三話『偽りの外面』
シューティリーたちは宿で、アルという少年と一触即発の場面に瀕したが、シューティリーの機転によりその場をやり過ごすことが出来た。そして、アルらが離れたことを確認した一行は、宿の店主を介抱し、現在の村の状況を聞いた。
シューティリーは現状を打破すべく、その日のうちに色々と策を練ることにしたのだった。
「父上、昨晩父上の陰口を叩く輩がおりましたので、罰を与えておきました。」
「そうか、よくやったな。息子よ。」
「…それと父上、ある旅人から、この村は税が高いと申しておりました。その点についてなのですが…」
「その者はきちんと処分したか?」
「…は?」
「…まさか、その旅人はまだ生きておるのか?」
「……いえ、きちんと処分しました…」
「左様か、ではもう報告は良いぞ、勉強でもしておけ。」
「…畏まりました。それでは、失礼致します。」
アルは領主のいる部屋を出ると、拳を力強く握りしめた。
ーーー
シューティリーは早朝から散歩に出かけていた。
村の者たちは、すでに起き畑や田の手入れを行っていた。
「おはようございます!こちらは何をされているのですか?」
「おぉ、おはようお嬢ちゃん。これはね、魔物たちが荒らしていないかを見ているんだよ。」
そう言うと、おじいさんはタオルで汗を拭くと、シューティリーを見た。
「お嬢ちゃん。これから散歩かい?だったら良いところがあるよ。」
「本当ですか!どこへ行けばいいのです?」
おじいさんが丁寧にルートを伝えると、シューティリーは笑顔でお礼を言うと、言われた通り山道を歩いて行った。
山道はきちんと整備されており、とても歩きやすくできていた。
山道を抜けると、開けた草原に出た。
「わぁ…すごい…!」
感動したシューティリーは、その草原を駆け出した。
心地の良い風がシューティリーを撫でるように吹き、その風に逆らうように走った。
走り疲れたシューティリーは、草原のベッドに寝転んだ。
「…この村は、本当に色々とあるなぁ〜」
サァーと草木が揺れ、心地の良い音色を奏でている。
まるで、自然がシューティリーを歓迎しているかのようにも感じた。
しばしの間、シューティリーは目を閉じていた。
しかし、そんなシューティリーに話しかける者がいた。
「…まさか、昨晩来たばかりの奴が、ここにまで来るとは思わなかったよ。」
そう怪訝そうに言うと、アルはシューティリーの隣に座り込んだ。
シューティリーは目を閉じたまま、口を開こうとしない。
無視されたようで気分を悪くしたアルは、文句を言おうとした。
「…しー…」
「ッ…」
しかし、それをシューティリーに止められた。
「アル様も寝転んでみてください。ここは本当に、心地よいですよ。」
言われるがまま、アルはその場で寝転んだ。
意外にも悪くなかったアルは、シューティリーと同じように目を閉じ風と、自然の音色に耳を傾けた。
「…まぁ、悪くないな。」
「ええ、自然というのは私たちの宝物ですから。」
「宝物?」
「そうです。自然は、私たちが絶対に守りきらなければならない宝物なんですよ」
あまりピンと来なかったアルは、疑問に思っていたことを聞いた。
「お前は、何者なんだ?ただの旅人じゃないだろ?」
その問いに、シューティリーは無言を返した。
「…あっそ、黙秘ってことか。」
アルは聞くのを諦め、上体を起こした。
「アル様は、この村はお好きですか?」
起き上がったシューティリーに、突然そう聞かれたアルは、少し考え込むと、口を開いた。
「わからんな、ボクは父上の言う通りに行動しているから、この村に何ら思い入れはないし…」
そう言った後、アルは少し寂しそうに背中を丸めた。
シューティリーはそれを見て、アルが中途半端な位置にいることが分かった。
そこで、シューティリーは草原の中から、花を見つけ出し、それで花冠を作ってあげた。
「アル様、頭をお貸しください。」
「は?嫌だよ…」
「いいから、アル様。」
「む、むぅ…」
アルは近づいてくるシューティリーに、自身の頭を差し出した。
そして、アルの頭に作った花冠を乗せてあげたシューティリーは、笑顔で「お似合いですよ」と言った。
アルは手鏡を、アイテム収納袋から取り出すと、確認した。
「…似合わないな。ボクにはもったいない…」
とそこまで言うと、自身が卑屈になっていることに気づいた。
アルは慌てて弁明しようとしたが、かえってそれがおかしかったのか、シューティリーは笑った。
恥ずかしくなったアルはそっぽ向いた。
それから、二、三十分ほどゆっくりした二人は、それぞれ帰ることにした。
アルはシューティリーより先に草原から、村まで戻ると、久しぶりにこんなにも清々しい気持ちになっていた。
アルが居なくなってから、シューティリーは少し時間を置いて、村の宿に戻ることにした。
宿へ戻ると、今起きたであろうフワの姿があった。
「おはよう、フワ。」
「はぅ?!お、おはようございます!」
フワはボサボサになった髪を、手で押さえながら、手洗い場へ走って行った。
すでに起きていたメルンは本を片手に持ちながら、シューティリーを一瞥し、挨拶をした。
「おはようメルン。その本は面白い?」
そう聞くと、メルンは栞を挟み本を閉じた。
シューティリーに近づくと、耳打ちした。
「先ほど、村に盗賊のような者達がやってきました。
その者たちは、村の住人から金銭を徴収すると、そのままどこかへ去っていきました。」
「…盗賊が?」
シューティリーは頭をかしげると、盗賊たちの向かった方向をメルンに訪ねた。
メルン曰く、盗賊たちの去っていった方は、領主の館がある方向だったそうだ。
シューティリーは荷物を適当にまとめると、フワを連れて村を見て回ることにした。
「良いですか、シューティリー様はフワと共に情報収集をお願いします。私は、領主のいるであろう館を見てきます。」
宿を出た後、メルンと離れた二人は、メモ帳を片手に屋台を回ることにした。
屋台には、例のブルーベリー以外にも、リンゴやオレンジなどの果物や野菜が多く売られていた。
「こんにちは、このリンゴを三つとブルーベリーをちょうだい」
「あいよ、嬢ちゃんたちは可愛いから、これはおまけね!」
そう言うと、屋台のおじいさんはオレンジを二つくれた。
「ありがとうございます!…ところでお聞きしたいのですが、こちらの領主様はどのような方なのでしょうか?」
その問いに、おじいさんは少し肩を落とすと、
「昔はもっとお優しい方だったんだがね、ここ三年、まるで人が変わったように酷い性格になっちまったんだよ。」
そこまで言うと、裏から奥様らしい女性に呼び出され、その場を離れた。
フワは先ほどの話をきっちりとメモに取っており、シューティリーは次の場所へ向かった。
「ここは…道具屋かな?」
「そ、そうだと思います。こ、ここは、この村の唯一の鍛冶屋兼道具屋だと、宿屋の店主が言ってましゅた…!」
舌を噛んだフワを横目に見ながら、店の看板に何かの印が押されていることに気づいた。
その印か何を意味するのかを考えながら、シューティリーはその店の扉を押し開けた。
「失礼しまーす!お話をお伺いしたいのですが〜…」
シーンと静まり返った店内には、仰々しい道具の数々が置かれていた。
フワはシューティリーの背後に隠れつつ、魔法を撃つため腰に着けた杖に手をかけていた。
「すみませーん!どなたかおられませんかー?」
シューティリーさらに大きな声で、確認した。
「も、もしかしたら留守なのかもですね!」
フワはすぐに出るため、シューティリーの手を取り店を出ようと急かした。
その時、奥から物音がした。シューティリーはすぐさま店の奥へと入り込んだ。フワは慌ててその後に続いて入っていった。
物音がしたところには、一人の青年が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
シューティリーは青年を仰向けにして、生きをしているか確認した。
フワも、すぐさま脈を取り、生きていることを確認した。
「う~ん…」
青年は目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。
周りを見て、シューティリーたちと目が合った。
「…ここは遊び場じゃないぞガキども…」
そんな事をいきなり言われたシューティリーは、イラッときたためその怒りを手のひらに込め、思いっきりビンタをかましてやった。
青年は驚き、ようやく意識がはっきりとしたようだった。
「うえっ?!な、なんでいきなり叩くんだよガキ!」
「ガキとは失礼だと思います!私は貴方が死んでないかを心配してあげたと言うのに!」
そこまで聞いた青年は、記憶を探るようにじっと黙りこんだ。
そして、自身が疲労で倒れたことを思い出し、自身の発言を訂正し誠心誠意謝罪した。
「でも、こんな危ないところに、子ども二人だけで来るのはどうかと思うぜ、ちゃんと大人と一緒に来ねーと、襲われちゃうぞぉ〜」
そう脅すと、フワが真に受けたようで、杖で青年に一本入れた。
再び気絶した青年が起きるのを、シューティリーたちは待つことになってしまった。
気を失った青年を一度放置し、シューティリーは地面に散らばった書類に目をつけた。
一枚一枚内容を確認していく。
「ほとんどが依頼の書類って感じね。…こっちのは少し良い紙を使っているようだけど。」
そう言いながら、その紙を手に取り内容に目を通した。
そこで、シューティリーは店の看板と同じ印が押されていることに気づいた。
「……この依頼人は…なるほど…」
そして、目を覚ました青年に、フワは謝罪をし、本来の目的を果たすため領主について聞いてみた。
「あぁ?なんで子供が奴のことなんざ気にすんだよ?」
「こっちにも訳があるんです。あまり聞かないでください。」
青年は少し訝しげにシューティリーの覗くと、「まぁいいや」と言い話し始めた。
「奴は以前までの領主様とは、根本的に違うよ。」
「根本的に違う?」
「ああ、以前の領主様は心に余裕があって、こんな俺にも気を使ってくれるような、すげーお人好しだったんだ。」
そこまで言うと、大きくため息をつき、
「でもまぁ、今の奴は冷酷無比って感じでよ。
とてもじゃないが、同一人物というには無理があるな。」
青年は確信じみた声色でそう言い切った。
シューティリーはしばし考え込むと、一つの推測が出た。
フワからメモ帳を千切ってもらい、ペンを胸元から取り出した。
「書物で読んだことがあります。おそらく、その領主様は現在何処かに囚われており、その姿を借り、人間社会に溶け込む魔物の種族が居たそうです。もしかしたら…
ただ、勘違いしないでほしいのは、これは推測であり、答えではありません。」
シューティリーの話を聞いた青年は、顎に手を当てると、軽く頷き納得した。
「そんな種族が居たんだな…驚きだ…」
シューティリーはメモ用紙に、分かりやすく図や文字で書いていた。
「も、もしその種族だとしたら、メルンさんじゃ太刀打ちできないですよ〜!」
フワは不安そうに頭を抱えると、小刻みに震えていた。
書き終えたシューティリーが、鞄から金貨を取り出すと、青年に渡した。
青年は戸惑ったが、すぐにその意味を理解した。
「お前、もし馬鹿なことを考えてんなら、やめとけ、今の奴は子供にも容赦はないぞ。」
真剣のそう言うと、その金貨をシューティリーの方へと戻した。
「やはり、この店は領主様に贔屓にされているようですね。」
やってやったと言わんばかりに、シューティリーは青年に目線を送った。
青年は目をそらすと、大きなため息をついた。
「…なんで分かったんだ?あいつらが俺の店を贔屓にしてるって。
俺は別に、お前が怪しいことをしそうだから注意しただけなんだが…」
シューティリーは後ろで隠していた、先ほどの依頼書を青年に手渡した。
「この依頼人が使っている印と、外にあった印が同じものだったので、その依頼人とは良好な関係を気づいているのだと思っただけです。」
青年はため息をつくと、その依頼書を懐にしまった。
「勝手に人の手紙を読むのは、犯罪と同類だぞ。」
そう言うと、青年は一つの剣をレジに置いた。
シューティリーとフワは、その剣が洗練された職人によって作られた物であると、素人でもすぐに気づいた。
「二ヶ月ほど前に、いきなり注文された物だ。」
青年は剣を構えると、軽く振ってみせた。
剣先が線をなぞり、まるで扇形に刃を変えたかのように、残像がスゥーっと一瞬残っていた。
「すごい…!ゆっくり振ったのに残像が見えました!」
フワは感嘆し、その剣を見つめそう呟いた。
「どういう仕組みなんですか?」
青年は目元に指をさすと、言った。
「錯覚だよ。」
「錯覚?」
青年の回答に、二人は見つめ合った。
「柄の部分を見れば分かるさ。」
青年は剣の持ち手、柄の部分をシューティリーたちに見えやすいように持ち替えた。
二人は柄に何かボタンらしき物があることに気が付いた。
「このボタンは何ですか?」
聞かれた青年は、フワにそのボタンを押させた。
すると、刃が光り始めた。
二人は驚き、仕組みを尋ねた。
「ただのライトさ、それも異世界のな。LEDって言って、普通の蛍光灯やらよりも、良いらしい。…知らんが。」
そう言うと、青年は先ほどより強く振った。
残像はさっきよりも長く、まるで目に見える斬撃のようだった。
「でもどうして鍛冶屋にこんな物を頼んだのかな?
これくらいなら、別に鍛冶屋じゃなくて、別の店でやってもらったほうが安いと思うのだけど。」
「さぁな。おそらくだが、本当に切れないと意味がなかったのかもしれないな。」
「ほ、本当に切れないと意味がない…ですか?」
「つまり、絶対的な力を村の皆に見せつける魂胆ってことね。」
青年はコクリと頷くと、木の板を奥から引っ張り出した。
そして、それに向け剣を一振りすると、その板はまるで切れていないかのように数秒耐え、そして青年が触れたとたん、その板は綺麗な断片をあらわにした。
「…こいつは、俺の他の武具と同じように、俺の家族だ。
もし、こいつで悪いことをするってんなら…さすがに許せねぇ」
その目には、決意に満ちていた。
青年はシューティリーたちに目を向け、ようやく自身の意見を話した。
「…今の領主が、以前の領主様じゃないってのが分かりゃ、俺は村の奴らにその事を伝える。
そんで、領主に化けてるクソ野郎を、村総出でぶっ潰す!
…そのためにも、情報が必要だ。お前らのしようとしてることは、なんとなく分かってるつもりだ。だから協力する。」
「…私はただ、この村の現状を打破できる何かを探っているだけです。決して、この村の事情に首を突っ込む気なんてサラサラありませんからね。勘違いはしないようにお願いします。」
シューティリーは自身の目的を話し、その上で青年は手を貸してくれることとなった。
「お前らの装備はどうする?さすがに子供用のなんて作ってないぞ」
青年はそう言い、シューティリーたちの装備を聞いた。
二人は鞄から、現在使える武具を取り出してみせた。
「…小型ナイフか、磨けば何とかなるが…
こっちのポケットナイフは、あまり使えないかもな。」
「むぅ、でもこれくらいしかない…」
「そこの紫髪の、お前が俺を叩いた杖を見せろ」
フワは言われた通りに、腰から杖を取り、青年に渡した。
青年は杖を吟味すると、軽く振ってみた。
「…なるほどな、これは良い杖だ。大切に扱えよ。」
そう言うと杖をフワに手渡した。
「そう言えば、さっき言ってたメルンってやつは、どんな装備を?」
「基本的には伸縮自在な槍ですね。」
「初めて聞いたな、伸縮自在な槍か…面白いな」
武器に話になった途端、青年は目の色を変え、表情も職人のものへと変わっていた。
「そいつは槍以外にも使えるのか?」
シューティリーは頷き、メルンが使用できる武器を教えた。
すると、青年は裏から武器を引っ張り出すと、しばしの思考の後青年は一つの刀を手にした。
「…これだな。」
そう言うと、青年はシューティリーたちに今夜領主の館に行くことを話し、夜に落ち合うことになった。
「そう言えば、お前たちの名前は何ていうんだ?」
「私はシューティリー」
「ふ、フワですぅ…!」
二人の名前を聞き、眉間にしわを寄せたが、すぐに元の表情に戻した青年は、二人を店から出した。
「そう言えば、貴方の名前は?」
そう聞くと、青年は少し顔をしかめたが、口を開いた。
「…俺は…ルデオンだ。」
そう言うとルデオンは、二人から離れ、店内へ戻って行った。
二人は少しの疑問を持ったが、とりあえず宿に戻り、夜が来るのを待ったのだった。
アルは領主様の事を慕っており、領主様の事になると、後先考えず行動してしまうことがある。
しかし、シューティリーの言葉により目を覚ましたアルは、一人で領主様の謎に近づこうとしている。