体験学習 12日目
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福祉介護体験学習レポート
主体験者 伊佐川継人
共同体験者 春崎稚愛
8日目 病院地下 和室
◆今日の出来事
寝てる時、同じ布団に入ってきた。
◆生活の様子や気づいたことなど
稚愛(元 継人)
・胸を触られた。
継人(元 稚愛)
・後ろから抱きついてきた。
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福祉介護体験学習レポート
主体験者 伊佐川継人
共同体験者 春崎稚愛
9日目 病院地下 和室
◆今日の出来事
一緒にお風呂に入った。
◆生活の様子や気づいたことなど
稚愛(元 継人)
・嫌がったり、触らないでって言ったりした。
継人(元 稚愛)
・体を洗う時、手つきがいやらしかった。
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福祉介護体験学習レポート
主体験者 伊佐川継人
共同体験者 春崎稚愛
10日目 病院地下 和室
◆今日の出来事
トイレを手伝ってもらった。
◆生活の様子や気づいたことなど
稚愛(元 継人)
・おしっこしてるところを見られた。
継人(元 稚愛)
・おむつの臭いを何度も嗅いでた。
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福祉介護体験学習レポート
主体験者 伊佐川継人
共同体験者 春崎稚愛
11日目 病院地下 和室
◆今日の出来事
劇で使うドレスを、学校から持って帰ってきて、それを着て劇の練習をした。
◆生活の様子や気づいたことなど
稚愛(元 継人)
・スカートをめくられたり、お尻を触られたりした。
継人(元 稚愛)
・興奮して、抱きついてきたりした。
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福祉介護体験学習レポート
主体験者 伊佐川継人
共同体験者 春崎稚愛
12日目
*
「継人くん? 大丈夫?」
「えっ……。あっ、な、なんですか?」
金曜日の登校。いつものように、『稚愛』は車で送ってもらっている。
後部座席でボーっとしていたところ、運転中のゆず子に、いきなり声をかけられた。
「寝不足? なんだか、疲れてるように見えるわ」
「あぁ……。別に、大丈夫ですよ。気にしないで……ください……」
「そう? ならいいけど」
実際、疲れてる。
ここのところ、体力をたくさん使ってる。
「えっと……明日は土曜日ですけど、学校まで送ってもらえますか?」
「うん? どうして?」
「学芸会の、本番の日なんです。今日が最後の練習日で」
「ああ、そうなのね。私は仕事で見に行けないけど……」
「いや……あんまり、見に来てほしくはないですけどね。魔法の国のお姫様の役、なんて」
「ふふっ、かわいい役ね。じゃあ、練習がんばって」
「……」
本当は、何もかもがしんどくて、面倒くさくて、学校に行きたくなかった。
どうせやるなら、さっさと終わらせて帰りたい……というのが、『稚愛』の本音だ。早く帰って、また【なりきりごっこ】がやりたいと、願っていた。
*
金曜日の下校。
『稚愛』は車の中。むせ返るほどのラベンダー臭に包まれた、ゆず子の車の中。後部座席の、いつもの位置。
少しうつむき、手は膝の上に置いて。頭がずっとイライラしているせいで、セーラー服のスカートをくしゃっと握っていた。
「……!」
ガシャッと、運転席のドアが開く。
ゆず子が、職員室から戻ってきたようだ。
「……今日も起こしたのね。ガチン症を」
「今日は、保健室の先生がいたから、問題なかったですよ。ベッドに運ばれて、注射とマッサージを受けたら、回復しました」
「そう。それを『問題なかった』と、言っていいのかどうかはさておき……ガチン症になった原因は?」
「……!!」
ゆず子は知っている。たった今、先生たちからそれを聞いてきたのだ。
本人の口から、経緯を説明させようとしてる。
「あら、もうこんな時間。そろそろ行かないと」
ゆず子は素知らぬフリをして、車を発進させた。
「最後の劇の練習で……ひまわり組と、合同になって。あいつらが、俺の衣装をバカにした」
「お姫様のドレスを? へぇ」
「触ろうとしてきたから、『触るな』って言った」
「『近寄んなよ殺すぞ』、じゃなくて?」
「……意味は、一緒だよ」
「それで、言われた方もムキになったわけね。あなたに気づかれないように、後ろから触ろうとする遊びを、何度も」
「ああ、何度もっ!! こっちは真面目にやってるのにっ!! 何度も邪魔してきやがった!!! だからっ!!!」
正当な理由がある、と──。
「だから、殺そうとしたのね。舞台のセットを倒して」
「……っ!」
舞台のセット(背景)は、大きなベニヤ板に絵を描いたものだ。それの前に立って、生徒たちは演技をする。
もちろん、ベニヤ板はしっかりと固定されているが、万が一、演技をしている最中に、それが前にバタンと倒れれば、舞台に立っている人間は、押し潰されて死ぬ。
「……死ねばよかったんだ。あんなやつら」
「でも、そうはならなかった。あなたが怒り狂って、固定器具を無理やり外そうとしたところで、ガチン症が起きた。フーッと息を切らしたまま、あなたはガチガチに固まり、動けなくなった」
「ああ、そうだっ!! この身体には怒りが眠ってるって、母親のあんたも知ってるだろ!? 稚愛ちゃんの復讐は、俺が引き継ぐんだよっ!!」
「そうね……。私も、ひまわり学級の子たちは嫌いだし、あなたを責めはしないけど」
「じゃあ、いいだろ!? 別に俺が、この身体で、何をやったって……!!」
「うーん。さて、どこから説明をしたものかしら……」
「せ、説明……!?」
車は走り続ける。スピードを上げて。
帰るべき場所である、いつもの病院……を、通り過ぎて。止まることなく。
「え……。えっ? あれ……?」
違和感。『稚愛』はそれに気づき、窓の外を見た。
流れていくのは、知らない景色。歩いたことのない国道。訪れたことのない交差点。
「ゆ、ゆず子さん……? どこに行こうとしてるんですか?」
「高速道路」
それは目的地じゃない。ゆず子は、目的地を教えないつもりのようだ。
『稚愛』は、再び窓の方に顔を向け、食い入るように外の景色を見た。そして、自分が今どの道を通っていて、どの方面に向かっているのかを、推測しようとした。
「ふふっ、無理よ。その頭じゃ」
「は……?」
「記憶、分析、推測。そういう難しいことが苦手なのよ、稚愛は。だから、道も覚えられないし、よく迷子になる」
それはたしかにその通りで、実際に入れ替わり初日のころは、稚愛の脳で難しいことを考えようとするたびに、知恵熱を出してフラフラになっていた。今、頭で考えることを少なくして、なるべく身体の本能に従っているのは、そのためだ。
「じゃ、じゃあ……教えてくださいよっ! この車は今、どこに向かっているのかっ!」
「あらあら、そんなにイライラしない方がいいわよ。またガチン症が出ちゃうわ」
「だったら……!!」
「落ち着いて。到着するまでに、少し話してあげる。二週間にも及ぶ、この体験学習の……評定について」
「評定……!?」
評定や評価というのは、本来学習が終わってから伝えられるもの。しかしまだ、あと2日残っている。つまり、結果は……。
「失格よ。残念だったわね」
無慈悲にも。
「失格……? え? ど、どういうことですか? この、体験学習が……失格っ!?」
「ええ。だから、終わり。申し訳ないけど、紹介状は書いてあげられない」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいっ! そんな、急に言われても……! どういうことなのか、ちゃんと説明をっ!」
「総合的な判断よ。これまでの生活の様子や、毎日のレポート課題を、私が見たうえでの」
「レポート……課題……? あっ!」
『稚愛』は思い出した。
ここ数日間の、自分が書いたレポートを。
「いや、でも……この身体なんですよ!? さっき、あなたが言ったように、難しいことができないっ! 文章を書くのだって、ロクにできないし! そんなに厳しく、評価しなくてもっ……!」
「厳しくはしてないわ。下手な文章でも、たった一行でも、書いてくれればいい」
「それなら、別に……!」
「でも、ウソはダメよ。ねぇ、継人くん?」
「……!!」
「気づいてなかった? あなたたちが生活していた部屋の天井に、監視カメラがあることに」
監視されていた。いや、監視されていないわけがないのだ。
あの病院は、春崎ゆず子がトップの施設。そして春崎稚愛は、ゆず子の娘。学習という名目で、知らない男子と二人きりでの生活をさせるのに、見守らないはずがない。「よく頭で考えれば」、分かることだった。
「う、ウソなんか……ついてない……!」
「あなたは毎日、稚愛から性的な行為を求められてると、レポートに書いてるけど、本当は全て逆。全部、あなたが稚愛に無理やりさせていることよね?」
「それは、別に……あいつも喜んでたし……」
「そうかしら? 稚愛は、悩んでいたみたいよ。本能によって暴走するあなたのことを、どう扱えばいいのか、名木舞白ってガールフレンドに、何度も相談してたらしいし」
「ま、舞白にっ……!?」
ここでもまた、あいつの名前が出てきた。
「そういえば、今日も相談会をしてるらしいわね。たしか、二人でファミレスと映画館に行くって、言ってたかしら」
厄介者の『稚愛』を、ダシにして。
あの二人は、どんどん仲良くなっていく。
「……あははっ、そうかぁ!! そうかよっ! じゃあ、舞白も、早くブチ殺さないといけないなァっ!!」
突き抜ける怒りと共に笑う『稚愛』に対して、運転中のゆず子は「ふぅ……」と重い息を吐き、声のトーンをさらに落とした。
「だから、あなたを失格にしたのよ。レポートの件もそうだけど、名木舞白さんに体験学習の内容を口外したこともダメ。凶暴性は増して、殺意も止められず……これ以上はもう、限界でしょう?」
それは、呆れのような言葉だった。
その言葉を聞いた『稚愛』は、急に冷水をかけられたように大人しくなり、奥歯をガチ……と一度だけ鳴らしてから、ポツリとつぶやくように言った。
「そうですね、無理です。……もういい、やめる。何が道徳、何が相互理解だ。クソ喰らえだよ、福祉や介護の体験学習なんて」
全部吐き出した。鬱憤を。恨み言を。
そして、さらにガチガチと歯の音を立てながら、『稚愛』は冷静に、ゆず子に問うた。
「……で? 元の身体に戻れるのは、いつですか? 終わったんでしょ? 体験学習」
「そうね。その話は……彼女から聞くといいわ」
いつの間にか、高速道路を降りていて、どこかの見知らぬ道の真ん中で、車はやっと止まった。
ゆず子と『稚愛』は車から降り、久しぶりの外へ出た。
「どこだ? ここ……」
辺りはすっかり夜になっていた。
周りにあるのは、ほとんどが田んぼ。遠くに見えるのは、野山。その中に、一軒家がポツポツと建っている。
一目で分かる、ここは田舎の集落。
「ん? 誰か、出てきた……」
古びた物だらけの田舎には似合わない、明らかに新築の綺麗な家。それが、駐車した場所の近くにあった。
そして、その家の玄関から、一人の女性が姿を現した。
「おかえり。継人」
「な、なんでっ……!? 母さんがここにっ!?」




