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12:帰還兵のウォー・アフター・ヒモライフ


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 元・銀鉄帝国特殊作戦行動部隊【栄光の王冠】所属特技記録兵シャフト・エーギリー、その新生活の朝は早い。

 軍隊時代の慣習がまだ抜けないからである。

 日の入り前の起床音楽が流れるきっかり五分前、身体が勝手に目を覚ます。


 もっとも、そこから先は軍隊時代と随分違う。

 ふかふかのベッドで目を覚ました後、潤沢な食材が入った冷蔵庫より、昨晩の内に下ごしらえを済ませておいた食材を調理する。


 銀鉄帝国軍は別名「世界一糧食が士気に関わる兵隊」とも言われ、『銃を捨てども鍋釜捨てぬ』とされる兵たちはみな例外なくと言っていいほど食に対するこだわりと、レベルの差こそあれど調理技能を持っていた。

 時にこれが原因のさまざまなトラブルも招いたが、食事による活力と栄養の補給を重視していたからこそ竜殻という過酷な環境下で戦い抜けた、もしも他の軍であれば侵略は竜殻の外まで及んでいただろう、と後世の歴史家は揃って語っている。


 ——閑話休題。一度始めた調理に、待ったはきかない。


 キッチンに立つ、かわいい猫ちゃん図柄入りエプロン姿の円柱頭。今朝のメニューは魚と野菜のソテーに炒り卵添え、コンソメスープにロールパン。朝にしては少々重めの感もあるが、相手は育ち盛りの十六歳、かつ、忙しなく激務に働く身だ。補給は十分しておくに越したことはないのである。


 手早く調理を終え、リビングに食欲をそそるバターの香りが漂い、カーテンの向こうから朝日が燦々と差し込んだころ、家主がのそりと現れた。

 朝日に輝く銀の髪。

(壮大な寝癖付き)。


「…………んー…………いいにおい…………」

「おはよう、レイチェルさん。ごはん出来たから、顔洗っておいで。一緒に食べよう。ああ、コーヒーはいつものでいい?」

「……おさとう、みっつ……ミルク、たっぷり……」


 ふわわわわ、とあくびをしながら、レイチェルが洗面所にぺたぺたと歩いていく。

 同居二日目でわかったことだが、この少女は起き抜けが弱い。

 仕事時の凛々しさともプライベートの()()()()()モードとも違う低血圧形態は出勤までたっぷり続き、その間に少しずつギアを上げるのが彼女の恒例だった。


「ああほら、しっかりしてレイチェル。パンくず、口についてるよ」

「……とって」

「はいはい。これでいい? ……って、ちょっとちょっと。スーツのボタン、掛け違えてるじゃん」

「……んー。んんー。……うまく、できない。おじさん、やって……」

「——|了解しました指揮官さま《イエス・マム》。動かないでね、じっとしててね……っと」

「…………ちゃんとしたら、もっとかわいい?」

「どこに出しても恥ずかしくないね」

「……にへ。うれしい」


 ひどくぼんやりとする低血圧。

 別名、毎朝限定のレイチェル幼児還りモード。

 逆に言うなら、家を出る時には、以後一日の激務をきっかりやり遂げる有能警備局員モードへのスイッチが入る。

 百年前の帝国軍服とは仕立ても様式もまるで違う礼服……ホロハニエ警備局員の正装は、彼女をとても十六歳には思えぬ大人の姿に飾り立てていた。

 これもまた日々の仕事に立ち向かうための戦闘服には違いなく、起き抜けにはあんなにへにゃへにゃだった表情も、しっかり引き締まっている。


「ああそうだ、シャフトさん。今日は少し手間取る仕事があって、帰りは遅くなるかもだ。そうなる場合は連絡を入れるよ。そちらのご予定は?」

「前に申し込んでもらった、朝のガイドツアーに参加してきます。これで多分……この街を知ることには、ようやく一区切りかな」

「そうか。改めて、いや、本当の意味での新生活が、そろそろ始まるというわけだね。君の前途、幸運を心より応援するよ。……では」


 玄関口での出勤見送りの最後、レイチェルは瞳を閉じ軽く横を向いて頬を差し出してくる。

 この一連の【送り出し】、最初はシャフトが激しく難色を示した。しかし恩と、礼と、何より激しいおねだりにゴリ押される形で、これもまた、朝の恒例となっていた。


 ……差し出されたレイチェルの頬に、シャフトは右手の親指と人差し指を合わせて作った、【擬似唇にあちゅー】と彼女によって命名された代物を、そっと、触れて、離す。

 すると、レイチェルの表情が一気に有能警備局員のそれから幼さを感じさせるものに代わり、にま〜〜〜〜っと笑った。


「あーい、めっっっっちゃキアイ入りましたっ! これで今日もバンバンワルモン取り締まれるし! んじゃーオジサン、行ってきまーっ! 今朝もメシマジ美味かったよ、あんがとねーっ!」


 扉の向こうへ駆け出していく、元気弾丸十六歳。

 オートロックがかかったのを確認した後、シャフトはへなへなとしゃがみ込んで、ぼそりと呟いた。


「……レキーナそっくりの子に、ああいうことするのも、あんな顔向けられるのも、心臓に悪過ぎる……」


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