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誕生

作者: ハルハラ

今日は霧が出ていた。

それも物凄く濃くて、牛乳みたいな白さだ。

「すうっ…」

試しに深呼吸をしたが、残念ながら、牛乳の味はしなかった。

俺は峠へ向かっていた。そこで何をすることなくボーとするのが、俺の日課のようなものだった。

日課と言っても毎日休まず、そこへ行っているわけではない。

ただ気が向いた時、悩んだ時、退屈な時、独りでに足が向かっているのだった。


突然霧が薄くなった。高度が上がったせいだろうか。

そうなると、もう少しで峠に着くということになる。

俺は自転車のペダルをこれ以上ないくらいのスピードで漕ぎ出した。

俺は峠が好きなんだろう。いつも近づくとスピードを速めるのだった。


峠は二つのことを除いていつも通りだった。

一つは霧のせいで、いつもは見下ろせる大して美しくもない片田舎の町並みが見れないということだ。

これについては初めは残念であったが、よくよく考えるとなかなか見ることの出来ないこの雲海が見れるという方が幸運であった。

なのでこの事に関してだけいえば、良かったで済ますことができた。

だが

「よお、少年」

これがもう一つの例外だ。オッサン、社会を形成する重要な人間がそこにいた。

まあむしろ彼らは形成というよりは、組み込まれている、と言った方が正しいのだろうが。

そんなオッサンがパンパンと自分の隣のガードレールを叩いた。

「座れよ、少年」

笑みを繕ってオッサンは言った。

断る理由を探し回ったが、上手く見つけられず、渋々オッサンの隣に腰を下ろす。

そんな俺の様子にオッサンは満足そうに頷くと、視線を雲海へと向けた。

雲海は地上の何もかも覆っている。もし今、地上でゴジラが暴れていても俺らはそれに気づくことが出来ないのだろう。

まるでここは外界から遮断された世界のようだった。

「かー、精液みたいに真っ白だな」

そんな幻想的な空気が固まった。いや固めた。

絶対に俺がそれだけは形容しまいと、頭の隅に片付けておいたたとえをオッサンはいとも簡単に口にしたのだった。

たしかに牛乳というより精液だ。だが、それは良識ある人間として言っちゃいけないだろ。

俺は心の中でおそらく二回りも年上のオッサンに説教をした。

「そう思わないか?少年」

なぜか満面の笑みで話を降るオッサン。ああ、いつから日本はこんな駄目な国になってしまったのだ。

「俺には牛乳に見えます」

「ハハハハハ」

何が可笑しいのかオッサンは大きく笑った。

「そんなに可笑しいですか?」

俺のそんな質問にオッサンは一度真顔になると、すぐにまた笑顔を作った。

「真面目だなと思ったんだよ。まるで昔の俺みたいに」

その言葉に俺は思わず希望を抱いてしまう。

人間は変われる、そのオッサンの言葉は暗にそのことを肯定していた。

「格好つけても疲れるだけだぞ。お前だって友達といれば下ネタの一つも二つも言いたくなるだろ」

オッサンの言葉に含まれる友達という言葉が俺には痛かった。

なぜなら俺には友達がいないのだ。

友達に話しかけ拒絶されることが怖くて怖くて堪らなくて。

そのせいで俺は友達を作れなかった。

俺は本を読み、誰からも話かけられないようにすることで精一杯人を避けるだけだった。

「友達なんていない…」

「ハハ、ますます俺の少年時代のみたいだな」

そんな俺の暗い台詞をオッサンは笑い飛ばした。

下らないとでも言うように。

そんなオッサンの姿に俺はムッとした。

「あなたにこの辛さがわかりますか?」

「だから言っただろ。俺も昔そうだったって」

笑顔のまま、彼は続けた。

「必勝法教えてやるよ」

必勝法、そんなものあるのだろうか。

何度も俺は考えた、だが、何も答えが出ることはなかった。

だから今さらそんなものがあるとはにわかに信じられなかった。

でも

「教えてください」

友達が欲しかった。

話がしたかった。

テレビの話でも恋愛でも勉強でも将来のことでも。

何でもいいから話がしたかった。

「じゃあ死ね」

意味がわからなかった。文字通り意味不明。

冗談にしてはあまりにキツく、苦しく、悲しかった。

だが、正論だ。

死ねばきっと楽になれる。友達も出来るのかも知れない。

「死ぬのですか」

「そうだ。今日たった今お前という人間は死ぬんだ。次の瞬間、お前はお前じゃない、違うお前だ。つまりお前はもう傷つかない」

そう言って、パンとオッサンは手を叩いた。

もちろん俺自身に何も変わることはない。

俺は俺のままで、俺で有り続けていた。

でも一つきっかけが出来た。

「人は変われるんですね」

よっ、とガードレールから降りると、オッサンは俺の来た逆の方向へと歩いて行った。

そして背中でこう言った。

「変わるんじゃない。人間は死んでんだよ、そして何度でも生まれ変わる、そういう生き物なんだ」

いつしか霧は晴れていた。

眼下に見える片田舎の町では今日も人間が生きていた。

眩しく暖かい初夏の日差しが、峠の緑と町とそして生まれたての俺を照らす。

「うぉぉぉぉぉ!」

俺は赤ん坊の産声とは似ても似つかない雄叫びを初夏の馬鹿デカい入道雲に向かってあげた。

休みがあけると、キャラが変わる人っていますよね(笑)

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