第一話 僕、変なビーム買ってんじゃないよ、と叫ぶ
僕は目覚めると知らない洞窟にいた。
僕は昨日、飲み会の帰り道に白衣を着た変人に声をかけられた。彼女は、セーターとジーパンの組み合わせ、セータの上には白衣を着ていた。
博士キャラクターのコスプレ?ハロウィンに乗り遅れた人だろうか、そう思った。
彼女は何か言った。日本語でも英語でもなかった。聞いたことのない言語だった。ジェスチャーで何か僕に頼み事をしたいのだろうと思った。
僕はその時、飲みすぎていて、テンションはおかしくなっていた。
僕は頬をあげて笑い、話の中身も確かめずにサムズアップした。
映画の登場人物になったようで、気分は良かった。
次の瞬間、僕の足元に、蓋の外れたマンホールのような穴があらわれた。僕の身体はすうっと落下していった。怖いと思う前に、気持ち悪くなった。落下した刺激で、落下していく僕とは反対に、胃の食べ物たちは、胃から口まで登り始めたからだ。
そこまでは覚えている。目覚めたときには知らない場所にいた。
お酒を飲みすぎて、知らない場所で目覚める。
ドラマで観た展開なら、僕は大きなサイズのベットに寝ていて、となりにはうっとりとした表情のセクシーな美女がいるはずだ。
美女はいなかった。代わりに意識を失う前に会話した変人がいた。
「私はダンジョンコア。私の事業への参加を同意してくれてありがとう。契約にもとづき、こちらの世界へ召喚させてもらった」彼女は言った。
僕はベッドではなく、硬い地面のうえで寝ていたらしい。
肩はこっているし、腰は痛い。一晩でこのざまだ。呉王夫差は薪の上で寝た、とむかし聞いた。それはきっと嘘に違いないと思った。2日、3日で腰を悪くする。
「こちらの世界とやらに、臥薪嘗胆ということわざはあるかい?」僕は言った。
「あるよ。今はそのことわざがピッタリの状況さ」彼女は言った。
僕を見おろす態勢で、彼女―――ダンジョンコアと名乗る知的生命体―――は立っていた。
アザラシのように魅力的なかわいらしい瞳、セイウチの牙をミニマムにしたようなくちびるから少し伸びた八重歯、グレーのアシカを思わせるウルフカットの髪。
人間の見た目をしているけれど、人間ではないと直感的に思った。
そして彼女の後ろを、オコジョを巨大化した動物が走っていった。それは禍々しい見た目で1メートルくらいの長さだった。動物というより、モンスターというのがぴったりだった。
こんな生き物は地球にいると思えなかった。彼女の言う通りここは異世界なのか?と僕は思った。
「悪いけどさ、酔った勢いで返事しちゃってさ。僕は何をすべきなのかまったく把握してないんだ。
地球に戻してくれないか?」
「それは無理だ。この数十年、臥薪嘗胆して貯めたDPを使って、君を召喚したのだから。
恥ずかしいことに、私ひとりでは3階層までが限界なのさ。君のような外部の力を借りて、なんとかダブル、10階層までダンジョンを広げたい」
彼女はダンジョンを広げたい理由を説明してはくれなかった。というより、説明する必要を感じていなかった。僕が「どうして?」と言うと、「分かるでしょ?」って彼女は言った。
ほんとうに彼女はダンジョンコアなら、ダンジョンを進化させたい欲望は、食欲みたいなものだろうか。僕はそう理解しておくことにした。
「君に私のダンジョン指揮権を委譲する。10年契約だ。このダンジョンを10階層まで成長させてほしい。10階層に到達すればそれなりのDPが貯まっているはずだ。そのポイントを使って、地球へ帰還させることを約束しよう。もちろんその際には報酬もつける」
「了解……って返事するしかないんだろ。この世界で僕もツテは君しかいないし」
こうして僕はダンジョンマスターになった。
ダンジョンコアには、名前はなかった。そのため僕は彼女をジョン子と呼ぶことにした。
ジョン子のダンジョンは、オーソドックスなダンジョンから各種ギミックを取り除いたシンプルなダンジョンだった。ストレートに言うなら、なにもなかった。
1階層からラストフロアの3階層まで、がらがらの洞窟と階層を移動する階段しかない。
ダンジョンというよりは、空っぽの倉庫という雰囲気だった。
これでダンジョンを名乗るのは、肉も野菜もなくて上下のバンズだけでハンバーガーを名乗るようなものだ。
「オーソドックスな手段としては、まず1階層を充実させてから、次の階層をつくるんだけどさ。
私としては我慢できなかったんだよね。手元のDPぶち込んで、3階層までつくっちゃった。
そしたら、ギミックを設置するDPがなくなっちゃった。
それからというもの、暇で暇でたまらなかったというわけさ!」ジョン子は言った。
こいつはアホだ、僕はそう思った。
次の給料日まであと一週間で、財布には5,000円。焼き肉行くか!大丈夫だろ―――そんな感じの行動だ。
裏のありそうな知略キャラの声色としぐさをしておきながら、ここまでのダンジョン経営を聞くといきあたりばったりだ。
ダンジョンには魔力がたまる。その魔力で自然発生するモンスターを狩りに来る人間がいる。ここ数十年は、その人間たちのおかげで、わずかにDPを稼ぐ生活をしていたらしい。
「今、DPはいくらあるんだ」僕は言った。
「ふっふっふ、200ポイントあるよ。数体程度なら中堅モンスターを呼べる。平均的な冒険者を相手にして、倒せるくらいの強さだ。好きに使いたまえよ!」ジョン子は言った。
僕は「ステータスオープン」と言ってみる。空中にタブレットサイズのスクリーンが出現した。
異世界新生活応援セットの代名詞、ステータス確認は無事できた。
僕は、空中に浮かぶタブレットサイズの液晶―――ステータスボードと呼ぶことにする―――をスワイプしながらDPの使い道を考える。
冒険者を呼び寄せる財宝とトラップを用意してDPを貯めて、ちょっと強力なモンスターを呼び寄せて……僕はダンジョンの構成を、ううんと唸りながら考える。
このダンジョンで10年間生き延びないと行けないのだ。慎重に考えて……
僕は自分の世界に入って構想に集中していた。それがいけなかった。
ジョン子はステータスボードに近寄ると、ボードを動かし始めた。そして回転寿司でタッチパネルを使って注文するときの気安さで、何かをタップした。
「これは絶対につかえるよぉ、マスター!私の直感が囁いているから購入した」
ジョン子は満面の笑みで、僕に向けていった。
「160ポイント使って、『オットセイ化ビーム装置』を買ったのさ、マスター。なんと今ならライフル2本もついてくる!」
「ぬおおおおおおお!!!『オットセイ化ビーム装置』買ってんじゃねーよ!そもそもオットセイ化ビームってなんなんだああああ!!!」僕は叫んだ。
ダンジョンの魔力が具現化して、ライフルが突如、テーブルに出現した。
ジョン子はライフルを一本手にとり、新しいおもちゃを見つけたとばかりに、ギミックをイジる。
その横で、僕は椅子に座り、脱力感からずれ落ちそうになっていた。
その時、僕たちは3階層、ダンジョン最深部のダンジョンルームにいた。
僕は、身体にどこか違和感を感じる。数秒遅れて、幻覚のような痛み、どこも怪我していないのに、何か身体を斬られたような痛みが襲ってきた。
オットセイ化ビーム装置を買われたショックのせいじゃない。
ジョン子も同じ感覚を覚えたらしい。さっきまでのハイテンションはどこかへ消え、瞳を思い切り開いて、額には脂汗を流している。
「マスター、ダンジョン狩りだ……」ジョン子は言った。