噂の怪その廿捌 冤罪の霊道
記憶にあるその道は、十年くらい前に閉鎖された道だった。道が開通したのは、その少し前だったと思う。
きっかけは、この辺りの不動産を所有していた大地主が老衰の末になくなったことだ。
相続の関係で親族が広いだけの土地を切り売りした事により、辺り一帯の開発ラッシュが起きる。
そこに戸建ての住宅や、中型のマンションなどが続々と建てられていったのだ。
山間近くには大手のショッピングモールが出来た。そのことも、地域の開発を後押ししていたように思う。
私がこの地に引っ越して来たのもそうした再興の時期だ。この新規に開発されて行く中では、覚えている限り最初の転居組だったはずだ。
当時、私はまだ小学生だった。大きなダンプの振動やユンボの機械音を、毎日のように学校の帰り道で感じたことを覚えている。
引っ越して来た当初は、工事作業の真っ只中の状況だったから、隙間のような空き地に気づいたのがいつだったのかまでは、はっきり覚えていない。
新しい家が建てられていく中で、どうして隙間を埋めて土地を利用しなかったのかだけ、子供ながらに少し疑問を持ったのは覚えている。
密集する住宅地の中で、車一台が通れる狭い空き地。上から見れば蛇の這うような道に見えたのではなかろうか。
私は気になって仕方なくなり、大地主と仲の良かった祖父に話しを聞くことにした。
祖父と大地主との縁と仲の良さは年老いた当時も変わらず続いていた。どこの家庭よりも早く、こちらの開発地に居を構える事になったくらいだから。
しかし、その祖父も詳しくは知らなかった。あの細長い道は、大地主からは霊道だと聞いたそうだ。
様々な霊が通り抜けるため、その霊道だけは残すように、大地主が亡くなる前に親族に伝えていた。
私が蛇に例えたのは、あながち間違いでもないらしい。昔は夕暮れ時になると、雑木林の中のその霊道にだけ、白い靄のような霧が発生したそうだ。
その霧に入り込むと、黄泉の国まで連れてかれてしまうという噂があったという。いま聞けば都市伝説のような話しだろう。
祖父が大地主から聞いたのはそれくらいで、どうしてそのような霊道がこの地にあったのかはわからないままだ。
開発がひと通り終わる頃に、新しくよその土地から移り住んで来た住人から、放置された空き地を有効活用してくれないかと、役所に嘆願があがるようになった。
せっかく新しい住宅地に移り住んで来たのに、手入れもされないまま放置された空き地は、虫も湧き出て目障りだったのだろう。
土地そのものは、大地主の親族から、すでに市に売却されていた。役所側も毎回苦情や要望を受ける手間と予算を考え、生活道路として使う事に決めた。
祖父は最後まで道路を作る事に反対していた。昔を知る人々が思い出を残したいだけだと、嘲笑されて祖父は失意のうちに他界した。
道路工事は春を過ぎた時期に行われた。日暮れの時間が伸びていたため、工事は何事もなく、道路も無事に完成した。
大通りに出るよりも、抜け道となったその道を使う方が、地元住民にとっては便利な通りになった。
私も移動時間が短縮されて便利になったと、祖父の話しを忘れて登下校に使うようになっていった。
祖父が大地主に担がれたように、私も祖父にからかわれたのかもしれない。
あれほど最後は必死だったのが引っかかるが、通学路として使うようになっても、しばらくは何事も起きなかった。
最初に犠牲者が出たのは、車同士の衝突事故だった。夕暮れ時の暗くて狭い道。
道は一方通行なのだが、新興住宅地に営業でやって来た会社員の車が、逆走して進入してしまい、対向車との正面衝突事故を起こした。不運にも、近隣の住民一人が巻き込まれ死亡した。
続いて起きたのは刃傷事件だ。これも夕暮れ時のまだ人通りの多い中で、言い争う男女。男性の浮気に女性がキレて刺したそうだ。
よくある一幕、とは言えないけれど世の中ではありふれた事件でもある。
ただ、堰を切るように夕暮れ時の時間帯に死亡事故、殺傷事件が起きたのは偶然なのだろうか。
私はその頃には高校に進学しており、部活で帰りが遅くなる日が増えていた。
通うのに便利だからと使っていた道なので、事件が起きると憂鬱になったものだ。
行政も道路の標識や表示を増やしたり、街灯を設置したりと改善してくれていた。
私は不安はあったものの、利便性を捨てられず使い続けていた。何より夕暮れ時の帰り道に、一度も霧を見た事がなかったからだ。
ひょっとして祖父に守られているのかな、と思うこともあった。
そして再び事件は起きた。その日も部活で遅くなり、帰る頃には日も暮れかけていた。
家に帰る途中、私はポケットに財布の入っていない事に気がついた。お小遣いを貰ったばかりなのに、落とすとかついてない。
学校から出る前に、部活仲間とふざけあった時に落としたのかもしれない。先生が拾ってくれていたのなら安心だけど····。
踵を返すように、私は学校へ戻る事にした。歩いて通える範囲の高校にしたのは正解だと、財布を落としたドジを忘れて自分を称賛した。
例の道は以前に比べて夕暮れ時になると街灯が点灯し、明るくなった。
相変わらず小さな事件はあるようだけれど、道が狭いせいで肩と肩がぶつかったとか、自転車が人を跳ねたとか、始めよりも事件のスケールは落ちていた――――
――――そんな不遜な気持ちを見透かしたように、私の周りに霧が発生した。
いままで一度も霧なんて発生した事がなかったのに、なんでいまさら!?
傲って高を括った罰?
それならもっと前に霧が見えていたはずなのに····。
祖父がからかい混じりに言った言葉と、最後の姿が重なり、私はパニックになり走り出してしまう。向かっては行けない方向に――――――――。
私の腕を無数の手が掴む。お化け屋敷のギミックのように、手のひらには血糊が付いている。そのおぞましい手が私の腕を掴み、強引に進ませようとする。
そっちには行きたくない。お祖父ちゃん助けて! 疑ってごめんなさい!
すでにこの世にいない人にすがった所で、助けてくれるはずはなかった。
抵抗する私を、無数の手がズルズルと引き摺ってゆく。
条件を満たしてしまった時に連れて行かれるのだぞ、と祖父は忠告してくれていた。
一番良いのは通らない事。特に裁きの始まる夕暮れ時は絶対に近づくなって、怖い顔で言っていたのを思い出す。
祖父があれほど反対したのは、霧に触れたものは連れてかれて、理不尽にも裁かれるからだ。
あの霊道は昔の御白州のような場所に繋がっているため、罪人が引き摺られて罪を告白させられたというのがわかった。
例えそれが冤罪であっても····だ。
私の財布は部活の仲間の誰かが拾ったのだ。そのまま届けてくれるか、職員室に行って預けるなりしてくれれば良かったのに、その誰かはそうしなかった。
本来なら裁かれるのは、その誰かであるはずなのに、盗まれた私が裁かれる。あり得ない、理不尽だ。
だけど、ここはそういう通り。やってもいない罪を被せられた人々が引き立てられて処罰された。
罪を認めるなら腕を、騒ぎ立てるなら首を切り落とされた。
私を掴む無数の腕は、そうした冤罪で腕を切り落とされ、罵声を浴びて恨みながら亡くなった人々の腕だった。
そして裁きの御白州にはさらに無数の首だけの人々が、呪いの言葉を吐きながら新たな罪人····私を待っていた。
その中には衝突事故で亡くなった、近所のお姉さんの首が恨みを込めて見ていた。
あの事故の時、首がなくなっていたのは車に挟まれたからではなかったのだ。
何も知らなければ、見ることのなかった霊道。私がお姉さんに話したせいだ。
お姉さんの妹は、私の部活仲間、つまりそういう因縁がいま、私を裁きの場において膝をつかせている。
腕か首か――――――――。死の間際が迫って来て、私はようやく嵌められた事に気がついた。お姉さんが、誰の冤罪を被ったのかは私も知らない。
ただ首のない遺体を見て彼女は姉の死の原因は、私にあると考えたのだ。
祖父が理不尽と言った理由が本当にわかった時に、私は両腕を失った。財布を盗まれたのは、私なのにと叫びたかったけれど、叫べば首を失っただろう。
罪を認め腕を失うだけで済んだのは、お姉さんの死は、少なくとも私のせいだと思ったからだ。
悪い人間は他にいる。罪を問われるべき人間も。でもここの霊道は、罪無き人も裁かれる。
両腕を失った私の事件のあとで、再び首のない死体となる事件が起きた。以前に事故で亡くなった女性の身内だそうだ。
立て続けに奇っ怪な事件が起きた為に、霊道のある道は閉鎖されることが決まった。
お読みいただきありがとうございます。この作品は公式企画夏のホラー2023にて投稿した短編を収録したものとなります。




