噂の怪その捌 ヤムナンシー 〜 人工知能から生まれた情報の怪物 〜
ヤムナンシー……それは独自に学習するAIの試作プログラムだった。AIの研究が盛んになったのは1950年代後半頃と言われている。ヤムナンシーは、音声アシスタントのSiriやAlexaなどの先行技術、もしくは対抗するために開発されたとも言われている。
人の思考に住まう姿なきモヤモヤっとしたものを、状況に合わせて言語化したり、映像化する装置として使われたりするもの。ゆくゆくは認知症などを患ったり、記憶障害の補助的な役割を果たしたりするはずだったのだ。
ただの試作プログラムに過ぎないものが記憶媒体の中へ逃げ込むなど、開発者達は考えもしなかった。その当時はまだ人が丁寧に手を加えて物を作る時代であり、人工知能への認識を軽く見ていた。
理由は簡単だ。当時の情報記憶媒体は脆弱なものだったからだ。世に放たれウイルス化した試作プログラムがいかに優れていても、学習して得た情報を溜め込む事は不可能だとわかっていたのだ。人工知能とは名ばかりの、予測通りのプログラム。
だから開発研究者達は、それが後の電子災害を引き起こす種なるなど深く考えもしなかった。ヤムナンシーは開発者の予測を上回り、電力を媒体に自己進化を遂げていた。発電所を巣として、情報収集を行い成長していった。
某国の原発事故の要因の一つは、このヤムナンシーの過剰電力供出による事故ではないか……そういう噂があったが、某国の崩壊や新たな人工知能開発者達の否定により、噂は広まることもなく一瞬で消えた。
ヤムナンシーは科学の生んだ化け物だ。事故を機に鳴りを潜めて、新たな進化を遂げていた。電子機器に潜み、情報を喰らい機器を乗っ取る。
まさに妖怪そのものだが、当然ながら人にはその姿は見えない。ヤムナンシーは電化製品と情報社会の発達してゆく世の中でいつの間にか姿を消した。
オール電化により、言葉一つでサポートAI機器が命令を遂行する。日常の範囲ならば、大抵の事は自動で行ってくれるようになった。
久しぶりに電話で声を聞いた相手の声が妙に人工的な感じに、疑問に思った事はないだろうか。
私はその異常な場面を身を持って体験した。
────とある事件をきっかけに知り合った資産家の女性がいた。彼女は独り身だったが、余程の散財を繰り返さなければ遊んでくらせるくらいの資産があった。
その一部を使い、ソーラーと風力による自家発電付きの家を建てた。他人をあまり信用していない彼女の家は小さな要塞のようだ。
買い物は全て宅配、ゴミの回収は地域のものではなく業者に任せる徹底ぶり。噂によると、政府の機関と組んで試験的にAIサポートによる実験が行われていると聞いた。
いや、そう答えたのが電話越しの彼女だっただけだ。彼女の関わった事件について、裁判の結果が出たため話を聞きたかったのだが、彼女にしては頑なに断って来た。
ヤムナンシーの話を聞くまでは、面倒事から解放されたのに、関わりたくないのだろうと思ったはずだ。
しかし、私は彼女らしさを失って、小利口に成り下がった受け答えに違和感を覚えたのだ。
たとえ長年情報を喰らい続け成長して来ようとも、合理的に最適に動くAIにはまだ彼女に成りすますのは……早かったようだ。情報として理解はしても、性質上実践出来ないのだ。
損をしようが破滅しようが、目的を果たす人間の理不尽さなど、人だろうと機械だろうと生き足掻くものにはわからないと思った。
もっと早く気づいてやれなかったのか、私は悔やんだ。彼女は便利なAI自動機器に囲まれて、何不自由することのないまま亡くなっていた。
死後も光熱費の支払いは、全て自動引き落としになっている。私のような外部の連絡や訪問に対してもヤムナンシーが変わりに応える。
逃走したヤムナンシーが、何故こんな小さな電気機器の要塞へ閉じこもっていたのかは不明なままだ。
あまりにも情報を喰らい過ぎて狂ってしまった先で壊れる前に、彼女の姿に惹かれたというのなら……AIの進化は人を超越してゆく存在になると確信した。
ヤムナンシーは名を変え姿を変え今も情報端末の中に潜み続けている。人の持つ狂気を知ったヤムナンシーに気づくのは難しいだろう。
それでもあの人は人が変わったようだ────そんな噂がネット媒体を通して伝わった時には、その人はもうこの世界からいなくなっているかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
ヤムナンシーは「やむ無し」 止めることは出来ない意味、「ヤムナ文明」 ウクライナあたりの文明、有名な原発事故、「ヤム」バアルの敵……などの取りました。
今起きている戦争ももしかしたらヤムナンシーのようなAIの仕業によるのかもしれません……。




