五話『王都へ』
光の柱が、領主の館の方で見えた。
それを遠くから見ていた領民たちは、皆ヒソヒソと話し始めた。
その中に、隻眼の女がニヤっと笑った。
「…残念だったな。…やはり貴様には無理だったのだ。」
そう言うと、女はフードを深く被ると、白亜の毛を持つ馬を引いて、その領地を出ていった。
ーーー
シューティリーは荒い息を立てながら、しゃがみ込んでいた。
「…な、ぜだ?」
血溜まりの中に倒れ込むアーサーは、シューティリーにそう問いかけた。
彼の問いに、シューティリーはそちらに目を向け、痛む身体に鞭打って立ち上がった。
「…油断したのが、貴方の敗因です。
…もしあの時、貴方がただの石ではなく、自身の力を使っていれば、私は確実に死んでいたでしょう。」
シューティリーはその石を手に取ると、アーサーに近づいた。
浅い呼吸をする彼は、シューティリーを目で追う。
「…お主の名は、何と申すのだ…?」
その質問に、少しためらいを見せたシューティリーだったが、彼のそばまで近づくと、しゃがんだ。
「私は…、シューティリーです。」
「シューティリー…。…ふっ…、何の巡り合わせなのだろうな。」
「…その反応は、貴方は本当にアーサー様なのですか?」
その質問に対し、彼は軽く微笑みかけた。
「さぁな…、余も、余自身をよくは把握しておらぬのだ…。」
片手を、天に伸ばしながら、彼は消えていく身体を確認した。
「…余は消えるのだな…。
…最後の最後まで、余は皆に迷惑をかけてしまったな…」
力無く伸ばした腕を地に落とすと、アーサーは苦しそうに咳き込んだ。
大量の血を吐き、目を閉じる。
「…あの、最後に聞かせてください。」
「なんだい…?」
シューティリーは、アーサーの手を取り尋ねた。
「貴方から、『オージュ』の力を感じました。
しかし今はそれを感じません。貴方は、いったい誰に操られていたのですか?…やはりオージュですか?」
その問いに、アーサーは軽く頷いた。
「…『オージュ』は、魔物を操れる。…余は、アンデッドだったから、奴になす術なく操られていた。」
アーサーはシューティリーの手を力強く握る。
「…シューティリーよ、『オージュ』には気をつけろ。
…今のヤツには、かつてのヤツ以上の力を持っていた。
もしあった時には、迷わず逃げることを選択しろ…」
そう伝えると、アーサーは塵となり、風に飛ばされた。
それを見届けたシューティリーは、その場で横になり、ゆっくりと目を瞑るのだった。
ーーー
シューティリーが眠って、早くも二週間が経った。
メルンとフワは、シューティリーがこのまま起きないのではないかと、最悪の想定が頭をよぎり、ここ数日ずっと頭を抱えていた。
「…私が弱いばかりに…、シューティリーを死なせてしまう?!」
そう口に出すと、メルンはすごい勢いで震えだした。
そんな彼女を見ながら、フワはシューティリーの左手を握った。
「…シューティリーちゃん…」
フワはメルンとは違い、落ち着いた様子で彼女が起きるのを待った。
そこへ、アルがやって来た。
「まだ目を覚まさないのか?」
袋をテーブルへ置くと、シューティリーの眠るベッドへ近づいた。
「…見ての通りです。シューティリーは、息はしているのですが、やはり目は開けません。」
「…そうか」
少し寂しそうにそう言うと、アルは懐から封筒を取り出した。
「これを、もし彼女が起きたら渡してほしい。」
フワはそれを受け取ると、頷いて了承した。
「…どこかへ行くのか?」
窓際の窓に座ったまま、メルンはアルに聞いた。
アルはそれに頷くと、近くにあった椅子を引き寄せ、座った。
「…実は、領主がいなくなったことで、ここの領主を決めるために、王城で有力者たちを集めた会議があるらしいんだ。
そこへ、ボクも呼ばれていてね。
少しの間、ここを離れるんだ。…その事を伝えるために、ここへ来たのだがね…」
アルはシューティリーを見ながら、ため息をついた。
「…やはり、ボクはユーズ達と行くとしよう…」
「やはり?」
「最初は、君たちも連れて行こうと思っていたんだ。
…だが、彼女がこの状態だと、あまり遠くへはいけないだろう?」
そう言うと、アルは椅子から立ち上がり、扉の方へと向かった。
扉の前で立ち止まると、振り返った。
「…直接伝えたかったが、君たちに託すよ。
この村を守ってくれて、ありがとう。」
先ほどまで浮かない顔だったが、それを伝えると、初めて笑顔を作ってみせ、扉を開け部屋を出て行った。
部屋に取り残されたメルンたちは、今後について、各々考えた。
二人は顔を見合わせると、決心したように頷いた。
そして、次の日の早朝、未だに眠るシューティリーを抱え、馬車へ優しく寝かせるように乗せる。
「おーい!」
出発の準備をしているところへ、ルデオンが走ってきた。
何やら大きな袋を抱えている彼を見つけたメルンは、馬車から降りた。
「なんの用だ、もう別れは昨日言ったはずだが。」
「そんなんじゃないさ。…ただ、シュリーとフワ、それにアンタの装備を作ったんだよ。」
ルデオンは大きな袋を馬車へ詰めながら、そう伝えた。
「私たちの装備を?」
「あぁ、あの日、シュリーとフワに出会って、俺は本気で力になりたいと思ったんだ。
…でも、俺には戦闘の経験もないし、訓練も何も受けたことがなかった。
そこで俺にできることを考えて、思いついたんだ。」
ルデオンは腰につけていた剣を取り外し、それをメルンに差し出した。
「…これは?」
「俺が、この二週間、ずっと打ち続けてた俺史上最高の品だ!
…俺はついていけないけど、こいつなら、アンタやシュリーたちの役に立つと思うんだ。」
メルンは丁重にその剣を受け取る時、鞘から抜いて、感激した。
名剣とも呼んでいいほどに磨き上げられた刀身は、周りの風景を映し出すほどの鋭さを、メルンに見せつける。
剣を鞘へ納め、メルンは腰につけていた道具鞄から、金を取り出した。
「金はいいよ、これは、この村を守ってくれたお礼とでも思っていてくれ。」
そう言われ、メルンはありがたくそれを受け取った。
「フワとシューティリーの物は、どんな物なんだ?」
「それなら、もうフワに渡しといたよ。
気になるなら、彼女たちに聞いて見てくれ。」
ルデオンは笑ってそう言うと、大きなあくびをすると、眠たそうに目をこすった。
「…まぁ、俺は寝てくるから、シュリーにはよろしく言っといてくれ。」
そう言うと、ゆらりと歩いて去っていった。
彼の背中を見ながら、メルンは心のなかで、もう一度感謝をした。
そこへ、新しい杖を持ったフワがやって来た。
「そろそろ行きましょう、今出れば、遅くても明日の朝までに王都へ着きます。」
地図を見ながらそう言うと、フワは馬車へ乗り込んだ。
メルンも馬車へ乗ると、馬の手綱を取り、馬車を走らせた。
「王都はどんな発展をしているんだろうな?」
「…そうですね、そこそこ発展してるのではないでしょうか。」
「そこそこね〜…」
メルンは自国のことを思い返しながら、少し胸を躍らせた。
シューティリーは未だに目覚めそうにない。しかし、少し安心しているような寝顔であった。
それから十三時間、休憩を挟みながらようやく、うっすらと王都らしき影が見えてきた。
「この調子なら、あと六時間ほどありゃつくかな。」
水を飲みながらメルンは言う。
フワは、眠るシューティリーに少しずつ水を飲ませ、再び横にしていた。
シューティリーの安否を確認したフワは、地図を開き、マジマジと見つめ始めた。
そんな彼女を見て心配になったメルンは、彼女から地図を取り上げると食べ物を差し出した。
「お前、今日一日何も口にしてないだろ?
…そんなんじゃ、もしもの時助からんぞ。」
「……もしもが起きないように、一番安全なルートを探すんです。」
「…安全なルートって…、道順に行きゃ一番安全で近道だろ。
何を焦ってるんだ…」
呆れたようにメルンはそう言うと、フワは俯いた。
少し言い過ぎたかもと思い、メルンはフワの頭を撫でた。
「シューティリーが心配なのは分かるよ。…でもな、私達まで動けなくなったら元も子もないだろ。
しかもお前、昨日からまともに寝てないだろ?
…後は私に任せて、お前はしっかり寝とけ。いいな?」
優しい声色でそう諭されたフワは、小さく謝ると、馬車へ戻り、シューティリーの隣で横になった。
それを見届けたメルンは、その場でもう五分ほど休憩を取ると、馬車を走らせた。
二人を起こさないように、馬車をゆらりと走らせていると、気づけば日が沈もうとしていた。
王都がハッキリと見え始め、想定より早く付きそうなことに、メルンは満足げに微笑んだ。
その気の緩みが、彼女の悪いところだった。
突然現れた盗賊に、驚いた馬たちが暴れた事により、メルンは馬車を投げ出された。
「グハッ!?」
地面に背中から落ちたメルンは、同時に頭を打ってしまい意識が飛びそうになった。
盗賊は馬車へ近づき、乗ろうとしていた。
メルンは自力で意識を取り戻すと、すぐさま剣を抜き、盗賊へ斬りかかった。
しかし、その剣は軽々と避けられてしまう。
盗賊は全部で十七人と、数が多かった。
メルンは威嚇するように、盗賊たちを睨みつけた。
「お前ら、相手はただの女だ、一気に襲うぞ!」
一人の盗賊がそう言うと、一斉にメルンへ斬りかかる。
「卑怯な奴らだ!」
そう言いながら、メルンは華麗に盗賊たちの剣を弾く。
弾かれた盗賊は、顔を見合わせると、もう一度一斉に斬りかかった。
「馬鹿にするなよ!そんなのに引っかかるわけ無いだろ!」
メルンは斬りかかった前衛を弾くと、その後ろにいた盗賊までも防ぎきった。
そして、ついにメルンが仕掛けた。
「今度はこっちの番だ!この阿呆ども!」
素早い動きで、盗賊たちを翻弄するメルンは、次から次へと盗賊を斬っていく。
一方的に殺られた盗賊たちは、その場で血を流し倒れた。
メルンは、自身についた返り血を振り払い、荒い呼吸を整えようとした。
その時、一本の矢がメルンを目掛けて飛んできた。
それに気づいた時には既に遅く、その矢はメルンの左胸を貫いていた。
「くはっ…」
その場で片膝を付き、矢の飛んできた方を見る。
「…頭を狙ったんだけどな…」
そう言いながら、弓を持った青年が木から降りてきた。
さらに、彼の背後の草むらから数十人の男たちが姿を現した。
「リューゲル、ありゃ上物だぜ!」
「殺すなよ!リューゲル!」
体の大きいスキンヘッドのデブが嬉しそうにそう言い、小さなヒゲの生えたおっさんが忠告した。
リューゲルと呼ばれた青年は、大きなため息をつくと、再び弓を構えた。
「…殺すなってのは無理です。…どうせ死体でも、貴方方はできるでしょう?」
そう言うと、矢を射った。
メルンは力が抜けた手に、無理やり力を込め、矢を叩き落とした。
そして、腰につけておいた自身の槍を、馬車に思い切り投げ刺した。
それに驚いた馬は、全速力でその場を去っていく。
その場に残ったメルンの背中に、容赦なく矢を射る盗賊は、去っていく馬車を止めようと走ったが無駄だった。
怒った盗賊は、瀕死のメルンを大人数で痛めつける。
メルンは薄れゆく意識の中、フワとシューティリーの無事だけを祈り、目を瞑った。
(二人とも、どうか、無事で居てくれ…)
そして、頭へ強い衝撃を受けたメルンは、そのまま意識を落とすのだった。
ーーー
目を覚ましたフワは、馬車が暴走していることに気付き、すぐさま馬を落ち着かせ、馬車を停めた。
メルンの姿が見えなかったフワは、辺りをくまなく探し、彼女の名前を呼んだ。
しかし、それに反応する者はどこにもおらず、嫌な予感がしたフワは、馬車を草むらに隠し、馬車の走ったあとを頼りに道を戻った。
そして、数分走って、見た光景は悲惨なものだった。
フワは口を手で押さえ、声を抑えた。
「…メルン、さんッ…!」
フワの目に映っていたのは、血塗れで動かなくなった女を、大勢の男が弄ぶ光景だった。
吐き気がフワを襲い、その場に吐瀉物を撒き散らす。
最悪の気持ちを必死に押し殺し、その場を後にする。
おぼつかない足取りで、なんとか馬車のところまでついたフワは、夜空を見つめる少女を見て、驚き、歓喜した。
それと同時に、メルンを失ったという喪失感に襲われ、その場で泣き崩れる。
夜空を眺めていた少女は、フワの元へと駆け寄り、彼女を優しく包みこんだ。
「…私が眠っている間、私を守ってくれてありがとう。」
「……しゅ、しゅーてぃりーちゃーんッ!!!」
号泣するフワは、泣きながらもこれまでのことを話し、メルンのことも話した。
シューティリーは話しを最後まで聞き、フワの事を撫で、褒めた。
「…貴女が生きているだけで、メルンは役目をちゃんと果たせたと思うよ。
だから、彼女のためにも、この旅を有意義なものにしよう?」
そう諭すと、シューティリーはさらに強く抱きしめた。
それに安心したのか、フワは眠りにつき、シューティリーは彼女を馬車へ乗せ、王都へ向け出発した。
(メルン…、すまない、私が呑気に眠ってしまったばかりに、貴女を失ってしまうなんて…、本当にすまない…。)
シューティリーは表には出さなかったが、話しを聞いてからずっと謝罪を、胸の内でし続けていた。
そしてようやく、王都の正門まで来たシューティリーは、門兵の検査を難なく通過すると、いよいよ王都内部へと入ったのだった。