六話『毒』
王都へ着いたシューティリーとフワは、まずこの街についての情報を得るためギルドへ来ていた。
「すみません。この街について知りたくて来ました。」
「あら!いらっしゃいませ〜!案内の受付はあちらになります!」
「ありがとうございます。」
シューティリーは礼をすると、フワの手を引いて案内受付まで行った。
「すみません、この街について…」
「いい、い、いらっしゃいませ!!」
両目を瞑りながら、大きな声でそう言ってくれたのは、ルデオンと同じか少し下くらいの青年だった。
青年は小刻みに震えながら、シューティリーを見た。
「あ、あの…!ここ、今回は、どういったごよようでしょうかぁ…!」
どうやらフワと同じように、人見知りを発揮する人のようだった。
シューティリーは彼が落ち着くのを待った。
青年は薄目を開き、小さく「あれ…?」と呟いた。
シューティリーは彼と目が合うと、ニッコリと微笑んだ。
「あ、えと、ご要件は?」
どうやら落ち着いたようで、青年は髪をいじりながら尋ねた。
「この街について知りたいんです。もしよかったら教えて下さい。」
要件を簡潔に伝えたシューティリーは、金貨を取り出した。
「これで足りますか?」
「あっと…!それはもちろん!なんなら案内しますよ!」
青年は立ち上がり、上司に許可を取りに行った。
カウンターの前で待たされるシューティリーとフワは、ギルド内を改めて見回し、自身の国との差を感じて少し悲しくなった。
気持ちが沈んだところに、先ほどの青年が駆け寄ってきた。
「案内の許可をいただきました!さぁ、善は急げです!行きましょう!」
なぜか元気な青年を見て、二人は元気をもらった。
そして、王都を青年、クロードに案内してもらい、あっという間に時間が過ぎた。
「クロードさん、今日はありがとうございました。
おかげで明日からは、なんとか過ごしていける気がします。」
「それはよかったです。ここの王都は、バルサ・バング様が王の座についてからよりいっそう良い街になりましたから。」
バルサ・バング。ここバルサ王国の現国王である。
彼が国王になったのは、約七年前だ。
先代国王は、これまでの伝統や制度を見直し、転換期を与えた偉大な国王を父に持ち。
父であった先代の後を継いだバングは、父がなし得なかった事を変わりにやっているらしい。
「ダング様も無念な日を迎えてしまわれましたが、バング様のおかげで、何の心配無く逝けたと思います。」
今日一日案内してもらって、二人のことを慕う住人が非常に多いことがわかった。
「みんな、お二人のことが好きなんですね。」
「えぇそりゃもう!…なんせ、先々代は暴君でしたから…。
先代がいなかったらと思うと…、考えたくもないですね。はは。」
クロードは軽く笑うと、少し切ない表情を見せた。
「少し話しすぎましたね。…これからも何かわからないことがあれば、いつでもギルドに来てください。
僕は基本、毎日居ますので、気軽に話しかけてください。
それでは、良い明日が来ることを祈ってます。」
そう言うと、「宿まで送りますよ」と言われ、二人はそれに甘えることにした。
クロードにシューティリーたちは、宿の前まで送ると、なぜか礼をして帰っていった。
宿はクロードが取っておいてくれたようで、快く迎え入れてくれた。
二人は別々の部屋で、シューティリーが一番奥の部屋で、フワはその隣の部屋であった。
荷物はすでに部屋にまとめられており、すぐにでも寝ることが可能な状態だった。
「フワ、お風呂はどうする?」
「私はこのまま寝ようと思います。明日の朝にでも入ろうかなと…。」
「そっか、じゃあおやすみなさい。ゆっくり休んでね。」
「…シューティリーちゃんもね。おやすみなさい。」
フワはそう言うと、部屋へ入り、そのままベッドに潜り込んだ。
シューティリーは着替えを持って、宿が経営している銭湯へ向かった。
銭湯は宿の向かい側にあり、歩いて一、二分で着く。
「いらっしゃ〜い。」
銭湯の受付は本を読みながら出迎えた。
「子供一人ね、銀貨三枚だよ〜。」
「…すみません、ここへ来るのは初めてで、もしよろしければ簡単な説明をいただいてもいいですか?」
それを聞いた受付は本を閉じ、シューティリーをじっくりと見た。
「……キミ、そこそこ身分の高いご令嬢だね。」
「…なんのことですか?」
「私の目はごまかせないぞ〜。なんせ、ここで多くの客をみてきたからねぇ〜。」
よくわからないが変な人だ。
シューティリーは料金を払い、中へ入ろうとした。
「ちょ…、待った待った!」
しかし止められた。
シューティリーはため息をつき、理由を聞いた。
「先に、不快にさせてしまったのならごめんなさい。
でも答えだけでも聞かせくれないかな、キミはどこから来た人?」
「……アルメルクです。」
その名を聞いた途端、受付が驚いたような表情になった。
「…アルメルクか…、今、大変だよね。」
受付は同情するような声でそう言った。
「…大変?何のことですか?」
「え、知らないの?
…四日ぐらい前に、ゲルルク国がアルメルクに侵攻を始めたって皆が言ってるよ。」
その情報を今知ったシューティリーは、新聞があることを見てそれを手に取った。
それを見てシューティリーは目を疑った。
「『アルメルク国、ゲルルク国に敗北か?!』…。なにこれ…」
シューティリーはアルメルクに居る父や、城の使用人、いつも稽古をつけてくれた師匠や騎士団の皆んなのことを思い出していた。
口元を押さえ、肩を震わせる彼女を見て、受付は彼女のことを椅子に座らせて落ち着かせた。
「…ごめんなさい。もう知っているものだと思ってて…、それでも言うべきじゃなかったね。」
申し訳なさそうにそう謝罪をすると、受付の奥からミルクを取ってきた。
「これ美味しいから飲んで。落ち着けるよ!」
「…ありがとうございます。」
シューティリーはそれを受け取り、ちまちま飲み始めた。
受付は隣で様子を見ながら、正体を聞きたくてウズウズしていた。
シューティリーはそれを見て、仕方なく話し始めた。
「…私はシューティリーと言います。アルメルク国の姫です。」
「…っ!」
受付は驚いたような反応を見せ、小さな声で尋ねてきた。
「…どうしてここへ来たの…、ここまで逃げてきたわけではないなら、わざわざここまで来る必要なんて…。」
「…もっと世界を知りたかったんです。
もっといろいろなことに触れて、より良い国をつくるためにも、知識をつけたいと思ったんです。」
シューティリーは旅の目的を話し、俯いた。
「…残ってれば力になれたのに…」
悔しそうにそう言うと、持っていたミルクの瓶を強く握りしめた。
風呂に入る気分じゃなくなったシューティリーは、「ごちそうさまでした」とミルクのお礼を言うと、トボトボと宿へと帰った。
「……余計なことしちゃったな…。」
受付は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、彼女が置いていったミルクの瓶を手に取った。
「…ん?」
パラパラと、粉のようなものが地面に落ちた。
瓶を見てみるとヒビを入っていた。
「…うそ。」
落としてもヒビの入らない瓶が、握り締めただけで亀裂が入っていることに驚愕した。
「……いったい何者なんだ…?」
受付は困惑しながら、仕事に戻るのだった。
ーーー
バルサ国は良いところだった。
僕はこの二日間で集めた情報を見ながら、そう思った。
「…ユーズ、僕らの領土とここの差は、いったいどこにあると思う?」
隣で剣の手入れをしているユーリに尋ねた。
ユーズは一旦手を止めると、少し首捻った。
「…そうですね…、この街では定期的にバング様が来られているそうですからね、親しみやすさ、とかですかね。」
「親しみやすさ、か…」
「別にアル様に親しみやすさが無いわけじゃないですよ!」
ユーズは慌てたように訂正したが、僕はそれに納得していた。
以前の事件を経てから、色々と考えるようになった。
領主になるからには、僕はもっと世間を知らなければならない。
「…旅に出るのも…、良いかもな。」
「えっ…」
ユーズが素っ頓狂な声を出した。
「た、旅ですか?!」
「あぁ、僕は世間のことをよく知らないから…。
もっと知見を広げたいんだ。…僕はこれから領主になるから、より良い領地にするためにも、旅は必要なんだよ。」
「それはとても良い考えですが、あまりにも危険すぎます!
もし行かれるのでしたら、このユーズも一緒についていきますから!」
ユーズは興奮しながらそう言った。
僕は「わかってるよ」と言い、明日の会議のために寝ることにしたのだった。
ーーー
目を覚ましたフワは、顔を洗うために井戸へと向かった。
扉を開けようとしたとき、寒気を感じた。
「…うわぎ…」
フワは掛けておいた上着を取り、それを羽織った。
その時、ポケットから何かが落ちた。
それを拾い、なんだと考える。
「…あ…、アル様からの…」
完全に忘れていた。
フワはそれを持ったまま、シューティリーの部屋を訪ねた。
「シューティリーちゃん、これ、アル様から預かってたもので…す…、あれ?」
先ほどまで眠たかったことが嘘のように、眠気すべてが吹き飛んだ。
「シューティリーちゃん!?シューティリーちゃん!!」
シューティリーが部屋にいなかったのだ。
フワは全身から血の気が引き、頭が回らなくなった。
「どこ?!シューティリーちゃん!」
慌てれば慌てるほど混乱する。
そして、頭が沸騰したフワはその場で気を失うのだった。
ーーー
フワか失神したとき、シューティリーは散歩していた。
「この時間帯は誰も起きていないんですね…」
あたりを見ながら、良さげなところを探して歩いた。
小一時間歩いたシューティリーは、少し疲労を感じて噴水の縁に座った。
「「ふぅ〜…、ん?」」
たまたま声が重なったシューティリーは、声のした方に目を向ける。
「「あっ!」」
二人は互いに指を指して驚いた。
「アル様!?」
「お前!?」
「お前じゃないです。」
「え?ご、ごめん…。」
シューティリーは一度立ち上がり、アルの隣まで近寄った。
「どうしてこちらに?」
「あそこの領主がいなくなったから、新領主を決めるために王城で有力者たちを集めた会議があるんだ。
そこへ、僕も呼ばれたんだよ。
そう言うおま…、シューティリーはなんでここへ?」
「ここへ来ることを決めたのは私じゃなくて、フワたちなんです。
…私は、呑気に眠っていましたから…。」
シューティリーは少しだけ顔を伏せて答えた。
それを見たアルは、何かあったことを察した。
「…そうか。」
それだけ答え、アルは別の話題をすぐに引っ張り出した。
「ところでシューティリー。この王都へ来て、何か収穫はあったか?」
アルが話題を変えてくれたことを理解し、それに応えた。
「素晴らしいところだと思います。皆笑顔で、皆がバング様を慕っています。
どこぞの領主様とは違いますね。」
明るくそう言われたアルは、精神的に大ダメージを負った。
「そ、それは辞めてくれ…、僕に効く…。」
「…ふふ。あははっ!」
シューティリーは楽しそうに笑った。
それを見ながら、アルも釣られて笑った。
「お前、人のこと笑うのはどうかと思うぞ!」
「ごめんなさい!でも、面白くて…!ふふふっ…。」
アルはその笑顔を見ながら、少しだけ癒されていた。
ひとしきり笑い合った二人は、朝日を見ながら、しばしの沈黙を楽しんだ。
「…なぁ、今日の会議、お前も来るか?」
先に口を開いたのは、アルだった。
シューティリーはその誘いを不思議に思いながら、聞いた。
「それは、部外者も行っていいものなんですか?」
「お前は部外者じゃないよ。…あの事件のことをよく知っているのは、お前ぐらいだから。
あの時のことを国王に話したいんだ。…これ以上犠牲者を増やさないためにも、な。」
アルは真剣な表情でシューティリーに自身の考えを共有する。
シューティリーは少しだけ黙り、アルの目をしっかりと見て、応えた。
「…分かりました。私にできることなら、お手伝いします。」
「……ありがとう、シューティリー。」
「いえ、私も二度と起きて欲しくないのは同じ思いですので。」
シューティリーはそう言うと立ち上がり、アルに背を向け歩き始めた。
「それでも、ありがとう!」
アルは立ち上がり、その背中に向け言った。
それをちゃんと聞いたのかは分からないが、アルは頬をかきながら、王城へ戻るのだった。
ーーー
その後、シューティリーは失神していたフワを起こし、朝のことを話した。
フワは了承し、例の手紙を渡したが、内容は朝聞いたものと同じものだった。
シューティリーはその手紙を大事に保管し、昼になるまでの間、準備を進めた。
そして昼、シューティリーとフワは王城へ向け歩き始めた。
「シューティリーちゃん、私たちだけで入れるのかな…?」
「大丈夫だと思う。アル様のことですから、そこもちゃんと配慮していると思うよ。」
「そうだといいけどぉ…」
不安そうなフワの手を握り、安心させた。
城の前まで来ると、ユーズが門番と話しながら待っていた。
ユーズは二人に気付くと、「おーい!」と呼んだ。
二人はユーズに近づくと、挨拶を交わした。
「アル様が言っていたが、まさか来ているとはな。」
ユーズは辺りを見渡して、気になることを聞いた。
「あれ?あの女はどこだ?一緒じゃないのかよ?」
「……それは…。」
フワは言い淀んだ。それを見たシューティリーが応えた。
「メルンはもういません。ここへ来る途中に賊に襲われてしまって…。」
「あ、そうでしたか…。その、えと……。」
「気にしないでください。旅をする以上、そういう事は覚悟してましたので…。」
シューティリーは寂しそうな笑顔を見せながら、そう応えた。
ユーズは申し訳なく思ったが、時間はそんな三人を待ってはくれない。
教会の鐘が正午になったことを知らせる。
ユーズは一度咳払いをすると、二人をアルの下へと連れて行った。
アルのいる部屋の前まで来ると、ユーズがノックをして、中へ二人を案内した。
「こんにちは、アル様。」
「ん、こんにちは。お前も久しぶりだな、フワ。」
「……そ、そうですね…」
フワはシューティリーの後ろに隠れた。
困ったようにアルは苦笑し、椅子から立ち上がった。
「まずは来てくれたことに感謝を伝える。ありがとう。」
軽く頭を下げる。
「改めて説明するが、ここへ来た目的は二つある。
まず一つ。僕の父上が領主をしていたあの土地の、新たな領主の座を勝ち取るため。
二つ目は、今朝も話した通り、あの館で起きたことを二度と繰り返さないためにも、バング様にその情報を必ず共有するためだ。」
アルは机の上に置いてあったグラスを手に持ち、「しかし…」と言葉を続けた。
「ここバルサ国には僕を消したいやつが居るらしい。」
そう言い、そのグラスに鑑定魔法をかけた。
アルは同時に、視覚共有をこの場にいる三人に付与した。
「…これは…。」
「毒ですね。それもポイズンスパイダーから取れる猛毒。」
「そうだ。これが僕だけでなく、ユーズの物にも入っていたんだ。
これを入れた奴は、明らかに僕らを殺そうとしているということだな。」
アルはグラスを机に戻し、魔法も全て解いた。
「もしかしたら、領主という地位が欲しいのではなく、僕を殺すこと自体が目的の奴がいるのかもしれない。
そんな奴がいる限り僕は安心してバング様に会うことはできないと考えた。
そこでだ…、ユーズとフワでその犯人を見つけてほしい。」
「え…?」
「かしこまりました。」
フワは困惑していたが、ユーズはあらかじめ聞いていたのか、すぐに了承した。
シューティリーはフワの手を握り、「お願い。」と頼んだ。
シューティリーのお願いを断ることのできないフワは、「は、はいぃ…」と返事を返した。
「もし見つけたら、証拠を集めた後に、確保してくれ。」
「私たちはどうするのですか?」
「僕とお前は、新領主の会議に出席する。」
怪しまれないように会議にはちゃんと出席するということだろうか。
どうやらアルには何かあるようだった。
アルの指示でユーズはフワと共に、出かけていった。
城に残ったシューティリーとアルは、会議が行われる部屋へと向かった。
「…シューティリー、基本僕が貴族の相手をする。
だからお前は、毒を盛った犯人、あるいは指示役を見抜いてほしい。」
(なるほど)と思いながら、シューティリーはそれを承諾した。
部屋へ着くと、早速一人の貴族が何か話しかけてきていた。
アルはそれに対応しながら、シューティリーに離れないように手で合図する。
シューティリーはアルの側近のように立ち振舞ながら、怪しい人物を探った。
(…ヒゲメガネ。アル様の事を睨んでいる?
…その隣のガリガリの顎髭。アル様には興味がないようね。
…一つ飛んで今度は巨体のメガネ。目を瞑っていてまだ分からない。
…次は話しかけてきたムキムキの人。かなり積極的ね。アル様にも気兼ねなく話しているし、今の所は大丈夫そうね。
…最後に、目を布で隠している女性。目元が見えないから何を考えているのかイマイチ分からない。…けど、なぜだか怪しさは感じない。)
シューティリーは、この場にいる者たちを瞬時に見分けた。
ここに居る者たちで今怪しいのはヒゲメガネ。
メモ帳を懐から取り出し、適当に今感じたことを全て書き込む。
そして、シューティリーは次に、その者たちの側近や護衛に目をやる。
皆怪しい行動はしておらず、真剣に自身の職務を全うしているように見えた。
その事も満遍なくメモする。
その時、背後の扉が開かれた。
シューティリーはその人物と目を合わせる。
「…っ!」
すぐに顔を伏せ、アルの手を引いた。
アルも気づいたようで、頭を下げた。
「…皆、集まったようだな。」
それはシューティリーたちの隣を通り、一番奥の席へと向かい、椅子に腰を掛けた。
それを見た貴族たちは、皆椅子に座った。
シューティリーはアルの後ろに立ち、改めてその人物を見る。
「待たせて悪かった。私は、バルサ国王八代目、バルサ・バングという。今日はよろしく頼む。」
「よろしくお願いします。」
皆が頭を下げる。
そして、各々が自己紹介を始めるのだった。




