体験学習 6日目
「うん。つーくんと、一緒に行く」
土曜日。
冷蔵庫の中が空っぽで、さらに明日の準備もしたかったので、『稚愛』は『継人』を休日の外出に誘った。目的地は、病院の近くにある大型ショッピングモールだ。
昨日の一件があったからか、『継人』はもう、曖昧な返事をすることがなくなり、自分がやりたいこと、したくないことを、ハッキリと述べるようになった。
「じゃあ……はい。俺の服」
「はい。わたしの服」
学ランやセーラー服とは違う、出かける時の服。
『稚愛』がかつての自分の服装を『継人』に渡すと、『継人』も同じように自分のをまとめて渡してくれた。その中には、当然、アレもあった。
(おむつ……)
今の身体に、これが必要なことはもう分かっている。春崎稚愛を体験するなら、これも受け入れないといけない。
改めて向き合う、女の子すぎるデザインのパンツ型おむつ。親切に、股間側には「まえ」、お尻側には「うしろ」と書いてある。意を決して、『稚愛』はそれに太ももを通し、腰まで上げた。
「稚愛ちゃん。どう、かな……?」
「んふふっ。似合ってる」
「これが似合う人は、いないと思うけどな……」
「今までのわたしみたい。つーくん」
「……」
下着は、カップのついたキャミソール。そして、白いワンピースを頭から着て、『稚愛』のお出かけスタイル完成。
ちなみに、靴下は履くのが面倒なので、休日のみ裸足にサンダルだ。
「よし、出発しよう」
*
休日のショッピングモールは、どのフロアも人でにぎわっていた。特に、家族との幸せな時間を過ごそうとする、夫婦や親子が多いようだった。
(この体験学習が終わったら、俺も母さんと買い物に来ようかな)
そんなことを考えながら、『稚愛』は3階の展望テラスという高い場所から、1階を歩く人たちを眺めていた。
「稚愛ちゃん、もうアイス食べ終わった?」
「うん。イチゴ、おいしかった」
「じゃあ、次は俺の行きたいところだな」
「つーくん、どこ行きたいの?」
「服が見たいんだ。この身体に合う服」
「えっ? わたしの……服?」
明日は、舞白と遊ぶ約束をしている。継人としてではなく、稚愛ちゃんとして会いに来いと言われている。もちろん、明日の一回きりしか着ない服だが……この体験学習が終わって、元の身体に戻ったら、継人はそのまま稚愛に服をプレゼントしたいとも考えていた。身体を貸してくれた、お礼として。
だから『稚愛』は、しっかり『継人』と話し合って、店や洋服を選びたかった。
(ベルトもそうだけど、ホックやボタンが多い服も……稚愛ちゃんは苦手だもんな)
この身体をよく知る彼女に、しっかりと相談をして。
「じゃあ……これ。つーくん、どう?」
「花柄のワンピースか。花の一つ一つが小さいから、あまり派手さはないな」
「え……もしかして、だめ?」
「ううん、良いと思う。落ち着いてる。この身体に、よく似合ってるよ」
「うふふっ、ありがとう。じゃあ、これも被って」
「おっ、帽子か。よし……どうかな?」
鍔が水平じゃなく下を向いている、UFOみたいな形の帽子を、クロッシェハットと言うらしい。今回は、それにリボンの飾りがついている。
被って、鏡に映すと、さっきより少し年齢が上がった感じがする。
「かわいい……?」
「可愛いし、オシャレだ。君が選んでくれた服、素敵だよ。稚愛ちゃん」
「そう言われると、嬉しい」
「せっかくだし、この格好で少し歩こうか」
「うん……!」
二人の希望に沿った、ちょうどいいコーディネートが完成した。派手すぎないし、地味すぎない。明日はこれでバッチリだ。
『継人』も、とても満足したようで、何度も『稚愛』の姿を見ては、「ふふふ……」と笑っていた。
*
(うわっ! あいつらだっ!)
休日のショッピングモール。みんなが集まる場所。
知り合いとバッタリ出会うことも、当然ある。
「稚愛ちゃん、こっち!」
「えっ……?」
『稚愛』は『継人』の手を引き、予定にない曲がり角を曲がった。
偶然の出会いを、ギリギリで回避。
「ふぅ……。あいつら、通り過ぎたか」
「どうしたの?」
「俺の友達がいたんだよ。えーっと、同じクラスの男子たちで……稚愛ちゃんも、話したりしてるはずだ」
「ん……? あっ……うん、知ってる」
ようするに、継人が男子だったころの、クラスメートのことだ。
仲は悪くなく、遊ぶことも多いが……今はやつらと出会うわけにはいかない。もし見つかったら、「おい見ろよ! 継人が知らない女子を連れて歩いてるぞー!」なんて、面倒くさいことになるに決まってる。
「厄介だな……。もう少し、買い物とかしたかったのに」
自由に歩けない。見つからないように、周囲を警戒しないといけない。
それならいっそ、このショッピングモールから離れるという決断も……。
「あの、えっと……」
「うん? 稚愛ちゃん?」
「ご、ごめんね……?」
「えっ?」
「わたしと、一緒で、ごめんね……?」
申し訳なさそうな顔を見せられて、『稚愛』は、ハッと気づいた。
「……!」
俺は何をしているんだろう、と。
どうして、稚愛ちゃんにそんな顔をさせて、謝らせているんだろう、と。
何が恥ずかしくて、コソコソと隠れたりしてるんだろう、と。
「違う……」
彼女と入れ替わったのは、なんのためか。
「稚愛ちゃん、ごめん……!」
「え……?」
「間違ってるのは、俺だ。君がおかしいんじゃない。どう考えても、おかしいのは俺の方だ」
「……」
「ゆ、許してくれるなら……! 一つだけ、俺のお願いを聞いてほしい」
「お願い……?」
「うん……! 協力してくれ……!」
*
「ゲームセンターとかどうよ。2階にあるぞ」「行かねー。あんまり金使いたくないし」「もう帰るか?」「どうしよっかなぁ」
男子中学生の4人組。見るからにヒマそうな連中。横に広がって歩いてる。
(……よし。行くぞ)
ゴクリと唾を飲み、『稚愛』は覚悟を決めた。
今から、あいつらとすれ違う。別に出会って話をするわけではなく、ただ、自然にすれ違うだけ。
「ん? あれ……継人じゃね?」
『稚愛』と『継人』が、一歩二歩と進みだしたところで、向こうの一人がこちらに気づいた。しかしこちら側は、わざと向こうと目を合わせなかった。
作戦開始。『稚愛』はスゥッと息を吸い、第一声を発した。
「ねぇねぇ! アイス、美味しかったねっ!」
隣を歩く男の腕を、巻き込むように抱き、明るい声で話しかける。
続いて、『継人』からのレスポンスを待つ。
「そうだ……な。美味しかった」
ちゃんと、ノッてきてくれた。身体も少し、こちらに寄せてくれている。
滑り出しは快調。あとは、流れに乗る。
「えへへ~。次は、どこ行く?」
「え、えっと……。本屋さん、とか?」
「本屋さん、行きたいっ! つーくんは、どんな本を見るの!?」
「絵本とか……かな」
「あははっ! つーくん、おもしろーいっ! ほんとは、マンガとかだよねー?」
「あ……うん。マンガだね」
すれ違っ……た。
「え? 今のって、継人だよな?」「おお、多分……そうだ」「隣にいた女子、誰だよ」「さぁ……。親戚?」
男子4人組は、スッと通り過ぎた『継人』の背中を見て、呆気に取られていた。
仲睦まじい男女二人に絡もうとするやつは、一人もいない。
「楽しいね。つーくんっ……!」
「楽しいね。稚愛ちゃん」
ようするに、堂々としてればいいのだ。一緒にいて楽しいのは事実で、充実もしているのだから。何も、隠すようなことはない。
「えへへっ」
『稚愛』が、楽しそうな稚愛を演じて、『継人』が、楽しそうな継人を演じる。そうして、二人だけの世界に入ってしまえば、他所から声はかけられないだろうと、この作戦を実行した。
『稚愛』は女子っぽく、笑顔で、明るく。演技としては、少し過剰な、ぶりっ子ではあるが……。
「……ふぅ。もう大丈夫、かな」
「うん。もう行ったね」
作戦は無事に成功。あいつらはもう見えない。これで終わり。
しかし……やめられなかった。
「はぁっ……はぁっ……」
「つーくん。顔、赤い」
「え……? そ、そうか……? なんで、だろ……」
「うぅ~ん?」
恥ずかしいからだ、と最初は思った。
しかし、それは違うようで……演技が終わった今も、ドキドキが消えない。
(なんだ、何かが……変だ。心が、おかしい……)
決定的におかしいのは、隣にいる男の腕を抱いたまま、離せなかったことだ。演技のつもりで寄せた身体を、今もまだ引き離せない。
(気持ちいいんだ……。これが)
湧き上がる自分の欲求に、従う。
「はぁ……はぁ……。ち、稚愛……ちゃん……?」
「ん?」
「もう少し、続けよう。今の……この、まま……」
「うん。いいよ」
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福祉介護体験学習レポート
主体験者 伊佐川継人
共同体験者 春崎稚愛
6日目 愛証記念病院地下2階 和室
◆今日の出来事
今日は休日だったので、二人で近所のショッピングモールへ買い物に出かけた。買ったものは、洋服や食料品、日用品など。大きなトラブルはなく、夕方には病院へ帰ってくることができた。
帰宅後、夕飯の準備をしている時に、ガチン症を起こしかけた。しかし、稚愛さんが筆者を畳に寝かせ、ほぐしマッサージをしてくれたおかげで、弛緩剤注射を打つまでには至らず、無事に収まった。
◆生活の様子や気づいたことなど
稚愛(元 継人)
・お互いに今の自分を演じるという、【なりきりごっこ】をすると、心臓がドキドキして身体が熱くなるという、初めての現象が見られた。そして、【なりきりごっこ】をやめずに続けると、どんどん感情が高まっていき、最終的にはガチン症を起こすことにも気がついた。
・【なりきりごっこ】をしている時は、とても多幸感が強まるので、ガチン症にならない程度に続けたい。
継人(元 稚愛)
・【なりきりごっこ】に、付き合ってくれた。最初は、ぎこちない演技だったが、夜になる頃にはすっかり慣れて、継人らしい演技ができるようになっていた。
・ガチン症への対処が早く、手慣れている。こちらにトラブルがあっても、すぐに気づいて何とかしてくれるので、一緒にいて安心感がある。




