十七話『安心を求め』
母のことは、よく知らない。
私を産んでくれ母は、もともとアルメルクの地には適応ができていなかったのか、私が二歳の時に、母の体調の悪化が確認され、故郷へと帰ってしまった。
でも、私は母の透き通った蒼い瞳、いつも毛先まで入念に手入れされた綺麗な白髪、性格はまるで父とは違う存在だったということはよく覚えている。
対比と言ってもいいくらいには正反対な二人。
母はいつも元気で、騒がしくまるで小型犬のような人。
父はいつも冷静で、びっくりするほど静かな銅像のような人。
身長は母も父も、190を超えていて、そこだけはよく似ていた。
母は、父のことを本当に愛していて、父もまた、そんな母のことを愛していた。まさに、理想的な夫婦というやつだ。
そんな二人だったから、同じ道を歩めないと知ったときの母の悲しく、辛そうな泣き声は、今でも私の胸のうちに残っている。
いつも強がっていた母は、あの時だけ、私と父に弱い部分をさらけ出してくれた。
「ずっと一緒に居てあげれなくて、本当にごめんなさい、シューティリー…!!」
母は私のことをしっかり抱きしめると、何度も、何度も「ごめんなさい」と繰り返した。
そして別れ際、母は悔しそうに微笑むと、その姿が最後になった。
…私は、母のことを恨んでなどいない。
ただ、一緒にいれなくなったことに、少しだけ、悲しく思っただけ…。
私は、いつか一緒に住めることを夢見て…。
ーーー
「大丈夫、もう一人にはしないからね。」
シューティリーは、今にも泣き出しそうなリューを抱きしめて、落ち着かせた。
「…あり、がと…。」
落ち着いた様子のリューが、恥ずかしそうに感謝を伝える。
シューはそんなリューを優しく撫でながら、次の行動を考え始めた。
「リュー、これからヒメルカさんとリザリーさんを探すために、もっとこの川を下ろうと思うんです。一緒に来ますか?」
「行く!」
即答したリューは、シューの腕にしがみついた。
「そうですね。
一人で行動するより、一緒にいたほうが安心ですね。」
優しく微笑むシューを見ながら、リューは心の底から安心感を覚えた。
リューを連れたシューは、再び川を下り、離れ離れになった仲間を探すことにした。
二時間ほど歩いたが、結局他の者たちは見つからなかった。
「疲れましたね。リュー、貴女は大丈夫ですか?」
「大丈夫。シューこそ、ここの魔力濃度が高いけど、大丈夫?」
「そうですね。少しだけ頭痛はしますが、それ以外は異常はありませんよ。」
「…頭痛って、それ結構危ないんじゃ…?」
「大丈夫ですよ…」と、シューが言いかけたとき、突然世界が斜めになった。
一瞬理解ができなかったシューを、リューが慌てて抱きしめてくれた。
「やっぱり無理してたのか…!!」
リューに軽く怒られたことで、ようやく理解した。
「…私、倒れたんですね。」
「そうだよ…!」
また泣きそうになっているリューの頬に手を当て謝罪した。
「すみません、迷惑をかけてしまいますね。」
「そんな事はどうでもいいから!とにかく休まないと…!」
慌ただしく動き回るリューを見ながら、シューは母のことを思い出した。
(…なんだかあの人と似ていますね…)
シューは彼女を見ながら、そのままゆっくりと目を閉じた。
(…また会いたいな、お母さん。)
ー…スイリンカ
ようやくたどり着いたその都は、砂漠化の影響をもろに受けており、かつての水の都の姿は消え去っていた。
「砂漠化が進んでいるとは聞いていたけれど、まさかここまでとはね。」
ミリアは宿を探し、城下町を歩いてみた。
どこへ行っても辺りは砂漠のまま、小さな頃に見たあの美しい街は、今はどこにも無かった。
宿を見つけたミリアは、荷物を部屋に置くと、さっそく彼女を探し始めた。
「こういうときは、ギルドに限るよね。」
ミリアはギルドへ着くと、奥で話し込んでいる受付嬢たちを見つけた。
「すみませーん。」
「あっ!いらっしゃいませ!」
ミリアの声に応答した、桃色の髪で名札にタリヤと書かれた娘が、カウンターへ駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?」
何やら真剣な表情で話していた事に、ミリアは少し興味を惹かれ、タリヤに尋ねた。
「実はですね、四日ほど前に出た傭兵団が、まだ帰っていないんです。
彼らは頼もしい方々なので、そう簡単にやられるはずがないのですが…。」
「その人たちはどんな依頼を受けたんですか?」
「教会跡地の調査ですね。」
「調査に四日ですか。ちなみに、その教会はどちらに?」
タリヤは後ろにいた他の受付嬢に聞き、その場所をミリアに伝えた。
「…それほど遠くないですね。」
「そうですね。半日もあればすぐに着く場所です。」
ミリアは小さく唸ると、「わかった」と呟いた。
「この依頼、私も受けます。」
「えっ、お客様の御用は…?」
「それは後回しで大丈夫です。そんなことより、同じ職である同胞の方が心配ですから。」
そう言いながら、ミリアはコートの裏ポケットから冒険者のタグをカウンターへ出した。
「これは…。えっ!?」
「このランクなら、何ら心配はないでしょ?」
「は、はい!もちろんです!」
タリヤはすぐに受注の準備をし、ハンコを取り出した。
「で、では!旧教会跡地の調査を、ここに受諾します!」
タンッと、ハンコを押された用紙を受け取り、ミリアはウインクをして、「ありがと。」と言うのだった。
ー…???
血だらけになった地面を見つめながら、黒い影は横たわる四人の男たちを見やった。
「…愚かな者たちだ。」
男たちを嘲るように鼻で笑うと、影はそこから姿を消した。
気配が消えるのを感じ取った紫髪の男、ザックは痛む体を何とか起こした。
「…だんちょう…っ」
力尽きた弓使いを横にずらした。
「ナイツ…、起きろ。…団長も、早く逃げなきゃ…っ!」
ザックは、気を失っている二人を必死に引きずり、固く閉ざされた扉の前まで移動した。
二人を壁際に寝かせると、弓使いを一瞥した。
「……ごめん、ササ…。」
ザックは申し訳なさそうに謝ると、何とか脱出するため、登れそうな場所を探した。
壁を見渡してみると、登れそうな亀裂を発見した。
ザックは、自身の手袋がボロボロになっている事に気付き、弓使いの手袋を頂く事にした。
「…借りるぞ。呪うなら、俺を呪えよな…」
手袋をはめると、さっそく亀裂に手を差し込みながら、頂上を目指した。
「…っ!…あと、ちょっと…!!」
ザック手を伸ばしたが、そこからでは縁には届かなかった。
「クソ…!」
片手で掴んでいた壁の一部が、突然崩れた。
ザックはすぐにもう片方の手を戻し、落ちないように別の亀裂を掴んだ。
「…あぁ…、吐きそう…。」
ザックは一度気持ちを落ち着かせると、目的の場所を見た。
「…ワンチャンダイブ…。…いけるか…?」
姿勢を少しだけ変えると、ザックは何度か深呼吸をして。
「…行ける…!!!」
ダンッと壁を蹴り、先ほど掴みそこねた縁に手を伸ばした。
指先は届いたが、しっかり掴むことができなかった。
「…マジかよ…」
死を悟ったザックは、悔しさから涙が出た。
しかし、掴みそこねたザックの手を、何者かが掴んでくれた。
「あっぶない…!」
その声は聞き覚えがあり、ザックにとって一番安心する声だった。
「なんて命知らずなことをするのよ、貴方は…!」
彼女はザックを引き上げると、無謀なことをしたことに対して怒った。
「…ルイス、無事だったんだ…」
しかし、怒られているザックは、安堵して軽く笑った。
「まったく、貴方は怒られているのに何で笑うんだか…。」
呆れたようにそう言いながら、ルイスは優しくザックを抱きしめ、「…無事でよかった」と伝えた。
ザックは小さく感謝を伝えると、バイツァたちがまだ生きていることをルイスに伝え、そのまま安心したように眠った。
「…よく頑張ったね。後は私たちに任せて…!」
ルイスは自身の上着を彼にかけると、先に行ったリーナの元へと向かった。




