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結衣4

 薄い空色に白い雲が描かれた壁紙のおかげで、そこだけ見れば子供らしい結衣の部屋だが、天井は石膏ボードむき出しで事務所のようだ。天井にもなにか貼って可愛いくしたいな。逆に壁紙はもう子供っぽすぎるな。ベッドに仰向けに寝転がり、天井を見つめながらそんなことを考える。それが現実逃避だということくらい、結衣にも分かる。


 スマホを握りしめたまま胸の上に載せた左手が、呼吸に合わせて軽く上下している。結衣はもう一〇分以上この状態でいた。


 結衣は左手を胸の上から持ち上げてスマホを顔の前に掲げた。スマホの画面はとっくにスリープモードに切り替わって真っ暗だ。少し躊躇してから結衣は電源スイッチに触れて、スリープモードを解除した。

 画面に表示されたのは、全面黒いウィンドウの真ん中に、メールアドレスとパスワードの入力欄が上下に並んでいるだけのログイン画面だ。

 しばらくその画面を見つめていた結衣だったが、結局何も入力せずにまた左手を胸の上に下ろした。


 なんであんな写真を撮っちゃったんだろう? 皆からは『GOOD』をもらったけど、やっぱりあんなことするんじゃなかった。あの写真が悪用でもされたら取り返しのつかないことになるかもしれない。

 結衣はこの一時間の間、ログイン画面を表示させては胸の上に伏せる、ということを何度も繰り返していた。もうこれ以上先に行ってはいけないという気持ちと、皆に置いていかれたくないという気持ちの間で揺れ動いているのだ。


 今日はもっと酷い指令が来るに違いない。そう思うと、もうモビー・ディック・チャレンジにログインする気になれない。昨日の指令で最後にしよう。アカウントも削除しよう。


 他の皆はどうするのかな。アタシと同じように後悔してる子もいるはずだよね。


 やっぱりログインだけはしてみようかな。今日はログインするけど指令は実行しない。他にもチャレンジから抜ける子がいるのを確認してからアタシもやめよう。だってもしアタシ以外誰もやめなかったら仲間外れになっちゃうから。あの四人があからさまにいじめてくるってことはないと思うけど、やっぱり皆怒るよね。それは嫌だ。


 結衣はまた左手に持ったスマホを顔の前に掲げ、スリープモードを解除してメールアドレスとパスワードを入力した。


ーー首を吊れ。


 それが今日の指令だった。指令の下には注釈が付いていた。


ーー下にある図のとおりに輪を作れば、首を吊っても締まることなく徐々に緩んでいく。五秒もしたら床に落ちるから死ぬことはない。その間の様子を動画にしろ。


 結衣が呆気にとられているとアップロード通知が来た。琴音だ。結衣は動画を再生してみた。


 琴音の部屋が写っている。壁に作り付けのクローゼットの前に椅子が置かれ、琴音がその上に立っている。クローゼットは上下二段になっていて、上段は天井に届く高さだ。その上段の扉の取手にロープが結び付けられていて、琴音の前にぶら下がっている。ロープの下端には輪が作られている。サイトの説明にあった輪だろう。


 琴音がゆっくり自分の首を輪の中に入れる。そして椅子から飛び降りた。


 ロープで首を吊られた琴音はてるてる坊主のようだ。よく見ると琴音の頭がゆっくり下がっていくのが分かる。そしてサイトの説明のとおり五秒ほどで輪がほどけて琴音が床に落ち、画面から消えた。画面の外で琴音が笑う声が聞こえたところで動画は終わった。


 続いて葵、柚希、莉緒からもアップロード通知が来た。どの動画も琴音のと同じようなものだった。


 それからすぐに四人から同じ内容のメッセージが届いた。


ーー結衣も早く!


 結衣は納戸から手頃なロープを見繕って持ってきた。結衣の部屋にも二段になったクローゼットがある。椅子の上に立ってロープを取手に結びつける。下端にはサイトの説明のとおりに輪を作った。


 机の上のペン立てにスマホを立てかけ、ロープと椅子が映るように調整して録画ボタンをタップする。


        * * *


 録画が開始された画面の右端から結衣が現れて椅子の上に立ち、首を輪の中に入れた。三つ数えて結衣が椅子から飛び降りた。


 サイトの説明通りに作った輪が結衣の首を締め上げる。結衣はロープにぶら下がったまましばらく身体をくねらせていたが、やがてだらりと下がった状態で痙攣し始め、その痙攣が収まると動かなくなった。


 動画の録画容量が限度になってカメラアプリが停止した。それに伴い画面上で振り子のように揺れていた結衣も静止する。

 てるてる坊主のような結衣の画像に被さるようにポップアップウィンドウが出てきて、メッセージが表示された。


ーーお楽しみいただけましたでしょうか。よろしかったら高評価をお願いします。

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