……受験勉強を前に皆で騒ぐことの出来る、数少ない行事だと考えると無理もないことである。
異変はその深夜…一部(あるいは大部分)の不真面目な生徒がまだ起きている頃に起きた。
さて、これにてプロローグは終わりです。
晴明神社に易占みくじがあるかどうか、出来るかどうかは知りません。
………実は行った事がないのです。行った事のある方もしいたらお教えくださいませ。
あと、リニア中央新幹線の予想お値段とかルートとかも。