(4)
就職活動終わりました。
卒業論文終わりました。
大学最後の試験(じゃないと非常に困る)も終わりました。
さあ書くぞと思っていたら資格試験(就職先からの指示)が待ってました。
……でも絶対エタらせない。キリのいい所までは絶対に書きます。
「………ねえ、君の幸運値下がってない?」
「安心しろ、僕の方はステータス異常は見られない。お前はどうだ」
「俺も異常なし。そっか……ついてないなあ」
出月に確認を取り、長いため息をついて麻仁は嘆いた。
会議を終えて内裏を出て、自宅に仕事があることを伝えて、さらに都の南門………かの文豪を始め、多くの作家が舞台とした羅城門から出て。
ルートもとりあえず様子を見てから考えるということで見回り開始から僅か三分。
避難所からやや離れたトイレの裏という人目につきにくい場所で何やら怒鳴り声が聞こえた。
………ちなみにこの世界のトイレは陰陽術や神道などの術式によって浄化される水洗トイレ。水道が完備されていないプレハブ式でも悪臭がせず、糞尿を自動的に肥料へと変換し貯蔵することまで出来る現実世界顔負けの代物である。勿論ゲームの時プレイヤーは使わなかったが、NPCのために家具職人等が作ることはよくあることであり、それが活きた形だ。なお洋式である。
トイレの話はさておき、その声のする方へ向かってみると目の前では男達が向かい合っている。
一対五で。
数だけ見れば後者が圧倒的に見えるが、
「積年の恨み、ここで晴らしてやる…………!」
「や、やめろ………!」
「悪かった、謝るから!」
「許してくれ……」
前者はその装備から察するに高レベル……無論カンストまではいかないが………の忍者、元々プレイヤーではないチンピラじみた五人などこの世界では瞬殺出来るだろう。
実際、五人の方は完全に逃げ腰だった。逃げていないのは本能的に察していたからだろうか。いくら逃げても、逃げ切れる訳がない、と。
そして、忍者の発した一言で状況が一発で理解出来てしまい、ますます関わりたくなくなった。「義務がある」ということと「その義務を果たそうとする気がある」というのは、必ずしもイコールではない。
麻仁が非常に嫌そうな顔でつついてくるので、仕方なく出月が声をかける。内心でため息をつきながら。
「おい、やめろ」
「!」
忍者が振り向く。完全に、ではない。標的を後ろに回して逃がすことのないように、半身の状態で、だ。
立ち方、重心の安定度合いがかなり高いプレイヤースキルを思わせ、麻仁は後ろでほう、と感嘆の声を漏らした。
一方で救いが訪れたような表情をチンピラがしていたが、そちらは二人とも黙殺した。
「……どちら様ですか?」
警戒心を露にしながらも敬語を使ったのは装備から実力差を理解していたからだろう。出月は陰陽寮の機関所属証を見せながら、
「西王国所属、天原出月と小鳥遊麻仁だ」
「百家………!?」
「今デリケートな時期なんでね、殺しなんて物騒な真似は控えてくれないかな。俺だって抜刀したくない」
予想以上の大物の登場に身を硬直させる忍者に麻仁が忠告する。刀の柄に手をかけている訳ではないが、忍者の装備からステータスを予測するに彼我の3メートルという距離ならば、忍者が手にした忍刀をチンピラに振り下ろすよりも早く抜刀し、攻撃を防ぐことは簡単だろう。
これは他のオンラインゲームでもよくあることだが、AOの装備には『ステータス制限』がある。筋力300以上のものだけが装備出来る刀、と言った具合にだ。縛りプレイ………別に性的な意味ではなく、装備や戦い方などを制限してギリギリの戦いを楽しむゲームプレイングのことだ………をしているものやネタ装備を楽しんでいるものでもない限り、常に自分のステータスで装備出来る最高の、あるいは最適なものを求めるのが普通だ。そうなると、ある程度の知識があれば、人の装備から大体レベルやステータスを察することが出来る。
「………いきなりやってきたあなた達に何がわかるんですか」
「勝手な想像になるが、現実でいじめられて溜まっていた積年の恨みをここで晴らそうとしていたんだと思った。外れていたか?」
「………いいえ、大当たりですよ」
チンピラの顔が少なくとも自分のクラス、学年では見たこともないものであることから、根深い対立のまっただ中に知らないうちに飛び込んでしまったことを二人は理解していた。関係者でないということは、好き勝手言うことは出来るが、感情に訴えかけることはむずかしいということだ。凶行を止めるように説得するのも中々に骨が折れる。
「うーん、いじめか。どうしようか、出月? 俺いじめられたことがないからわからないんだけど」
「正確にはお前と僕でいじめようしてきた奴は完膚なきまで迎撃して叩き潰してきたから、だがな」
困惑気味に相談してくる麻仁にジト目でツッコミを入れる。
麻仁……現実世界の啓介は、ゲームマニアの帰宅部ではあるものの運動神経抜群のイケメンという、人気者になるか目の敵にされるかの二択しかない少年だった。当然ながらちょっかいをかけられることも多く、その度に横で見ていた幼なじみの出月……直樹が対策を練った。
勿論その対策には学生一般には嫌われる「教師へのチクり」というやつも含んでいる。大事にならないように迅速に正当性を持って敵を叩き潰す。その目的を前に出月は手段を選ばなかった。もっとも、出月が標的とされて暴力に晒される時には麻仁が拳を振るって追い払っていたのだから貸し借りなど意識は両者とも別段持っていない。
そんな現実の過去を思い出し、いじめられるときの気分を想像しようとしてみたが、結局の所打ち勝っている訳だから想像出来るはずもない。
さて、と気を取り直し、再び忍者の方に向き直る。
「どう報復しようと僕個人としては別にどうでもいいんだが」
「いや、良くないでしょ倫理的に」
「いい歳して人に与える痛みもロクに理解しようとしないで暴力を振るうクズに生きる価値などあるものか」
冷え切った目でチンピラを見つめ、一息で吐き捨てる出月に、ツッコミを入れた麻仁は顔を引きつらせながら確認する。
「あのさ、俺達この状況を止めるのが仕事なんだよね?」
「だから、『僕個人としては』と言ったぞ。だが、たかだかこんなクズ共のためにわざわざPKの……殺人者の汚名を受けるのもどうかと思うが」
表情を一切動かさないままに思わせぶりなことを言う出月に、忍者は敵愾心を隠そうともしないで眉を寄せる。
「何が言いたいんですか」
「はっきり言って、釣り合わないんだよ。お前が奪うそいつ等の命と、そいつ等を殺してお前が奪われる権利の天秤が。生きる価値なんてないとは言ったが、もっと言うとそいつ等には殺すだけの価値すらない。そう言う意味じゃまだ賞金首とかの方がマシだ。あいつ等は殺しても罪に問われないし、むしろ報奨金がもらえるからな。そんなのを殺して、レベル上げにも苦労するような犯罪者プレイヤーになる気か?」
説得する相手に睨まれても出月はどこ吹く風といった感じだ。
「こいつ等を許せ、と?」
「別に許す必要はない。過去の悪事を晒し上げて吊るし上げるなりなんなりは勝手にするといい。だが法の範囲内でやってくれ。お前は忍者、耐え忍ぶ者なんだろう? これくらい耐えたらどうだ。今後そいつ等がもう一回仕掛けてくるなんて、レベル差、経験の差を考えたら不可能に近いがな」
「仕掛けてきたときは正当防衛が成立するから殺しても問題ないし、ね。まあ付け加えて言うと親御さんが悲しむかもしれないし、他の友達とかともぎくしゃくしちゃったりするかもしれないでしょ? ただこんな奴等殺しただけで」
出月も麻仁も割と酷い言いようではある。
が、「気持ちはわかる」などと下手に同情したりせずに単純な損得勘定のみで説得するのはある種のセオリーとも言える。そのような真似をすれば、「会ったばかりのお前に私の何がわかるんだ!」と逆上すら誘いかねない。
忍者はしばらく渋い表情で何事か考えていたが、しばらくして殺意を収め、忍刀を鞘に戻した。
「…………確かにそうですね、我慢します。………襲ってきたらその限りではありませんが」
「正当防衛になるように気をつけろよ」
「物騒なこと言わない! ふんじばって懲罰部隊に放り込むとかでいいでしょ!」
「そっちの方が過酷な気もするが………」
説得が完了してそのまま無駄話に突入する百家の二人に思わず忍者は苦笑する。
だが、その和やかな空気を切り裂く罵声があった。
「へっ、調子に乗りやがって。結局口だけかよ」
「急急如律令」
「えい」
出月が無表情のまま投擲した火行符が大きな火球へと変わる。そのまま着弾地点…………チンピラ達の右隣の地面を溶かし、大きなクレーターを生み出した。
麻仁は目にも留まらぬ早さで抜いた刀をそのまま振り下ろす。気の抜けた声と反し、斬撃がチンピラ達の左隣の地面に地割れのような痕を刻んだ。
「貴様等こそ調子に乗るなよクズ共。口だけで済んでありがたいと思え」
「それに、別に君等の仲間になった覚えはないんだけど? 勝手に人の行動を都合よく解釈しないでくれないかな」
「ひっ…………………!」
「う、ああ………」
感情を見せない二対の眼光が射抜く。あまりの恐怖に失禁し、白目を剥いて気絶したチンピラを無視して、見回りを再開しようと再び別の場所に足を向けた。
しかし、歩き出す前に出月がふと思い出した。
「そう言えば、こちらは名乗ったがお前の名前はまだ聞いていないな」
「南王国、葉隠忍軍の芹原克人と言います」
「ああ、あそこの。覚えておくよ」
「ん」
忍者……芦原が片膝をついて敬意を示すのに対し、麻仁がひらひらと手を振って答えた。出月も僅かに首を縦に動かす。
百家の二人が見えなくなるまで、克人が最敬礼の姿勢を崩すことはなかった。
二人はしばらく歩いていると知った顔を発見した。
「紅岸さん、でしたか? お疲れ様です」
「よお、そっちも任務お疲れさん」
麻仁が挨拶をすると、巨漢は手を挙げて応える。
「避難民の輸送は?」
「何度か遭遇したが全て撃退、被害も不用意にモンスターに近づいたバカが軽傷を負った程度で済んだ」
「俺たちのクラスメイトがどこにいるのかご存知ですか?」
「クラスメイト………っつうと、あそこにいた学生達か。たしか……」
出月達の質問に一瞬考え、紅岸はある一点を指差した。
「あっちの方にある避難所で固まってたはずだ。……しかし、いいのか? 休暇が必要なのは分かるが、こんな所でお前達程の人材を遊ばせておく余裕はないと思うんだがな」
「見回りもかねているので」
端的に治安維持について麻仁が語ると、紅岸は大きく頷いて納得した。
「さっきまで避難所で手伝いをしていたんだが、そろそろ別の仕事に回るつもりだ。落ち着いてきたしな。ひょっとしたらそっちに回されるかもしれん。その時はよろしく頼む」
「こちらこそ」
巨漢に一礼してから、二人はクラスメイトのいる避難所へと向かった。
大きな長屋が列をなしている。
避難所の外観を一言で表現すると、この言葉が一番的確であろう。
最も建物には耐震、断熱をはじめとした無数の付与が施されており、トイレ、水道なども完備されている。ここに住む人々にとっての問題点があるとすれば、術式を生活の基礎としているため、電気が通っていないということくらいであろうか。恐らく現実に大災害が起きたときに用いられる避難所に機能面で劣る部分はないと言えるレベルであろう。
「平塚くん! 矢島くんも!」
呼ぶ声の方へ顔を向けると、見覚えのある少女が手を振っていた。
霧崎アリスだ。
「うわ、かっこいいねえ、その服!」
服か、とは突っ込まずに、出月/平塚は質問した。
「皆はどうしてる?」
「………落ち込んでるよ。やっぱり友達が沢山死んじゃったのがショックみたい。どうにか励ましてるんだけど」
「ごめんね、協力出来なくて」
「いいのいいの、矢島くん達のこと、聞いたよ? ゲームの最古参で、日本最高の百人のうちの二人だって! 『言ってくれれば良かったのに』ってコネ作れなかったことを少し悔しがってる人もいたかな」
申し訳無さげに頭を下げる矢島に、困ったような笑顔で首を振るアリス。冗談めかしたことを言えるあたりは、かなり立ち直りが早かったと言うべきか。
「きっと、お仕事大変なんでしょ? まあこっちは時折気にかけてくれればいいから。………あ、平塚くん」
「なんだ」
「時間あるなら、桃が落ち込んでたから励ましてやってくれない?」
「………僕が?」
眉を寄せて平塚が聞き返す。面倒さから厭うような感じではなく、純粋な疑問だった。
「他に適任がいるんじゃないか? お前とか」
「いや、君が一番いいんだよ。理由は上手くいえないけど、親友だから分かるんだ」
「………まあ、構わないか」
「元々皆の様子見にきた訳だしね」
にやにやと笑みを浮かべてみせる矢島に首をひねりつつ、平塚は避難所の扉を潜った。矢島もそれに続く。
中は体育館を思い起こさせる広い空間であった。
新築特有の新鮮で生命力にあふれた木の匂いとは対称的に、中の空気は重くなっていた。
当然ではあるだろう。
史上まれ、否、世界的に起きた空前の大災害。死者は多く、残ったものは何もなく、さらには人を虎視眈々と狙う怪物が跳梁跋扈する危険な土地に来てしまったのだ。
そのような空気の中で、平塚達が発見した姫倉桃は、座ったままぼんやりとうつろな目に中空を映していた。
躊躇いながらも声をかける。
「………姫倉」
「あ……平塚くん」
「怪我は治っているようだな、安心した」
「ありがとうね。平塚くんが治してくれたんでしょう?」
「……ああ」
明らかに無理をして弱々しく微笑む桃に、仏頂面で平塚は答えた。
しかし内心では彼は弱り果てていた。こういう状態に陥ったものに対してかける言葉など、そう簡単に見つかるはずもない。
言葉を探していると、桃は顔を俯かせる。
「いつ、これは終わるの?」
「分からない」
「嫌だよ、こんなの………。みんな死んじゃって………怖い」
「………そうだな。僕だって嫌だし、怖いよ」
声とともに身体を震わせ始める桃に、言葉を今なお探しながら、ゆっくりと平塚は語りかける。
「見知った奴が死ぬ。それが嫌じゃないなんて奴は普通はいない。そして………恐らく、高レベルのヤバいモンスターが出てきた時に最前線に行くのは僕達で、HPが尽きたら死ぬのは誰だって同じだ。そういう死の恐怖は僕にだってある。まだ死にたくはない、な」
言葉にしながら、内心で自嘲する。どうやら、自分も死を恐れずに戦えるほどの勇気は持ち合わせていないようだ、と。
しかし、それでも。この世界で、少なくとも桃よりは長いこと生きてきた以上、果たさなければならない義務が平塚にはある。
「安心してくれていい。少なくとも今何かが起きても、僕たちが必ずお前らを守る。頼りないかもしれないけど、これでもこっちじゃ古参でしかも公僕だからな」
「それに古今東西、どんなオンラインゲームであれ、初心者の面倒を見るのは熟練者の仕事ってね」
黙っていた矢島が最後の最後で美味しい台詞を持っていった。
今更フォローかとジト目を向けるが矢島はどこ吹く風と言った様子だ。
桃が俯いたまま、目をこすって涙を拭き、顔を上げた。
「…………うん、ありがとう」
どうやら今度の微笑は、桃の心からのものであるようだった。
涙の痕が見える酷い顔ではあったけれど、それでもその蕾がほころぶような笑みに、平塚は一瞬見とれ…………、すぐさま無表情に戻り、頬をかいた。急に居心地が悪くなったのだ。
「なんだか恥ずかしいことを言った。仕事もあるし、もう行く」
「恥ずかしくなんて、ないよ。嬉しかった。無理しない程度に頑張って、ね」
くるりと背を向けた平塚は、手をひらひらと振って返事とした。
矢島もそれについて歩き去っていく。
その小さくなる背中を、桃は最後まで目で追い続けた。
「どう、惚れ直した?」
「………うん」
アリスが笑みを浮かべて放った問いに、桃は顔を赤らめながら頷いた。
ということで自分に締め切りを課してみます。2月中には次話を投稿致します。