体験学習 7日目②
三度目の病院。三度目のベッドの上。
ショッピングモールから、救急車に乗って帰宅。
「……」
何があったかは分かっているし、しっかり覚えている。だから、「経緯を説明しましょうか?」とゆず子が気遣ってくれたが、『稚愛』は首を横に振った。
「可愛い服、着てるわね。この……帽子も、オシャレ」
「昨日……。買いに、行った……」
「デート用の服? ガールフレンドとの?」
「ゆず子さん……。あの、舞白は……?」
「『いつものことだから大丈夫』と伝えて、今日は帰ってもらったわ。もしかして、彼女にそばにいてほしかった?」
「いや……。あいつは……いない方が、いい……」
舞白がそばにいても、苦しくなるだけだと、『稚愛』は思った。さっきみたいに、ただモヤモヤが募るだけ。
今、本当にそばにいてほしいと思うのは……。
「いるわよ、地下に。今日は病院で、身体検査を受けてもらう予定だったから」
「会い……たい……。会いたいっ……!」
「足が動くようになったら、会いに行っていいわよ」
「も、もう歩けるっ……!!」
バサッと布団をめくり、転げ落ちるかのようにベッドを降りた。
『稚愛』はもう……『稚愛ちゃん』はもう、あの人のことしか考えていない。
*
「はぁっ……はぁっ……! つーくんっ!!」
「……!?」
いた。
円卓の上に箸を並べて、ご飯の準備をしていたようだ。
『つーくん』は、息を切らしてやってきた『稚愛ちゃん』の姿を見て、ひどく驚いていた。
「えっ、あっ……」
「つーくん……!」
「あっ、うん……。稚愛、ちゃん……」
向こうも、すぐにこちらを察して、【なりきり】に入ってくれた。この優しさこそ、ずっと欲しかったものだ。
立ち上がろうとする『つーくん』に、『稚愛ちゃん』はためらいなくずんずんと押し迫り、再び座布団に座らせた。
「わっ! え……何?」
「脚の上、座りたいっ……。脚の上っ」
「う、うん……。いい、けど」
あぐらをかいてもらって、その組まれた脚の上に座ると、なんだか包まれてるような気持ちになる。自分より大きな人に包まれていると、安心する。
普通の子なら、幼いうちに両親からもらえる安らぎだ。『稚愛ちゃん』は、今この歳になって、それを必死に求めている。
「はぁー……。はぁー……」
安心とともに、気持ちが落ち着いていく。
まずは呼吸を整える。こんな時に、ガチン症にでもなったら困るから。
「稚愛ちゃん……? 身体はもう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫……。今は」
「またガチンになっちゃったってことは、今日の……その、お出かけは」
「上手く……いかなかった……。なんだか、もう、今日は……良くないこと、ばっかりで」
「そっか……。大変だったね」
顔は見えないが、後ろから囁かれている。耳の中に、孤独を理解し、辛さを一緒に受け止めてくれる言葉を、流し込んでくる。
それがたまらなく気持ちよくて、『稚愛ちゃん』は気が狂いそうになっている。
「つーくん……つーくん……」
「うん? 何? 稚愛ちゃん」
「手ぇ……貸してほしい。ちょっとだけ」
「え……? 手?」
許可なんかを、待っているヒマはない。『稚愛ちゃん』は、腰のあたりに置いてある『つーくん』の手の指に、自分の指を絡ませて、主導権を奪った。
そしてすぐに、その手を、自分の膨らんだ胸へと押し当て、無理やり撫でさせた。
「……っ!?」
今、何を触ったのか、向こうにも伝わったのだろう。すぐに手を引っ込められ、『稚愛ちゃん』はドタっと乱暴に脚の上から降ろされた。
「……!」
空気が、変わる。
変わっていくのが、分かる。
「い、今っ……! 何したのっ……!?」
「……」
「稚愛ちゃん……じゃない、つーくんっ! 今、何したのっ!?」
「……」
楽しい【なりきり】の時間が、終わっていく。それは、夜が明けるみたいに、だんだんと。
『稚愛』は、鬱陶しく感じた自分のヘアクリップを掴み、髪の毛ごとブチブチと引き抜いた。
「何、って?」
「え……。だから、今……」
「おっぱいだよ。この、女の身体にしかない、柔らかいところ」
「……っ! そ、そんな、急にっ!」
「慰めろって言ってんだよ。その、男の身体で、この……女の身体を。それぐらい、やってくれよ」
教えてやらないと。
こういう時、男がどうすればいいか。
「つ、つーくん……? なんか、変……」
「ずっと……ずぅーっと、だ……。ずっと、おかしなことばっかり起きてるんだ。そりゃあ、俺も、おかしくもなるよ。一線だって、越えたくもなる」
「今日、舞白ちゃんと、何かあったの……?」
「舞白か……。もういい、あいつは」
「え……」
「あんな役立たずのことなんか、もうどうでもいい。あいつの話、しないでくれ」
その名前すらも、耳障りに感じた。
(本当に……なんで、あんなやつのことが好きだったんだろう。以前の俺は、どうかしてたな)
切り捨てることに、躊躇いはなかった。
「お、落ち着いてっ……」
「落ち着かせろって。お前が、この身体の、心臓の、ドキドキを。ほら、ガチン症が出る前に、早くっ」
「わ、わたしっ……そんなこと、できないっ」
「ふっ、ふふっ……!」
思わず、笑ってしまう。
「な、なんで、笑って……」
「胸を触って、しっかり、興奮してるくせによ。まだ、そういう……純粋なつもりかよ」
「こ、興奮……!? わたし、興奮なんてっ!」
「バカ。男はごまかせないんだよ。まだ信じられないなら、教えてやろうか?」
「お、教える……?」
「ソレを、掴んで」
「えっ……!?」
『稚愛』が指摘してやると、『継人』は開いていた脚をサッと閉じた。
どうやら気づいたらしい。自分の身体の、とんでもない変化に。
「ううぅ……」
泣きそうな顔をして、そいつは俯いていた。
ささやかな抵抗は、もうこれで終わりだろう。
「あぁ……ごめん。傷つける気はないんだ。ただ、一緒に【なりきり】で、気持ちよくなりたかっただけで」
「そ、そういうことも、これからしていくの……?」
「うん。だから、お願いしてるんだよ。この身体は……誰かに助けてもらわないと、生きられないんだから」
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福祉介護体験学習レポート
主体験者 伊佐川継人
共同体験者 春崎稚愛
7日目 愛証記念病院地下2階 和室
◆今日の出来事
いろいろありすぎて、あまり思い出せない。舞白と買い物とかしてたら、ガチン症になって、病院に帰ってきた。
◆生活の様子や気づいたことなど
稚愛(元 継人)
・ラーメンを食べさせてもらった。ハシが持てないから、今日は手をつかってない。
継人(元 稚愛)
・ラーメンを食べさせてくれた。口の中に入れて、よくかんで、やわらかくしてから。




