混迷の戦い
混迷の戦い
ミナミリアは、レナリアの前で泣き崩れていた。
「母上、なぜ隠されていたのですか?全てを話してください。姉上はなぜにミレニアル王国にいたのですか…なぜ、私に言ってくれなかったのですか…わたしは、この手で姉上を…」
泣き叫ぶミナミリアにレナリアは何も答えず、俯き涙を堪えていた。
侍女のメイヤに付き添われ、部屋に戻ったミナミリアは、ただひたすら、泣いた。メイヤも掛ける言葉を見つけられず、ミナミリアの背中をさすっている。メイヤはミナミリアが不憫で仕方なかった。ウインガル公国が侵略しようとしている世界で出会い、愛した男性との記憶を消され、実の姉の存在を知らされず、姉と戦い命を奪ってしまった。
(私が、ミナミリアさまに出来る事は何があるのだろう…)
何も出来ない自分が情けなかった。しかし、ミナミリアの背中を抱きしめる事しか出来なかった。
「憎い…あいつが憎い…あいつを庇って、姉上は…あいつを倒す、リュウ王子を…」
ミナミリアは涙を拭き立ち上がると、剣を取り部屋を飛び出した。
メイヤは、訓練室のガラス越しに無心に剣を振るうミナミリアを見つめていた。ミナミリアの姿が涙で滲む。そして、メイヤは心を決める。せめて、消された記憶をミナミリアに戻してあげようと…それで、少しはミナミリアも救われるはずだと…
しかし、それがさらにミナミリアを苦しめることになるとは、思いもしないメイヤだった。
少しだけ落ち着いたミナミリアはメイヤに連れられ、記憶定着装置に座っていた。
「メイヤ、いったい何を…」
不安な顔でメイヤを見るミナミリア。
「確認したい事がありますので、少しだけお付き合いください。お手数をおかけして申し訳ありません」
メイヤが深々と頭を下げる。メイヤは操作室に入りこちらに向かって微笑んでいる。メイヤの事を誰よりも信頼しているミナミリアは、メイヤに微笑み目を閉じた。
そして、ミナミリアの意識が遠のく。
薄暗いバーのカウンターでミナミリアは、目の前のグラスを見つめていた。
(…?!…なぜ、涙が出るの?…もう泣かないって決めたのに…)
グラスを握りしめ俯くミナミリアの左から手が伸び、白いハンカチが…ミナミリアが振り返ると、一人の男の背中が目に入った。
(まって、あなたは誰?…)
追いかけようとしたが身体が動かない…そして意識が途絶える。
気がつくとミナミリアは誰かに背負われていた。とても懐かしい香りが男の背中から漂う。とても大好きなその人の名前を呼ぼうとするが、何故か思い出せない。ミナミリアはしがみついていた腕に力を入れた…とたんにその人が消えてゆく…。
(どうして、私を置いて行くの…お願い…私を、たすけて…)
「ミナミリアさま、大丈夫ですか?」
ミナミリアが目を開けると、心配そうな顔で覗き込むメイヤ。
「ミナミリアさま、ご気分は如何ですか?」
「大丈夫よ、メイヤ」
ミナミリアは微笑みながら答えた。一筋の涙がミナミリアの頬をつたう。
「え?!…私、なぜ泣いているの?」
「ミナミリアさま、お部屋に戻って少し休みましょう」
メイヤが用意した車いすに移動して部屋へと向かった。
リュウ王子率いる戦士たちは、ウインガル公国を見下ろせる森の中にいた。この場所を司令の拠点にするらしく、戦士たちが音も立てずに見る間に仮設の指令室を組み建てていく。各隊の指揮官に指示をしていたクロガが近づいてくる。
「リュウさま、仮設の司令室の準備が出来次第、各隊の指揮官を集めての会議を行います。リュウさまは、今のうちにお食事をお取り下さい。ミナモさまも、リュウさまとご一緒にお食事をお取り下さい」 そう言いと、クロガは指令室の中に入って行った。
リュウとミナモが一つの小屋に入る。ドアを開けると中で食事をしていた戦士たちが立ち上がり敬礼をした。
「私に気づかいはいりません、食事を続けてください」
リュウは戦士達にそう言うと、ミナモと空いているテーブルに着いた。クロガは、リュウ専用の部屋を用意すると言ったのだが、リュウは戦士たちと同じ部屋で構わないとクロガに伝えていた。
食事を終えたリュウとミナモは用意された椅子に座り、コーヒーを飲んでいた。一人の戦士がリュウの前に跪き、
「リュウ王子、クロガ司令がお呼びです。指令室までお越し下さいませ」
そう言うと一礼をして立ち去った。
「今回の戦いは、ウインガルの転送施設の破壊し、速やかに大公ドラグエルの拘束を目的とする。不用意な戦いは極力避け、隠密行動に徹せよ」
クロガ司令の細やかな指示が各隊の指揮官に伝えられる。
「リュウ王子、一言お願い頂けますか?」
クロガの言葉に、リュウが立ち上がる。
「今回の戦いにおいて、味方にも、敵にも出来る限り死者を出さぬようお願いしたい。戦いの中で無理な事だとは判っています。しかし戦士一人一人にその思いを伝えて欲しいのです。もちろん、己の命を、そして、仲間の命を護る事が一番大事な事ではありますが、ウインガルの兵士達に、憎しみを持って戦うのではなく、同じ人間として接して頂きたい。この戦いで全てを終わらせたいのです」
リュウの言葉に、全ての指揮官が頷く。
「それでは、これより作戦を開始する。リュウ王子の思いを全ての戦士たちと共有して、作戦を成功させるのだ」
メイヤは、静かに寝息を立てるミナミリアの顔をじっと見ていた。
(ミナミリアさまの記憶は戻っていないのかしら?)
あまり変わった感じが見受けられなかったのが気に掛かっていたメイヤだった。
「あ、メイヤ…」
ミナミリアが目を覚ました。
「ミナミリアさま、ご気分は如何ですか?頭痛とかはありませんか?」
心配そうにのぞき込むメイヤに笑顔で答える。
「うん、もうすっかり良くなりましたよ、ありがとう、メイヤ」
突然、ドアがノックされる。
「どなたですか?」
メイヤがドアに近づくと、
「ミナミリアさま、ミレニアル王国の者達が攻めてまいりました。お急ぎでご準備をお願い致します」 兵士の言葉に、ミナミリアの顔から笑顔が消え、戦士の顔になる。
作戦開始から1時間程経った頃、リュウとミナモは二人の戦士と共にウインガルの宮殿に侵入していた。別行動を取ることを、クロガに反対されたのだが、リュウに押し切られ、クロガの選んだ戦士を同行させることで、納得させた。
すでに、ウインガルの通信施設は制圧させており、かなりの者が宮殿内部で戦闘を開始していた。リュウの目的は、大公ドラグエルの拘束であった。不用意な戦いを避ける為にも、大公さえ拘束できれば戦局は一気に終息に向かう。
長い廊下を警戒しながら進む。先行して警戒していた戦士が、誰かがこちらに向かっている事をリュウに伝える。
「リュウさまとミナモさまは、お下がりください」
廊下の角から現れたのは…ミナミリアだった。
「姉上!」
愕いたミナミリアが呟く。
そばにいたウインガルの兵士がミナミリアの前に立ちはだかり、リュウと同行していた戦士に襲いかかる。
もう一人の戦士が、ミナミリアに向かおうとした時、リュウがそれを制止した。
剣を抜きリュウが前に出る。
「ウインガルの姫さまですね。私は無益な戦いは避けたい。ここを通しては…」
リュウの言葉を遮りミナミリアは剣を構えた。
「ばかな、わたしは、ウインガル公国、大公ドラグエルの娘、ミナミリアである。リュウ王子、そなたを通すわけにはいかぬ」
ミナミリアは剣を振り下ろす。騒ぎを聞きつけ、ウインガルの兵士達が駆け付ける。
「リュウさま、ここは私どもにお任せ下さい。リュウさまは先にお進みください」
リュウはミナミリアの剣をはねのける。ミナミリアは後ろに下がる。駆け付けた兵士がミナミリアの後ろから襲いかかる。リュウを守るべく戦士がその剣を受ける。
「リュウさま、お急ぎください」
二人の戦士は、クロガが推薦しただけの事はあり、剣の腕は見事なものだった。しかし相手の兵士の数は増えていた。
リュウは唇をかみしめ
「わかった、すまぬがここは任せる」
戦士は笑顔で答える。リュウは、ミナモを伴い走り出す。それに気付いたウインガルの兵士が追いかけようとするが、二人の戦士がそれを阻止する。ミナミリアも兵士を伴い、その場を離れる。
宮殿の見取り図は、事前に目を通していたリュウだった。大公の居場所は目星をつけていた。途中、何人かの兵士に遭遇したが、剣は使わず威力を抑えたレーザーで気絶させた。ミナモは剣の腕も中々だが、狙撃にも優れていた、狙撃だけで言えば、リュウより上かもしれない。
リュウ達は、目的の部屋に近づいていた。
「ミナモ、正面からの突破は無理だ。空調のダクトから侵入するぞ」
リュウに続いてミナモは、ダクトに入った。ダクト内部は高さがあり、中腰で進む事が出来た。ダクトの吹き出し口らしいスリットから灯りが漏れている。リュウとミナモはスリットから中の様子を窺う。そこには、大公ドラグエルがいた。重厚な鎧を身に纏った兵士が5名大公を護っていた。
「ミナモは此処で待機だ。俺が中に飛び込んだら援護を頼む」
無言で頷くミナモ。リュウは、ミナモをその場に残し、先に進んだ。リュウが覗くスリットからは、大公ドラグエルの後姿が見える。リュウは手首を口元に近づけ、通信機でミナモに合図を送った。スリットを蹴り飛ばし、部屋に侵入するリュウ。同時にミナモのレーザーが兵士を狙い撃つ。
「大公ドラグエル覚悟!」
リュウは剣を電撃モードに切り替え、ドラグエルに振り下ろす。一人の兵士がその剣を受け、跳ね跳ぶ。リュウの剣が、ドラグエルの喉元に突きつけられた。その時、扉が開き白い軍服を身に纏った兵士が、レーザーを発射する。リュウの右肩を貫通し、剣を落とし蹲るリュウ。リュウを撃ったのは、ミナミリアだった。ミナミリアはドラグエルの前に立ちリュウに剣を突き付ける。
「リュウ…!」
ミナモがダクトから飛び出しながら、レーザーを撃つ。ドラグエルが膝から崩れ落ちる。
「父上!」
ミナミリアは、叫びながらも剣はリュウに向けられたままだった。ミナモは、ミナミリアに狙いをつけ、「動いたらあなたを撃ちます。剣を降ろしなさい」
ミナミリアはミナモに視線を向けながら呟く。
「姉上…どうして…」
その言葉を聞いたミナモが愕く。白く立ち込めた霧が晴れるように、ミナモの記憶がよみがえり、ミナミリアの顔が妹の顔と重なる。
「ミナミリア…あなたは…」
その時入口から飛び込んできたミレニアルの戦士が、レーザーを発射した。レーザーはミナミリアの剣を持つ手に当たりミナミリアは剣を落とす。ミナミリアは、壁に向かって走り出し壁に手をつく。壁が回転しミナミリアが消えた。
「リュウさま、大丈夫ですか」
ミナモはリュウに駆け寄り出血している肩の手当を始めた。
「大公ドラグエルは拘束いたしました。気絶しているだけで、怪我はありません。大公が拘束された事で、ウインガルの兵士達は投降し始めております。まだ数名の兵士が抵抗しておりますが、制圧するのは時間の問題かと…」
クロガの報告を聞いていたリュウは、クロガに訊ねた。
「ミナミリア姫の行方は、判りましたか?」
「それが、いまだ、行方が判りません。只今、捜索中でございます」
「そうですか…」
リュウはミナモに訊ねた。
「ミナミリア姫があなたを姉上と呼んでいましたが…本当なのですか?」
ミナモは、リュウの問いかけに無言で頷いた。ミナモの瞳は涙で潤んでいた。




