秘められた心情
秘められた心情
リュウは、自室のベランダに置かれていた椅子に座って、外を見ていた。しかし、その視線は…何も捉えていなかった。動かないリュウの髪を、風が優しく揺らしている。
ウインガル公国を攻め落とし、各施設を破壊した日から、5日が過ぎていた。爆破された施設からリュウは無事に発見された。リュウの居た部屋が地下1階であった為、発見までには2日を要した。しかし、強固な壁に囲まれた部屋にいたリュウは、意識こそなくしてはいたが、命に別状は無かった。それから2日間リュウは眠り続け、昨日意識を取り戻した。そして、もう一人リュウと一緒に発見された女性がいた。ウインガルの者なのだろうが、兵士ではなかった。服装からすると、宮殿で働いていた者ではないかとの事だった。彼女に外傷は無いのだが、意識を失っており、いまだ眠り続けていた。
ミナモは現在も意識不明の重体で、また、ミナミリア姫においては、爆破された施設からは発見されなかったとのことだった。リュウはミナモを護れなかった事を攻め続けていた。そして、ミナミリア姫を…いや、南美を助ける事が出来なかった事も…。
爆発のショックの所為なのか、リュウは消したはずの記憶が蘇っていた。
ドアがノックされた。 「リュウさま、クロガで御座います。ミナモさまが意識を取り戻されました。急いでいらして頂けますか」 その声に我に返ったリュウは立ち上がり、部屋を飛び出た。
「リュ…ウさま…ご無事だったのですね…よかった…」 ミナモが涙を流して、か細い声で言った。 「ミナモ、お前が護ってくれたおかげだ、有難う。しかし…」 ミナモの手を握るリュウの手に力が入る。 「すまない…ミナミリア姫を助ける事が出来なかった…」 リュウは涙を堪え、俯く。そして、自分を助けてくれた事も伝えた。
「そう…ですか…わたしのリュウを…護ってくれた…のですね」 ミナモの涙をリュウは拭い、そっと、くちづけをした。ミナモは痛みと苦しみを堪え、精一杯の笑顔を見せた。 「ゆっくり休んで、早く治すのだぞ。ミナモがいないと、俺の剣を受ける者がいないのだ」 リュウも、笑顔を見せた。 ミナモは、小さく頷くと、目を閉じた。
突然、インターホンのブザーが鳴った。 「先生!こちらの女性が、意識を取り戻しました。至急おいで下さい」 部屋にいたもう一人の医者が返事をして部屋を出た。クロガも、それに続いて部屋を出て、リュウに報告し、一緒に向かうことにした。
「具合は如何ですか?あなたのお名前をお聞かせ下さいませんか」 看護師の言葉に女性は辺りを見回し訊ねた。 「ここは何処ですか?ミナミリアさまは…?」 「ここは、ミレニアル王国の医療施設です。あなたのお名前をお聞かせ下さい」 「わたしは、メイヤと申します。ミナミリアさまの侍女です。ミナミリアさまはご無事ですか?」
辺りを見回すメイヤの視線が、リュウの視線と繋がる。 「龍輔さま?…」 メイヤの思いもよらない名前に、リュウは愕きメイヤに近づいた。 「そなた、なぜ、その名前を知っているのだ」 リュウは、メイヤに訊ねた。 「龍輔さまが、ミナミリアさまをウインガル公国に連れてこられ、ウインガル公国の兵士があなたを捕えました。それをミナミリアさまがお助けになられて、転送装置を使ってあなたをもう一つの世界に送ったのです。そして、ミナミリアさまも向かおうとしたのですが、大公さまに見つかってしまい、ミナミリアさまは、龍輔さまの記憶を消されてしまったのです。そして、ウインガルの転送施設が破壊される事を知り、ミナミリアさまは、破壊される前に私をもう一つの世界に送ってほしいと…ミナミリアさまは?無事なのですか?」 メイヤの問いかけにリュウが答えた。 「ミナミリア姫は、爆破された転送施設から発見されなかった。そなたは、転送装置を起動させたのか?」 メイヤはほっとした顔をして答えた。
「はい、起動させました。ミナミリアさまは無事に転送されたと思います。それと、私の独断でミナミリアさまの消された記憶は、私が元に戻しました」 その言葉を聞いたリュウは、部屋を出て、ミナモのもとへ向かった。
その頃、国王ガルドラと数人の者達で会議が行われていた。 「ウインガル公国が粛清された今、異世界を繋ぐ転送装置はもう必要ないかと思われます。今後悪事に利用されないとも限らない事を考えると、我が王国の転送施設も解体しては如何かと、クロガ司令官、そしてリュウ王子もおっしゃっております」 その言葉に国王も、「そうか、それがよいのかもしれんな、さっそく研究者たちにその事を伝え、解体を急がせよ。それと、関係データも破棄する事を忘れずにな」 「わかりました、さっそく関係者を集め取りかかります」
リュウは、静かに眠るミナモの横で手を握り、端正なその横顔を見つめていた。リュウは悩み、苦しんでいた。ミナモを大切に思う心が存在する記憶と、ミナミリア…いや南美を愛する気持ちを持つ記憶2つの記憶が葛藤していた。死んだと思っていた南美が生きているかもしれないと知って、心は乱れていた。
ミナモの手が微かに動き、ミナモは目を開けた。 「リュウ…さま…」 ミナモが微笑む。 「ミナモ、ミナミリア姫が生きているかもしれないのだ」 リュウの言葉に愕き、目を見開く。 「本当ですか、リュウさま」 頷くリュウ。ミナモの瞳から涙が溢れる。 「…よかった」 「クロガと話し、ミナミリア姫をさがして、必ず連れてくる」
ミナモはそっと頷いた。
「クロガ司令官、捜索隊をすぐに編成して頂けませんか?異世界に飛んだミナミリア姫を探して、こちらの世界に連れてきたいのですが」 「判りました、さっそく人選をいたします。出発はいつごろのご予定でしょうか?」 「できるなら、明日にでも出発したいが」 リュウの逸る心に気付いたクロガは、「今夜中に捜索隊を編成いたします」 と、一礼してその場を離れた。
部屋に戻ったリュウは、出発に準備をしていた。 「リュウさま!」 ノックと同時にクロガの声が響いた。 「何事ですか?クロガ司令」 「大変です、本日の会議で転送施設の解体が決まり、研究者の手により解体が進められております。
「なんだって!」 リュウとクロガは、転送施設に向かった。
転送施設では、解体作業が始まっていた。クロガが主任研究員と話している。 「リュウさま、ご安心ください」 話が終わり戻ってきたクロガが話す。 「関係書類は、破棄してしまったそうですが、データはまだ、残っており装置も復旧が可能な状態だそうです。今夜中に復旧するように伝えましたので、あすの出発は問題ありません」
クロガの報告にほっと、息をつくリュウだった。
部屋に戻り出発の準備を終えると、ミナモのもとへ向かった。廊下を歩いていると
クロガと、医師が話をしているのが硝子越しに見えた。 「そんなばかな!なんとかならないのですか」 「我々も、最善は尽くしますが…なにぶんにもミナモさま傷の状態が酷いので、ここ2日が…やまかと…」 部屋から漏れる話を聞き、ドアの前で立ち尽くすリュウ。 「リュウさま…」 リュウに気がついたクロガは深々と頭を下げた。クロガの涙が…床に落ちる。 (何故だ…なぜ…)
リュウは、ミナモの寝顔をじっと見ていた。考える事は出来なかった…なにも…。
リュウは気がつくと、ミナモのベッドの横で椅子に座ったまま寝てしまっていた。リュウの肩には毛布がかかっていた。ベッドを見るとミナモがいなかった。リュウは立ち上がり部屋から出ようとすると、入口からミナモが入ってきた。 「ミナモ!?」 昨日の弱っていたミナモとは別人のように元気なミナモにリュウは愕いていた。 「リュウさま?どうかしましたか?」 何事もなかったように微笑むミナモ。 「だ、大丈夫なのか?」 リュウの愕いた顔を見て笑うミナモ。 「さあ、今日は出発するのですよね、早く準備なさらないと」 追いたてるように、リュウを部屋から送り出した。
リュウが出ていくと、ミナモの顔は苦痛で歪んだ。
転送装置は完全に復旧できずに、転送は一人ずつしかおこなう事が出来なかった。最初にリュウが装置に入る。 「それでは、転送装置を起動いたします」 オペレーターが捜査を始める。
突然、サイレンが鳴り響く。
「どうしたのだ?何かあったのか」
クロガが通信機で連絡を取ると、警備にあたっていた戦士が答えた。
「ウインガルの残党と思われる者が転送施設に侵入いたしました…うわっ…」
戦士からの通信が途絶える。
爆発音と共に数名の兵士が転送室に入ってきた。
捜索隊に選ばれた者達は武器を持っておらず、敵の兵士に倒されていく。
「リュウさまの転送を中止するのだ」 クロガが武器を取って、オペレーターに命令する。
「無理です、もう止められません。今止めるとリュウさまが危険です」
舌打ちをしたクロガが、数名を連れて転送室に向かう。
敵の兵士がリュウの入ったカプセルに狙いをつける。
レーザーの発射音!
しかし、倒れたのは的の兵士だった。
ミナモが武器を構えて立っていた。
「転送開始まで、あと15秒です」オペレーターの声が響く。
敵の兵士を次々と倒していくミナモ。
立つことなど出来ない筈の身体だった。
動くだけで、激痛を感じる身体だった。
(リュウを守りたい…) その想いだけが、ミナモを動かしていた。
上部の歩廊にいた兵士が、ミナモを狙っていた。
それに気付いたリュウは叫んだ。 「ミナモ!上だ!」
しかしリュウの言葉は届かない。
敵兵士の放ったレーザーは、ミナモを打ち抜く。
後ろ向きに倒れるミナモ。
倒れながらその兵士を打ち抜く。
倒れたミナモはリュウに向かって微笑む。
そして、ミナモの唇が動く。
「ミナミリアをよろしくお願いします…」
声は届かなかったが、唇の動きでそう読み取れた。
…ミナモの笑顔が消え、目を閉じ項垂れた。
「ミナモ!?…だれか、転送を中止するんだ!止めてくれ」
リュウは叫ぶもその声はカプセルの中で響くばかりだった。
最後に残った兵士が、カプセルに向かっていく。
転送室に入ってきたクロガのレーザーがその兵士を打ち抜く。
しかし、爆弾はカプセルに向かって放物線を描く…
そして…爆音と共にカプセルは吹き飛ぶ…