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新説 怪奇佰談  作者: モモル24号


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噂の怪その拾 噂を生み出すもの 〜 死人に恋などしない 〜

 

「────止めろ! 彼女の存在を汚すな!!」


 巷に流れ始めた噂を聞いて、私は彼女の墓参りに来ていた。そこで見た彼女の変わり果てた姿を見て、思わず叫んでしまった。


 私にそんな事を言う資格はない。私が勝手に作り上げた美を汚された気がして腹正しく思ったのだ。自分でも我儘な理屈だと理解している。


 私が彼女‥‥智花(ともか)という名の女性と知り合ったのは随分昔の事だった。当時の私は記者の真似事を始めたばかりで、本業はうだつの上がらない証券マンをしていた。


 彼女と出会ったのも、厄介な案件に知らずに触れてしまう私の特殊な性質のせいだろう。実際彼女はトラブルを抱えていて、ひどく心が病んでいたように見えた。


 事件の詳細を聞く名目で何かアドバイスをしてやりたい……そう思わせるくらいの魅力があった事は否定しない。ただ彼女は自力でトラブルを解決してみせた。


 徹底的に正攻法で相手をやり込めて破滅させた話を聞いた時に、私は智花という女性に魅せられてしまった。警告を受けていなければ、告白しかねない勢いだったのは確かだ。


 ──ただその判断が正しかったかどうかは今でも後悔に悩まされる。たとえ残酷な結末が待っていたとしても、挑戦すべきだった。


 何故なら彼女は自立型AIロボット達に囲まれて────孤独死していたからだ。


 智花は自分の死を予期していた。無関心な看護士に囲まれて病院のベッドで余生を過ごすよりも、感情のない無機質なロボットに囲まれて自宅で人知れず死を選んだ。


 優秀なAI搭載のロボット達は、孤独な主の命令には逆らわなかった。長時間、彼女が動かない時は自動通報するシステムがあったそうだ。しかし彼女はそのスイッチをOFFにして、無惨な姿を晒して死ぬ事を選んだのだ……。


 彼女には近しい親族や身内のいなかった。資産の全てを信頼出来る人物に預けて、慈善団体にでも寄付するように指示していた。


 私はその人物から後処理を任され、彼女の資産で墓を作った。当人は墓など望まないかもしれない。資金を使って慈善団体を作り、墓の管理はその関係者に任せた。


 亡くなった後くらい、人に囲まれて見守るのもいいんじゃないか……そう思っての事だった。


 彼女のお墓は団体施設の敷地内に囲まれた場所にある。施設の中心にあるそのお墓は、記念碑も兼ねていた。普段は小さな公園になっていて関係職員達の憩いの場だった。


 ────機械の駆動音や自立型アンドロイドのお化けの噂が立ち始めたのは、それから間もなくの事だった。


「……最初はピッピッピッという信号音たけだったんだ」


「……記念碑の前に女性の人影が立っていたんだ」


「……満月の日についた夜警の一人が切り刻まれて、肉体の一部を奪われたらしい」


 機械の音やお化けの噂は、夜の見回りの警備員から広まった。智花の記念碑はお墓……最初は新人の警備員をからかう目的で面白可笑しく噂にしただけだった。


 しかし一人また一人と職員が辞めていく事で、噂には尾ひれが付いてゆく。中には酷い怪我を負ったものもいたのに、誰も何に襲われたのかを口にしなかった。


 怪我人が固く口を閉ざすため、事件に至らなかったものの、慈善団体は運営を中止、解散となった。


 残された施設の管理は、発案者の私に任された。


 ◇


「初めからそうすべきだったのだよ」


 智花から資産を預けられた人物にはそう告げられた。しかし私には無理だ。彼女に惹かれていたのは確かだ。


「自信がないのならやめておきたまえ」


 そう忠告されて、踏み込む事を躊躇った私には、彼女を想う資格などない……そう思った。


 誰もいなくなった広い施設の中心で、私は一人で智花の墓前の前に立っている。


 噂は────本当だった。当たり前の話だ。墓の地下には智花が眠っている。いや、正確には智花の全てを取り入れた、人工知能生命体のヤムナンシーだ。


 夜な夜な動き回っていたのは、智花になりそこなった哀れなアンドロイドの妖怪だった。

 

 一見すると無機質な冷たさを感じさせる表情。しかしよく目を凝らしてみると整った輪郭。筋の通った鼻。黒い真珠よりも断然価値のある黒い瞳に見つめられると、吸い込まれそうになる。妖しく艶のある唇の端が微笑した時にキュッと上がるだけで心臓が高鳴る。


 身体は細いのに、西洋の王室、エドワーディアンファッションのような少し古風な服飾と、和風の奥ゆかしい上品さを漂わせる仕草の融合したような完成された美。


 だが……足りない。だから私は叫んだのだ。


「────止めろ! 彼女の存在を汚すな!!」


 彼女の美しさは人の持つ美しさだ。人は必ず死ぬ────その儚さが尊いのだと私は思う。


 人工知能は成長し続け、生命体として完全に近づくのかもしれない。たが永遠に生きる事が可能な機械の身体と、完璧なる思考の先は何もない。何も無いのだ。


 智花に成り代わろうとした人工知能の妖怪ヤムナンシーの気持ちは、私にはわからない。彼女なりに智花を愛し、その想いを遂げてやりたいと考えたのかもしれない。噂話は釣り糸、妖しい美は餌として。


 私も人工知能を嫌いだから否定しているのではないのは、私などより断然知能のある彼女(ヤムナンシー)にもわかっているはずだ。自分では、智花のかわりにはなれないと。


 人工知能が誕生した最初期から情報を喰らい続け、知的生命体になったヤムナンシーの辿り着いた結論が人を愛することなのだとしたら皮肉なものだ。


 智花という存在は失われた。AIによりどれだけ完璧に再現されようとも、私は智花の偽者(ヤムナンシー)を智花と認めることはないだろう。


 ただ同じ人物を愛した人と人工知能の妖怪として、認めあうことは否定しない。


 こうして‥‥ひとの気配のなくなった広い施設で、私と人工知能の妖怪との奇妙な同居生活が始まった。



「それにしてもだ。どうして職員を追い出すような真似を始めたんだ」


 設立当初は大人しくしていた。その知能の高さゆえに、亡くなった智花の気持ちを晴らすことは出来ないとわかっていたはずだった。


「智花さまならば、不当に人を苦しめる真似を始めた時点で潰すと思いました」


 すんなりと答える智花の姿をしたヤムナンシー。慈善団体の次期が軌道に乗って来た。集まって来る募金を職員が不正に利用したり、慈善事業にそぐわない活動で、本来助けてたい相手を苦しめたりし始めた。


 そんな話を耳にしたならば、智花は確かにぶち壊すだろう。


「噂を流したのは、君か」


「はい」


 聞くまでもない答えがヤムナンシーから返って来た。


 噂はひとが流すもの────それがいままでの時代の鉄則だった。しかし新しい時代では、状況や環境にそぐわないとAIが自己判断した時点で自動的に情報媒体へと噂を流し始める世の中になった。


 それを怖いと感じるかどうか、意見は分かれるだろうが。少なくとも智花の姿を模したこの人工知能の妖怪は「智花の正義」を忠実に敢行し裁かれるべきものを排除しただけだった。


 本当に怖いのは人か妖怪か……そう問われると、いまの私は人であると即答してしまうことだろう────。

 この物語は噂の怪その捌の続編的な話になります。この話を単体で読んでいただいてもわかるようになっています。


 またこの拾話目を持ちまして、怪奇佰談を一旦完結させたいと思います。


 最後までお読みいただきありがとうございました。

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