第三話 始動!ダブル・オットセイ化ビーム
扉のむこうからカツンカツンと、靴音が反響して聞こえてきた。音は次第に近づいてきた。
攻め込んできた冒険者たちは、こんな低レベルなダンジョンには足音を消す必要すら感じていないようだった。
僕は急いでタブレットの液晶をタップした。通販サイトのように、DPの安い順にソートし、お目当てのモンスターを探す。彼らは他のダンジョンたちからは不人気なようで、捨て値で召喚できる。
僕はお目当てのモンスターを見つけると、すべてのDPを投入して彼らを召喚した。
身体は3メートルほどの巨体。筋骨隆々、腰には短刀をさしている。そんな屈強な男女が1個分隊の規模であらわれた。
「ええーっ!こんな強そうなモンスターいたのかい?」ジョン子は言った。
「ひとりあたり1DPだ」僕は言った。
「安すぎる。しかし彼ら彼女たちの力を借りれば……」ジョン子は言った。
「ご召喚にあずかり、まっこと光栄です」
召喚されたモンスターの一人が、礼儀正しく僕とジョン子にお礼を述べた。モンスターにとってダンジョンに呼ばれることは、生業であるとともに、とても名誉なことであるそうだ。
「皆様への挨拶も終わりましたので、それでは……」
モンスターたちは、一斉に刀を抜いた。
「待ってください!僕が合図するまで我慢して。晴れ舞台を用意してありますから」僕は言った。
モンスターたちは僕の呼びかけに対して、しぶしぶ刀をおさめる。
「マスター殿、我ら久々の召喚に浮かれており、申し訳ありません。ここはけじめとして、私が切腹というかたちで責任を取ります!」リーダーらしきモンスターは言った。
「待て待て、合図があるまで切腹禁止!」
切腹禁止って人生で初めて使った。
「……こいつらは一体なんのモンスターなのさ」ジョン子は言った。
「”切腹くん”だ。タブレットの説明によると、彼らは切腹を至高の行為と考えている種族だ」
「なんだいそれは。痛いの大好きなのか?」
「鍛え抜いた身体も、切腹のときに美しく見せるためらしい……
せっかくDPを消費して召喚したのに、即消えてしまうため、ふつうは召喚する旨味はない。投げ売りになっていた」僕は言った。
切腹くんたちは、早く腹をきりたくて、うずうずしているのが僕から見てもよく分かった。
彼らは今回はどのフォームで切腹するか雑談していた。バツの字に切ろうか、それとも横一文字に切ろうか……傘でゴルフスイングの練習をするおじさんみたいに、切腹の練習をしている。ひとりは、試し切りと称して切腹してしまった。
冒険者たち、はやく階段を降りてくれ。僕はそう思った。
エルフを先頭にしてパーティーは階段を降りていく。
上機嫌に鼻歌を歌っていたボクっ娘魔術師は、曲の途中であるのに鼻歌をやめる。
「3階層に1つ、2つ、3つ……全部で10体。いや、ひとつ消えた。9体モンスターが出現した。大きさはおよそ3メートル。それなりに魔力もあるね」ボクっ娘魔術師は言った。
「私も同じく探知した」エルフは言った。
「やるじゃん。ボク様は、君はてっきりお座敷ヒーラーかと思っていたよ」ボクっ娘は言った。
「……なんとでも言え。
お嬢様、ここは引き返しましょう。さきほどのゴーレムといい、低レベルでも、その本質はダンジョンです。自らが破壊されるとなれば、己の器量を超えてでも高レベルなモンスターを召喚してきます。危険です」エルフは言った。
「なにを言っていますの!?ダンジョンを攻略する以上、最初から分かっていたことじゃありませんの。それに強化されたこのダンジョンを放置しておけば、次にやってきた初心者冒険者たちは犠牲になってしまうかもしれませんわ」お嬢様は言った。
エルフは渋い顔をした。彼はお嬢様の小さなころからの教育係として、ノブレスオブリージュを身につけた彼女を嬉しく思う。ただ、この場では、彼女に怪我をしてほしくなかった。
「まあ、いけるっしょ。ちょっと疲れるけど、範囲攻撃魔法で、殲滅すればいいんでしょ?
階段を降りる間にチャージしておくから、フロアに入った瞬間にぶっ放せば、相手は即全滅さ。ああ、ボク様ってなんて賢くて、強いんだろう。
追加料金なしで、サービスしてあげるボク様、やっさしーい」
「当然だ。相場の3倍ほど、護衛料金を払っている」エルフは言った。
エルフとしても、このダンジョンにS級魔術師の範囲攻撃に耐えられるモンスターがいるとは思えない。
範囲魔法を撃てる者は一握りしかいない。
エルフはかつて戦場で、範囲攻撃魔法により大部隊がまるまる消滅するのを見たことがある。
彼ほどの実力者の魔法ならモンスターをなぎ倒して、そのままダンジョンコアすら破壊するだろう。
それならお嬢様に危険は及ばない、とエルフは判断した。
「……それではラストフロアに参りましょう」エルフは言った。
「さすがじいや!」お嬢様は、明るい顔になって言った。
「お嬢様、私はじいではありませんっ!エルフ基準では若者です」エルフは言った。
階段を降りると扉があった。3階層に入るためにはこの扉を開く必要がある。石造りの分厚い扉であった。
ダンジョンもある種の知的生命体であると言われている。人間たちの攻略に対して無策ではない。
かつて範囲攻撃魔法によるお手軽攻略が流行した。ある日突然、一部のダンジョンに、範囲攻撃魔法対策として、魔法を反射するギミックが設置され、大きな被害を出したことがある。
もしこのダンジョンにその種の設備があり、魔法が跳ね返ってきたら、クライアントのお嬢様を怪我させてしまうかもしれない。そうなれば報酬は減額されるし、S級冒険者としての自分のプライドも傷つく。
ボクっ娘はフロア内部を確認してから範囲攻撃魔法を撃つことした。冒険者試験なら満点をもらえる回答だ。
「3、2、1で扉を開いてよ!ボク様が、最初に行く!」
エルフとお嬢様で左右の扉を開き、ボクっ娘魔術師は彼らを攻撃に巻き込まないよう前に出た。1、2階層と同じく、洞窟型のフロアだ。
すでに魔力のチャージは終わっている。あとは杖を振り下ろすだけ。
「「「!!!」」」
3人はその先に広がる光景に、動きをとめた。
なにもない洞窟には、巨大な人型モンスターが一個分隊ほどいた。彼らは行儀よく座っていた。そして3人の姿を認めると、彼ら彼女たちはにっこり笑った。
普通、モンスターというものは冒険者への攻撃本能を備えている。敵意のない目にみつめられ、ボクっ娘魔術師は杖を振り下ろす動作を忘れてしまった。
ボクっ娘魔術師も、修羅場をくぐってきた。敵意にさらされたなら勝手に身体が反応してくれる。まるで赤子のように無垢な目を向けられて、それに対して反射的に攻撃することはできない。
彼らは人間をそのまま大きくした見た目であり、防具は着用していないなかった。折り目のきっちりついた衣類を身にまとっていた。それは戦闘用というよりは、儀礼用の衣服だった。
巨人たちは上半身の服を素早く脱ぐと、剣を抜いた。そして迷いなく腹に剣をつきさした。
あたり一面は真っ赤になり、鉄の匂いが漂う。
「冒険者殿、このような場を設けていただき感謝する!!」リーダーらしき巨人は、痛みに耐えるため、グリっと突き出した目で冒険者たちを射抜きながら言った。
「「「「「「「「以下同文でござる(であります)(ですわ)(でしてよ)(ですけん)」」」」」」」」
それは全部で5秒ほどの時間だった。
我にかえったボクっ娘魔術師は、意識して腕に力を入れ、範囲攻撃魔法を発動しようと杖を振り下ろし始めた。
それは遅かった。
巨人の影から飛び出した人影。今度は人間と同じサイズだった。彼の手はライフルを握っていた。ライフルから放たれたビームは、ボクっ娘魔術師の利き腕である右腕を貫いた。高難易度の魔法は繊細だ。右腕の動きが狂ってしまった以上、暴発の可能性がある。それはクライアントを怪我させてしまうということだ。
ボクっ娘魔術師は範囲攻撃魔法の発動をキャンセルした。
ただボクっ娘も実力者。そのまま杖の先端を人影に向け、水魔法でライフルを弾き飛ばす。
「ボク様はしんがりをする。君たちは、そのまま2階層にあがれ!」ボクっ娘魔術師は言った。
「クックック……私がいることを忘れてもらっては困るなあ。サブコアを潰されたのは痛かったよぉ」
さきほどの人影とは反対側に、白衣を来た女性が現れた。彼女もライフルを持っていた。扉をくぐって階段を登ろうとするエルフたちに向かって、ライフルを撃った。
あのビームがどういった効果を持つのかは不明だが、悪い予感がする。ボクっ娘魔術師は、S級冒険者の名に賭けてクライアントの2人を守るべく、分厚い魔法障壁を展開した。物理的・魔法的な壁だ、何も通さない。
「ボク様の魔法障壁が効かない!?」
ビームはゆらめく魔法障壁を、ガラスを透過する光のように貫通した。
お嬢様とエルフの動きが良すぎたのも不幸だった。2人は一直線の階段を登っており、逃げ場はない。白衣を着た彼女の射撃の腕は下手だった。最初の数発は外れた。幸運はそこまでだった。何度もライフルから放たれたビームたちのうち数本は、2階層へ脱出しようと階段を登るエルフとお嬢様に命中する。
「ボク様をハメるとはこしゃくなあ!なめるなよぉっ、雑魚ダンジョン!それ以上は、やらせない!」
ボクっ娘魔術師は違和感を感じていた。身体のなかの魔力の流れがおかしい。魔力操作には繊細な感覚が求められる。それなのに、分厚い手袋をはめて、本をめくるような、大雑把な感覚しか伝わってこなかった。
まるで獣のように、力任せに水魔法を発動して洪水のような水を出し、白衣を着た女を吹き飛ばす。
ボクっ娘魔術師は自分の身体に違和感を感じる。腕が短くなりはじめている。なんだかそれに身体が重たい。
倦怠感に襲われ、ボクっ娘魔術師は倒れた。