表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

体験学習 12日目

 ────

 福祉介護体験学習レポート

 主体験者 伊佐川継人 

 共同体験者 春崎稚愛

 8日目 病院地下 和室


 ◆今日の出来事

 

 寝てる時、同じ布団に入ってきた。


 ◆生活の様子や気づいたことなど

 

 稚愛(元 継人)

 ・胸を触られた。

 

 継人(元 稚愛)

 ・後ろから抱きついてきた。


 ────

 福祉介護体験学習レポート

 主体験者 伊佐川継人 

 共同体験者 春崎稚愛

 9日目 病院地下 和室


 ◆今日の出来事

 

 一緒にお風呂に入った。


 ◆生活の様子や気づいたことなど

 

 稚愛(元 継人)

 ・嫌がったり、触らないでって言ったりした。

 

 継人(元 稚愛)

 ・体を洗う時、手つきがいやらしかった。


 ────

 福祉介護体験学習レポート

 主体験者 伊佐川継人 

 共同体験者 春崎稚愛

 10日目 病院地下 和室


 ◆今日の出来事

 

 トイレを手伝ってもらった。


 ◆生活の様子や気づいたことなど

 

 稚愛(元 継人)

 ・おしっこしてるところを見られた。

 

 継人(元 稚愛)

 ・おむつの臭いを何度も嗅いでた。

  

 

 ────

 福祉介護体験学習レポート

 主体験者 伊佐川継人 

 共同体験者 春崎稚愛

 11日目 病院地下 和室


 ◆今日の出来事

 

 劇で使うドレスを、学校から持って帰ってきて、それを着て劇の練習をした。


 ◆生活の様子や気づいたことなど

 

 稚愛(元 継人)

 ・スカートをめくられたり、お尻を触られたりした。

 

 継人(元 稚愛)

 ・興奮して、抱きついてきたりした。


  ────

 福祉介護体験学習レポート

 主体験者 伊佐川継人 

 共同体験者 春崎稚愛

 12日目

 

 *


 「継人くん? 大丈夫?」

 「えっ……。あっ、な、なんですか?」

  

 金曜日の登校。いつものように、『稚愛つぐひと』は車で送ってもらっている。

 後部座席でボーっとしていたところ、運転中のゆず子に、いきなり声をかけられた。


 「寝不足? なんだか、疲れてるように見えるわ」

 「あぁ……。別に、大丈夫ですよ。気にしないで……ください……」

 「そう? ならいいけど」

  

 実際、疲れてる。

 ここのところ、体力をたくさん使ってる。


 「えっと……明日は土曜日ですけど、学校まで送ってもらえますか?」

 「うん? どうして?」

 「学芸会の、本番の日なんです。今日が最後の練習日で」

 「ああ、そうなのね。私は仕事で見に行けないけど……」

 「いや……あんまり、見に来てほしくはないですけどね。魔法の国のお姫様の役、なんて」

 「ふふっ、かわいい役ね。じゃあ、練習がんばって」

 「……」


 本当は、何もかもがしんどくて、面倒くさくて、学校に行きたくなかった。

 どうせやるなら、さっさと終わらせて帰りたい……というのが、『稚愛』の本音だ。早く帰って、また【なりきりごっこ】がやりたいと、願っていた。


 *


 金曜日の下校。

 『稚愛つぐひと』は車の中。むせ返るほどのラベンダー臭に包まれた、ゆず子の車の中。後部座席の、いつもの位置。

 少しうつむき、手は膝の上に置いて。頭がずっとイライラしているせいで、セーラー服のスカートをくしゃっと握っていた。


 「……!」


 ガシャッと、運転席のドアが開く。

 ゆず子が、職員室から戻ってきたようだ。


 「……今日も起こしたのね。ガチン症を」

 「今日は、保健室の先生がいたから、問題なかったですよ。ベッドに運ばれて、注射とマッサージを受けたら、回復しました」

 「そう。それを『問題なかった』と、言っていいのかどうかはさておき……ガチン症になった原因は?」

 「……!!」


 ゆず子は知っている。たった今、先生たちからそれを聞いてきたのだ。

 本人の口から、経緯を説明させようとしてる。


 「あら、もうこんな時間。そろそろ行かないと」


 ゆず子は素知らぬフリをして、車を発進させた。


 「最後の劇の練習で……ひまわり組と、合同になって。あいつらが、俺の衣装をバカにした」

 「お姫様のドレスを? へぇ」

 「触ろうとしてきたから、『触るな』って言った」

 「『近寄ちかよんなよころすぞ』、じゃなくて?」

 「……意味は、一緒だよ」

 「それで、言われた方もムキになったわけね。あなたに気づかれないように、後ろから触ろうとする遊びを、何度も」

 「ああ、何度もっ!! こっちは真面目にやってるのにっ!! 何度も邪魔してきやがった!!! だからっ!!!」


 正当な理由がある、と──。


 「だから、殺そうとしたのね。舞台のセットを倒して」

 「……っ!」


 舞台のセット(背景)は、大きなベニヤ板に絵を描いたものだ。それの前に立って、生徒たちは演技をする。

 もちろん、ベニヤ板はしっかりと固定されているが、万が一、演技をしている最中に、それが前にバタンと倒れれば、舞台に立っている人間は、押し潰されて死ぬ。


 「……死ねばよかったんだ。あんなやつら」

 「でも、そうはならなかった。あなたが怒り狂って、固定こてい器具きぐを無理やり外そうとしたところで、ガチン症が起きた。フーッと息を切らしたまま、あなたはガチガチに固まり、動けなくなった」

 「ああ、そうだっ!! この身体には怒りが眠ってるって、母親のあんたも知ってるだろ!? 稚愛ちゃんの復讐ふくしゅうは、俺が引き継ぐんだよっ!!」

 「そうね……。私も、ひまわり学級の子たちは嫌いだし、あなたをめはしないけど」

 「じゃあ、いいだろ!? 別に俺が、この身体で、何をやったって……!!」

 「うーん。さて、どこから説明をしたものかしら……」

 「せ、説明……!?」


 車は走り続ける。スピードを上げて。

 帰るべき場所である、いつもの病院……を、通り過ぎて。止まることなく。

  

 「え……。えっ? あれ……?」


 違和感。『稚愛つぐひと』はそれに気づき、窓の外を見た。

 流れていくのは、知らない景色。歩いたことのない国道。訪れたことのない交差点。


 「ゆ、ゆず子さん……? どこに行こうとしてるんですか?」

 「高速道路」


 それは目的地じゃない。ゆず子は、目的地を教えないつもりのようだ。

 『稚愛つぐひと』は、再び窓の方に顔を向け、食い入るように外の景色を見た。そして、自分が今どの道を通っていて、どの方面に向かっているのかを、推測すいそくしようとした。


 「ふふっ、無理よ。その頭じゃ」

 「は……?」

 「記憶、分析、推測。そういう難しいことが苦手なのよ、稚愛は。だから、道も覚えられないし、よく迷子になる」

 

 それはたしかにその通りで、実際に入れ替わり初日のころは、稚愛の脳で難しいことを考えようとするたびに、知恵ちえねつを出してフラフラになっていた。今、頭で考えることを少なくして、なるべく身体の本能に従っているのは、そのためだ。


 「じゃ、じゃあ……教えてくださいよっ! この車は今、どこに向かっているのかっ!」

 「あらあら、そんなにイライラしない方がいいわよ。またガチン症が出ちゃうわ」

 「だったら……!!」

 「落ち着いて。到着するまでに、少し話してあげる。二週間にもおよぶ、この体験学習の……評定ひょうていについて」

 「評定……!?」


 評定や評価というのは、本来学習が終わってから伝えられるもの。しかしまだ、あと2日残っている。つまり、結果は……。


 「失格しっかくよ。残念だったわね」


 無慈悲むじひにも。


 「失格……? え? ど、どういうことですか? この、体験学習が……失格っ!?」

 「ええ。だから、終わり。申し訳ないけど、紹介状は書いてあげられない」

 「ちょ、ちょっと、待ってくださいっ! そんな、急に言われても……! どういうことなのか、ちゃんと説明をっ!」

 「総合的な判断よ。これまでの生活の様子や、毎日のレポート課題を、私が見たうえでの」

 「レポート……課題……? あっ!」

 

 『稚愛つぐひと』は思い出した。

 ここ数日間の、自分が書いたレポートを。


 「いや、でも……この身体なんですよ!? さっき、あなたが言ったように、難しいことができないっ! 文章を書くのだって、ロクにできないし! そんなにきびしく、評価しなくてもっ……!」

 「厳しくはしてないわ。下手な文章でも、たった一行でも、書いてくれればいい」

 「それなら、別に……!」

 「でも、ウソはダメよ。ねぇ、継人くん?」

 「……!!」

 「気づいてなかった? あなたたちが生活していた部屋の天井に、監視カメラがあることに」


 監視されていた。いや、監視されていないわけがないのだ。

 あの病院は、春崎ゆず子がトップの施設。そして春崎稚愛は、ゆず子の娘。学習という名目で、知らない男子と二人きりでの生活をさせるのに、見守らないはずがない。「よく頭で考えれば」、分かることだった。


 「う、ウソなんか……ついてない……!」

 「あなたは毎日、稚愛から性的な行為を求められてると、レポートに書いてるけど、本当は全て逆。全部、あなたが稚愛に無理やりさせていることよね?」

 「それは、別に……あいつも喜んでたし……」

 「そうかしら? 稚愛は、悩んでいたみたいよ。本能によって暴走するあなたのことを、どう扱えばいいのか、名木なぎ舞白ましろってガールフレンドに、何度も相談してたらしいし」

 「ま、舞白にっ……!?」


 ここでもまた、あいつの名前が出てきた。

 

 「そういえば、今日も相談会をしてるらしいわね。たしか、二人でファミレスと映画館に行くって、言ってたかしら」


 厄介者の『稚愛つぐひと』を、ダシにして。

 あの二人は、どんどん仲良くなっていく。


 「……あははっ、そうかぁ!! そうかよっ! じゃあ、舞白も、早くブチ殺さないといけないなァっ!!」

 

 突き抜ける怒りと共に笑う『稚愛つぐひと』に対して、運転中のゆず子は「ふぅ……」と重い息を吐き、声のトーンをさらに落とした。


 「だから、あなたを失格にしたのよ。レポートの件もそうだけど、名木舞白さんに体験学習の内容を口外こうがいしたこともダメ。凶暴性は増して、殺意も止められず……これ以上はもう、限界でしょう?」


 それは、あきれのような言葉だった。

 その言葉を聞いた『稚愛つぐひと』は、急に冷水をかけられたように大人しくなり、奥歯をガチ……と一度だけ鳴らしてから、ポツリとつぶやくように言った。


 「そうですね、無理です。……もういい、やめる。何が道徳、何が相互理解だ。クソ喰らえだよ、福祉や介護の体験学習なんて」

 

 全部吐き出した。鬱憤うっぷんを。うらごとを。

 そして、さらにガチガチと歯の音を立てながら、『稚愛つぐひと』は冷静に、ゆず子にうた。

 

 「……で? 元の身体に戻れるのは、いつですか? 終わったんでしょ? 体験学習」

 「そうね。その話は……彼女から聞くといいわ」

 

 いつの間にか、高速道路を降りていて、どこかの見知らぬ道の真ん中で、車はやっと止まった。

 ゆず子と『稚愛つぐひと』は車から降り、久しぶりの外へ出た。

 

 「どこだ? ここ……」


 辺りはすっかり夜になっていた。

 周りにあるのは、ほとんどが田んぼ。遠くに見えるのは、野山。その中に、一軒家がポツポツと建っている。

 一目で分かる、ここは田舎いなか集落しゅうらく

 

 「ん? 誰か、出てきた……」


 古びた物だらけの田舎には似合わない、明らかに新築の綺麗きれいな家。それが、駐車した場所の近くにあった。

 そして、その家の玄関から、一人の女性が姿を現した。


 「おかえり。継人」

 「な、なんでっ……!? 母さんがここにっ!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ