噂の怪その廿肆 あぁ、嘘だなって思った
私は幼い頃から視えていた。例えば学校から帰る道の途中に、古い一軒家がある。そこでよく見るおじいちゃんは、いつも白いランニングシャツ姿で、窓を開け放って外を見ていた。
雨の日も風の強い日も、雪がチラつく寒い日も、真夏の暑い中にいるかのように白いランニングシャツを着ていた。近所のおばさん達が、古い一軒家の前でぼやき合っていた。
「····さんが亡くなってから、枯れ葉だけじゃなく鳥が止まって糞がうちの敷地に落ちて酷いのよ」
「うちもよ。ほんとに嫌になるわね」
二人の息子さん達が、どちらも空き家の手入れをしに来ないから庭木が荒れ放題で迷惑なんだって。
白いランニングのおじいちゃんの覗く窓の下で、おばさん達は愚痴を言い合う。おじいちゃんは少し悲しそうに見えた。
私は目は合わせないように、お家への帰りを急ぐ。この時の私は幼かった。でも視えていた事が相手に知られちゃいけないのは、なんとなくわかっていた。
古い一軒家の先を少し進むと交差点がある。横断歩道を渡った先は緩い登り坂になっていて、時々自転車に乗る人が凄いスピードを出して向かってくる。
わたしのお家はその坂の先にあるので、怖いけど坂道のなるべく端っこを歩いて帰るしかなかった。
自転車に乗る人にも、視えてはいけない人が一緒に乗っている事がある。
この見てはいけない人は、いつも交差点で自転車を見ている。
交差点で事故にあった人が自分と同じ目に合わないように、乗り移って注意しようとしてる。
優しい人なのに、話しを聞いてもらえないと凄く怒って怖い。この人が交差点に見えた時に、信号が赤の時はなるべく離れて待つようにしている。
そうやって視てはいけない人を見てきたから、高校生になっても友達は少なかった。
視えることを話すと嘘つき、とか気持ち悪いといじめられる。だから視えることは黙っていた。
中学生までわりと仲の良かった友達とは、高校生になってから疎遠になった。その友達とは家が近くて、帰り道が一緒だから仲良くなったのだ。
ただその子についていたおばあちゃんは、私が視える事に気づいていた。
急に話しかけられ、びっくりした。襲われるかもしれないと思ったけれど、おばあちゃんは彼女の事を守っていただけだった。
その子のお父さんが、事業に失敗して引っ越す事になると教えてくれたのもおばあちゃんで、会えなくなるけど手紙を書いてあげてほしいと頼まれた。
そしておばあちゃんは、この子と仲良くしてくれてありがとうと言って去っていった。
お手紙は彼女の方から先に届いたので、おばあちゃんとの約束は果たせそうだ。私は今もその子には二週間ごとに手紙を書いて送っている。生活は大変そうだけど元気でやっていると聞いて安心した。
高校生になると、幽霊の話しや怖い話しはみんな理解していて、幼い頃のように気持ち悪いと言われる事はなかった。それでも視える事は秘密にしていた。
物静かな性格を好まれたのか、私は男の子二人女の子二人の同じ中学だったグループに入る事が出来た。
中でも話しが合ったように思ったのは、私と同じ視える人だった。ううん、違う、同じではない。視えるふりをして、おどけるというのか、楽しませる手段にする子で本当に視えてはいない。
完全な仲間外れは寂しいので、彼女のような存在はありがたく感じていた。
みんな帰宅部だったので帰りは一緒だ。友達と一緒に帰るのがこんなにも楽しく、頼もしいのだと初めて知った気がする。
楽しい時はそう長く続かない。ゴールデンウィークの間、私は家族旅行に行くあてもなく、新しく出来た友達と遊ぶ予定もなく静かに読書をして過ごした。
休み明けに、私が入れてもらった仲良しグループの女の子が事故で亡くなったと担任の先生から知らされる事になる。
みんなは動揺するけれど、私は教室に入った時から視えたので気がついていた。
仲良しグループのその子が、血塗れで自分の席について座っていたから。
経験上、血塗れの存在は憎悪が激しくて怨みも強い。誰が彼女を連れて来たのかは明白だ。
授業が終わり最初の休み時間に、三人が青い顔をして私に説明しに来てくれた。
ゴールデンウィークで仲の良い四人だけで出かけて申し訳なかったこと、遊びに行った行楽地で女の子たちが口論になり嫌な空気で現地解散になった後に訃報を知らされたと。
男の子達は大切な仲間を亡くして悲しんでいた。でも彼らの中のムードメーカーで事情を語ってくれた女の子の話しは、『あぁ、嘘だな』 と、すぐにわかってしまった。
だって一緒に話しを聞いている亡くなった子の怒り、そして怨みが激しくなったから。
私は悲しく嘆くふりをして、視てはいけないその子から目を離すので精一杯だ。何があったのか、正確にはわからないけれど、二人の間に何かあったのは間違いない。
亡くなった子とはあまり話した事はなかったけれど、私を気づかってくれていたのは知っていた。
手紙をやりとりしている友達の事をいつか話せたらなぁと、漠然と思っていたのに。
視えると言っていた子は、自分の背中に取り憑き怨みの形相で見る友達だった子には気づいていない。
学校が終わり、私達は帰り道を同じくする。みんな無言だ。私はこの場から離れるべきなのを知っている。
経験なんて、なくてもこれはわかる。三人の顔が青く、土気色をしていたのは死相が出ている証だからだ。
私がひと言、視えている事を告げるだけで三人は助かるかもしれない。
でも私は男の子達はともかく、嘘をついて罪を逃れようとしている子を助けたくない。
原因が薄々と亡くなった彼女の金切り声でわかったから。
ごめんね、でも嘘をついた彼女だけが悪いんじゃない。私が仲良しグループの中に入らなければ、こんな事にはならなかったはずだから。
助けるとするなら男の子達二人。私は視えている事を話さないし、助けない。そのかわりに····。
心残りがあるとするなら、新しく手紙を書いて、まだ送ってなかったことだ。
小学生の頃から通い慣れた通学路。帰り道にある古い一軒家のおじいちゃんの姿はもう消えていた。
四人で交差点までやってくると、坂の方から自転車がスマホ片手に猛スピードで走ってくる。
視ることに疲れた私は、交差点の人が自転車に憑いていたのに歩みを止めなかった。
自転車から見た信号は完全に赤だ。
交差点で、信号無視の自転車に車が気づいたものの間に合わず自転車ごと跳ね飛ばし、急ブレーキに追突した車を避けようとした対向車が、私達の方へ弾かれた。
一台の自転車による多重衝突事故で、生命を落としたのは自転車の乗り手のみ、重症者も嘘をついた女の子だった。
私はどうして助けられたのか初めはわからなかった。
でも消え去ったはずのおばあちゃんの声が聞こえて納得する。
おばあちゃんは手紙のことを感謝していて、引っ越したあの子の頼みで私の事を守ってくれていたのだ。
おばあちゃんが説得してくれたおかげで、嘘をついた子は、亡くなった子と同じ痛みを味わいながらも死なずに済んだ。
私は視えてはいけないものを見る事は出来るけれど、鏡越しでも自分の背中を見ることはなかったので気づかないだけだ。
三人の死相はなくなっていた。そして、私は視る力はなくなった。おばあちゃんか、亡くなったあの子が、私の願いを聞いて持っていってくれたのかなと思う。
見慣れた帰り道に、私は視てしまう事に怯える事はなくなり、送る手紙は二通に増えていた。
霊が見える友達の話しに乗ってあげた筆者の記憶や、交差点あるある、うしろの〇太郎的なお婆ちゃんの話しになってしまいました。
少しでも怖さで暑さが和らげばいいなと思います。
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お読みいただきありがとうございます。この作品は、公式企画2023夏のホラーにて投稿した短編となります。
真守葉摘が微笑む時シリーズにて、この物語を舞台とした作品があります。




