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暗雲の壁  作者: 三音 光
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忘却(ぼうきゃく)の過去

忘却(ぼうきゃく)の過去


 龍輔は美奈萌に誘われるまま駅前にあるビジネスホテルのエレベーターに乗り込んだ。美奈萌はドアが閉まると鍵を取り出し、操作ボタンの下にある鍵穴に差し込んだ。鍵穴の下の手帳程の板がスライドして開き、赤いボタンが横に2つ並んでいた。美奈萌が左のボタンを押して鍵を抜き取とると、スライドした板は閉じた。

エレベーターの扉の上の階数表示はB2までしかなかった。表示がB2で止まったがエレベーターはまだ動いていた。暫くすると軽い振動と共にチャイムが鳴り、扉が開いた。そこにはエレベーターホールがあり一枚の扉があった。

美菜萌は先ほどの鍵を鍵穴に差し込んだ。しかし、先ほどと同じで鍵を回さず差し込んだだけである。暫くしてからドアノブを回すと、ドアが開いた。

誰もいないオフィスのようなあまり広くない部屋には机が数個並んでいた。机の上にはパソコンが置いてあり、何台かの電話もあった。部屋の右側にドアがあったが美奈萌は部屋に入ると、左の壁に向かって歩き出し、何もない壁の前で立ち止まった。美奈萌が向き合った壁の一部が音もなくスライドして開き、正面に伸びる廊下が現れた。

龍輔は剥き出しのコンクリートに囲まれた薄暗い廊下を美奈萌の後を付いて歩いた。廊下の奥のほうは暗さの為よく見えず、廊下の両側には扉が一枚もなかった。暫く歩くと、廊下の突き当たりには扉があり美奈萌が開けた。鍵はかかっていないようだった。扉を抜けると左右に伸びる廊下に出た。先ほどの廊下とは違い、程良い明るさを確保された廊下の両脇には何枚かの扉があった。美奈萌は左に向かって歩き出し、何枚目かの扉の前で立ち止まると扉を開け、龍輔を誘い入れた。右の壁際机が一つあり、座っていた警備員が視線を向け立ち上がって一礼し、美奈萌は軽く頭を下げるとその前を通り正面のドアに向かった。

美奈萌と龍輔が入った部屋の入口には、スチール製のパーテーションで仕切られた応接セットがあった。

「所長、鷹藤龍輔さまをお連れ致しました」美奈萌が声をかけると、グレーのスーツを着た男が奥から現れた。男は龍輔に軽く一礼するとソファーに掛けるよう右手で促した。美奈萌に所長と呼ばれた男は、知的な顔立ちで表情を変えずに口を開いた。

「所長の黒河です」そう言うと、立ったまま深々と頭を下げた。龍輔も一礼してソファーに腰を下ろすと、その隣に美奈萌が座った。「リュウさま、お待ちしておりました。ご無事だったのですね…よかった…」

黒河は龍輔の顔をじっと見つめる。自分を知っているような黒河だったが、龍輔は記憶を辿り考えてみても、初めて見る顔だった。「あの…失礼ですが、どちらかでお会いしましたでしょうか…?」と、訊ねる龍輔の言葉に続いて美奈萌が「所長、龍輔さまは多分、記憶がまだ戻っていないようなのです。わたくしの事も覚えていないようですし…」と、龍輔を見つめる。

「えっ…?」龍輔の頭は混乱し続けていた。「そうですか…まぁ慌てる事はありません、暫くはここでごゆっくりなさってください」黒河はテーブルのインターホンのボタンを押した。入口のドアがノックされ黒のスーツ姿の女性が入ってきて一礼する。 黒河がその女性に告げた。

「リュウさまとミナモさまをお部屋に御案内して下さい」 


 龍輔と美奈萌が案内された部屋は窓こそ無かったが、かなりの広さのリビングとベッドルームが2つあり、バスルームもあった。「龍輔さまは、こちらのお部屋をお使いください。必要なものはわたくしが揃えておきましたので、必要なものがあれば何でもお伝えください」一つの扉に掌を向けながら美奈萌が言うと、着替える事を伝え隣の部屋に入って行った。龍輔はソファーに座り考え込んだ。(美奈萌や黒河と言った所長は、どうして俺の事を知っているのだろう?間違いなく初対面のはずだが…人違い?…ではないのだろうか?…)

 美奈萌が入った扉が開き、袖口と襟と胸元のボタンのラインが白い、グレーのワンピースを着た美奈萌が出てきた。身体にフィットしたその服は美奈萌の素晴らしいボディラインがはっきりとわかる。龍輔は視線を釘付けにされた。「龍輔さま、お食事は如何いたしましょうか?」問いかける美奈萌の言葉に我に返って美奈萌から逸らした。リビングの壁の時計は12時を少し過ぎていた。

「美奈萌さんにお任せ致します」

 食事が終わり、コーヒーカップを持ったまま龍輔は訊ねた。「美奈萌さん、なぜあなた方は私の事を御存じなのですか?私にはいくら考えてもあなた方の事が記憶にないのですが、何処かでお会いしているのでしょうか?」その問いかけに美奈萌は少し考え…答えた。「龍輔さまは、ミレニアル王国の王位継承者のリュウ王子なのです」

(おおいけいしょうしゃ?…何の事だろう?…ん?…王国?…)

美奈萌は話を続けた。「我が王国は、この世界を支配しようとするウインガル公国から、この世界を守る為に戦っています。しかし、2年前の戦いの時にわたくしと数名の戦士を助けるために爆発に巻き込まれ…」彼女は声を詰まらせ、頬を伝う涙を拭いながら話を続けた。「同じ場所にいた黒河が、咄嗟に転送装置を使い私たちはこの世界を後にしましたが、龍輔さまの捜索の為、わたくしと数名のものが再度この世界に戻り、龍輔さまをお探ししておりました。そんな時、偶然にも龍輔さまが現れたのです。そして、わたくしを助けて頂きました」そう話している美奈萌の瞳は涙で潤んでいた。

(俺が王子…何の冗談だろう?…でも…困ったな)

「龍輔さまの本当の名前は、リュウ・ミレニアル・ファルクスと、申します。わたくしは、ミナモ・ルークヴェルクと言い、王家に使えておりますルークヴェルク家の者で、リュウさまが率いられます部隊の一員でも御座います。先ほどお会いなさいました所長は、クロガ・カルシェル。リュウさまの部隊の指揮官で、他にも15名の隊員がここに居ります」

 テーブルの上のインターホンのブザーが鳴った。 美奈萌がボタンを押すと黒河の声が聞こえてきた。

「リュウ王子、もし宜しければ隊員にお会いしては頂けませんでしょうか?」美奈萌は何も言わず龍輔を見た。「もう少しだけ、時間をいただけませんでしょうか?」龍輔が言うと、黒河は了承して会話を終えた。「龍輔さま、時間は御座いますからごゆっくりなさってくださいませ」そう言いながら美奈萌は、龍輔のカップへ淹れたてのコーヒーを注ぎ、彼の前にそっと置いた。

 美奈萌の言っている事は、頭では理解できていた。しかし、その話に出てくるリュウなる人物とどうしても自分が重ならない。「美奈萌さん…俺の頭にある記憶には、美奈萌さんが話したリュウという人物の記憶が無いのですが、人違いではないのですか?」龍輔の問いに美奈萌は答えた。

「わたくしたちは、この世界に来た時にこの世界の記憶を作り、ある装置でそれを頭に定着させます。そして、2つの記憶を持つのです。しかし、龍輔さまは負傷なされた時に片方の記憶、つまり、わたくしたちの世界の記憶を喪失されてしまったのではないかと思います。その装置を使えば記憶を取り戻せると思うのですが、こちらの世界にはその装置がありません。しかも、私たちの世界に戻る為の転送装置は、ウインガル公国の仲間である内通者に破壊されてしまいました。現在、技術者達が装置の修復を行っておりますが、まだ、復旧の見通しは立っておりません」

 龍輔はコーヒーを一口飲むと考えた。

(彼女が嘘を言っているとは思えない、しかし…)混乱する思考は、答えを出す事が出来ずにいた。

 突然、テーブルのインターホンの赤いランプが点灯して、黒河の声が響いた。「ミナモさま、ウインガル公国の兵士の居場所が判明いたしました。急いで指令室にお越し下さい」


 指令室と呼ばれる部屋に美奈萌と龍輔はいた。グレーを基調とした制服に身を包んだ数名の隊員がいたが、龍輔が指令室に入ると皆立ち上がり、龍輔に敬礼をした。

「リュウさま、数名の者が現地に向かいました。我々も今から向かいますが、リュウさまは如何なされますか?」黒河が龍輔に訊ねてきた。答えに困っている龍輔に美奈萌が、「龍輔さま、わたくしがお守りいたしますのでいっしょに参りましょう。記憶を失くされていたとしても、今は龍輔さまのお力をお借りしたいのです。」そう言いながら、制服を龍輔に手渡した。


 制服に着替えた龍輔が現れると、その姿に美奈萌は見惚れた。戦士たちは龍輔に向かって敬礼をしていた。通常はこの世界の人々に気づかれない様に普通の服装なのだが、これから向かう場所は人里離れた山中である為、機能的に優れた制服での出動だった。制服のベルトには短剣が一つだけ取り付けられていた。「龍輔さま、その短剣を引き抜いてくださいますか」美奈萌に言われて龍輔は短剣を引き抜いた。20センチ程の鞘から短剣が…いや、そこから出てきたのは、1メートルもある程の剣だった。しかも握っていた柄も倍になっている。刃の部分は緩やかに反り、日本刀に似ていた。柄と刃の境目には、引き金のような物が付いていた。「そのトリガーを引くと、レーザーが発せられます」と、龍輔の剣を取りレーザーの射出口である部分を見せた。「この剣は、リュウさましか使う事が出来ません。レーザーの発射もリュウさまの意思がなければ発射いたしません。また、剣を水平に構えて…」美奈萌は柄を掴みボタンを押した。すると、柄が半分に割れてグリップとスコープが現れた。「これで、長距離用のライフルになります」美奈萌は剣を元に戻し、彼に手渡した。龍輔は剣を受け取り、切っ先を鞘に近づけると、剣は短い鞘に吸い込まれるように収まった。「それと右のブーツの足首にレーザーガンが格納されています。武器の説明は以上ですが、ご質問は御座いませんか?」

「あ、はい」武器など手にした事がない…いや、手にした記憶がないというべきか、そんな龍輔はただ驚くばかりであった。「それでは、これから現地に向かう。くれぐれもこの世界の人々を巻き込まない様に十分注意してくれ」指揮官のクロガの言葉に戦士達は返事と共に敬礼をした。戦士たちが乗り込んだワゴン車に、美奈萌と龍輔も乗り込んだ。


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