表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

体験学習 7日目②


 三度目の病院。三度目のベッドの上。

 ショッピングモールから、救急車に乗って帰宅。


 「……」


 何があったかは分かっているし、しっかり覚えている。だから、「経緯けいいを説明しましょうか?」とゆず子が気遣ってくれたが、『稚愛つぐひと』は首を横に振った。


 「可愛い服、着てるわね。この……帽子も、オシャレ」

 「昨日……。買いに、行った……」

 「デート用の服? ガールフレンドとの?」

 「ゆず子さん……。あの、舞白は……?」

 「『いつものことだから大丈夫』と伝えて、今日は帰ってもらったわ。もしかして、彼女にそばにいてほしかった?」

 「いや……。あいつは……いない方が、いい……」

 

 舞白がそばにいても、苦しくなるだけだと、『稚愛つぐひと』は思った。さっきみたいに、ただモヤモヤがつのるだけ。

 今、本当にそばにいてほしいと思うのは……。

 

 「いるわよ、地下に。今日は病院で、身体検査を受けてもらう予定だったから」

 「会い……たい……。会いたいっ……!」

 「足が動くようになったら、会いに行っていいわよ」

 「も、もう歩けるっ……!!」


 バサッと布団をめくり、転げ落ちるかのようにベッドを降りた。

 『稚愛』はもう……『稚愛ちゃん』はもう、あの人のことしか考えていない。

  

 *


 「はぁっ……はぁっ……! つーくんっ!!」

 「……!?」


 いた。

 円卓えんたくの上に箸を並べて、ご飯の準備をしていたようだ。

 『つーくん』は、息を切らしてやってきた『稚愛ちゃん』の姿を見て、ひどく驚いていた。


 「えっ、あっ……」

 「つーくん……!」

 「あっ、うん……。稚愛、ちゃん……」


 向こうも、すぐにこちらを察して、【なりきり】に入ってくれた。この優しさこそ、ずっと欲しかったものだ。

 立ち上がろうとする『つーくん』に、『稚愛ちゃん』はためらいなくずんずんと押し迫り、再び座布団に座らせた。

 

 「わっ! え……何?」

 「あしの上、座りたいっ……。脚の上っ」

 「う、うん……。いい、けど」


 あぐらをかいてもらって、その組まれたあしの上に座ると、なんだか包まれてるような気持ちになる。自分より大きな人に包まれていると、安心する。

 普通の子なら、幼いうちに両親からもらえる安らぎだ。『稚愛ちゃん』は、今この歳になって、それを必死に求めている。


 「はぁー……。はぁー……」


 安心とともに、気持ちが落ち着いていく。

 まずは呼吸を整える。こんな時に、ガチン症にでもなったら困るから。


 「稚愛ちゃん……? 身体はもう大丈夫なの?」

 「うん、大丈夫……。今は」

 「またガチンになっちゃったってことは、今日の……その、お出かけは」

 「上手く……いかなかった……。なんだか、もう、今日は……良くないこと、ばっかりで」

 「そっか……。大変だったね」


 顔は見えないが、後ろからささやかれている。耳の中に、孤独を理解し、つらさを一緒に受け止めてくれる言葉を、流し込んでくる。

 それがたまらなく気持ちよくて、『稚愛ちゃん』は気が狂いそうになっている。

 

 「つーくん……つーくん……」

 「うん? 何? 稚愛ちゃん」

 「手ぇ……貸してほしい。ちょっとだけ」

 「え……? 手?」

 

 許可なんかを、待っているヒマはない。『稚愛ちゃん』は、腰のあたりに置いてある『つーくん』の手の指に、自分の指を絡ませて、主導権を奪った。

 そしてすぐに、その手を、自分の膨らんだ胸へと押し当て、無理やりでさせた。


 「……っ!?」


 今、何を触ったのか、向こうにも伝わったのだろう。すぐに手を引っ込められ、『稚愛ちゃん』はドタっと乱暴に脚の上から降ろされた。


 「……!」

 

 空気が、変わる。

 変わっていくのが、分かる。

 

 「い、今っ……! 何したのっ……!?」

 「……」 

 「稚愛ちゃん……じゃない、つーくんっ! 今、何したのっ!?」

 「……」


 楽しい【なりきり】の時間が、終わっていく。それは、夜が明けるみたいに、だんだんと。

 『稚愛つぐひと』は、鬱陶うっとうしく感じた自分のヘアクリップを掴み、髪の毛ごとブチブチと引き抜いた。


 「何、って?」

 「え……。だから、今……」

 「おっぱいだよ。この、女の身体にしかない、やわらかいところ」

 「……っ! そ、そんな、急にっ!」

 「なぐさめろって言ってんだよ。その、男の身体で、この……女の身体を。それぐらい、やってくれよ」


 教えてやらないと。

 こういう時、男がどうすればいいか。

  

 「つ、つーくん……? なんか、変……」

 「ずっと……ずぅーっと、だ……。ずっと、おかしなことばっかり起きてるんだ。そりゃあ、俺も、おかしくもなるよ。一線だって、越えたくもなる」

 「今日、舞白ちゃんと、何かあったの……?」

 「舞白か……。もういい、あいつは」

 「え……」

 「あんな役立たずのことなんか、もうどうでもいい。あいつの話、しないでくれ」

 

 その名前すらも、みみざわりに感じた。

 

 (本当に……なんで、あんなやつのことが好きだったんだろう。以前の俺は、どうかしてたな)


 切り捨てることに、躊躇ためらいはなかった。


 「お、落ち着いてっ……」

 「落ち着かせろって。お前が、この身体の、心臓の、ドキドキを。ほら、ガチン症が出る前に、早くっ」

 「わ、わたしっ……そんなこと、できないっ」

 「ふっ、ふふっ……!」


 思わず、笑ってしまう。


 「な、なんで、笑って……」

 「胸を触って、しっかり、興奮してるくせによ。まだ、そういう……純粋なつもりかよ」

 「こ、興奮……!? わたし、興奮なんてっ!」

 「バカ。男はごまかせないんだよ。まだ信じられないなら、教えてやろうか?」

 「お、教える……?」

 「ソレを、掴んで」

 「えっ……!?」

 

 『稚愛つぐひと』が指摘してやると、『継人ちあ』は開いていた脚をサッと閉じた。

 どうやら気づいたらしい。自分の身体の、とんでもない変化に。

 

 「ううぅ……」

 

 泣きそうな顔をして、そいつはうつむいていた。

 ささやかな抵抗は、もうこれで終わりだろう。

 

 「あぁ……ごめん。傷つける気はないんだ。ただ、一緒に【なりきり】で、気持ちよくなりたかっただけで」

 「そ、そういうことも、これからしていくの……?」

 「うん。だから、お願いしてるんだよ。この身体は……誰かに助けてもらわないと、生きられないんだから」


 *


 ────

 福祉介護体験学習レポート

 主体験者 伊佐川継人 

 共同体験者 春崎稚愛

 7日目 愛証記念病院地下2階 和室


 ◆今日の出来事

 

 いろいろありすぎて、あまり思い出せない。舞白と買い物とかしてたら、ガチン症になって、病院に帰ってきた。


 ◆生活の様子や気づいたことなど

 

 稚愛(元 継人)

 ・ラーメンを食べさせてもらった。ハシが持てないから、今日は手をつかってない。

 

 継人(元 稚愛)

 ・ラーメンを食べさせてくれた。口の中に入れて、よくかんで、やわらかくしてから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ