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暗雲の壁  作者: 三音 光
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愕(おどろ)きの出会い

(おどろ)きの出会い


 龍輔は目を覚ました。見慣れた天井、見慣れた部屋、そこは、龍輔の部屋だった。

「…!?」龍輔は、暫くの間状況が掴めずにいた。

(…夢…だったのか?…)正に現実と夢の境が、判らない状態になっていた。龍輔は、ふと携帯電話の着信履歴を見た。『鈴元南美』の名前を発見し、携帯電話の発信ボタンを押した。

「…おかけになった電話番号は、現在通話の出来ないところに…」電話は繋がらなかった。でも、『鈴元南美』という名前が存在した事に龍輔は安心した。しかし…何処までが現実で、何処からが夢なのかがはっきりしない。昨日までの記憶がかなり曖昧になっていた。それから何度となく南美の携帯電話に掛けたが、繋がる事は無かった。

そして、数日が過ぎても、南美との連絡は取れなかった。


夕暮れ時の街で、龍輔は人の間を縫うように走っていた。

急ぐ余りに色を変えそうな信号に視線を奪われ、歩道から斜めに横断歩道へと向かった彼の足は、歩道の縁石につまずきそのはずみで体は宙を舞った。そして横断歩道を彼に向かって歩いてきた女性にぶつかり、二人はからみあって倒れこんだ。と、同時に二人のすぐ後ろで激しい急ブレーキの音と共にトラックが通り過ぎ、歩道に止まっていた数台の自転車に突っ込み押しつぶしながら止まった。

 彼は暫く唖然とトラックを見ていたが、自分の体の下の柔らかな感触に、やっと女性の上に乗っている状況を把握した。女性は目を閉じたまま動かない。彼は慌てて飛び起きた。

 いつの間にか周囲は、かなりのやじ馬が集まり彼を見ていた。点滅する青信号が目に入ると、彼は女性を抱き上げ横断歩道を渡った。女性にぶつかったせいで龍輔には怪我はおろか痛みすらなかった。

 女性はピンクのワンピースを着ており、背中まである煌めく髪は風に煽られ、彼の顔に触れると媚薬のような甘い香りを漂わせていた。自分が一生かかっても触れることはないだろうと思われる、その端正な横顔を彼の腕にあずけていた。

 横断歩道を渡り終え辺りを見回すと、歩道にいた人々が龍輔に尊敬の眼差しを向けていた。拍手をする者までいる。『トラックに轢かれそうになった女性を助けたんだって…』

何処からか、そんな囁きが聞こえてきた。まさか歩道の縁石に躓いてこの女性にぶつかりました…とは、いまさら言えず照れ笑いで逃げるように彼は囲む人をすり抜けた。

 歩道のベンチを見つけ女性をベンチにそっと降ろし立ち上がると携帯電話を取り出し救急車を呼んだ。

対面の歩道をみると、歩道に乗り上げ自転車を薙ぎ倒したトラックが下敷きになっている自転車をさらに押しつぶし、後ろに下がり車道に出ると、猛スピードで走り去ってしまった。とっさにトラックのナンバーを覚える…などという高等技術を持ち合わせていない龍輔は、ただ轟音の残響を聞きながら茫然と走り去るトラックを見ていただけだった。


 車内は聞き取りにくいノイズの混じった無線が、やけに耳障りに感じた。警察の車の後部座席に座っていると、なぜか罪を犯したかのような錯覚におちいる。

「お名前は、タカフジリュウスケさんで宜しいのですね?そうすると、鷹藤さんはあの女性とは面識がないのですね?」

助手席で調書を取りながら警察官が訊いてくる。話の途中で無線が入り、中断するたびに同じ質問を3回訊ねられた。「しかし、凄いですねトラックに轢かれそうになっている女性を、飛び込んで助けるなんて、私たちでも躊躇ってしまいますよ。」どうやら、現場の聞き込みで得た情報らしいが、『躓いて転んだ弾みで女性にぶつかりました』と言うのも気が引けるというか、いや、もしかしたら傷害で逮捕されるかもしれない?などと余計な事ばかり考え、いまさら言いだすことが出来ずにただ頷いていた。

(あの女性は、大丈夫だったかな?そろそろ病院に着いた頃だろうか)

ふと考えながら女性の顔を思い浮かべた。

(それにしても美人だったなぁ、ずっと気を失っていたから何にも覚えていないんだろうな…)

短めの溜息が漏れ、俺は項垂れた。

 調書を取り終え釈放…いや、龍輔が解放された時には街並みは夜の帳を纏い、煌びやかなイルミネーションが輝いていた。ふと、空を見上げると街の灯りに邪魔され闇を纏えない雲が蠢いていた。その存在を気付かれないように、その先にあるものを隠す壁のように…。龍輔は足を止め暫く空を見ていた。夜空の雲に何かを感じた気がしたが…。


 大勢の人達で様々な会話が飛び交っている賑やかな居酒屋に着いたのは、待ち合わせの時間から2時間が過ぎていた。救急車を呼んだあとに、電池の尽きた携帯電話には待ち合わせの友人に連絡することが出来なかった。

 店の中を見回すとこちらにむかって手を挙げる友人を見つけた。とりあえず遅れた原因をありのまま話したが、この店の勘定を龍輔が払うことになってしまった。理由は遅れた事より若い美人の女性に触れたという事らしい。再び男の脳裏に浮かんだ女性の端正な顔立ちと、腕にまだ残っている柔らかな感触を思い出すと飲み代をおごるくらいはいいかとと諦めた。友人たちはその女性の写メは取らなかったのかとか、連絡先は訊いたのか、という会話で盛り上がっていた。そういえば、あの女性に怪我は無かったのかと今更ながら思ったが、確認するすべがない事に気づき、何故かまた浮かんだ女性の顔を掻き消すかのように、ビールを一気に流し込んだ。


 耳障りな音が龍輔を休日の朝の幸せな眠りから強制的に覚醒させる。昨夜の酒と睡眠不足で目を開けられず、手探りで目覚まし時計を掴みボタンを押した。しかし耳障りな音は、まだ止まっていなかった。無理やりこじ開けた片目でベッド脇のテーブルをみると、携帯電話のランプが光っていた。昨夜の酒がまだ残っている重苦しい体を起こし携帯電話を手に取り着信ボタンを押した。

 「もしもし、鷹藤龍輔さまでいらっしゃいますか?」

上品で綺麗な高音の優しそうな声だった。まだ覚醒しきれていない頭にまるで耳元に囁かれるように流れてきたが、聞き覚えのない声だった。

「はい、そうですが…どちらさまでしょうか?」

いかにも、二日酔いで寝起きのような声で答えた。

「突然のお電話で申し訳ございません、わたくし、寿々城 美奈萌と、申します」

(すずしろ みなも?だれだ?)

考えても記憶には無い名前だった。

「昨日助けて頂きました者です、ご迷惑かとは思いましたが警察の方にお礼を言いたいと申しましたら、鷹藤さまの連絡先をお教え頂きましたのでお電話をさせて頂きました」

(助けて頂きました?)

「あっ」

端正な顔立ちの女性の顔が再び浮かんできて、二日酔いの頭は急激に覚醒した。

「本当に有難う御座いました、もし御迷惑でなかったらお会いしてお礼を申し上げたいのですが…本日の御都合は如何でしょうか?」ご都合と云うほどのものが殆ど思い浮かばなかった。それに、『実は、あれは縁石に躓いてあなたにぶつかっただけです』 ともいえず、「いや、お気になさらずにそんな大層な事ではありませんから」

「そんな事は御座いません、鷹藤さまに助けて頂けなければ今頃わたくしは…、お時間を作って頂けるのであればお礼を申し上げたいのです」美女のお願いを断る勇気がない事と、もう一度会ってみたいという不純な考えに勝つものを見つけられず俺が黙っていると、「お時間は取らせませんのでどうか会っていただけませんか?」との、彼女の問いかけに、

(最近、女性から会ってくださいと言われる状況に遭遇していないな…)

と、寂しい自分を発見してしまった。

(それにしても鷹藤さまって…どこかのお嬢様なのか?)

くだらない事を考えていると、追い打ちを掛けるように、

「お願い致します」3回お願いされて断るなんて、もったいない…いや、男がすたる?自分に変な言い訳をして「わかりました、では何時くらいがよろしいですか?」その女性は、ちょっとだけ上から目線の言葉を気にする事もなく時間と場所を伝えると最後までなれない敬語で礼を言うと電話を切った。


 昨夜の酒がまだ残っている所為なのか、龍輔は重い身体を待ち合わせのレストランの椅子にあずけていた。素敵な女性との待ち合わせという事に緊張して20分程早く着いてしまった。

このレストランの存在は知っていたが、彼には来る必要に迫られた事がない高級なレストランだった。入口の扉を開けるとファミレスの制服とは明らかに質の違う制服を着たウエイターが俺に向かってきた。

「鷹藤さまですか?」

確認すると俺はテーブルが1つだけの広めの部屋に案内された。

(スーツを着てくるべきだったか?)と考えていると、部屋の扉がノックされた。返事をすると開いた扉から、昨日助けた…いや、ぶつかった女性が入ってきた。彼女の美しい笑顔に俺はただ見惚れていた。

「初めまして、わたくしは寿々城美奈萌と申します、わたくしからお誘いしたのに遅れて申し訳ございません」彼女は深々と頭を下げた。背中まで伸びた煌めく髪が彼女の背中を左右に分かれ流れ落ちる。

「私も今来たばかりですので、お気になさらずに」

「有難うございます」そういうと彼女は顔をあげた。まぶしいほどの笑顔の女性の顔に思わず言葉を失う。さらに美奈萌の動きに柔らかく揺れるレモン色のワンピースが彼をドキドキさせた。

彼女は椅子に座らず彼に近づくと隣に立ち、「鷹藤さま、本当に有難う御座いました」彼女が再び深々と頭を下げた。彼女の煌めく髪は近づいた事により、出会った時と同じ媚薬のような甘い香りを漂わせていた。俺は何も言えずいた。ふと、我に返り頭を下げたままの美奈萌を椅子に座るよう促した。

 控えめなノックがあり、彼女が返事をするとウエイターが入ってきた。洗練された動きのウエイターが訊ねてきた。「お飲み物は如何いたしますか?」彼女は問いかけた。

「お飲み物はワインで宜しいですか?」

「あ、はいよろしいです…」彼女に見とれていた俺はおかしな返事を返してしまった。

「いつものをお願い致します」

(いつもの!?まちがいない、この女性はどこかのお嬢様だ) テレビでしか見た事のないようなスタイルでグラスにワインを注ぐウエイターは一礼をして立ち去る。彼女はグラスを手に取ると目線の高さでとめた。俺は慌ててグラスに合わせると、高音の綺麗な音が長めに鳴った。

「鷹藤さま、本当に有難う御座いました」微笑みながら優しい眼差しを向ける美奈萌。「本当にお気になさらずに、それに…鷹藤さまって言うのは非常に…照れます」優しい眼差しから目を逸らして、俯きながら言うと、くすっと、少女のように彼女は微笑んだ。

 美奈萌は、病院に運ばれた後の事を話した。怪我は無かったらしく、検査をした後すぐに帰れたそうだ。事故の現場に彼女の友人がいたらしく、その時の様子を聞かされたらしい。俺が縁石に躓いて彼女にぶつかった事はその友人も知らなかったらしい。


 二日酔いの腹には、かなりきつかった食事をなんとかたいらげ、2本目のワインが運ばれてきた。彼女の頬はうっすらと赤みがかっていた。俺も酒は弱いほうではないが軽い酔いを感じて気分がよかった。

「鷹藤さま?」彼女が訊ねてきた。「もし宜しければ、もう少しお付き合いしていただけますか?」彼女の誘いを断る理由を持ち合わせていなかった事と、少し酔ったせいもあって2つ返事で了解してしまった。


 二人を乗せたタクシーは夕暮れの街を走っていた。それにしてもさっきから感じる左腕の感触は…と、左腕を見ると彼女が俺の腕に軽く寄りかかって目を閉じていた。

「大丈夫ですか?」目を閉じたまま彼女は頷いた。彼女から漂う香りは俺を夢心地にさせていく。

「お待たせいたしました」運転手の声に美奈萌は眼を開け、開いたドアから降りた。俺はタクシー代を払おうとすると「もう、いただいております」笑顔で運転手が答えた。先ほどのレストランでも同じ事を言われていた。

 車を降りると彼女は腕を組んできた。龍輔は少し驚いたが彼女の腕を振りほどく事はしなかった。彼女は目の前のホテルを指さし「わたくしはこのホテルに滞在しているのですが、ここでもう少しお付き合いくださいね」いつの間にか彼女の言葉が、お願いからおねだりに聞こえるのは、酔っている所為だろうか…と考えたが、まあ、いいかと彼女に腕を組まれたままホテルの入り口に向かった。

 ホテルに入ると、かなり解放的な空間が広がり、吹き抜けの天井には煌びやかなシャンデリアが輝いていた。この街でも5本の指に入る程の高級という肩書きがつくホテルだ。エレベーターに乗ると彼女は最上階のボタンを押した。チャイムと共にドアが開くと目の前に扉は一つしかない。彼女は扉を開けた。

(訊いた事はあるが、もしかすると此処は…ペントハウスと呼ばれるところ…かな?)

 中に入ると、見回すほど広い部屋にソファーとテーブル、壁には龍輔の部屋の数倍はあるかと思われる薄型の液晶テレビが掛けられていた。部屋の奥には枚数を数えたくなるほどの窓に街の夜景が広がっていた。ビジネスホテルしか泊った事のない龍輔には驚きだった。部屋の中を珍しそうに見ていると、彼女は部屋の電話で話しをしていた。窓際に近づき、ふと空を見た。町の灯りに邪魔され闇に溶け込む事が出来ずにいる雲が蠢いていた。「御免なさい、フロントにルームサービスを頼みましたので、こちらにお掛けになってもう少しお待ちください」見た感じで身体が半分は沈み込むのではないかと思われるソファーへ俺は座った。

 二つのグラスが触れ、綺麗な音を立てると、煌めく気泡がグラスの中で弾けていた。殆ど飲む事のないシャンパンは彼女との会話に気を取られて2本目が空になった。龍輔の酔いもかなりいい感じになっていた。彼女もかなり飲んでいたが頬に少しだけ朱を散らしただけで、言葉も姿勢もしっかりしていた。彼は話を続ける彼女を見続けていた。途切れそうになる意識を繋ぎ止めながら…


 見慣れない天井が目の前にあった。

暫くして、思考が働き始め慌てて身体を起こした。…いや、起こそうとしたが何かがそれを妨げた。龍輔に掛かっている布団が腹部のあたりから不自然に膨らんでいた。布団を捲ると…甘い香りが舞い上がる。窓から差し込む光に煌めくサラサラの髪が現れた。その端正な寝顔は、寿々城美奈萌だった。

彼女は彼の身体にしがみつきながら静かに寝息を立てていた。龍輔は寝ぼけていたせいなのか、何故か驚かず暫くの間その女神のような横顔に見つめた。龍輔はなぜか懐かしさを感じていた。

 どのくらいの時が経ったのか、突然目を開けた彼女の視線と龍輔の視線が繋がった。

「あ!、御免なさい…」慌てて飛び起きた彼女はベッドの横で軽く頭を下げると部屋から出て行った。龍輔はベッドから降りた。動くたびに美奈萌の甘い香りが纏わりついてくる。

 着替えた龍輔がベッドルームから出ると、リビングのソファーに身体を沈めた。美奈萌の姿は見えない。こんなに清々しく少年のようにときめく朝を迎えたのは何年振りだろうか。控えめなノックが数回なった。彼がいたベッドルームの隣の部屋のドアが開く。グレーのニットのワンピースを着た彼女がこちらに向かって一礼すると、黒のストッキングにひざ上まである黒のブーツで包まれた足は入口のドアに向かった。

 美奈萌が朝食の乗ったワゴンを押して現れた。ルームサービスを頼んだらしい。テーブルにコーヒーを置きながら、「昨夜は申し訳ありませんでした」と、少しピンク色の頬で照れたように俯きながら言った。「いえ、俺のほうこそ…ごめんなさい」彼女から目をそらしコーヒーを口に運んだ。テーブルの上に朝食を並べ終えた彼女は、龍輔の隣に腰を下ろした。丈の短いワンピースは座ることで、さらに覗く足に引き込まれそうになった視線を俺はそらした。「実は…あなたに…龍輔さまに助けて頂きたいのです」

彼女は返事を待たずに続けた。「先日の事故は偶然ではないのです あのトラックは私を狙っていました 昨夜もあの者達の気配を感じ、龍輔さまの部屋に逃げ込み、貴方の力で私の存在を消して頂きました。そして、これから先もあの者達は、私を狙ってくるでしょうあの者達が貴方の存在に気づく前に、お連れしたい所があるのですが、いらっしゃっていただけませんか?」彼女は縋るような視線を向けてきた。龍輔は混乱する頭を整理できずにいた。

「貴方は、一体…」何を訊ねていいのか分からず言葉は途切れた。

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