二話『愚行』
国境を越えてから、三日が経った。
「…ここまで一つも村がないって、マジぃ…?」
シューティリーは退屈していた。
馬車を走らせているにも関わらず、一向に村も見えないどころか森からも出ることができていなかった。
「おかしいですね、もう村に着いててもおかしくないのですが。」
「も、森が広い、です、から。ま、迷ったのかもしれないですぅ。」
地図を見ながらフワは頭を抱えた。
メルンは一度馬車を止めると、フワの地図を覗き込んだ。
「こんなに広いんじゃ、私たちがどこにいるかも分からないですね。」
シューティリーはボケーっと空を見あげながら、あることを口にした。
「…北に進めば森を抜けれそうだねぇ…」
その言葉を聞いたフワは、頭をかしげ、地図の持ち方を変えた。
「…あっ…」
「…フワぁ?アンタもしかして…」
フワは地図をメルンに見せ、頭を深々と下げた。
「ご、こめんにゃしゃい…!ち、地図、反対に持ってましたぁ〜…!」
ピャーと泣き始めたフワをなだめながら、メルンは再び馬車を走らせた。今度は正しい方向に。
小一時間走ったところで、ようやく森を抜けることが出来た一行は、小さな集落を見つけることが出来た。
シューティリーの提案により、その集落で今晩を明かすこととなった。
馬車を宿の隣へ止めると、メルンを先頭に、宿の中へと入った。
「いらっしゃい。…おや?珍しいお客さんだね。」
店主はそう言うと、宿泊の手続きを手早く済ませると、料金を請求した。
「……金貨五枚ですか?」
「あぁ、大人一人で金貨二枚、子供二人で銀貨十五枚、馬車を止めたから、金貨一枚だ。」
「大人で金貨二枚って、少しお高くないですか?」
納得のいかないメルンは、店主にかみつく。
フワは不安そうにメルンの服の裾を握っていた。
「…文句があるなら、領主様に言うんだな。」
店主はそう言い捨てると、タバコに火をつけようとした。
そのタバコを見たシューティリーは、カウンター越しにそれを奪った。
「あっ!?おい嬢ちゃん!それはおもちゃじゃ…!」
「…これ、普通のタバコじゃないですね。」
それを聞いた店主は、ムスッとしたことで頬杖をついた。
「そうだよ…そりゃ普通のタバコじゃねぇ。
…俺が自分で作った、タバコモドキさ。」
シューティリーはタバコモドキの匂いを嗅いだ。
「おい、そんなもん嗅ぐんじゃねぇ。汚ねぇぞ。」
「これって、ブルーベリーと、その葉を粉末状にしたものを巻いているんですか?」
そう聞きながら、シューティリーはそのタバコを返した。
店主は目を見開き驚いた。
「こんな粗悪品、よく何で作ったか分かったなぁ…」
「私、鼻がいいんですよ。それに、この集落のブルーベリーは、私の国では大人気の代物ですから。」
「嬢ちゃんの国?
ブルーベリーなんて、どこも同じようなもんだろ?」
シューティリーは首を横に振った。
「ここのブルーベリーは、他のどこよりも、バランスが良いんですよ。酸味もほどほどに、かと言って甘すぎるわけでもない。素晴らしいバランスのブルーベリーなんです。」
「はへぇ」と気の抜けた声を出した店主は、シューティリーに話した。
「実はな、このブルーベリーは、ここの奴らは嫌っているんだよ。特に、領主様はな。」
シューティリーは頷きながら、その話の続きを待った。
しかし、それは出来なくなった。
「父上がなんだって言うんだ?」
入り口から聞こえてきた声に、店主は身震いさせた。
シューティリーたちはそちらに目を向けた。
入り口に立っていたのは、少し小柄な少年だった。
少年は店主の元へと近づくと、カウンターに乗り上げた。
「父上は貴様ら愚民のために、その身を粉にして働いておられるにも関わらず。
貴様はそんな父上の、領主殿の陰口を叩くのかぁ?」
少年はそう言うと、店主の首を力任せに掴んだ。
少年は店主に、小声で何か言っていたが、シューティリーには聞こえなかった。
そして少年は話し終えた途端、店主の顔を思い切り机に叩きつけた。店主は血を吐き、その場で倒れ込む。
それを見たフワはメルンの背後で顔を埋めた。
「なんてことをするのだ!?」
メルンは思わず怒号をあげた。
少年はメルンを一瞥すると、そばにいた騎士に何か合図をした。
すると、騎士は剣を抜くと、メルンめがけ振り下ろした。
メルンはその行為にさらに怒り、騎士の鎧を拳一つで粉々にした。殴られた騎士は泡を吹きながら、その場で気を失った。
「無礼な者だ、このお方を誰と心得るか!」
怒りで震えるメルンに対し、もう一人の騎士が声を荒げた。
「このお方は、現領主様のご子息、アル・バニッシュ様だぞ!」
騎士はそう誇らしげ言うと、剣を抜こうとした。
しかしそれを、アルという少年は止めた。
「お前ら、よそ者か?通りで見たことの無い顔ぶれだと思った。」
アルは丁寧に頭を下げると、軽く謝罪を述べた。
メルンは納得いかず、再び口を開こうとしたが、シューティリーに制止された。
「アル・バニッシュ様。この度は何も知らない私めの使用人が大変なご無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした。」
城にいた時は謝ることを知らなかったはずのシューティリーが、深々と頭を下げていた。
それを見たフワも頭を下げると、メルンに目で訴えた。
しぶしぶ、メルンも頭をかしげると、シューティリーはさらに口を開いた。
「しかし、そのような罰を与える際は、もっと周りをよく見て、行うべきだと存じます。…せっかくの良い村が、貴方のような何も考えず、軽率な行動をする者のせいで、みすみす客を手放してしまう行為となってしまいます。」
そう言い切ると、シューティリーは面を上げ、アルを鋭い眼光で睨みつけた。
そのように見られるのは慣れているのか、アルは動揺しなかった。
「き、貴様!アル様になんて口の聞き方を!!」
「よせ、ユーズ!」
アルは騎士を止めた。
「…初めてだ。お前のように、ボクへ意見を申した者は他には居ないぞ。」
アルは興味を示したようで、シューティリーに近づこうとした。
しかし、その一歩目からアルは殺気を感じ取った。
その殺気は、シューティリーの背後にいる二人のどちらかから来ていると、すぐに分かった。
一歩後ろに下がり、アルは問いかけた。
「ボクは父上を信頼している。だが、この行為は軽率なのか」
そう聞かれたシューティリーは、一度深呼吸をすると、再度アルを見た。今度は、少しだけ柔らかい目つきで。
「…私の意見ではありますが、そういった行為は、あまりよくないことだと認知しております。」
そう答えたシューティリーは、袋から金貨を五枚取り出し、カウンターに置いた。
さらに、金貨をもう一枚取り出すと、それをアルに向け親指で飛ばしてみせた。
アルはその金貨を取ると、不思議そうにシューティリーを見た。
「もし何か引っかかることがあるなら、自分から動かないと何も始まりませんよ。バニッシュ様。」
それだけ残すと、シューティリーは二人を呼び、奥へと入っていった。
「…おかしな奴だ。」
アルは渡された金貨を見つめながら、引っかかることを思い起こしていた。
そんな時、領主の言っていた"ある作戦"の事を、思い出した。
「まさかな…父上は、そんなお方じゃない…」
金貨を握りしめ、父を疑う自分に嫌気が差したアルは、自分の行ってきた行為と、父に指示されたことを思い返しながら、帰路につくのだった。