(5)
締め切りから一日遅れ。申し訳ありません。
参考にしているMMORPGが期間限定イベントなんぞやっていて……って言い訳になりませんねごめんなさい。
緊急召集があったのはその後すぐのことだった。
『どうもこの世界に俺たちが来ることになった事情が一部でも分かるかもしれない』
その言葉を聞いて、二人は内裏へと戻るべく駆け出した。
二条大路を全力で走った先。
息を切らしたまま、二人は会議室の扉を開けた。
その光景は先ほどとはやや異なっていた。
まず、生産職のメンバーが数名席についている。
また、中央の空白の場所には椅子が二脚並んで置かれ、男が二人座っていた。二人とも明らかに憔悴している。
「お、来たか。やっと始められるな」
「……お待たせしてすみません」
呼吸を整え、頭を下げる。即座に席に着いた。
「それで、この人達は?」
「AOの運営やってはった会社のSEさん。日本での事業所は東京なんやけど、休暇でこっちに来てたんやって」
「………なるほど」
美代の答えに深く納得する。確かにAOの世界に連れて来られたのだから、AOの専門家に聞くのが正しい。餅は餅屋ということだ。
「檜垣だ」
「長谷川です」
そのエンジニア二人が名乗る。それを見て隼雄が一つ大きく頷いた。
「……まだ尋問とか恫喝めいたことはやってないよね? なんか明らかにげっそりしてるんだけど」
「立場を考えれば、こっちが何もしなくてもプレッシャーとストレスを感じて当たり前だろう」
「おいそこ、うるさいぞ。それと『まだ』じゃなくて絶対にやらん。こっちは人道無視なんかせんわ」
((地獄耳………))
ひそひそと出月と麻仁が声を交わすのに対して隼雄は注意してから、質問を始めた。
口調は聞き苦しくない程度にゆっくり、かつ柔らかに。あとで聞いた話によると、営業時代に身につけたコミュニケーション術だそうである。
「それで、この事態が起きた原因については?」
即座にSE二人は頭を振った。
「はっきり言って俺達にも分からない」
「事前の通達とかも一切無かったし、生き残った上司とかに連絡を取ってみても分からないそうだ」
その言葉に美代は首を傾げた。
「開発した人なら何かおかしいとか分かるんやないの?」
「日本にいたのは運営チームのみさ。開発者は一人もいない。バグや不正はこっちでやれる限りの手を尽くし、それでもダメならこっちから本社にお伺いを立てて解決。初心者狩りみたいな人間関係に関わる悪質な行為に関してはこの世界の自浄作用が働いてないと判定されるまでは基本的にノータッチだ。そちらさんでも初心者の保護はやってたのを確認してたからな。主要システム開発部とかはアメリカにある」
いわゆるシステムの構築から使用に至るまでの過程として、要件定義、設計、開発、評価、運用の5段階が大きなものとして挙げられるが、全ての企業が仕事の全工程を行う訳ではない。開発に特化した企業等もあるし、全行程を行う企業内においても部署でそれぞれ役割分担をしている所が大半である。そのため、開発者と運用者が全く異なる場所にいるということは何も珍しい話ではない。
「本社はカリフォルニア州サンフランシスコだったはずだ。正確な場所まではしっかりと覚えていないけど」
「なるほど、アメリカ次第ってことになる訳だ」
「こっちで処理できない案件が来たときの連絡先があるんだけど、連絡が一切取れない。………嫌な予想になるけど、前に見た時画像に映ってた本社が超高層ビルだったはずだから、何か知ってそうなポストの連中は全員墜落死かもしれない」
「勘弁してくれよ……」
頭を抱えて隼雄はボヤく。どんよりした空気をどうにかしようと思ったか、達己が話を変えた。
「しかし、嘘をついていると邪推するものは多くいるかもしれんのう。AOの運営会社の社員やその取引先の社員なぞは特に、じゃ」
「こちら側で保護すべきだろうな、家族も含めて」
達己の話題転換に出月は即座に飛び乗った。麻仁も追従する。
「アメリカで使われていた要人保護プログラムってどんな感じでしたっけ?」
「顔はともかく、名前と身分を書き換えることでその人を抹消する、といった所かの。まあそれは後々考えればええじゃろ、今はこの世界についてじゃ」
「いや達己爺ちゃん、自分で振った話題を自分でぶった切ってどないすんねん?」
市場を始めとした商業関連を取り仕切る、西王国所属百家の一人、関谷九香がツッコミを入れて、この話題はいったん終了する。
ただ、まだ残っている報告についての意見を言ってもらうためにしばらくはエンジニア二人には残ってもらうこととなった。
続いて美代が、伊勢神宮および出雲大社からの情報を開示した。
「スキル『神託』を使える神職の人の何人かがな、神様との回線が偶然繋がるようになって話すことが出来たんやって。せやけど、受けたのは神様視点での状況説明だけ。突然大量に現れた死者で黄泉比良坂は渋滞してて、高天原も突然大量に現れた知らない人間に大混乱しているらしいわ。猫の手も借りたいくらいの大わらわやから、しばらくはゆっくり話すことも出来ん言うてたわ」
事情を説明し、聞いたことをまとめたものを報告書として彼女は全員の所に転送した。
その表面に書かれた内容は簡単にすればこのようなものであった。
『今まで、いわゆるプレイヤー達は魂を特殊な膜で保護した状態で仮初の肉体を得て、他の世界から降り立っていた。だから肉体を何度破壊されても蘇ることが出来た。
今はその膜が無い状態で放り出されており、しかもプレイヤーがいた世界の無関係な人間をも巻き込んでしまっている。このため、現在はプレイヤーも蘇ることは出来ない。
なお、これは明らかに人為的ないし神為的なものであるが、少なくとも我が国の神は全く関わっていない。これは現在の大混乱ぶりからも証明できるはずである』
全員が難しい顔になって唸る。
気になったのは前半部分である。
「ゲームを通じて元々魂はこの世界に来ていた………?」
「いやでも、どうやって?」
「ぷ、プログラムは正常だったはずだ! 俺達だっていくつか別のVRゲームの運営もやっていたが、それらと比べてもどれもごく普通の代物だ。こんなオカルトじみたこと引き起こしかねないような構文はAOには一つとしてなかった!」
「せやったら数あるVRMMORPGの中でなんでAOでこうなったか……ってことやな。人数が多いからっちゅうんのは引き起こした側の動機としてあるかもしれへんけど」
「じゃあそのプログラム以外の何かが原因としてあった、ってこと?」
「うーむ、わからんの」
後半部分についてはこの事態を引き起こした特定の存在がいるということ、この国ににはその存在がいないことについては注目された。が、死んだら蘇ることがないということについては以前にも話題で出たので、安全マージンの考慮を再確認しただけで終わった。
そこで隼雄が手を叩き注目を集めた。
「とりあえず、整理しよう。推理小説みたいに5W1Hで考えようぜ、『いつ』『どこで』『誰が』『何を』『何故』『どうやった』のか、だな」
「『いつ』は昨日の夜やな。事件が起きたのがその時ってだけで、トリガーを引いたのはそれ以前かもしれへんけど」
「『どこで』は全世界ってことになるんかな? 地球上のみなのか宇宙も含むのかがちょう気になるけど。どっから始まったのか、そもそもこれをやった人はどこにいたのかは分からへん」
「そういえば宇宙ステーションにいる人たちってどうなったんだろう……?」
「想像しない方がいいじゃろう、こっちに来たとしてもあっちに残ったとしても地獄を見るのは間違いないだろうからの」
ふと麻仁が漏らした言葉に達己が釘を刺した。
「『誰が』は不明だな。強いて疑わしいものを挙げるならAOの本社、特に上の方の人間か。ただ『自然現象』って言うにはあまりにも不自然が過ぎるし、神託でも否定されているからない」
「『何を』はまあ、この全人類異世界転移を、ってことになるんでしょうね」
「裏で別の意図があったとか、本筋のついででこれが起きたって可能性もあるやろけど」
全員であらゆる可能性を挙げ、想像の幅を広げていく。
「『何故』は正直理解できんの。 怨恨ならば余りにも範囲が大きすぎる。野心というなら何故人だけ連れてきたのか、儂らの世界に攻めてきた方が利益は大きいじゃろう。人を連れてこなければならなかったというのなら、何らかのことを行うのに人手が足りていないということになるが……、はて、極端に人手不足な物事なぞ、以前のAOであったかのう?」
「世界全体でってことか? なかっただろうな。ということはAOで出て来なかった事情ってことになるのか?」
「犯罪とかと同じように考えるんやったら、恋心という線もあるんやないかな?」
「『全人類に恋して』ってこと? もしそうだったら、俺犯人に対してドン引きなんだけど。何その変態」
「いやいや、たった一人を連れてくるために他の奴らを巻き込んだということだってあるかもしれへんやん。そしたらロマンチックにならへん?」
「それなら割とすぐに発覚しそうなもんだが………。次は『どうやって』か。分からんな」
「プログラムの暴走とかそんな類のものじゃないってことははっきりしてるみたいやけど」
「ではこれらから推測出来る犯人はどうなるのかの、国王陛下?」
無茶ぶりすんじゃねえよジジイと顔を引きつらせながらも、隼雄はどうにかまとめた。
「いやほとんど不明だろ。しかし、この世界に俺達の知らない何らかの事情があり、そのために俺達全員が何者かに昨日、全世界でこっちに連れて来られたっつーのは間違いない事実だ。少なくとも自然現象じゃないって分かっただけでも儲けもんだろ」
確かに、と納得しかけて、麻仁は隣にいる自分の相棒のことを思い出した。
「そういえば出月、さっきから黙ってるけどどうしたの?」
「いや、発想を変えて地球からこの世界へ『送る』ってことも考えてたが、『いつ』『どこで』『誰が』『何を』『どうやって』は『連れて来られた』というのと全く変わらないし、動機が環境破壊がマシになる程度しか思い浮かばなかった。……それより」
言葉を切り、出月は全体へと呼びかける。
「『僕達の知らない何か』……あるじゃないか、海の向こうに」
一瞬で彼らはその存在を思い出し、理解した。
「大戦を仕掛けてくる『ムー大陸』か」
「……これはTPAで絶対に議論になるのう」
「少なくとも次の大戦までの調査等は無いやろ。素人目で見ても明らかに戦力が足りてへんやん」
「だが、必ずやがて調査が必要になる。あと、もし人の住める土地であれば、領土分配も問題になるだろうな。資源の共有や独占に関する問題も合わせて考えれば、南極大陸と似たような議論となるだろう」
なお、この事件が起きる直前までも、南極大陸は国連の管理下にあり、何ヶ国かの自国領であるとの主張はことごとく退けられている。
おおよそ現在まとめられる限りの情報をまとめ終わり、市民への現状説明の文章作成に話が進んだ時、緊急を示す警報とともに連絡が来た。
重要な話が終わり、やや弛緩しかかっていた皆の顔が引き締まる。
「緊急事態です! アンデッドが各地で大量発生。都市部へと向かっています! 連絡を取り合った結果、東、北、南においても同様の現象が発生している模様!」
「集団戦闘イベントか。運営とかいなくても発生するんだな」
「このタイミングでアンデッド大量発生………。ああ、そう言えば黄泉比良坂がごったがえしているんだったか」
「他の所でも極楽浄土も地獄も天国も溢れ返ってそうやな……」
全員でため息を吐く。
隼雄が国王らしく対策を考え始めた。
「とりあえずきっちりなんとかしないとな。何せこれ、形は違うが今回の事件でなくなった人のお葬式みたいなものだ。大規模なレイドクエストとして、こっちで依頼内容とかは整える」
「戦力の編成、調整は儂がやろう」
「じゃあ僕たちは戦場となる場所の選定、戦術でも考えておく。忍びには先に動いてもらわないとな」
「バッファー組の儀式場の準備するから、場所の選定早めにお願いな」
「どうせやからクエスト参加のためのアイテムとして喪章作らせるわ。あとオペレーターくらいなら担当するで?」
それぞれの役割を決め、解散する。
一瞬で決まる辺りはさすが古参と言ったところか。
かくして、この世界に全人類が連れて来られてから、日本における初めてのイベント………『大御霊送り』は始まりを告げたのである。
これやこの行くも帰るも別れては
4月入るまではとりあえず二次に集中します。
……ノー禁とか設定のレベルから思い出さなくては。