〜9限〜
眠りについてから、夢を見た。
『粼ってさ。なんかいい子ぶってるよね?』
『え?それな?なんで、あんなのがウチらよりモテてるわけ?』
『うちの学校の男子、見る目ないんじゃね?』
――誰かが笑ってる。
辛い、痛い、悲しい。
誰か、助けて――
『おい。俺らが見る目ないって?』
誰だろう、この男子。
『あ、いや違うんだよ。ね?』
『そうそう!涼くんのことを言ったわけじゃないよ?』
『うちが涼くんのこと悪く言うわけないじゃん。』
涼…誰だっけ? 会ったことあるっけ?
『二度とさっきみてぇな口聞くんじゃねぇぞ?』
イジメっ子達が怯えてる…?
『大丈夫だったか?夏乃。』
さっきと違って、優しい声。
…涼くん。
目が覚めると閉まったカーテンから、陽の光が零れていた。
スマホを見ると、5時53分だった。
体からは怠さも無くなり、頭も痛くない。どうやら熱は引いてくれたようだ。
よかった。
深く息を吸い、思いっきり吐いた。少しだけホッとした。念の為、今日は学校を休むことにした。
昼間になったが家には誰もいない。お母さんは、私の友達がお見舞いに来ることを知ると、仕事を早退すると言ってくれた。それまでは、テレビを流しながらリビングで掃除機をかける事にした。
少し早めに昼ごはんを食べ、リビングのソファでテレビを見ながらのんびり過ごしていた。気付くと昼寝をしていたようで、2時間ほど経っていた。エアコンをつけていたが窓から入ってくる日差しを浴びながら寝ていたからか、Tシャツの中のタンクトップが少し汗ばんで冷たくなっていた。
そろそろ学校は6限目だろうか、と色々考えていると、14時57分頃にお母さんは帰ってきた。
「ただいま。少し遅くなっちゃったね。」
「おかえり。大丈夫だよ。」
ビニール袋を手にぶら下げながら、リビングに入ってきた。
「はい。プリンとスポーツドリンクね。」
熱は下がったのにコンビニで買ってきてくれた。少し罪悪感を覚えつつも、嬉しかった。
「今日、お友達がお見舞いに来るのよね?」
「うん。学校終わってからだから、16時過ぎかも。」
お母さんは台所でかりん糖をお皿に用意し始めた。
16時頃になると、小学生や中学生の下校中の声や笑い声が聞こえてきた。
外の声が落ち着いてきた頃にお見舞いに来た。ゆいちゃん、はなちゃん、みなとくん、あともう1人…。見覚えのある顔。
「夏乃ちゃん。来たよー。」
「ゆいちゃん、ありがとうね。」
「うん!あ、涼くんもいるよー。昔、仲良かったんでしょ?」
見覚えのある顔…。それは夢にも出てきた、涼だった。
「仲良いなんて言ってねぇよ。ただの腐れ縁。」
そっぽ向いて涼はそう言った。
「大所帯で押し寄せてごめんねー。」
申し訳なさそうに、はなちゃんが言った。その隣にいる湊くんは少し気恥しそうに、微笑んでた。
「それにしても、すごい格好だねー。」
ゆいちゃんの言葉で我に返った。目線を落として自分の服装を確認すると、パジャマのままだった。しかも、もう長年着てヨレヨレになった服をパジャマにしていたので、ものすごく恥ずかしい格好になっていた。
「あ、ごめん!着替えてくるからリビングで待っててー。」
急いで自分の部屋に着替えに行った。
(湊くんが気恥しそうにしてたのは、そういう事だったのかー。)
「ごめん。お待たせ。」
着替え終わり、リビングに行くとお母さんが既にお菓子を出して、おもてなしをしていた。
「あ、夏乃の部屋がいいよね?」
お母さんが今、気付いたようにそう言うとゆいちゃんが
「はい!リビングだとお邪魔になっちゃいますし。」
と、言った。
初めて学校で見かけた時とは別人のようだった。このゆいちゃんが本当の姿なんだと思った。
お菓子を持って私の部屋に移動した。部屋に入り、テーブルを囲うように床に座ると、ゆいちゃんが持ってた袋を渡してくれた。
「はい!これ言ってたお土産。」
「ありがとう。」
中には牛乳プリンと五ツ矢サイダーが入っていた。なんとなく、ゆいちゃんが選んだんだろうなと思った。
「だから、俺はスポドリの方が良いっつったんだよ。」
「あ、ごめんね。スポーツドリンクの方が良かった?電話で聞けばよかったー。」
「そんなことないよ!ありがとうね。」
涼とゆいちゃんのやり取りを見てると、新鮮で不思議な気分になる。
「夏乃ちゃん、ボーッとしてどうしたの?」
「あ、え?何でもないよ。」
新鮮で慣れない光景を目の当たりして、少し整理が追いつかなかった。
「あ、もしかして涼くんの事、まだ好きだったりー?」
「え?違うよ!まだって何?」
「だって小学校の頃、仲良かったじゃーん。」
しばらく氷の入ったお茶を飲みながら、お菓子をつついたりして楽しんだ。
「ゆい、よく涼を連れてこれたね。どうやって仲良くなったの?」
「え?普通に『お見舞い行こー』って誘っただけだよ?」
「涼が私以外の子に着いていくなんて、珍しいね。」
「別に…。」
涼は昔から照れたり都合の悪い事を言われると、そっぽ向いて口を尖らせる癖がある。そんな顔を急に見せられ、思わず笑ってしまった。
「笑ってんじゃねぇよ。」
「ごめん。つい。」
そんな会話をしていると皆も笑いだした。
下らない話をしているといつのまにか時間が経ち、日も落ちてきていた。
「そろそろ帰った方がいいね。」
「そうだね。外も暗くなってきたし。」
ゆいちゃんにはなちゃんが答えると、お開きにする事になった。私は、玄関まで行って四人を見送った。
それから私は、部屋を片付けていた。今は一人。さっきまで騒いでいたせいか、違和感を覚えるほど静けさが充満していた。
…片付けよう。