十六話『孤独の恐怖』
「…けほっ!ゲホッゲホッ!!」
意識を取り戻したシューティリーは、辺りを見渡す。
「ここは…?」
痛む体を労りつつ、ゆっくりと歩く。
辺りにはシュー以外に誰もおらず、離れ離れになったことは明白だった。
「…最悪ですね。
装備もすべて流されてしまったようですし、丸腰の状態で一人で生き残らなければならないなんて。
気が沈みます…。イテテ…。」
シューは、一度治療のため最初にいた水辺に戻った。
空気は薄く、淀んだ雰囲気を感じる場所だったが、流れる水面はとても綺麗だった。
水を手ですくい、口をつけて害がないかを確認する。
「…うん、これなら大丈夫そう。」
安全を確認してシューは、服を脱ぎ、袖を引きちぎる。
千切った布を水に濡らし、傷口を軽く洗い流す。
腕を曲げたりしてみて、痛むところがないかを確認し終えたシューは、布をポケットに突っ込み、これからすべきことを頭で考えた。
「…まずはみんなと合流すべきですね。」
やることが定まったシューは、自身を守るために枝を手に取り、移動を開始した。
「こういうときは…。
川の流れに従って進めば、開けた場所に行けますかね…。」
シューは川を下り始めた。
しばらく歩いたところで、魔物の気配を感じ取った。
岩の陰に隠れ、魔物、魔獣を見た。
「…!」
そこにいた魔獣は、足を怪我しているようで、痛そうに引きずっていた。
シューは可哀想だと重い、その魔獣に近づいた。
「ッ!!」
魔獣はシューに気づくと、威嚇を始めた。
「大丈夫です。大丈夫ですよ、攻撃はしません。」
シューは魔獣を落ち着かせるために、持っていた枝を投げ捨て、身をかがめて近づいた。
魔獣は警戒していたが、シューを襲おうとはしなかった。
すでに触れられる距離に来たシューは、ソっと怪我をしている足に触れた。
「…大丈夫、この程度ならすぐに治りますよ。」
シューは川まで一度走り、持っていた布を濡らすと、それを持って魔獣の元へ戻った。
「これ、ないよりはマシだと思いますから…」
そう言いながら、魔獣の怪我をした部分に布を結んだ。
「もう大丈夫ですよ。」
シューは笑顔を作り、魔獣にそう言った。
魔獣は安心したような目つきでシューを見ると、体を起こした。
「お気をつけて、魔獣さん。」
その言葉に魔獣はコクンと頷いてみせると、ヨロヨロと歩き始めた。
シューは魔獣を見送ると、再び皆との合流を目指し、川を下り始めるのだった。
ー…
全身に痛みを感じ、リューはゆっくりと目を開いた。
「……どこ?」
体を労りながら起きると、リューは辺りを見渡してみると、シューが持っていた武器を見つけた。
リューはそれを拾い、腰のベルトに挟んだ。
「ヒメルカー!どこにいるー?!」
今出せるだけの声量で、リューは皆の安否を確認した。
しかし、それに応えるものは誰も居なかった。
リューは一人になったことを理解し、身体を震わせた。
「…また一人…、みんな…。」
皆の無事を祈りながら、リューは川を下り始めた。
だが、少し歩いたところで、リューの歩みは遅くなっていった。
今にも泣き出しそうなリューの足取りは鉛が付いたように遅く、孤独という寂しさと戦っていた。
「…みんな、どこぉ…?」
口を開くたびに呼吸が苦しくなってくるリューは、ついにはその場でしゃがみ込んでしまった。
胸を抑えながら、先ほど手にしたシューの武器、短刀を抱きしめた。
「…シューでもいいから…、だれか…だれか…、助けて…。」
涙が溢れそうになったその時、背後から殺意を感じ取ったリューは、瞬間的に飛んだ。
ドゴォという轟音と共に姿を現したのは、ゾンビのように腐ったイノシシだった。
イノシシはリューを見ると、口から毒を吐き出した。
それを避け、リューは短刀を引き抜きイノシシめがけて振りかざした。
「えっ…!?」
しっかりとイノシシを斬ったはずだったが、なぜか一切の傷がついていなかった。
リューは困惑し、イノシシの猛攻を避けながら、再び斬った。
しかし、先と同じように傷がつくことはなかった。
「なんで…!?」
動揺したことにより、リューは着地に失敗し、倒れてしまった。
イノシシはそれを見逃さなかった。
倒れたリューに向かって、全力で走ってきた。
鋭い牙を見たリューは、耐えていた涙を流し、覚悟を決めた。
そして、肉を突き破るような生々しい音とともに、血が宙を飛び散るのだった。
ーーー
8年前、天の国『アマノリュウ』で一人の女の子が産まれた。
ただの天龍民ではなく、天龍の姫から産まれたのだ。
その娘の瞳はスミレのように紫色をしており、その髪は赤みを帯びた白髪であった。
その娘はリューと呼ばれ、周りの者たちから可愛がられていた。
そんなある日、リューは母からその名について話してくれた。
「リュー、お前の名前はな、お前のお姉ちゃんの名を借りて付けたんだ。」
「お姉ちゃん?」
初めて知った姉という存在に、リューは気になり、問いかけた。
「そうだよ、お前ももう8歳だ。
そろそろ、真実を知るべきだと考えたんだ。」
「私のお姉ちゃんは、どこにいるの?」
「…お姉ちゃんは、私が地上にいた時に産んだんだ。
だから、この場所には連れてこれなかったの。ごめんね。」
「地上…、私も地上に行ったら、お姉ちゃんに会えるかな?」
「…会えるよ、きっとね。」
母は微笑むと、リューの頭を撫でた。
このとき、リューは母が悲しそうな表情を浮かべていることに気がついた。
なぜ母がそのような表情を浮かべたのか、リューには理解ができなかったが、その話をした次の日、その理由を彼女は知った。
それを知ったのは、二人の使用人が話していたことからだった。
「最近の王女様、ずっと地上の事を眺めていますよね。
なぜあんなに、浮かない様子なんですか?」
「…王女様は、地上に旦那様と御息女を置いてこちらへ戻ってきたのよ。」
「そうだったんですか?」
「えぇ、でも王女様が体調を崩されたから、旦那様が意を決して王女様を我らに託してくださったの。」
「じゃあ、王女様のご意思ではなかったということですか?」
「そうよ。…きっと、今でも後悔しているのだと思うわ。
本来なら、地上で旦那様とお二人の御息女と共に、穏やかに住まわれるはずだったのだから。」
「地上に適応できなかったということなんですね。
…それは、なんというか、辛いですね…。」
「えぇ…、天龍民は地上で生きていくのは難しいとは言われていたけれど…。
それでもこんな結果は、誰でも受け入れられないわよ。」
その話を聞いたリューは最初、自分の事を見てくれていないのではないかと心配になった。
しかし、母の事を見続けてきたリューにとっては、自身の事を見ていないことよりも、母が悲しんでいる事が何よりも嫌だった。
リューはその日から戦闘訓練へ積極的に参加し、そして一年後、リューは母のため地上へ降りることを決めた。
まだ八歳であるリューは、一人になることへの恐怖を抱えつつも、母が二人を地上に置いてたった一人で故郷へ帰らざるおえなかった事と比べると、リューは余裕だと言い聞かせた。
二人が無事なのかもわからない中、リューという一人の娘のために戦い続けた母。
そんな母のために、リューは単身地上へと、かつての母と同じように降りるのだった。
ーーー
「大丈夫?」
目を瞑っていたリューに対し、優しい声色でそう聞かれた。
リューはゆっくりと目を開く。
すると、目の前にいたはずのイノシシはどこに居おらず、リューの目の前に立っていたのは、綺麗な白髪に、澄んだ蒼い瞳を持つ少女。
「立てる?」
手を差し伸べてくれた。
リューはその手を取ろうとして、彼女の名前を呼んだ。
「…シュー、ティリー?」
「うん、そうだよ。」
優しく微笑む彼女の表情は間違いなく、母の面影を残すものだった。




